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1:付き合っている

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◆◆◆

「じゃあさ、あたしたち、付き合ってみる?」

 彼女が身を乗り出すのに合わせて、その夕陽が編み込まれたような明るく艶めく長い髪が、制服の肩口からこぼれて軽やかに揺れる。

「えっ……? 付き合うって、急に、なんで……」

 私にとっては憧れの象徴だった、そのまっすぐな眼差しと、曇りのない笑顔に迫られて。予想外の言葉に身構えてしまったせいか、変に上ずった声しか出ない。恥ずかしい。なのに、合わせた視線を逸らせない。

「だってさ、なんかもう、今のどう考えても告白じゃん! ヤッバい嬉しいんだけど!」

 違うんです。違うの。全然、告白なんてつもりじゃなくて。
 たまたま、放課後の教室で二人っきりになって。
 たまたま、一年の時も同じクラスだったよねって話になって。なのにちゃんと話すようになったの、今年になってからだよねって広がって。
 今までは、小さな接点の積み重ねでしかなかったけれど……その淡いつながりが、一気に色味を帯びたように感じて、嬉しくなってしまったから。

「あっ、もしかして、もう付き合ってる人いる……? 恋人の意味ね?」
「えっと……全然、そういう経験は、ないですけど」

 自由で、前向きで、力強くて、人を引きつける自分らしさみたいなものがあって。だけど周囲のバランスを乱すわけでもなくて、私とは正反対の柔軟さもある。そんな人。
 あなたの、そういうところに憧れて、惹かれていたんだと。ただ、それまで思っていたこと、感じていたことを、自分なりに伝えただけ。

「そうなんだ! それならさ、やっぱあたしたち、付き合ってみない? みたくない?」

 でも、全部言うつもりなんて、なかったはずなのに。
 いざ言葉にしてみると、吐き出さずにはいられなかった。一歩踏み出すと、伝えたい気持ちが勢いづいて、止まらなかった。

「あっ、もしかして、こーいう軽い感じはヤだった……? 理想と違ったとか? がっかりした?」
「いえ、そういうわけじゃ、なくて……」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問の、どれにどう答えればいいのか、上手く判断できないままで。
 だけど、彼女のその一生懸命な姿が、なんだか少しかわいくて。また一つ、彼女の新しい魅力に気づけたような気がして、勝手に嬉しくなってしまう。そんなこと考える余裕、ないはずなのに。

「そっか。いや~、あたしもこういうのは初めてでさ~」
「……そう、なんですね。意外かも」
「え、そっかな? いやほら、仲いい男子に告られるとかはあったんだけどね。なんか~、これだ! って感じで刺さることなくてさ、ずっと」

 別に告白じゃないなんて、自分に言い訳しておいて。誰かに先を越されていたんだと感じて、ちょっともやっとすることに自己嫌悪。だけど、ちゃんとした関係を意識してくれたのは、私が初めてなんだと思うと、それは素直に嬉しいわけで。
 ていうか、こんな私が、こんなこと思ってしまって、いいのかな……。

「でもね、実はね、ずっと水澄さんのこと見てて、あたしも憧れてたってゆーか、真面目でかっこいいとこ、ぶっちゃけフツーに好きだった。へへ、一緒だね。だよね?」

 その言葉で、改めて自覚する。
 好きってつまり、そういう好き、ってことで。さっき、恋人って、言ったよね?
 うっかり自分で口にしてしまわないよう仕舞い込んでいた、その魔法の言葉を意識した途端、さっきまでとは違った意味で、恥ずかしくなってくる。効力強すぎませんか……?

「だからね、いろいろ伝えてくれて嬉しいなって思ったし、今までとなんか全然違うって思ったんだけど……どう、かな……? やっぱ、いきなりすぎ? 返事、待った方がいい? そもそもあたしのこと、そんなふうに思ってなかった……?」

 今度は少し不安げに、探るように、私の顔を覗き込んでくる透き通った瞳から、逃れたいような、そうじゃないような。

「いえ、その……私も、嬉しいので……」

 好意の陽射しに照らされて、気付けばなんだか顔が熱い。
 こんなに言葉に詰まるのも、息苦しくて落ち着かないのも、考えがまとまらないのも、きっと初めてで。
 スカートの裾を指先でぎゅっとつまんだり、片腕を抱くようにしてみても、全然収まらない。
 それどころかむしろ、このドキドキを、もっと感じていたくなる。
 今、目の前にいるあなたのことを、もっと知りたいと思ってしまう。
 この不思議な感覚のその先に、触れてみたいと、求めてしまう。だから……!

「……私で、よければ、ぜひ」
「え、マジで!? やった、ヤバ、ちょー嬉し!」

 ほどけないと思っていた心の枷が、あっさりほぐれて世界が変わる。
 その時は、思考が全然回ってなくて。
 その場の勢いに飲まれてて。もう一歩踏み出して。
 だけど、間違ったことをしたとも、思ってなくて。

「てかじゃあ、さん付けもなんか変だよね? とりあえず、名前で呼んでいい? 露璃って。あたしは、揺花でも、ゆっかでも、なんでもいいよ!」
「……はい、大丈夫です」
「へへ、やた~」

 そしてただ、間違いないことが、一つだけ。

「えっと、その……こういう時、なんて言ったらいいのか、よくわからないんですけど……よろしく、お願いしますね……揺花」

 その日から、私と揺花は、付き合っている。

●●●

「ね~聞いてよゆっか~、昨日前髪切りすぎたの~。ほら見てほら~」
「え、うん。てかそれ、朝聞いたくない?」
「え~、言ったかも~?」

 まぁ、るなちはいつも自由だからね。あたし以上にノリで喋ってるから。多分憶えてないね。

「美容院のクーポン、いいの教えよっか?」
「んん~、自分でやれる気がしたんよな~。今度こそいけるって思うわけ。なんか勢いで切っちゃうんだよね。で、気がついたらこうなってんの~!」

 ぐだ~って机に突っ伏して、手鏡見ながら前髪いじってて、パッと見元気なさそうなのに、それでも元気そうなのがなんか、るなちっぽい。てか、見られるのは別にいいんだ。

「まじで全然伸びないし。つら」
「いや、一日じゃ無理だろ。大体るな、いつもデコ広いじゃん。気にすんなって」

 その向かいの席でスマホいじってる、さかなこのツッコミはいつも厳しい。せめて、そのデコちゃんと見てあげなよ、って、るなちが可哀想に思えちゃうくらいに厳しい。
 顔きれいでメイク上手くてそれだけでオーラつよつよなのに、サメみたいなかっけぇギザ歯も合わさって、ツッコミの攻撃力高いんだよなぁ。

「はぁ~? そんなことないし! さかなのいじわる! ばか、ハゲ!」
「うっせ、こちとら毛根激つよ丸だわ。万年脱色パッツンに言われたくねーし」
「まぁ、いいじゃんいいじゃん、るなちはいつもかわいいよ」
「えへ~、そう? るなカワイイ? うれしみ深い~! ゆっかは優しいね~」
「むんむん、わはひもかふぁいいほほほふょ~」

 で、パンちゃんはいつもおっとりパン食ってる。あたしたちの癒し。
 頭のてっぺんのおっきなシニョンもパンみたいで、モフると更に癒やされるってわけ。

「パンちゃん、なんて?」
「おい、にゃご……食いながら喋るなって」
「……! んぐんぐ……!」
「いや、食う方優先すんのかよ。ジワるわ」
「んく……はぁ~、おいしかったよ~。なこちゃんごめんね~」
「いやいいけど」

 でもさかなこ、パンちゃんの方はちゃんと向いてあげるんだよね。いつも思うんだけど、さすが幼馴染みってこと?

「パンちゃん、それ購買のやつ?」
「ううん~、学校来る途中のパン屋さんのだよ~」
「にゃごがいつもおすすめって言ってるやつな」
「え~うまそう~。るなも気になるかも~」
「ね~。さかなこが自慢するぐらいだからね」
「別にしてないって」
「あ、まだあるよ~。ゆっかちゃんとるなちゃんも食べる~?」
「いや、あるんかい」
「あはははっ、パンにゃえぐ~」

 パンちゃんがパン食って、るなちが騒いで、あたしが適当に乗って、さかなこがツッコんで、みんなでウケる。
 そんないつメンの、いつも通りの楽しい放課後なんだけど。

「あの、すみません。ちょっといいですか」

 最近は、個人的に楽しみが増えたわけで。

「あっ、つーさんじゃん~」
「お、委員長」
「みみちゃんだ~、やほ~。パンいる?」
「てか、みんな露璃の呼び方バラバラなの、やっぱおもろ」

 別に強く張ってるわけでもないのによく通る、キリッとしたお堅い感じの声にみんなで振り向くと、いつもの生真面目そうな顔した露璃が立っていて。
 全然着崩してない制服と、きれいにテカってるメガネを見ると、前はちょっと緊張しちゃってたんだけど、なんか今は全然そんなことないっていうか、なんなら信頼感あるっていうか。

「つー? みみ……?」

 全然表情変わんないまま、ちょっとだけ首をかしげてる。さかなこの委員長呼びはともかく、るなちとパンちゃんのセンスには、全然ピンときてないっぽい。

「あ、ごめんね~、変なあだ名つけちゃって。なんかうちらのクセでさ~」
「いやアタシまで一緒にすんなよ。変なのはるなだけだろ」
「はぁ~? そんなことないです~っ」

 またケンカする。露璃の前でもいつも通りの、るなちとさかなこ。てかなんでだろ、これ露璃に見られてるって思うと、なんかちょっと恥ずいかも。
 まぁでも、パンちゃんが止めないってことは、さかなこもガチで怒ってるとかじゃないっぽいし、ケンカするほど仲がいいって言うしね。

「その、あだ名はなんでも大丈夫です。お邪魔してすみません」
「ううん~、全然気にしないで~。なこちゃんのバイトの時間までって、だらだらしてただけだから~」
「そうなんですね」

 あたしたちのまとまんない歓迎に呆れてずれちゃったのかもしれない、フレームの細いメガネを、きれいな指先でちょんと直す仕草が、露璃にすごく似合ってて。ピシッとしてるのになんかかわいい感じなの。
 あたしがメガネかけると、なんかちょっとバカっぽくなっちゃうのに、かっこよくなれていいな~って思う。ずるい。
 そんなつーさんこと、委員長こと、みみちゃんこと……水澄露璃は、あたしの彼女!

「あと、パンは遠慮しておきます」

 それと律儀!
 おまけに、クールで美人で背も高くてスタイルもよくて、毛先ゆるふわなセミロングの黒髪もオシャで、あたしのこと好きって、あれ、これ最高じゃね?

「で、委員長、ゆっかになんか用だった?」
「あ、はい。あの、ゆ……小雛向さん、プリント提出されてないって、先生が」
「へ……? あっ、やべ! 書くだけ書いて満足してたわ」

 大体いつも空っぽの机の中に、プリントだけ入ってた。これだろ。

「私、日誌のついでに出してきますから」
「え、あたしも一緒に行くよ?」
「大丈夫ですよ、お話の邪魔するのも悪いですし」
「あ、そう……? じゃあ、悪いけどお願い~」
「はい」

 露璃はあたしの手から授業のプリントを回収すると、あとは特に何か言うわけでもなく、そのまま教室を出てっちゃう。
 もうちょっと話したかったのにな~。

「……委員長、相変わらずクールだねぇ」
「んー、割といつもあんな感じだけどね」
「え、ゆっかたち付き合ってんじゃないの~?」
「そうだけど」
「でもでも、全然そんな空気じゃなかったくない? 寂しくない? あれぐらい塩な方が、ぽいっちゃぽいけどさ~」

 いやね、ホントはもっと、露璃のかわいいところいっぱい話したいんだけどね。
 くそ真面目かと思ったら、照れたり恥ずかしがったり、なのに真剣に向き合ってくれたりさ。
 だけど、せっかく二人っきりの時にしか見られない露璃の顔、多分、あたしだけにしか見せてくれない姿……ベラベラ喋っちゃうの、もったいないなっていうか、誰かに全部共有しちゃうのは、なんかヤだなって思っちゃう。
 あたしだって、露璃のこと、まだまだ知ってってる途中なんだしさ。

「いや~、かわいいんだけどね、あーいうところも」
「ノロケんなし。てか、もしかしてアタシら、避けられてね?」
「んなことないと思うけど。露璃、ああ見えて結構人見知りする方だと思うし」
「え~、そうなの~?」
「わたしたちがうるさいからとかない~? みみちゃん、騒がしいの苦手っぽいもんね」
「いやそれはある」
「あわかる~、るなもそれ思った!」
「いや、だからお前なんだわ。ほとんどお前なんだわ」
「はぁ~? さかなが言うなし」
「てかそれ言うと、あたしもだし……」

 そんなこと全然心配してなかったけど、確かに言われてみれば、露璃的にはどうなんだろ……。
 あたしの嫌いなところなんて、まだ聞いたことない……いや、そんなの訊くの怖いじゃん。無理無理。

「てかさてかさ、もうキスとかした?」
「えっ……!? あぁ、ん~……まぁ、した、かな……?」
「え、マジ? どんな感じだった?」
「どうって、別に普通だけど……」

 なんだなんだ、るなち、いつもは彼氏欲しいとか言ってるくせに、興味津々じゃん。露璃はあたしの彼女なんで。いくら仲良くても渡せないんで。

「あー……まぁ、そりゃそっか」
「そうなんだね~」
「お前ら何期待してたんだよ」

 てかやば、勢いで変な見栄張っちゃった……!
 いやまぁ、いずれはそうなる予定ってことで、予約入ってんだから、実質もうしてるようなもんだよね!

「あ~~~、るなもいい感じの相手と、いい感じのキスした~い!」
「その前に前髪伸ばせよな」
「るせー! 厚化粧~!」
「顔面裸で出歩くよかマシだろーがよ」
「それはそう!」
「わかり手かよ」
「ふふ~、なこちゃんもるなちゃんも、仲いいよね~」
「「よくない!」」
「ハモってんじゃん。やっぱ仲よ」

 そうなんだよな~。てか多分、ここのみんな、友達の中で一番仲いいメンツだし、いいやつだし、別に冷やかしたりとかもしないだろうなって思ってたし、実際どっちかってと応援してくれてるぐらいだし。
 だから、露璃とのことはフツーに話しちゃったけど……あの感じだと、露璃はもしかして、みんなに知られるの、嫌だったのかな……。

「あ、なこちゃん、そろそろバイトの時間だよ」
「おう、行くわ」
「じゃ、るなも帰ろ~っと。ゆっかはどうする?」
「ん~……」

 みんなのことは、割と長く一緒にいるから、あたしもいろいろわかってる。
 るなちは、かわいいだけじゃなくてフィジカル鬼で、チックトックに上げてるダンスもキレッキレだし、あんな細いのに腕相撲で男子に勝っちゃうくらいパワー系。
 さかなこは、親戚の人がやってるカフェでバイトしてて、本人は言われるの嫌がってるけど、エプロンめっちゃ似合ってるし、営業スマイルがなんかプロ。
 パンちゃんは、実はケーキも大好きで、オススメのスイーツ情報教えてくれるし、買い食いも一緒してくれるから、あたし的にはマジで神。
 だけど、露璃のことは、まだまだ全然わかってない。

「……やっぱあたし、露璃んとこ行ってくる!」

 いつものとこで待っててって、ソッコーで露璃にニャインのメッセージを送る。
 あたしの足んない頭だけで考えてても、意味ない気がするし。
 あたしたち二人のことだもん。ちゃんと露璃にも訊いてみないとだよね!

●●●

「つ・ゆ・り~!」
「はい、なんですか」
「呼んでみただけ~」
「それは、何の意味があるんです……?」
「呼びあいたいじゃん。たくない?」
「呼ぶのは、いいですけど……よく、わからないです」

 おっ、きれいな眉をちょっとだけひそめて、困り顔なのもかわいいな。いや、別に露璃を困らせたいってわけじゃないんだけど。でもなんかいいな。

「てかさ、敬語やめようよって言ったじゃん」
「あ、すみませ、ん……ごめん、まだ、慣れなくて……」

 露璃と一緒に帰るようになってからの放課後は、大体いつもこんな感じ。
 みんなが部活を始めたり、帰宅部は帰ったりで、校舎内の人影がまばらになるまで待ってから、中庭脇の渡り廊下にある自販機のところで待ち合わせて、裏門から帰る大作戦。
 偶然遅くなって、たまたま廊下で会って~、的な流れを演出したいっていう露璃の提案なんだけど、そんなことする必要ある? って思っちゃう。自然な感じを意識しすぎて、逆に不自然なんじゃないかなって。
 まぁでも、待ち合わせするのはなんか楽しいし、秘密を共有できてるって感じがするのもなんかいいし、だから結局、これもありかなってなっちゃうわけ。

「そこは慣れようよ~。付き合ってもうすぐ一ヶ月じゃん」
「まだ二週間とちょっとですよ」
「ほらぁ」
「う……」
「あははっ、ごめんごめん。いーよ別に、強制とかじゃないし。嫌とかでもないし」
「うん……」

 教室でいる時みたいなハキハキしててキリッとした感じとは違って、なんかスカートの裾つまんだり、スクールバッグについてるマスコットいじったりしてもごもごしちゃう露璃も、ギャップがあってやっぱいい。新鮮だし、かわいいし。
 裏門側の通学路は、大きい通りに出るまで人少ないから、その独り占め感もやばい。これは、二人で一緒に帰れるあたしだけの特権なんじゃない?

「あれ、家でもそんな感じ?」
「ううん、家族には普通に」
「おっ、じゃああたしも、同じくらい仲良くなったらいいってことか! がんばろ~」
「わ、私も頑張るね……」
「うんっ」

 そういや、告白してくれた時も、こんな感じだったっけ。ちょうどこのぐらいの、夕日のきれいな時間帯でさ。
 てかあれ、告白、だったよね……?
 うん、それもだし、訊きたいこといっぱいあるんだった。

「てかさ、さっきプリント取りに来てくれた時なんだけど……もしかして、気ぃ遣ってくれた?」
「え……? 楽しそうに話してたから、あんまり邪魔しない方がいいかなって」
「あぁ、そんだけ?」

 ただの気遣い屋さんか? あたしらに遠慮はいらねぇよ。

「……あと、私たちのこと、知られてるって思うと、ちょっと気まずいというか、恥ずかしくて……」
「あーごめん! でも、るなちと、さかなこと、パンちゃんにしか言ってないから! 別に、他の誰かに言いふらしたりとかも、しないと思うし!」

 やっぱそっちが本音だったか~! 全然いつも通りの委員長フェイスだったのにね。

「そこは、あんまり心配してないけど」
「え、ホントに……? あたしらに、何か悪いとこがあったとかじゃない……?」

 ただでさえ顔面偏差値高い上に、いい感じの逆光でエモさの増した露璃の横顔を、歩幅を合わせてよーくのぞき込む。
 授業中とか以外はメガネかけてないから、また雰囲気がちょっと違って見える。

「ううん、全然、そんなことない」
「そっか、よかった~!」

 とりあえず一安心。てかその横顔、写真撮りて~。

「どっちかって言うと、その……私の側の都合だと思う」
「え、なんそれ?」
「なんて言ったらいいのかな……お付き合いとか、こういうこと、初めてで……どうしたらいいのか、とか、上手くできてるのか、とか、よくわからないから……」
「それ恥ずいって?」
「まぁ、うん、そんな感じ……」
「えー、そんなのあたしもわかんないしさ、初めてだし。言ったじゃん。いや、全然自慢になんないけど」

 真面目かよ。いや真面目だったわ。真面目に好きってことね。それはいい!

「でも、好きな人の前だと、緊張しちゃって」
「え、なにそれ、好き……!」
「えっ……急に、やめてよ……」
「いやお互い様じゃん」
「あ、うん……」
「えへへ、ごめ。でもよかった。ならさ、敬語と同じで、付き合うの、ちょっとずつ慣れてけばいいじゃん。一緒にそうしてこうよ」
「……それでもいい?」

 露璃の方が背が高いはずなのに、なんか上目遣いで甘えられた気がして、瞬き忘れそうになる。その視線、バチくそキュンじゃん!

「あったり前でしょ! てか、この先もさ、ずっと付き合ってくかもだし、一緒に住んだり、結婚だってしちゃうかも! 二人で慣れてかなきゃなこと、いっぱいあるじゃん! 夢あるじゃん!」
「まぁ、そうかも、しれないけど……結婚は、法律が許せばね」
「変わるかもしんないし」
「……そっか」

 そうだよ。露璃と一緒にやってみたいこと、いっぱいあるんだからさ。付き合ってるあたしたちにしかできないこと。
 そういうの積み重ねて、この関係性に慣れて、当たり前になれたら、それはそれで、あたしたちだけの特別って感じがして、いいと思うんだよね。上手く説明できないから、まだ言わないんだけどさ。

「あとは、その……キスとかだってさ!」
「キス……」
「いやほら、せっかく付き合ってるんだし、したいなっていうか……じゃない?」
「付き合ってるからしなきゃいけないってわけじゃ、ないと思うけど」
「えっ……いや、それはそうなんだけどさ……みんなに、したことあるって言っちゃったし」
「え、なんで……」
「勢い?」
「もぅ……」

 いつの間にか、二人して、歩くペースが落ちてくる。倍速再生オフったみたいに、時間がゆっくり過ぎていく。
 それなのに、大きい通りの交差点に差し掛かるまで、もうすぐで……。

「露璃は、あたしとそういうこと、したくない……?」
「……わからない」
「あ、そう、なんだ……」

 そっか……。あたしはその丁寧にリップ塗られたつやつやの唇、きれいだな、かわいいな、触れたいなって、思っちゃってたけど。
 いや、これ言うとさすがにキモいか……? 引かれるのは嫌なんだが? でも好きなものはなんか口に含みたくなるじゃんね?

「上手くできるかも、わからないし……」
「だからそれ、あたしもあたしも! 一緒じゃん。いや、リードできたりとかの方がよかったかもしんないけどさ」
「……揺花は、慣れてそうだと思ってた」
「マ? 露璃、あたしのことなんだと思ってたの……?」
「だって、ギャルだし」
「え、そう? それは自覚なかったかも……」

 いや、百歩譲ってあたしがギャルだったとして、だからそういうの慣れてるだろうっていう露璃の価値観、ちょっとかわいいな。ああもう、なんか何言ってもかわいいな。

「……揺花が、したいなら……私で叶えられるなら、そうしたいし。付き合ってるならした方がいい、とか、あるなら……いいよ」
「あ~、違う違うっ! そういうことじゃなくてっ!」
「う、うん……!」

 つい、でかい声出ちゃった。

「露璃とあたし、一緒に嬉しくなきゃ、なんか付き合ってる意味ないでしょ。二人ですることは、二人でそうしたいなってならなきゃダメなのっ!」

 いつか見たマンガかも。流行ってたドラマかも。誰かのコイバナに憧れてだったかも。なんの影響かわかんないし、そういう全部のせいかもだけど。あたしの持論で理想は、そういう感じで、それだけは絶対譲れない。
 そう想い合える相手になりたいなって思ったのが、露璃だったんだから、露璃の前では譲りたくない。

「……ふふっ」
「え、なに……?」

 あたし、なんかウケるようなこと言った?

「……そういうとこ、かわいいね、揺花」
「あんがと……え、なんで?」
「揺花が、揺花でよかったなって、思ったから。そうやって誰かを……私を、気にかけてくれる、優しいところ……やっぱり、好きだなって」

 すっかり散って地面で寝てた桜の花びらが、駆け抜ける柔らかい風になでられて、息を吹き返したみたいに舞い上がる。
 まるであたしの気持ちのように、ふわっと浮いて、露璃に吸い寄せられていく。
 ここまで歩いてきて、やっと、露璃とちゃんと視線が合ったような気がした。

「あ、あたしもっ、露璃のストレートに伝えてくれるところ、好きっ」
「それは、揺花の真似したの」
「そ、そうなんだ。へへ……露璃、照れ顔も、かわいいね」
「だから、やめてよ、もぅ……」
「……したくなったら、言って」
「……うん」

 それまでは、いっぱいイメトレして鍛えとくから! 妄想だから、何があっても許してね! いや、やっぱキモいかな……?

「てか、キス上手くできるとか、なんかえっちじゃない?」
「そ、そんなつもりじゃない……!」
「そういうところも推せるね!」
「そんなところ推さなくていいよ」
「あははっ、でも好き~」
「もぅ……」

 重かった足取りが、急に軽くなる。
 一緒に、もっと先まで歩いていきたいなって、思っちゃう。

「約束ね。あたし、露璃とのちゅー、予約したからね!」
「わかってる……揺花としか、しないよ」
「っ……!」

 なんだそれ、なんかそれ、なんだろ、めっちゃいいじゃん……!
 いつも表情の硬い露璃がよお! ちょっと恥ずそうに、ちょっとふわって感じで笑ってくれるの、超エモなんですけど!

「どうかした?」
「え、あっ、ううん、なんでもないっ」

 困った顔も、笑った顔も、露璃の全部が気になって。
 やっぱ露璃が好きなんだなって、わからせられちゃう。
 今の言葉は、露璃が真面目だから言ってくれただけなのかもしれないし、その場のノリで答えてくれただけかもしれない。でも、そんなふうに言ってもらえるのは、どう考えても嬉しいわけで。
 あたしが露璃のこと好きだから、こんなこと思うのかな。だったら露璃にも、こんなふうに思ってもらえるようになったら嬉しいな。
 これから二人で、そうなっていけたら、嬉しいな。

「えへへ……帰ろっ」
「……うん」

 とりあえず、今日ちゃんと確かめられたこと。
 露璃とあたしは、付き合っている。

☆つづく!
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