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8.決戦前の晩餐
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悶々とした体質を悩み、結局秋島先生と話すことなく迎えてしまった次の日の放課後。
帰り支度をする私に、高垣先生が話しかけてきた。
「ミリア先生このあと時間あります?」
「え? まあ特に用事もないので……」
「じゃあ飲みに行きませんか?」
「え?」
何を言っているのだろうか。花金なら露知らず今日は火曜日だぞ?
「飲みにって、今日は火曜日じゃないですか」
「でも明日休みですよ?」
「へ?」
慌ててカレンダーを見ると、今日の日付には確かに、祝日を示す赤色が塗られていた。そうか、明日はエルフと人間が友好を結んだ記念日だっけ。
「マジかぁ……」
明日も仕事と思っていただけにこれはなかなか嬉しい。
身体の強ばった力が一気に解き放たれていく。一週間の中では火曜日が特に嫌いだったが、今日ぐらいは好きになってやろう。
気だるさも何のその、明日が休みと分かれば身体が喜ぶ。生き物とは何と単純なことか。
「じゃあパーっと行きましょうか!」
笑顔で返事する私に、
「えぇ! 秋島先生と三人で」
「へ?」
そうにっこり笑う高垣先生の後ろには、秋島先生が申し訳なさそうに立っていた。
「え、えっと、あぁ、このあと実は……」
「特に用事ないんですよね?」
は、図られた。
いやまあ冷静に考えれば大した理由もなく恋人を避け続けるのもおかしな話なんだけどな。
「わかりました……」
ここは覚悟を決めよう。なに、どうせ一緒に酒を飲むだけだ。大丈夫大丈夫。
昨日の今日だがトイレで自慰もしてきた。そんな直ぐに性欲が再装填されることもない……はずだ。
そんな風に自分に言い聞かせながら、高垣先生についていく。
「明日休みとは言え一日しか休日ないんですから、あんまり飲みすぎちゃ駄目ですよ」
「もちろん! 心配性ですね、ミリア先生は!」
そりゃ心配するだろう。だって、
******************
「ですから! 生徒に手ぇだせねぇのそっちだって分かってんだから告ってくんなって話なんですよ!」
「高垣先生飲み過ぎですよ」
「だいじょうふだいじょうふ! なんかあっても弟呼んでるんで!」
彼女が酒を飲むと決まってこうなるからだ。
見ての通り彼女はかなり酒癖が悪い。普段色々溜め込んでいるのかは知らないが、酒を飲むといつも愚痴の魔神と化す。
「おかわり!」
「はいただいまー!」
生ビールのジョッキを店員に突き付け、次の一杯を注文すると、彼女の矛先が私へと向いた。
「大体ミリア先生もミリア先生ですよ!」
「え、えっと、何がですか?」
不味いいかにも厄介な絡みが始まりそうだ。
彼女はジョッキに入ったビールを飲み干すと、
「ずっと欲しかった念願の彼氏がいるのに、何でもっとイチャイチャしないんですか!」
「ち、ちょっ!」
向かいの席の秋島先生を見ると、顔を赤らめながら口を抑えていた。それを見て、ムラムラと身体の奥底から性欲が沸き上がっているのを感じる。
「学生じゃないんですからー、もっと色々しましょーよぉ」
「い、色々って?」
「んー」
机に伏せながら、唸り続けること二十秒。顔を上げると私と秋島先生をそれぞれ指差し。
「とりあえずキス」
「な!」
いきなり何を言い出すんだこの人は! それこそ学生のノリじゃないのか!?
「だってぇー、もうしたんでしょー。だったら今さら変わりませんってー」
ま、まあ確かに、一度やったわけだし思ったよりもハードルは低いのか?
秋島先生の方を見ると何かを思い出すように宙を見ていた。あの時のことを思い返してくれていたりするのだろうか。
「きーす! きーす!」
「うるさいですよ、この酔っぱらい!」
「僕は!」
突然秋島先生が上げた声に、私と高垣先生が思わず黙り込む。秋島先生の方を見ると、ふるふると震えながら、
「そういうことは、人に言われてやるものじゃないと思ってます」
その返答があまり気に入らなかったのだろう、高垣先生がさらにギアを上げて言い返す。
「だったらもっとイチャイチャしなさいよあんたら! いつまでもウジウジウジウジムカつくんだわ!」
「だって、付き合ってまだ一週間も経ってないんですよ!?」
「あんたらは一週間でも、こっちはあんたらがお互いを意識した時から見てんの! 体感で言うと一年以上なわけ!」
え、嘘、そんなに長いこと私は彼を意識してたのか。というか秋島先生も私をそんなに長い間……。
秋島先生も同じことを考えていたのか、私と視線がぶつかり合ってしまう。慌てて二人して視線をそらしたが、どうやらその行動が最後の燃料になったらしく……。
「ばっかみたい! 私に彼氏できたら絶対もっとイチャイチャするのにぃいいい!」
そう言い残し、ズドンと重い音をたて思い切り机に突っ伏す。
十秒程度時間が過ぎただろうか。あまりに反応がないので、彼女の身体を揺らす。
「うぃー」
目をつむりながら、心底気の抜けた返事を返された。
暴れ鬼は一瞬で眠り姫に。本当、台風みたいな人だな。
とはいえ最後の叫びは鬼気迫るものがあった。確かに彼女の言う通り、少々卑屈が過ぎたかも知れない。
だがもっとイチャつくと言ってもやはりまだ一週間も経っていないのだ。やはりここは当初のプラン通り、じっくりと時間をかけていくしかない。
性欲は、まぁなんとかなるだろう……。
「それで、どうしましょうか……」
秋島先生が困り顔でこちらを見てくる。
どうするべきかなー。いつも何だかんだ寝るまでは行ってないからなぁ。
「一応弟呼んでるとは言ってましたが……」
そんな風に困っていると、居酒屋の扉が開き、青年が一人やってきた。
「いらっしゃいー!」
「あ、すいません。身内引き取りにきただけなんで」
彼は店内を見回し、私達を見つけると何とも嫌そうな表情を浮かべ、こちらに寄ってくる。
彼は高垣 収《たかがき しゅう》。我が学校の生徒にして高垣先生の弟である。ちなみに秋島先生のクラス。
「ほら姉さん行くよ」
「うぇいー」
自身の身体を潜り込ませるように肩を貸すと、そのまま無理矢理先生を回収していく。流石は高垣先生の弟と言うべきか、この状況に慣れているであろうことを嘆くべきかは分からないが、無駄がない。
その様子を見て秋島先生が、
「高垣くん。ありがとな」
「お礼だったら姉さんもらって上げてください。家に戻ると彼氏欲しいってうるさいんですよ……」
そう秋島先生に言い残すと、高垣くんは重そうな姉を引きずって居酒屋を後にした。
携帯にて時計を確認すると、時刻はまだ八時半だった。今回豪快に飲んでたからな……。まあお陰で高垣くんが来てくれはしたのだが。
それにしても……
高垣くんの最後の言葉が気になる。もしかしなくても、生徒から見てもお似合いのカップルなのだろうか。
やばい、また卑屈スイッチが入っている。反省反省。
「飲み直しましょうか?」
「……そうですね」
先程の高垣くんの言葉が耳に残りつつも、彼の言葉に再び酒宴を続けることにした。
帰り支度をする私に、高垣先生が話しかけてきた。
「ミリア先生このあと時間あります?」
「え? まあ特に用事もないので……」
「じゃあ飲みに行きませんか?」
「え?」
何を言っているのだろうか。花金なら露知らず今日は火曜日だぞ?
「飲みにって、今日は火曜日じゃないですか」
「でも明日休みですよ?」
「へ?」
慌ててカレンダーを見ると、今日の日付には確かに、祝日を示す赤色が塗られていた。そうか、明日はエルフと人間が友好を結んだ記念日だっけ。
「マジかぁ……」
明日も仕事と思っていただけにこれはなかなか嬉しい。
身体の強ばった力が一気に解き放たれていく。一週間の中では火曜日が特に嫌いだったが、今日ぐらいは好きになってやろう。
気だるさも何のその、明日が休みと分かれば身体が喜ぶ。生き物とは何と単純なことか。
「じゃあパーっと行きましょうか!」
笑顔で返事する私に、
「えぇ! 秋島先生と三人で」
「へ?」
そうにっこり笑う高垣先生の後ろには、秋島先生が申し訳なさそうに立っていた。
「え、えっと、あぁ、このあと実は……」
「特に用事ないんですよね?」
は、図られた。
いやまあ冷静に考えれば大した理由もなく恋人を避け続けるのもおかしな話なんだけどな。
「わかりました……」
ここは覚悟を決めよう。なに、どうせ一緒に酒を飲むだけだ。大丈夫大丈夫。
昨日の今日だがトイレで自慰もしてきた。そんな直ぐに性欲が再装填されることもない……はずだ。
そんな風に自分に言い聞かせながら、高垣先生についていく。
「明日休みとは言え一日しか休日ないんですから、あんまり飲みすぎちゃ駄目ですよ」
「もちろん! 心配性ですね、ミリア先生は!」
そりゃ心配するだろう。だって、
******************
「ですから! 生徒に手ぇだせねぇのそっちだって分かってんだから告ってくんなって話なんですよ!」
「高垣先生飲み過ぎですよ」
「だいじょうふだいじょうふ! なんかあっても弟呼んでるんで!」
彼女が酒を飲むと決まってこうなるからだ。
見ての通り彼女はかなり酒癖が悪い。普段色々溜め込んでいるのかは知らないが、酒を飲むといつも愚痴の魔神と化す。
「おかわり!」
「はいただいまー!」
生ビールのジョッキを店員に突き付け、次の一杯を注文すると、彼女の矛先が私へと向いた。
「大体ミリア先生もミリア先生ですよ!」
「え、えっと、何がですか?」
不味いいかにも厄介な絡みが始まりそうだ。
彼女はジョッキに入ったビールを飲み干すと、
「ずっと欲しかった念願の彼氏がいるのに、何でもっとイチャイチャしないんですか!」
「ち、ちょっ!」
向かいの席の秋島先生を見ると、顔を赤らめながら口を抑えていた。それを見て、ムラムラと身体の奥底から性欲が沸き上がっているのを感じる。
「学生じゃないんですからー、もっと色々しましょーよぉ」
「い、色々って?」
「んー」
机に伏せながら、唸り続けること二十秒。顔を上げると私と秋島先生をそれぞれ指差し。
「とりあえずキス」
「な!」
いきなり何を言い出すんだこの人は! それこそ学生のノリじゃないのか!?
「だってぇー、もうしたんでしょー。だったら今さら変わりませんってー」
ま、まあ確かに、一度やったわけだし思ったよりもハードルは低いのか?
秋島先生の方を見ると何かを思い出すように宙を見ていた。あの時のことを思い返してくれていたりするのだろうか。
「きーす! きーす!」
「うるさいですよ、この酔っぱらい!」
「僕は!」
突然秋島先生が上げた声に、私と高垣先生が思わず黙り込む。秋島先生の方を見ると、ふるふると震えながら、
「そういうことは、人に言われてやるものじゃないと思ってます」
その返答があまり気に入らなかったのだろう、高垣先生がさらにギアを上げて言い返す。
「だったらもっとイチャイチャしなさいよあんたら! いつまでもウジウジウジウジムカつくんだわ!」
「だって、付き合ってまだ一週間も経ってないんですよ!?」
「あんたらは一週間でも、こっちはあんたらがお互いを意識した時から見てんの! 体感で言うと一年以上なわけ!」
え、嘘、そんなに長いこと私は彼を意識してたのか。というか秋島先生も私をそんなに長い間……。
秋島先生も同じことを考えていたのか、私と視線がぶつかり合ってしまう。慌てて二人して視線をそらしたが、どうやらその行動が最後の燃料になったらしく……。
「ばっかみたい! 私に彼氏できたら絶対もっとイチャイチャするのにぃいいい!」
そう言い残し、ズドンと重い音をたて思い切り机に突っ伏す。
十秒程度時間が過ぎただろうか。あまりに反応がないので、彼女の身体を揺らす。
「うぃー」
目をつむりながら、心底気の抜けた返事を返された。
暴れ鬼は一瞬で眠り姫に。本当、台風みたいな人だな。
とはいえ最後の叫びは鬼気迫るものがあった。確かに彼女の言う通り、少々卑屈が過ぎたかも知れない。
だがもっとイチャつくと言ってもやはりまだ一週間も経っていないのだ。やはりここは当初のプラン通り、じっくりと時間をかけていくしかない。
性欲は、まぁなんとかなるだろう……。
「それで、どうしましょうか……」
秋島先生が困り顔でこちらを見てくる。
どうするべきかなー。いつも何だかんだ寝るまでは行ってないからなぁ。
「一応弟呼んでるとは言ってましたが……」
そんな風に困っていると、居酒屋の扉が開き、青年が一人やってきた。
「いらっしゃいー!」
「あ、すいません。身内引き取りにきただけなんで」
彼は店内を見回し、私達を見つけると何とも嫌そうな表情を浮かべ、こちらに寄ってくる。
彼は高垣 収《たかがき しゅう》。我が学校の生徒にして高垣先生の弟である。ちなみに秋島先生のクラス。
「ほら姉さん行くよ」
「うぇいー」
自身の身体を潜り込ませるように肩を貸すと、そのまま無理矢理先生を回収していく。流石は高垣先生の弟と言うべきか、この状況に慣れているであろうことを嘆くべきかは分からないが、無駄がない。
その様子を見て秋島先生が、
「高垣くん。ありがとな」
「お礼だったら姉さんもらって上げてください。家に戻ると彼氏欲しいってうるさいんですよ……」
そう秋島先生に言い残すと、高垣くんは重そうな姉を引きずって居酒屋を後にした。
携帯にて時計を確認すると、時刻はまだ八時半だった。今回豪快に飲んでたからな……。まあお陰で高垣くんが来てくれはしたのだが。
それにしても……
高垣くんの最後の言葉が気になる。もしかしなくても、生徒から見てもお似合いのカップルなのだろうか。
やばい、また卑屈スイッチが入っている。反省反省。
「飲み直しましょうか?」
「……そうですね」
先程の高垣くんの言葉が耳に残りつつも、彼の言葉に再び酒宴を続けることにした。
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