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第三部 影喰み-shadow bite-篇
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十四、
手術台の上に寝かされた刹那は指先だけが何度もぴくりと動いていた。
しかし、目覚める気配はない。
「過去は以前、アズライールに侵入されてケリが付いたんだったか。ふふ、それで今最も恐れているのは空っぽのモンマルトルということか。――安心しなよ。直にモンマルトルの丘は君の仲間の血で満たされる収穫祭となるだろう」
カーンは腹の底から笑った。白熱電球だけの例の部屋である。今は緑の椅子の代わりに刹那が横たわる手術台だけがあった。
また刹那の指先がぴくりと動いた。カーンはそれを不可思議に思い、刹那の脇に置かれた『籠釣瓶』に手を差し出した。
「百人斬りの妖刀か。確かに凄まじい血臭だが、これが無ければ笠木刹那はおそるるに足りない」
カーンは『籠釣瓶』に触れようと右手を伸ばした。中指の爪先が鞘に触れるか触れないかという瞬間に、強い電流にも似た拒否反応が示された。
「この僕が……触れないだと……!?」
カーンは不快だとばかりに、眉根を寄せる。すると、地の底から内臓を揺さぶるような重低音の声が聞こえた。
『血ノ匂イ ガ セヌ。――汝ハ 不要ナリ』
「……へえ、血の匂いをお望みか。僕を拒否するとは大したものだ。さて、笠木刹那が目覚めるまでモンマルトルは耐えられるかな?」
カーンはまだ痺れが取れない右手を震わせながら、そう言い残して踵を返し闇の中へと消えて行った。
白熱電球の下で、夢遊病のように起き上がった刹那の存在には気づかずに――。
◇
ルィアン跳ね起きて「……来る」と言った。
それを聞いたシスは『千里眼』を使おうとするが、ルィアンから制止が入る。
「無駄だ。四人を同時に連れて行くとは……。余程の使い手か、なにか策を講じているか……シス、お前はサンクの『同調』と共に刹那を探せ」
「はい。では、ボスは?」
「私は四人の万が一に備えて飛び込めるように待機しておく」
ZEROが戻ったら『白蛇神』を全力で使うことになるかもしれない、とルィアンは舌打ちを漏らした
◇
「あれ?」と声を発したのは四人同時だった。闇の世界に突如連れ込まれてきた左文字、アンリ、リチャード、ルイーズは各々の顔を見て目をしばたたかせる。
「……やられた」と額を押さえたのは左文字だった。
間違いなく『夢幻泡影』の仕業だ。しかも、四人同時とは大胆なことだ。左文字は閉じ込められた闇の世界をぐるりと一周歩いた。
「壁もない。歩数にして百二十歩……こんな狭いところに四人も放り込んでどうすんだあ?」
誰の答えを期待した訳でもない。ただの愚痴でしかなかったが、闇の底から目が痛いほどの白光がどんどんと広がる。
「なあに、ただのいち演目でございますよ。『空っぽのモンマルトル』の為の、ね?」
光に目がくらんでいる間に鼓膜を侵すのは、ふわふわとした男の声――やっと目を開けると、そこは巨大な花崗岩のドームの中だった。四方は壁に囲まれているが、広さは目算でコンコルド広場と同じくらいか、もう一回り小さい。
壁があるせいかもしれないが、と左文字は予想を立てる。
眼の前に立つのは式鬼の顔が逆さまになった道化師――そして、四人を取り囲むのは、軽く百を超える式鬼たちである。
四人の能力とこのドームの大きさを鑑みれば、導き出される答えは一つだ。
アンリをちらっと横目で見ると、車いすに座りながらも彼は首肯する。
アンリとの考えは共有できた。ならばと左文字は一歩後退して、背中あわせになっているリチャードとルイーズに、腹話術でアンリと共有したこの場の広さと二人の役割を伝えた。
「ほうほう、そちらの青年は賢い御方だ。ここの広さとそれぞれの戦い方を瞬時に計算して、しかも私に唇の動きから会話を読まれぬように努めるとは!! 素晴らしい!! 貴方が笠木刹那の相方ですね!?」
「さすが道化師……うるせえったら、ありゃしねえ。今から戦うんだ。一人ならこんな面倒くせえことはしねえよ。仲間と戦うのに頭ん中を同じにする――常識だろ?」
拳を構えて挑発的に笑う左文字に、道化師は耳障りな笑い声を上げる。
「やはり素晴らしい!! 勇壮なる戦士に敬意を表して名乗りを上げましょう!! 私は『夢幻泡影』幹部が一翼・アンと申します!! それではー、最高のショータイムと行きましょう!!」
アンの合図がドームに響いたと同時に、左文字は消えた。めいめい違う武器を持った式鬼をアンリは遠隔分解を、リチャードは剣を多方面から、ルイーズは今まで隠していたロザリオを取りだして『十字架』を閃光のようにしてぐるりと四人を囲んでいた式鬼を灰燼に帰す。
「うひゃー、ルイーズのそれ。やっぱり規模が違うね……!!」
「お、お前、そんな攻撃が使えたのか……!!」
一瞬で、百以上の式鬼を消し去った『十字架』にアンリとリチャードはあんぐりと口を開く。その反応を正面から受け止めきれず、ルイーズは「リチャード、黙っていてごめんなさい。……嫌わないで」と小さく囁いた。
「……馬鹿だな、嫌うわけないだろう? むしろ、心強い戦力じゃないか……!!」
以前の彼なら、また自分が一番弱いのだと頭を抱えたことだろう。なのに、いつの間に彼女の不安を、たった一言で払拭してくれるほどの心の強さをえたのだろうか。思わぬ言葉に涙を堪えながら、ルイーズは「うん、皆で帰ろうね!!」と大きく微笑んだ。
「素晴らしいすばらしいスバラシイ!! なんという事でしょう!! 我らの戦士たちが塵芥も同然とは!! ですが――」
これで見くびられては困るのですよ、とアンがパチンと指を鳴らすと、再び大勢の式鬼が出現する。数だけならさっきの倍以上だ。
「数に物を言わせても俺らには勝てねえよ」
ドームの天井に張り付いていた左文字が落下速度で勢いをつけて、アンを狙って地を殴る。飛び退ったアンの立っていたところは花崗岩を粉々にして陥没し、小さな地震さえ起こった。
「ちっ、外したか……!!」
左文字の一撃だけで、ドームの天井からぱらぱらと小さな欠片が落ちてくる。
「サモンジ、やりすぎ!!」
「うるせえ、幹部相手に手加減してられるか!!」
アンリの注意に耳を貸さず、左文字は刹那の刀やアンリの斧でもないのに、かまいたちが生まれる蹴りをアンに放つ。
蹴りを避けてもすれすれで良ければ、かまいたちに肌を裂かれる。
もうすでに数え切れないほどの裂傷や服が裂けているが、左文字に息が乱れた様子は皆無だ。
決定的な一撃にならないことに焦れる様子もない。
彼が伊達や酔狂で『笠木刹那の相方』を名乗ってはいないとアンはじわりと冷や汗を滲ませていた。
――だが、どんな強者であろうとも『勝者』は我らである。
残りの三人に式鬼が何度一掃されようとも、アンは式鬼を出現させ続けた。
「お前、やっぱりおかしいな」
唐突に左文字はそう言い放った。アンだけでなく、また分子や塵にされた式鬼らの名残が舞う中で左文字はピッとアンに人差し指を裏返して指した。
「俺、刹那みてえにうまく説明するのが苦手なんだが……お前、『二人分の気配』がする。ついでに言うと、単純な戦闘力で言えば、キリークだっけ。あいつの方が強いのに、ここに来てお前を、しかも俺達複数を相手にする狙いはなにか……? この式鬼どもでお前の中身から意識を遠ざける意図は……? 頭が痛くなるぜ」
左文字の言葉に、アンリは気づいていたのか、表情に変化はない。リチャードとルイーズは弾かれたようにアンと左文字に向き直った。
「……やはり侮れない。キリークだけではない。あのカーンですら左腕を笠木刹那に奪われた。力だけではない。頭脳と連携――たった七人に『クルセイダーズ』ですら敗れる訳だ……。ですがね」
アンは両手を広げて、ついには広間全体の隙間が無くなるような人数の式鬼を展開させた。
「左文字、これ以上はさばけないよ!!」
「ルイーズも呼吸が荒いんだ!!」
「わかってる!! ……ったく、『これ』だけは使いたくなかったんだが、そうも言ってられねえな」
左文字は妙な構えを取る。手に何か持っているような構えだ。
それに呼応するように彼の両手が鈍く光り出した。
「アンリ、飛べ!! リチャードとルイーズはべったり伏せてろ!!」
いったい何を、とアンが目を見開く。
だが、これで我らの勝利は確定したーー!!
面の下でほくそ笑んだアンの目論みは左文字の一言で破られる。
「お前が死んだらお前らの勝ちなんだろ? 例えば……全員に呪詛を振り撒く、とか?」
左文字の指摘にアンは「なにを根拠に?」とおどけてみせたが、左文字は一瞬揺らいだ語調を聞き逃さなかった。
「残念。あからさまな演出が逆効果だったな。俺は第六カルマ。こいつは呪詛も切り裂き、浄化する俺の奥の手だ――!!」
そう言って笑った左文字の手に顕現したのは、彼の身長の半分以上ある薙刀(なぎなた)だった。
「不浄一切滅殺――!!」
左文字の一薙ぎで、アンの面が外れる。他の式鬼達も光りを浴びて煌めく埃のようにきらきらと天に昇っていく。
「げえっ!!」
左文字の命令通り、元素の糸で飛んだアンリは、置き去りにした車いすを瞬時に分解し、着地点に生成して着地する。そして、目にしたアンの顔に苦虫を噛み潰したような声を上げる。
「……う……あ……」
面が外れたアンは左半分が男、もう半分が女だった。それは黒い煙を撒き散らすが、左文字の薙刀の一閃に浄化されて式鬼達と昇華されていった。
「サモンジ、それ、なに? 君、使う武器なんかあったんだ」
左文字は「不本意ながらな」と薙刀を消した。
「あいつの狙いが死後にあることはすぐに読めたんだ。だが基本的に徒手空拳で戦いたい俺としては、殴り殺してやりたかった。けど、呪詛が効かない俺とルイーズはともかく、お前らと一緒じゃあ全部を一斉に浄化する必要があった。これは俺のカルマに由来する僧兵の薙刀だ。実在したのかはともかく『夢幻泡影』の十八番は精神汚蝕・呪詛・奇襲だってことは常に頭に置いておいたのさ」
『ああ見えて左文字は勉強家だぞ』
葡萄畑で諭すように彼を褒めた刹那の柔い声が甦る。
第七カルマの相方――アンが見出したように、アンリ達も左文字の横顔にあの剣士と肩を並べるこの小柄な戦士の存在の大きさを改めて再認識するのだった。
★続...
手術台の上に寝かされた刹那は指先だけが何度もぴくりと動いていた。
しかし、目覚める気配はない。
「過去は以前、アズライールに侵入されてケリが付いたんだったか。ふふ、それで今最も恐れているのは空っぽのモンマルトルということか。――安心しなよ。直にモンマルトルの丘は君の仲間の血で満たされる収穫祭となるだろう」
カーンは腹の底から笑った。白熱電球だけの例の部屋である。今は緑の椅子の代わりに刹那が横たわる手術台だけがあった。
また刹那の指先がぴくりと動いた。カーンはそれを不可思議に思い、刹那の脇に置かれた『籠釣瓶』に手を差し出した。
「百人斬りの妖刀か。確かに凄まじい血臭だが、これが無ければ笠木刹那はおそるるに足りない」
カーンは『籠釣瓶』に触れようと右手を伸ばした。中指の爪先が鞘に触れるか触れないかという瞬間に、強い電流にも似た拒否反応が示された。
「この僕が……触れないだと……!?」
カーンは不快だとばかりに、眉根を寄せる。すると、地の底から内臓を揺さぶるような重低音の声が聞こえた。
『血ノ匂イ ガ セヌ。――汝ハ 不要ナリ』
「……へえ、血の匂いをお望みか。僕を拒否するとは大したものだ。さて、笠木刹那が目覚めるまでモンマルトルは耐えられるかな?」
カーンはまだ痺れが取れない右手を震わせながら、そう言い残して踵を返し闇の中へと消えて行った。
白熱電球の下で、夢遊病のように起き上がった刹那の存在には気づかずに――。
◇
ルィアン跳ね起きて「……来る」と言った。
それを聞いたシスは『千里眼』を使おうとするが、ルィアンから制止が入る。
「無駄だ。四人を同時に連れて行くとは……。余程の使い手か、なにか策を講じているか……シス、お前はサンクの『同調』と共に刹那を探せ」
「はい。では、ボスは?」
「私は四人の万が一に備えて飛び込めるように待機しておく」
ZEROが戻ったら『白蛇神』を全力で使うことになるかもしれない、とルィアンは舌打ちを漏らした
◇
「あれ?」と声を発したのは四人同時だった。闇の世界に突如連れ込まれてきた左文字、アンリ、リチャード、ルイーズは各々の顔を見て目をしばたたかせる。
「……やられた」と額を押さえたのは左文字だった。
間違いなく『夢幻泡影』の仕業だ。しかも、四人同時とは大胆なことだ。左文字は閉じ込められた闇の世界をぐるりと一周歩いた。
「壁もない。歩数にして百二十歩……こんな狭いところに四人も放り込んでどうすんだあ?」
誰の答えを期待した訳でもない。ただの愚痴でしかなかったが、闇の底から目が痛いほどの白光がどんどんと広がる。
「なあに、ただのいち演目でございますよ。『空っぽのモンマルトル』の為の、ね?」
光に目がくらんでいる間に鼓膜を侵すのは、ふわふわとした男の声――やっと目を開けると、そこは巨大な花崗岩のドームの中だった。四方は壁に囲まれているが、広さは目算でコンコルド広場と同じくらいか、もう一回り小さい。
壁があるせいかもしれないが、と左文字は予想を立てる。
眼の前に立つのは式鬼の顔が逆さまになった道化師――そして、四人を取り囲むのは、軽く百を超える式鬼たちである。
四人の能力とこのドームの大きさを鑑みれば、導き出される答えは一つだ。
アンリをちらっと横目で見ると、車いすに座りながらも彼は首肯する。
アンリとの考えは共有できた。ならばと左文字は一歩後退して、背中あわせになっているリチャードとルイーズに、腹話術でアンリと共有したこの場の広さと二人の役割を伝えた。
「ほうほう、そちらの青年は賢い御方だ。ここの広さとそれぞれの戦い方を瞬時に計算して、しかも私に唇の動きから会話を読まれぬように努めるとは!! 素晴らしい!! 貴方が笠木刹那の相方ですね!?」
「さすが道化師……うるせえったら、ありゃしねえ。今から戦うんだ。一人ならこんな面倒くせえことはしねえよ。仲間と戦うのに頭ん中を同じにする――常識だろ?」
拳を構えて挑発的に笑う左文字に、道化師は耳障りな笑い声を上げる。
「やはり素晴らしい!! 勇壮なる戦士に敬意を表して名乗りを上げましょう!! 私は『夢幻泡影』幹部が一翼・アンと申します!! それではー、最高のショータイムと行きましょう!!」
アンの合図がドームに響いたと同時に、左文字は消えた。めいめい違う武器を持った式鬼をアンリは遠隔分解を、リチャードは剣を多方面から、ルイーズは今まで隠していたロザリオを取りだして『十字架』を閃光のようにしてぐるりと四人を囲んでいた式鬼を灰燼に帰す。
「うひゃー、ルイーズのそれ。やっぱり規模が違うね……!!」
「お、お前、そんな攻撃が使えたのか……!!」
一瞬で、百以上の式鬼を消し去った『十字架』にアンリとリチャードはあんぐりと口を開く。その反応を正面から受け止めきれず、ルイーズは「リチャード、黙っていてごめんなさい。……嫌わないで」と小さく囁いた。
「……馬鹿だな、嫌うわけないだろう? むしろ、心強い戦力じゃないか……!!」
以前の彼なら、また自分が一番弱いのだと頭を抱えたことだろう。なのに、いつの間に彼女の不安を、たった一言で払拭してくれるほどの心の強さをえたのだろうか。思わぬ言葉に涙を堪えながら、ルイーズは「うん、皆で帰ろうね!!」と大きく微笑んだ。
「素晴らしいすばらしいスバラシイ!! なんという事でしょう!! 我らの戦士たちが塵芥も同然とは!! ですが――」
これで見くびられては困るのですよ、とアンがパチンと指を鳴らすと、再び大勢の式鬼が出現する。数だけならさっきの倍以上だ。
「数に物を言わせても俺らには勝てねえよ」
ドームの天井に張り付いていた左文字が落下速度で勢いをつけて、アンを狙って地を殴る。飛び退ったアンの立っていたところは花崗岩を粉々にして陥没し、小さな地震さえ起こった。
「ちっ、外したか……!!」
左文字の一撃だけで、ドームの天井からぱらぱらと小さな欠片が落ちてくる。
「サモンジ、やりすぎ!!」
「うるせえ、幹部相手に手加減してられるか!!」
アンリの注意に耳を貸さず、左文字は刹那の刀やアンリの斧でもないのに、かまいたちが生まれる蹴りをアンに放つ。
蹴りを避けてもすれすれで良ければ、かまいたちに肌を裂かれる。
もうすでに数え切れないほどの裂傷や服が裂けているが、左文字に息が乱れた様子は皆無だ。
決定的な一撃にならないことに焦れる様子もない。
彼が伊達や酔狂で『笠木刹那の相方』を名乗ってはいないとアンはじわりと冷や汗を滲ませていた。
――だが、どんな強者であろうとも『勝者』は我らである。
残りの三人に式鬼が何度一掃されようとも、アンは式鬼を出現させ続けた。
「お前、やっぱりおかしいな」
唐突に左文字はそう言い放った。アンだけでなく、また分子や塵にされた式鬼らの名残が舞う中で左文字はピッとアンに人差し指を裏返して指した。
「俺、刹那みてえにうまく説明するのが苦手なんだが……お前、『二人分の気配』がする。ついでに言うと、単純な戦闘力で言えば、キリークだっけ。あいつの方が強いのに、ここに来てお前を、しかも俺達複数を相手にする狙いはなにか……? この式鬼どもでお前の中身から意識を遠ざける意図は……? 頭が痛くなるぜ」
左文字の言葉に、アンリは気づいていたのか、表情に変化はない。リチャードとルイーズは弾かれたようにアンと左文字に向き直った。
「……やはり侮れない。キリークだけではない。あのカーンですら左腕を笠木刹那に奪われた。力だけではない。頭脳と連携――たった七人に『クルセイダーズ』ですら敗れる訳だ……。ですがね」
アンは両手を広げて、ついには広間全体の隙間が無くなるような人数の式鬼を展開させた。
「左文字、これ以上はさばけないよ!!」
「ルイーズも呼吸が荒いんだ!!」
「わかってる!! ……ったく、『これ』だけは使いたくなかったんだが、そうも言ってられねえな」
左文字は妙な構えを取る。手に何か持っているような構えだ。
それに呼応するように彼の両手が鈍く光り出した。
「アンリ、飛べ!! リチャードとルイーズはべったり伏せてろ!!」
いったい何を、とアンが目を見開く。
だが、これで我らの勝利は確定したーー!!
面の下でほくそ笑んだアンの目論みは左文字の一言で破られる。
「お前が死んだらお前らの勝ちなんだろ? 例えば……全員に呪詛を振り撒く、とか?」
左文字の指摘にアンは「なにを根拠に?」とおどけてみせたが、左文字は一瞬揺らいだ語調を聞き逃さなかった。
「残念。あからさまな演出が逆効果だったな。俺は第六カルマ。こいつは呪詛も切り裂き、浄化する俺の奥の手だ――!!」
そう言って笑った左文字の手に顕現したのは、彼の身長の半分以上ある薙刀(なぎなた)だった。
「不浄一切滅殺――!!」
左文字の一薙ぎで、アンの面が外れる。他の式鬼達も光りを浴びて煌めく埃のようにきらきらと天に昇っていく。
「げえっ!!」
左文字の命令通り、元素の糸で飛んだアンリは、置き去りにした車いすを瞬時に分解し、着地点に生成して着地する。そして、目にしたアンの顔に苦虫を噛み潰したような声を上げる。
「……う……あ……」
面が外れたアンは左半分が男、もう半分が女だった。それは黒い煙を撒き散らすが、左文字の薙刀の一閃に浄化されて式鬼達と昇華されていった。
「サモンジ、それ、なに? 君、使う武器なんかあったんだ」
左文字は「不本意ながらな」と薙刀を消した。
「あいつの狙いが死後にあることはすぐに読めたんだ。だが基本的に徒手空拳で戦いたい俺としては、殴り殺してやりたかった。けど、呪詛が効かない俺とルイーズはともかく、お前らと一緒じゃあ全部を一斉に浄化する必要があった。これは俺のカルマに由来する僧兵の薙刀だ。実在したのかはともかく『夢幻泡影』の十八番は精神汚蝕・呪詛・奇襲だってことは常に頭に置いておいたのさ」
『ああ見えて左文字は勉強家だぞ』
葡萄畑で諭すように彼を褒めた刹那の柔い声が甦る。
第七カルマの相方――アンが見出したように、アンリ達も左文字の横顔にあの剣士と肩を並べるこの小柄な戦士の存在の大きさを改めて再認識するのだった。
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