KARMA

紺坂紫乃

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第四部 血染めの十字架篇

4-6

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六、


 ――イタリア。ローマ市街の廃墟では灯りすらない暗がりで一人の禿頭の男と長身で肩幅の広いスーツをかっちりと着た男が話していた。

「高科葵が裏切ったとはまことかね?」

 禿頭の男はしわがれた声から高年齢者と判断できた。

 スーツの男は悪びれる気など微塵もないのに、肩をわざと竦めて「管理不行き届きで申し訳ありませんねえ」とうそぶいた。食えない男だ、と禿頭の男は腰で手を組み、スーツの男の方へは向こうをしなかった。

「責任は取りますよ。猊下geikaにこんな汚いところへご足労頂いた訳ですから」

「ほう。どうすると?」

「夢の残骸――あれを少々いじりました。葵の首だけでも持ってくりゃあ御の字です」

 「夢の残骸」という単語に、禿頭の男はやっとスーツの男を弾かれたように見た。

「ビニ、なにを考えている!? 勝手なことを!! アレは『夢幻泡影』の残骸がどれほどヴァチカンにとっても貴重な護りとなるのか解っておるのか……!?」

 マデリカファミリーのボス、エドモンド・ビニは、口角を上げた。その不敵な笑みに、ベレッチ枢機卿は心拍数が上がる。

「猊下は朗報をお待ちください――『夢幻泡影』は良い物を残してくれたもんだ」

 歌うように話すビニは、葉巻を加えマッチで火を付けた。


 
 毎日、パリの街でも人気が少ないところを二人か三人で適当に歩く。マフィアは面白いくらいに釣れた。

「今までの敵に比べたら格段に楽なんだけどよお。いまいち刺激に欠けるよなあ……」
 左文字はポケットに手を突っ込んだまま、脚だけで複数のマフィアをドミノ倒しのように蹴倒して行く。

「気持ちは解るが……あんな死闘を毎度求めておるなら、さっさと諦めることだな。あの万博期間中が特殊だったのだ」

 刹那も刀はよほどの危険な相手にしか抜かない。ロングショットライフルや火炎放射器を持ち出された時くらいだ。あとは柔術と空手でそれなりになんとかなっている。

 あとは屍たちの懐から金をり取る為の徒手空拳でもある。そろそろ補修費は貯まった頃だろうとアーヤに尋ねても微妙な答えが返ってきて、まだ足りないのかとマフィアに同情し始めた。

 二人がパッシー区近くに差し掛かった時、大気が震えた。

『刹那、左文字、今はどこに居るの!?』

「アーヤ、パッシー区だが……」

『ちょうど良いわ!! モンパルナス近郊の裏路地で、アオイとルイーズが奇襲を受けたの!! 今もリチャードが応戦しているわ!!』

「アンリとデュークは?」

『所用でモンマルトルの様子を見に言って貰ったの。貴方達の方が早いわ!!』

「解った。急行しよう」

『気をつけて!! リチャード達からの情報じゃあ、相手は刹那に似た剣術を使うらしいわ』

 アーヤはそれだけを告げると通信を切った。最後の一言に、刹那も左文字も表情が険しくなる。

「どういうことだ……? 葵に続いて、また日本刀使いだと……?」

「これが『夢の残骸』やも知れぬな――急ごう」

 二人は屋根を駆けて、東に進路を取った。約十五分かけ、セーヌを越えてモンパルナスに入る。すると、そこかしこにマフィアと思わしき男達が転がっていた。

 刹那の耳が獅子の雄たけびを拾い、更に南下すると一人の洋装の剣士の一撃を念動力の剣で受け止めているリチャードを発見した。

「リチャード!!」

 左文字はリチャードの後ろに乳白色のドーム内でルイーズが倒れた葵を抱き起こしている方へ向かう。

 刹那は相手の剣士に、抜きざまの横薙ぎを一閃放つ。
 日本刀を持った洋装の男は、それを弾き、後方に飛び退った。

「セツナ、そいつ、マデリカの人間らしいけど可笑しいの!! アオイちゃんが言うには剣術なんて使えない男だったって!!」

 剣術を使えなかった、という言葉に刹那は目をすがめる。薄笑いを貼りつけた狐に似た男は明らかに外国人だ。マデリカの人間ならイタリア人で確定だろう。
 だが、この構えも、足運び、呼吸、すべては卓越した日本刀による剣術を学んできた者の所作だ。嫌なことにかもし出す雰囲気が刹那に似ているとも感じていた。

「リチャード、ルイーズ。葵は他にもなにか言っていたか?」
「……確か、移植がなんとか……と」

 ぜいぜいと呼吸が荒いリチャードが「おい」と左文字の手当てを受けながらも、伝えねばとの一心で斬られた胸を押さえながら言葉を発した。

「……夢の残骸……移植……なるほどな。あまり考えたくはない可能性だが、これしかあるまい」

 刹那は笑みを崩さずに正眼に構えて、じりじりと動く男に対して下段に構えた。

「下段……? なに考えてんだ、あいつ?」

 刹那の構えに左文字が相方の考えが読めない、と刹那の行動を窺う。リチャードがそれに「どういう意味だ?」と問うた。

「武器には構えがある。詳しくは省くが、日本刀の剣術に於いて下段の構えは、相手の様子や出方を窺う構えだ。刹那は瞬殺型だからあまり使わねえんだが……」

 だが、刹那は左文字の意に反して、下段のまま飛び出した。

 当然ながら正眼に構えている男が有利だ。
 しかし、刹那は目を突かれる瞬間に「逆風さかかぜ」――つまり足元から斬り上げて、相手の剣を折ると同時に、異能である『籠釣瓶』の風圧による切断を至近距離で発生させた。
 男は顔を両断されて後方に倒れた。
 懐から取り出した懐紙で血糊を拭うと、刹那は刀を納めて振り返る。

「終わったぞ。待たせてすまぬ。葵を急いでアーヤのところに運ぼう。話は隠れ家で」

 左文字がリチャードを小脇に抱えて「俺、お前を抱えるのは何度目だろうな」とにやにやと笑った。
 近所迷惑な喧嘩を始めた二人を無視して、刹那はドームを壊して一息吐いたルイーズから葵を受け取った。

「あ、私は……!!」

「問題ない。甘えておけ――左文字!!」

「おう。ルイーズ、背中にしがみついてな!!」

 怪力の左文字は成人男と少女を抱えて屋根まで一足飛びに飛んだ。刹那は気を逸している葵を抱いたまま、その後を追う。

 風のように平然と駆ける二人に、ルイーズとリチャードは「やはりこの二人との力量が違う」と顔を撫でていく冷たい風を浴びながら西の地平線に沈み行く夕陽を眺めた。



 アーヤの治療で傷が癒えた葵は、ベッドの上でアーヤに急いで頭を下げた。

「ありがとうございます……!!」

「良いのよ。貴女が三人の中で最も重症だったんだから。刹那は最初の一撃は葵だったんだろう、って言ってたけど?」

「……はい。裏切った私への報復でしょう」

 俯く葵に「解ること、皆の前で話せる?」と葵の手を引いて、夕食で戦争になっている全員の前に連れてきた。

「もう立ちあがっても良いのか?」

「は、はい!! 皆さま、本当にありがとうございます。あの、重要なお話が……」

「あの剣士はマデリカが『夢幻泡影』の残骸である『笠木刹那』の能力の一部を移植された、と?」

「な、なぜそれを……!?」

 葵の吃驚の声に、食卓の戦争もピタリと止まった。刹那は「順を追って話そう」と、紅茶を一口飲んで、喉を潤した。

「まずは入手経路が謎だが『夢幻泡影』の残骸からモンマルトルの襲撃や左文字達を襲った私のコピーを一体入手した――これが『夢の残骸』。カーンが遺した物、ここまでは合っているか?」

「はい。そして、マデリカファミリーの中に能力を分割して移植できる者が居るのです。我々は『ドクトル』と呼んでいましたが、彼は元『夢幻泡影』ともかかわりがあったので、コピーの刹那さんの剣術を四人に分割して、それを植え付けたのです」

 葵の話にアンリが「異能ってなんでもアリなんだね」と感慨深そうに言った。左文字がその後頭部をぺしりと叩いて「感心してる場合か!!」と諫めた。
 両者が睨み合っているところを掻き分けて、リチャードが「今日の男はその一人な訳だな?」と葵に尋ねる。

「そうです。分割された分だけ能力は劣化するのですが、マデリカのボスであるビニは何らかの薬なり、異能なりを発見してあそこまで力を増幅させたのでしょう……」

「つまりは、また刹那もどきと戦うのか!! かなり腹いっぱいだぞ!?」

「人を食い物みたいに……。残りはあと三人か。アーヤ、カードでは探れぬか?」

 刹那の言葉に、アーヤは黙したまま首を横に振った。

「マフィアがどこに現れるかなら探れるわ。でも、『移植された者』を探るのは……ああ、日本刀を持っている奴に的を絞れば良いのかしら?」

「否、それでは目くらましの者も居よう。難しいな、マデリカがここまで異能に特化しているとは」

 頭を抱える刹那に、葵が「あの……」とそろりと話しかける。

「マデリカファミリーが異能を積極的に採用し始めたのは、ビニがボスになった五年前からだと聞きました。ビニ個人も能力者だったということもありますが、ビニが異能者の見つけ方や生かし方は『プロフェッサー』という女性から学んだ、と」

 全員の頭に、あの銀髪の奇天烈女が浮かんだ。

 ――マハだ。
 間違いなくあの女だ。

 ぷつん、と左文字の血管切れる音が聞こえた気がして、刹那は左文字に飛びついて抑え込む。リチャードも加勢する。

「あ・の・くそ女あああ……!! 『夢幻泡影』を連れてきたのもあいつだぞ!? いったいどれだけ俺達を振り回しゃあ気が済むんだ」

 左文字の怒りは最もだが、事態が解らない葵がたじろぐ。それをアーヤとルイーズに宥められて、葵は訳が解らないまま「まだ療養していた方がいいわ」とベッドに戻された。

「……致し方ない。ルィアン殿かZEROを通して、マハと繋ぎを取って頂こう」

 満場一致の中、野犬の遠吠えに負けない勢いで吼える左文字の叫びが、パリの夜空に響いていた。


★続...
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