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急
epilogue, 白夜-エデンに乞う-
しおりを挟む――五年後。
ユーリは雪の膝に乗った星良と共に夏の夜空を見上げていた。星を司る神々の加護を受けて生まれたからか、星良は教えられずとも、星に詳しかった。
「あれが夏の大三角形。アルタイルがあっちで、ベガがあっち。アルタイルが彦星様で、ベガが織姫様?」
「そうだよ。よく覚えたね」
雪に頭を撫でられて星良はとても嬉しそうに脚をぱたぱたと動かす。額には、変わらず星と白百合の痣がある。年々濃くなるそれを、星良はあまり気にしていないようだった。
性別が無い星良は顔も中性的でユーリにも、雪にも似ている。着る服は自由に選ぶが、箪笥に入っている洋服は動きやすさを重視しているので、ズボンが多い。おかげで近所では女顔の男の子で通っている。
「額の痣は見える人と見えない人がいるみたいだね」
雪ははしゃぎ疲れた星良の腹を規則正しいリズムでゆるく叩く。
「ママのタトゥーとは少し違うみたい。見える人にも、生まれつきの痣だって言えばまかり通るから、この子は友達がいっぱいできて、私は嬉しいな」
すうすうと深く眠る星良は、幸せの象徴だった。犬神との戦いが嘘であったかのように、静かな日々を送っている。
◇
ところが、星良の成長は十五歳でぴたりと止まってしまった――。祖父母が逝き、父も天寿をまっとうして逝ったのに、星良だけが十五歳のままだった。
「ママ、どうして星良は大人になれないの?」
友人たちは体形が変わり、昔の面影を残して大人になっていくのに、星良だけは十五歳で時間が進まない。
母は星良の額の痣に触れて「いずれエデンに行く運命なのね」と告げたきり、倒れて帰らぬ人となった。
「……誰も答えてくれなくなっちゃった……」
父の墓に入った母の葬儀の後、墓地に座り込んでいたら「答えが欲しいか?」と全身が真っ黒の――どことなく祖父に似た男が話しかけてきた。
「あなた、だあれ?」
「ルシファー。お前の父と母は『エル』と呼んでいた」
「パパとママのお友達?」
「友人……そうだな。お前の母とは戦友だった」
髪も、瞳も、何もかもが黒い影のような男『エル』に、星良は親近感を覚えた。
(……この人、ママの友達なのに、おじいさんじゃない……)
「ねえ、どうして星良は大人になれないのか、教えて」
「お前は天使だからな。直に神界から迎えが来る。俺はユーリが遺していったお前を一目見ようと来たんだが、気が変わった。どうする? 本来あるべき場所と、俺の根城とどちらを選ぶ?」
天使? 本来あるべき場所?
星良にはおおよそ解らないことだらけだ。だが、男は選択を迫ってくる。
「――選べ、熾天使として額に刻まれた職務に準じるか、それとも俺とまったく異なる世界で面白おかしく暮らすか。すべてはお前次第だ」
星良は迷う。男は大きな手を差し出してきた。
この手を取るか否か――。
『いずれエデンに行く運命』
リフレインする母の遺言――それを思い出した星良は、男に問うた。
「あのね、星良は『エデン』ってところに行かなきゃいけないみたい。ママがそう言ってた。お兄さん、それがどこにあるか知ってる? 知ってるなら連れて行って。遠いところなら、昔のママの話が聞きたいなあ」
にっこりと笑った星良に、エルはすっかり毒気を抜かれた。
「途中までなら連れて行ってやる。だが、俺はエデンには入れない。入口まででいいか?」
「うん!! ありがとう!!」
星良は大きな男の手を取った。男は軽々と右肩に星良を乗せて、ふわりと飛んだ。
肩の上ではしゃぐ星良に、在りし日の想い人に思いを馳せながら、エルは懐かしいエデンまでの道を飛んだ。空は白々と、肩の上の天使は神界に近づくに連れて、黄金の六枚羽を背に負った。
熾天使・サンダルフォン、帰還――その報が神界に駆け巡る。
星は巡り、輪廻の輪もまた然り。
『異界』との戦いで傷ついた神界は、帰還したサンダルフォンを最高神に戴き、見事な復興を遂げる。
サンダルフォンこと星良は、さくさくと一面の青薔薇の園を歩く――その最果てに立っているのは、漆黒の男だった。
end...
※ここまでのお付き合いありがとうございました!!
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