裏鞍馬妖魔大戦

紺坂紫乃

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第一部 風の魔物と天狗の子

序章 恨みの産声

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【裏鞍馬妖魔大戦】

第一部「風の魔物と天狗の子」


 
 紅い月が煌々と輝く不気味な夜のことだった。先ほどまで狂ったように暴れていた風も今は静かなものだ。緑が萌える匂いよりも辺り一面の天狗の死体が放つ血臭が勝った。耳が痛いほどの静寂な夜だ。
 だからこそ、あの子天狗の声は朗々と響いた。

「――殺してやる!!」

 それはこちらの台詞だと、周囲に累々と転がる天狗たちの血で汚れた白い風の魔物は、心中で毒づく。藍の水干も、くくり袴に至るまで血を被った青年は緩慢な動作で牙をむく天狗を睨んだ。

「やめよ、羅天らてん!! これ以上、最澄さいちょうを刺激するでない」

 ギラギラと黒い双眸を魔物に向けながら子天狗・羅天は、鞍馬天狗の長である僧正坊そうじょうぼうに抑えつけられながらも叫び続けた。殺してやる、と。
 最澄、と呼ばれた白い風の魔物は顔に飛んだ血飛沫ちしぶきを拭いながら、羅天の言葉を喉で笑う。

「……へえ、天狗って種族は厚顔無恥なものだ。まずは自分達の行いを顧みてから怒るべきだろう?」
「最澄」

 吠える羅天を嘲笑う最澄を諫めたのは、最澄の後ろに立っていた烏帽子と直衣姿の美丈夫だった。彼は安倍清明あべのせいめいという陰陽師である。この鞍馬山だけでなく、人間の間でも名高い稀代きだいの陰陽師だ。最澄は師匠である清明の一言で羅天から目を逸らした。

「僧正坊、ここは公の場やない。せやから言わせてもらいます。……羅天には悪いが、私にはこの不肖の弟子の気持ちも痛いほど解る。これの処分は私に一任させてもらえますか?」

「……清明よ、その風魔を如何にする? 最澄は殺し過ぎた。もう全国の天狗衆が黙ってはおるまい」

 清明は返す言葉が見つからず、目を伏せた。清明に代わって口を開いたのは最澄である。

「何が問題なのですか、僧正坊。先に盟約を破ったのはそちらだ。天狗だろうが妖だろうが好きなだけ連れてくるといい。その馬鹿な子天狗に真実が見えているなら、の話ですがね」

 なんの感情も無い黒い双眸で羅天を一瞥すると、最澄はさっさと踵を返して歩き出した。

「待てよ!! 絶対許さないからな……!! 地の果てでもお前を殺しに行ってやる!!」

 去りゆく最澄の背に羅天は吠えた。目に、耳に焼きついて離れない仲間の断末魔。羅天はただ一人生き残ってしまったことに涙した。

続...
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