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――TIPS
一家惨殺事件(2)
しおりを挟む「どうして来なかった?」
私を殺したいか、その問い掛けに彼は答えなかった。彼の手の中で、私の家族を奪った包丁が赤黒く、不気味に光っている。
お姉ちゃん――もう一度、弟の声がする。私は彼に、また一歩近づいてその顔を見つめる。いつも優しく穏やかだった彼の面影はまるで幻のように、返り血で染まった表情の奥は果てしない憎悪が広まっている。きっとこれが、彼の本質だったのだ。幼少期から叩き込まれた苦痛、憎悪、それを押し殺して自分を偽って生きてきた。けれどそんな自分を認めたくなかっただろう。だから必死でいい人でいたかった、まともな道を歩きたかった、きっと、両親を殺害した時に、我慢が死んだのだ。
可哀想な彼。けれども、彼は、この男は、私の、大切な家族を――。
「行くだなんて、言ってないじゃない!」
お姉ちゃん、と弟が後ろで叫んだ。
* * *
お父さんとお兄ちゃんがソファーでテレビをみていました。
お母さんはキッチンであらいものをしていました。
おばあちゃんはとなりの部屋でねていました。
お姉ちゃんとぼくはごはんを食べるテーブルでカードゲームをしてあそんでいました。
いきなりぼくの知らないおとこのひとが入ってきました。お父さんがおとこのひとのそばに行っていいました。
「***くんじゃないか、勝手に入って、いったいどう」
お父さんがいいおわる前にお父さんは血をながしてたおれました。
お姉ちゃんがキャーとさけびました。それからはあっという間でした。
次に刺されたのはお兄ちゃんでした。おとこのひとがソファーにお兄ちゃんをおしたおして体中を刺しました。お母さんとお姉ちゃんといっしょにぼくもさけびました。おとこのひとはにげるお母さんをキッチンで刺しました。となりの部屋にいるおばあちゃんも刺されました。
おとこのひとはぼくとお姉ちゃんを見ました。赤くてとてもとても怖い顔でした。ぼくも刺されるとおもって怖くて、お姉ちゃんにしがみつきました。おとこのひとがまたお父さんを刺しました。
お姉ちゃんがさけびながらぼくをふりほどいて、おとこのひとのところにいきました。ぼくはお姉ちゃんを呼びました。でもお姉ちゃんとおとこのひとぐちゃぐちゃにもみ合ってぼくのことをわすれていました。
おとこのひとがお姉ちゃんの上にのってお姉ちゃんをいっぱい刺しました。お姉ちゃんは目をあけたままうごかなくなりました。おとこのひとが死んだお姉ちゃんにキスをしました。ぼくは怖くて怖くて泣きじゃくっていました。
おとこのひとがぼくの方にあるいてきました。ぼくはいよいよ刺されるとおもって怖くていっしょうけんめいお願いしました。
「いやだ、たすけて、たすけて、こわい、ころさないで、刺さないで」
おとこのひとが赤い手でぼくのあたまをなでました。
「坊主、死にたくないか?」
ぼくはうんうんとうなずきました。
「そうか。でもな、兄ちゃんはお前を殺そうと思ってないけど、お前は、兄ちゃんより怖い人たちにこれから殺されちゃうんだよ」
意味がわからなくてぼくはなにもいえませんでした。
「兄ちゃんな、これから坊主の姉ちゃんと同じところにいくために死のうと思うんだよ。そしたらな、誰が姉ちゃんたちを殺したんだってことになっちゃうんだよ、わかるか?」
ぼくは首をふりました。
「これからな、お巡りさんがくるんだけどな、坊主だけが生きてると、坊主が殺したんだろってことになっちまうんだよ。そしたらな、坊主はお巡りさんとか色々な怖い人に、いっぱい痛いことされて殺されちゃうんだよ、わかるか?」
よくわからなかったけど、いっぱい痛いことされて殺されるのだけはわかりました。ぼくはうんとうなずきました。
「坊主、死にたくないか?」
ぼくは何回も何回も大きくうなずきました。おとこのひとがまたぼくのあたまをなでて笑いました。
「わかった。そうしたらな、坊主、上で新しい服に着替えてこい。コートはあるか? できれば、フードがついてるやつがいい。それを着たら、フードを被って、このバックを――」
そういっておとこのひとは黒いバックをぼくに持たせました。すこしおもいバックでした。
「これを持って、町の時計台の下にいけ。時計台、わかるか?」
ぼくはうんとうなずきました。
「そうか。一人で行けるよな?」
ぼくはうんとうなずきました。
「いい子だな。時計台の下に着いたら、しばらくそのまま待ってろ。坊主がいい子にしてたら、おっかない顔したおっさんが声をかけてくる。ああ、バックはちゃんと肩にかけて、見えるようにしとけよ。おっさんは一見怖い顔をしてるけど、坊主を助けてくれるからな。おっさんの言うことをちゃんと聞けよ、わかったな?」
ぼくはうんとうなずきました。
おとこのひとがきがえてこいというので、ぼくは二階の部屋でおとこのひとがいったようなぼうし付きのコートにきがえて下におりました。
「お兄ちゃん……?」
おとこのひとはお姉ちゃんの上にたおれていました。血をながして死んでいました。
ぼくは泣きながら必死におうちをでました。泣きながらいっしょうけんめい走りました。
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