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1.96cmの恋(仮)
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「彼氏が欲しい……」
生徒に聞かれたら奮死してしまいそうなことを呟いてしまう。
この世に生を受け早28年。結局ただの一度も男性との経験がなかった。
やはり教師という役職についたのが間違いだったのだろうか。
それともニルヴィア族の私が人間の街で相手を見つけようとしていたのがそもそも間違いだったのか。
「はあ……」
生徒の答案に点数をつけ終わると思い切りため息をつく。
小さな身体、平べったく魅力の欠片もない胸。毛すら生えていない秘部。
好きな人間は好きなのだろうが、あいにくそれを公言している人間にろくなのはいない。
他人に自慢できるものと言ったら、この身長とほとんど同じ長さの黒髪くらいだ。ここだけは手入れが行き届く分、力を入れて綺麗にしている。
「どうかなさいましたか?」
「!?」
焦って思い切り椅子を揺らしてしまう。
振り返ると若い男性教師が立っていた。彼は秋島 教。生徒や先生だけでなく、生徒達の親御さんにも人気のある敏腕教師である。
身長は180cm前後。人間でもかなり大柄な方だろう。私と並ぶと巨人と小人だ。
鍛えているのか若さ故なのかその健康的な肉体は服の上からでも男性的な魅力を醸し出している。
「秋島先生……。いえ、なんでもありません。ただ採点て疲れるなと」
かくいう私もこの人が好きだ。もちろんそういう意味で。彼氏にするならこういう人がいいな、なんて思う。
とはいえ、こんなしっかりとした人がニルヴィア族を好きになることなんてまあないのだが。
「はは、まあ単純作業ですからね。滅入ってしまうこともあるでしょうね。良かったらいかがです?」
そう言って、私にアップルジュースの缶を差し出してくる。
「これがお好きでしたよね?」
「あ、ありがとうございます……」
結構前に言った話なのだが、覚えていてくれたのか……。
受け取った缶ジュースはひんやり冷たいが、ところどころ彼の温もりが残っているのが感じ取れる。
ヤバイな。年下の男に優しくされるとキュンと来てしまう。相手を求めているのだろうか。
「あんまり根詰めすぎないで気楽に行きましょう」
「秋島先生ー」
声の方を見ると、教室の入口に女子生徒が押し掛けていた。
あれは、4組の青川だったか。容姿端麗、品行方正のクラスの人気者。少し天然なところはあるが、そこも人気なところなのだろう。
それにしても相変わらずの人気だ。何ともまあ羨ましい。うちの生徒は私のことを舐めきっているからなぁ……。慕ってくれてはいるんだが。
「先生、誕生日おめでとうございます!」
透き通った声が職員室に響き渡る。教師が出払っているのが幸いだろう。
「え?」
青川の発言に思わず声を出す。秋島先生、今日誕生日なのか……。
日頃の感謝も込めて、何か私も用意するべきだろうか。いや、するべきだろう。
「ありがとう」
女子生徒を返すと、再び秋島先生が席に戻ってくる。
「モテモテですね」
「え? あぁ、まあそうなるんですかね……」
何とも複雑そうな表情だ。
「何もらったんですか?」
「はは、近所で有名なお菓子と…………ENILのIDです」
「うわ……」
それはまた何とも困ったものを。別段青川のことだしやましい意味はないと思うが。
教師と生徒が個人的なメッセージアプリで繋がっているというのは、世間体的にとてもよろしくはない。
「それはそうとお誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
何だかとても嬉しそうだ。一体どうしたと言うのか。
「とはいえすいません。知らなかったので特に何も用意できてなくて……あ、私のIDいります?」
冗談交じりで返す。にしても何を渡そうか。高価すぎると重たいだろうし……
「ぜ、是非!」
かといって安物も………………。え?
「えっと、是非っていうのは?」
「え、あ、すいません! 冗談ですよね……」
「いや全然教えますけど……」
本当に一体どうしたのだろうか。スマホを取り出すとENILの画面を見せる。
それを見た秋島先生は焦りながらも携帯を取り出し、私とのID交換を終えた。
「焦りすぎですよ。どうしたんですか?」
「すいません……。僕、女性とENIL交換するのは初めてで……」
「女性って、私はニルヴィア族ですよ」
ニルヴィア族。人間の社会史によれば、200年ほど前に人里に降りてきたのを発見された種族。人間と同程度の知能を持ち、魔法の行使が可能なエルフの派生種族。エルフ同様に長い横耳を持つが、何より最大の特徴はその容姿の幼さである。成人男性でもその身長は120cmに満たないものも多く、人間には幼子と間違えられるのも珍しくない。一応表情は多少なりとも大人びているらしいが……、それでも彼ら人間にとって大して違いはないだろう。かくいう私も身長は96cm。人間で言えば園児相当だ。
にしても女性とのENIL交換が始めてとは意外だ。秋島先生はモテる人なのだが……
「それでも、僕にとっては一人の女性です」
「……」
嬉しいことを言ってくれる。本気で好きになったらどうしてくれるのか。
叶わぬ恋ほどコスパの悪いものもない。
「あれー、お二人とも何やってるんですか?」
そんな私達の様子を見て、肩までで切り揃えられた茶髪と大きな胸を揺らしながら現れたのは高垣 実高垣 実。秋島先生が女子生徒に人気のあるイケメン教師だとすれば、彼女は男子生徒のマドンナである。事実、告白されることも少なくないらしい。そのせいで一部の女子生徒から目の敵にされたりもしているらしいが……。
見た目もよく、中身も目茶苦茶良い、まさに理想の女教師である。こんな人になりたかった。
「ああ高垣先生。何でも秋島先生が今日誕生日らしくて」
「え! そうだったんですか。おめでとうございます! すいません私何もご用意出来てなくて……」
そういう言葉の端々にはどこか嘘を隠しているように感じられる。
「いえいえ、大丈夫ですよ! お祝いのお言葉ありがとうございます」
美男美女が語らう姿は良く絵になる。こういう二人をお似合いというのだろうなあ。
「それで、ミリア先生は何をプレゼントしたんですか?」
「いえ、私もさっき知ったので……」
流石にENIL IDをプレゼントと言える歳ではないだろう。日頃世話になっているし、本当に何か考えないとな。
「あの、お二人とも本当に気にしなくて大丈夫なので!」
「いえいえ駄目ですよ! 一年に一度しかないんだからこういうのはちゃんと祝わないと! ね、ミリア先生!」
「え、えぇ、まぁそうですね……」
相変わらず圧が強い。見た目によらず熱血なところがあるんだよな……。そういうのも人気の秘訣なのだろうか。
「それじゃあ帰り、みんなで買い物に行きましょう!」
「え」
みんなで?
生徒に聞かれたら奮死してしまいそうなことを呟いてしまう。
この世に生を受け早28年。結局ただの一度も男性との経験がなかった。
やはり教師という役職についたのが間違いだったのだろうか。
それともニルヴィア族の私が人間の街で相手を見つけようとしていたのがそもそも間違いだったのか。
「はあ……」
生徒の答案に点数をつけ終わると思い切りため息をつく。
小さな身体、平べったく魅力の欠片もない胸。毛すら生えていない秘部。
好きな人間は好きなのだろうが、あいにくそれを公言している人間にろくなのはいない。
他人に自慢できるものと言ったら、この身長とほとんど同じ長さの黒髪くらいだ。ここだけは手入れが行き届く分、力を入れて綺麗にしている。
「どうかなさいましたか?」
「!?」
焦って思い切り椅子を揺らしてしまう。
振り返ると若い男性教師が立っていた。彼は秋島 教。生徒や先生だけでなく、生徒達の親御さんにも人気のある敏腕教師である。
身長は180cm前後。人間でもかなり大柄な方だろう。私と並ぶと巨人と小人だ。
鍛えているのか若さ故なのかその健康的な肉体は服の上からでも男性的な魅力を醸し出している。
「秋島先生……。いえ、なんでもありません。ただ採点て疲れるなと」
かくいう私もこの人が好きだ。もちろんそういう意味で。彼氏にするならこういう人がいいな、なんて思う。
とはいえ、こんなしっかりとした人がニルヴィア族を好きになることなんてまあないのだが。
「はは、まあ単純作業ですからね。滅入ってしまうこともあるでしょうね。良かったらいかがです?」
そう言って、私にアップルジュースの缶を差し出してくる。
「これがお好きでしたよね?」
「あ、ありがとうございます……」
結構前に言った話なのだが、覚えていてくれたのか……。
受け取った缶ジュースはひんやり冷たいが、ところどころ彼の温もりが残っているのが感じ取れる。
ヤバイな。年下の男に優しくされるとキュンと来てしまう。相手を求めているのだろうか。
「あんまり根詰めすぎないで気楽に行きましょう」
「秋島先生ー」
声の方を見ると、教室の入口に女子生徒が押し掛けていた。
あれは、4組の青川だったか。容姿端麗、品行方正のクラスの人気者。少し天然なところはあるが、そこも人気なところなのだろう。
それにしても相変わらずの人気だ。何ともまあ羨ましい。うちの生徒は私のことを舐めきっているからなぁ……。慕ってくれてはいるんだが。
「先生、誕生日おめでとうございます!」
透き通った声が職員室に響き渡る。教師が出払っているのが幸いだろう。
「え?」
青川の発言に思わず声を出す。秋島先生、今日誕生日なのか……。
日頃の感謝も込めて、何か私も用意するべきだろうか。いや、するべきだろう。
「ありがとう」
女子生徒を返すと、再び秋島先生が席に戻ってくる。
「モテモテですね」
「え? あぁ、まあそうなるんですかね……」
何とも複雑そうな表情だ。
「何もらったんですか?」
「はは、近所で有名なお菓子と…………ENILのIDです」
「うわ……」
それはまた何とも困ったものを。別段青川のことだしやましい意味はないと思うが。
教師と生徒が個人的なメッセージアプリで繋がっているというのは、世間体的にとてもよろしくはない。
「それはそうとお誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
何だかとても嬉しそうだ。一体どうしたと言うのか。
「とはいえすいません。知らなかったので特に何も用意できてなくて……あ、私のIDいります?」
冗談交じりで返す。にしても何を渡そうか。高価すぎると重たいだろうし……
「ぜ、是非!」
かといって安物も………………。え?
「えっと、是非っていうのは?」
「え、あ、すいません! 冗談ですよね……」
「いや全然教えますけど……」
本当に一体どうしたのだろうか。スマホを取り出すとENILの画面を見せる。
それを見た秋島先生は焦りながらも携帯を取り出し、私とのID交換を終えた。
「焦りすぎですよ。どうしたんですか?」
「すいません……。僕、女性とENIL交換するのは初めてで……」
「女性って、私はニルヴィア族ですよ」
ニルヴィア族。人間の社会史によれば、200年ほど前に人里に降りてきたのを発見された種族。人間と同程度の知能を持ち、魔法の行使が可能なエルフの派生種族。エルフ同様に長い横耳を持つが、何より最大の特徴はその容姿の幼さである。成人男性でもその身長は120cmに満たないものも多く、人間には幼子と間違えられるのも珍しくない。一応表情は多少なりとも大人びているらしいが……、それでも彼ら人間にとって大して違いはないだろう。かくいう私も身長は96cm。人間で言えば園児相当だ。
にしても女性とのENIL交換が始めてとは意外だ。秋島先生はモテる人なのだが……
「それでも、僕にとっては一人の女性です」
「……」
嬉しいことを言ってくれる。本気で好きになったらどうしてくれるのか。
叶わぬ恋ほどコスパの悪いものもない。
「あれー、お二人とも何やってるんですか?」
そんな私達の様子を見て、肩までで切り揃えられた茶髪と大きな胸を揺らしながら現れたのは高垣 実高垣 実。秋島先生が女子生徒に人気のあるイケメン教師だとすれば、彼女は男子生徒のマドンナである。事実、告白されることも少なくないらしい。そのせいで一部の女子生徒から目の敵にされたりもしているらしいが……。
見た目もよく、中身も目茶苦茶良い、まさに理想の女教師である。こんな人になりたかった。
「ああ高垣先生。何でも秋島先生が今日誕生日らしくて」
「え! そうだったんですか。おめでとうございます! すいません私何もご用意出来てなくて……」
そういう言葉の端々にはどこか嘘を隠しているように感じられる。
「いえいえ、大丈夫ですよ! お祝いのお言葉ありがとうございます」
美男美女が語らう姿は良く絵になる。こういう二人をお似合いというのだろうなあ。
「それで、ミリア先生は何をプレゼントしたんですか?」
「いえ、私もさっき知ったので……」
流石にENIL IDをプレゼントと言える歳ではないだろう。日頃世話になっているし、本当に何か考えないとな。
「あの、お二人とも本当に気にしなくて大丈夫なので!」
「いえいえ駄目ですよ! 一年に一度しかないんだからこういうのはちゃんと祝わないと! ね、ミリア先生!」
「え、えぇ、まぁそうですね……」
相変わらず圧が強い。見た目によらず熱血なところがあるんだよな……。そういうのも人気の秘訣なのだろうか。
「それじゃあ帰り、みんなで買い物に行きましょう!」
「え」
みんなで?
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