上 下
1 / 4

STAGE 1

しおりを挟む
 その夜、わたしはアパートの自分の部屋で一人、気分よく餃子ギョウザをつまみながらビールで祝杯を上げていた。

 デビュー作『血煙館ちけむりかんの殺人』に次ぐ第二作『血眼館ちまなこかんの殺人』が完成したのだ。嵐の山荘で次々に殺人事件が起こる本格ミステリ小説で、今回も名探偵・嵐山あらしやま吹雪ふぶき(著者と同姓同名)が快刀乱麻の活躍をみせる自信作だ。

 そこへ、電話がかかってくる。
「こんばんは嵐山センセ、箱庭はこにわ出版の馬場ばばです」

 担当の編集者からだ。正直、わたしはこの馬場という男のことが苦手である。数多の新人賞の応募作からわたしの作品を見出してくれたことには感謝しているが、どうにも好きになれない。
 まず第一にこの「センセ」という呼び方が気に入らない。完全にこちらを馬鹿にしているようにしか聞こえない。というか、馬鹿にしている。

「夜分遅くにどうもすみません」
 馬場は少しもすまさそうではない声音でそう言った。
「いえ、何かありましたか?」
「たった今、センセの最新作『血眼館の殺人』を拝読させて戴きました」
「え、もう?」
 原稿をメールで送ったのは今から二時間前である。流石はプロの編集者。読むスピードが化物じみている。
 だが、これは丁度いい。馬場の賛辞をさかなにビールを飲むというのも悪くない。

「で、どうでした?」
 わたしは期待に胸を高鳴らせて訊いてみた。

「まず前作を読んだときも思いましたけど、嵐山センセって感性が恐ろしく古いですよね。木製の吊り橋でしか往来が出来ない、スマホもネットも使えない陸の孤島だなんて、今時そんな場所あると思ってるんですか? 今はどんなド田舎でもネットくらい繋がりますよ。もし日本の何処かにまだそんな秘境が残っていたとしても、誰がそんな場所に好き好んで行きますか。自殺志願者の集まりというんならギリギリ納得しますけどね。それから疑問なんですけど、何でわざわざ容疑者が限定されるような場所で殺人を犯す必要があるんです? その癖アリバイについては妙に計画的だったりします。この犯人は賢いのか間抜けなのか、読んでいて段々わからなくなる」

「…………」

 わたしは怒りと羞恥で、一気に酔いが醒めてしまっていた。

「あのね、クローズド・サークルは舞台設定という枠組みを超えて、もはやミステリの一つのジャンルなんです。このジャンルから過去どれだけの名作、傑作が生まれたか。それを『古い』の一言で片付けるだなんてあまりにも無礼ですよ。偉大な先人たちに謝ってください!」

「いや、別に謝りませんけど。僕がおとしめているのは偉大な先人たちではなくて、嵐山センセ個人なので」

「はァ!?」
 これには流石のわたしもキレそうになる。

「過去の作品の中でクローズド・サークルの設定が使われていることが問題ではないんです。問題なのは昔のクローズド・サークルを今もそのまま使っちゃっているセンセのセンスです」
 何が可笑しいのか馬場はクスクス笑っている。

「……クローズド・サークルが現代の設定で使えないっていうなら、時代設定を昔にすれば」
「あのですね、過去の名作の劣化版を読むくらいだったら、最初から名作を読みます。読者も馬鹿じゃない」
「それは、そうですけど……」

「嵐山センセが偉大な先人たちに唯一アドバンテージをとれるのは、今を生きているという一点だけです。それ以外は、文章力もアイデアも全部負けています」

「ほっとけ」

「それなのに、センセの小説には『今』が描かれていない。読者が過去の名作ではなくまだ見ぬ未知の新人が書いた小説を読むのは『今』の小説を求めるからなんです」

「……うーん」
 そう言われてもイマイチピンと来ない。

「でも、わたしはわたしが面白いと感じるものしか書けませんよ。そしてわたしが魅力を感じるのは、制限されたルール内で如何いかにして読者の予想を超えるかという物語なんです。その制限を設ける上で、クローズド・サークルは外せない要素なんです」

「僕はね、嵐山センセには新しいクローズド・サークルを書いて欲しいと思っているんです」
 馬場は益々愉快そうだ。
「……新しいクローズド・サークル?」
 反対に、わたしはそれが面白くない。

「そんなの思い付くならもうとっくに書いてますよ」

「なに、うってつけの方法があります。仮想空間の中で殺人事件を起こすんです」

「仮想空間って、ゲームとかの、ですか?」
「そうです。ゲームの世界の中に館を建てて、そこで事件が起きる。これなら無理なく外界から閉ざされた舞台を用意出来ますし、何人殺しても警察が事件を捜査することもない。これぞ、新しいクローズド・サークルの形です」
「いやいや、クローズド・サークルで実際に人が死なないだなんて、地味というか盛り上がりに欠けるというか……」

 小説自体がフィクションなのに、その中で更に架空の殺人を起こすだなんてナンセンス極まりない。

「だったら実際に試してみましょう」
 わたしが気乗りしないでいると、馬場は挑発するように言った。

「これから、ある仮想空間に館を二つ用意します。そこで僕と嵐山センセ、それぞれが自分の館で殺人事件を起こす。その後、お互いが相手の館に移動して、相手の使った殺人トリックを推理し合うのです」

「殺人トリック?」

「この場合、犯人は僕とセンセに決まっていますからね。殺人は密室状況で行うという取り決めにしておきましょうか。そして、密室トリックを相手より早く見破った方の勝ちとします」

 何だか勝手に話を進められているのが気に入らない。

「それをやることで、何かわたしにメリットはあるんですか?」
「むしろメリットしかありません。まず嵐山センセが勝てば、僕のこれまでの発言を全面的に撤回します。その上で一つ、センセの言うことを何でも聞いて差し上げましょう」

 これは願ってもないチャンスかもしれない。

「わたしが負けたときは?」
「センセが負けた場合、次回作はウチで仮想空間を題材にした短編を一本書いて戴きます。もし負けても、嵐山センセには仕事が手に入る。勝っても負けても悪い話じゃないでしょう?」
 馬場は尚も上機嫌だ。

「……その話が本当なら、確かにそうですね」
「疑り深いなァ」
 これでもミステリ作家の端くれなのだ。疑り深くもなる。

「ま、嵐山センセが僕に勝つなんてことは万に一つもあり得ませんがね」
 その一言が決定打だった。

「面白い。馬場さん、その勝負受けて立ちましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】残酷館殺人事件 完全なる推理

暗闇坂九死郞
ミステリー
名探偵・城ケ崎九郎と助手の鈴村眉美は謎の招待状を持って、雪山の中の洋館へ赴く。そこは、かつて貴族が快楽の為だけに拷問と処刑を繰り返した『残酷館』と呼ばれる曰くつきの建物だった。館の中には城ケ崎と同様に招待状を持つ名探偵が七名。脱出不能となった館の中で次々と探偵たちが殺されていく。城ケ崎は館の謎を解き、犯人を突き止めることができるのか!? ≪登場人物紹介≫ 鮫島 吾郎【さめじま ごろう】…………無頼探偵。 切石 勇魚【きりいし いさな】…………剣客探偵。 不破 創一【ふわ そういち】……………奇術探偵。 飯田 円【めしだ まどか】………………大食い探偵。 支倉 貴人【はせくら たかと】…………上流探偵。 綿貫 リエ【わたぬき りえ】……………女優探偵。 城ケ崎 九郎【じょうがさき くろう】…喪服探偵。 鈴村 眉美【すずむら まゆみ】…………探偵助手。 烏丸 詩帆【からすま しほ】……………残酷館の使用人。 表紙イラスト/横瀬映

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

ある警部補の事件記録『ままならない命』

古郷智恵
ミステリー
 不治の病を患っている女性、「青木望美」が毒薬を飲み亡くなった。しかし、その女性は病により毒薬を一人で飲む力もなく、何者かが手助けをしたのは明らかだ。  容疑者としてその女性の恋人「黒川冬樹」、恋人の父親「黒川康之」、女性の母親「青木愛」が上げられた。  果たして、これは他殺か自殺幇助か、それとも……  警部補三島がこの事件を調査する…… ――――――――――――――――――― ※前作と同じく劇作風に書いています。 ※前作との繋がりは探偵役が一緒なだけです。これからでも読めます。 ※毒は(元ネタはありますが)ほぼオリジナルなので、注意してください ※推理要素は薄いと思います。

中学生捜査

杉下右京
ミステリー
2人の男女の中学生が事件を解決していく新感覚の壮大なスケールのミステリー小説!

名前で激しくネタバレする推理小説 ~それでも貴方は犯人を当てられない~ 絶海の孤島・連続殺人事件!

はむまる
ミステリー
登場人物の名前で完全にネタバレしているという、新感覚・推理小説! それでも、犯人をあてられないというオマケ付き。あなたは真犯人をあてられるか? ◾️メイタンテーヌ・マヨエルホー 自称・名探偵。「迷」の方の迷探偵という説もある。 ◾️ジョシュヤ・フラグミール メイタンテーヌの助手を務める若い女性。メガネっ子。何かのフラグが立ったことを見破りがち。 ◾️ボンクラー警部補 ゼッカイ島にたまたまバカンスでやって来た警部補。メイタンテーヌとは顔なじみ。 ◾️スグシヌンジャナイ・コヤーツ 一年半前にゼッカイ島に移住してきた富豪。自身の邸宅でパーティを開く。 ◾️イロケスゴイ・コヤーツ スグシヌンジャナイの妻。色気がスゴイ。 ◾️ミスリード・ヨウイン 美男のエリート弁護士。イロケスゴイと不倫関係にあると噂されている。 ◾️ユクエ・フメイナル コヤーツ家のパーティに似つかわしくない、みすぼらしい身なりの旅人。 ◾️ツギノーギ・セイナル 島を訪れていた中年の画家。 ◾️シン・ハンニン 島の神父。いつも温厚で笑顔を絶やさない。 まったく、あやしくない。 ※作者注:この中に犯人がいます

===とある乞食の少女が謳う幸福論===

銀灰
ミステリー
金銭の単位と同じ名《めい》を名付けられたその少女は、街中を徘徊する乞食であった。 ――ある日少女は、葦の群生地に溜まった水たまりで身を清めているところ、一人の身なりの良い貴族とばったり顔を突き合わせる。 貴族は非礼を詫び立ち去ったが――どういうわけか、その後も貴族は少女が水浴びをしているところへ、人目を忍び現れるようになった。 そしてついに、ある日のこと。 少女は貴族の男に誘われ、彼の家へ招かれることとなった。 貴族はどうやら、少女を家族として迎え入れるつもりのようだが――貴族には四人の妻がいた。 反対、観察、誘い、三者三様の反応で少女に接する妻たち。 前途多難な暗雲が漂う少女の行く先だが――暗雲は予想外の形で屋敷に滴れた。 騒然となる屋敷内。 明らかな他者による凶行。 屋敷内で、殺人が発生したのだ――。 被害者は、四人の妻の一人。 ――果たして、少女の辿る結末は……?

AIと十字館の殺人

八木山
ミステリー
大学生の主人公は、気付いたら見知らぬ白い部屋で目を覚ます。 死体と容疑者に事欠かない、十字の建物。 主人公は脱出し、元の生活に戻れるのか。 この小説は、生成AIの実験を兼ねた作品です。 主人公以外の登場人物の行動は事前に決められていますが、主人公の推理や情報の整理はOpenAIに判定させています。 ■登場人物 全員が窓のない建物に閉じ込められている。 棚道千波(たなみちちなみ) 20歳。大学生。 朝倉桜(あさくらさくら) 20歳。大学生。女性。文系。 赤板鷹(あかいたたか) 20歳。大学生。男性。理系。 中上美香(なかがみみか) 20歳。フリーター。女性。部屋で死亡していた。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

処理中です...