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急
Ⅷ, Good night (前)
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八、「Good night」(前)
半年のブランクを経て、再び足を踏み入れた『魔界』――ユーリは、一面の焼け野原に言葉を失った。死体のざらしのままにしてある死体は新しいものから、白骨化が進んでいるものまで、数えきれない。
魔王と四将の力を以てしても、犬神ただ一人にここまで破壊しつくされた『魔界』の地を、ユーリは一歩ずつ踏みしめる。累々と参席された死者たちに祈りを捧げるように――。
しかし、まだ傷が見られない王城内でメフィストが「お待ちしておりました」と深々と頭を下げる。平素が慇懃無礼な彼には似つかわぬ態度に、ユーリは硬い声で「なにがあったの?」と尋ねた。
「こちらへ」
メフィストが案内した部屋には、ベッドが一台あった。白い布が掛けられた、それは一目で誰かの死体なのだとわかる。ユーリは震える手で、おそるおそる白い布を取り払った。
「……なに寝てるのよ……。任せろって言ってたじゃない。傷薬だってあったはずでしょ!? この非常時に、私に一言もなく寝てないでよ。悪い冗談だって、また叱ってよ、ねえ――べリアル!!」
化粧をしていても隠し切れないほどの真っ青な唇をした毒舌の口はもう開かない。陶器のように白い肌は不健康すぎる。ユーリが知るべリアルの最期の姿は、いつものように派手な化粧とセンスを疑うミニスカ姿で、母親になるユーリを鼓舞してくれた笑顔だった。
「犬神の薙刀を腹に受けて、数カ月。ベルフェゴールが傷薬として持ち帰った聖女様と御子の香を用いても、ベリアルの傷は深すぎたのです」
メフィストの声もやや疲れを感じる。ベッドに縋りついて泣くユーリに、メフィストは懐から「どうぞ」と右手を差し出した。ベルフェゴールが持っていた暴食の貝殻だ。
「ベリアルの遺言と、お嬢様に渡すようにと頼まれた形見です」
ユーリは、そっと貝殻を受け取り貝殻に触れた。小さな貝殻はパクリと口を開き、貝殻からベリアルの声が聞こえる。
『笑ってもいいわよ。死ぬのが、今は怖いの……。じわじわ蝕まれていく感覚に、四将のベリアル様ともあろう者が情けない、って。でもさ、お嬢はずっとこんな不安と闘いながら戦場に立ってたのよね。自信持ちなさいよ。あんた、強いよ。残酷な契約の期限が来るまで、めいっぱい旦那と子供と遊んでさ。幸せの花束を抱えきれないようになったら、冥府においで。あんたの涙は無価値のあたしが持っていく。最期まであんたの右腕になれなかったことだけが悔しいけどさ、あたしが遺していくモノを乱雑に扱ったら許さないからね――ユーリ、おやすみ』
ベリアルの遺言が終わった途端に、貝殻からベリアルの武器だった「黒い糸」がユーリのアーマーリングに吸い込まれて消えた。
「……メフィスト、次の犬神の襲来は予知できる?」
「先の攻撃は三日前です。これまでの周期から考えて、明後日には現れるかと」
「みんなに伝えて――明後日が犬神との最終決戦だと。ベリアルの仇は、私が必ず討つから!!」
「御意にございます」
涙を受けべながらも、ユーリの目つきは修羅のそれとなる。メフィストはこれを待っていたのだ。深々と一礼し、ベリアルの安置室から出てから、部屋に火を放った。
ドゥルガー、ベリアル……ユーリを想いながら死の旅路を歩んでいった二人。
ユーリは、部屋が燃え尽きるのを見終えると、謁見の間に戻った。
◇
謁見の間では、目の鋭さが増したベルゼブブだけが異彩を放っていた。最もベリアルと仲が良かったのだ。彼の変貌ぶりを咎めるつもりはない。
「明後日、最終決戦となります。王よ、なにか宣下はございますか?」
エルの答えは短かった。
「無い。ユーリが腹を括ったなら従うまでだ」
「犬神の襲来までに二日ある。私が勘を取り戻す為と、もう一つ。ベリアルから引き継いだ糸に慣れておきたい。エルかベルフェゴール、相手になってくれないかな?」
「俺がやるよ」とベルフェゴールが立ち上がった。付いてこいと目で語るので、ユーリはベルフェゴールの後を追う。
「……なあ、王様」
ベルゼブブはユーリ達が居なくなったのを確認してからエルに話しかけた。
「お嬢ちゃんには悪いが、犬神の首は俺に取らせて欲しい」
「駄目だ」
「なんでだよ!!」
「本気で解らない愚か者を、部下に持った記憶はない」
ベリアルの死で感情に飲まれているベルゼブブの気持ちも解らない訳ではない。きっとアスモデウスも同じだろう。しかし、この半年、幾度も激戦を重ねようとも犬神の首は取れていない。求められるのは『神殺し』の力なのだ。ベルゼブブは瓦礫を殴りつけると、黙って退室していった。
「メフィスト、あいつの行動を監視しておけ。特に二日後、犬神が現れてもユーリには近づけるな」
「はい。……頭の痛いことですね」
仲間内で不協和音が生じている・そんな場合ではないのだが、ベリアルの存在はあまりにも大きすぎたのだ。
ユーリと青年の姿になったベルフェゴールは、城の裏庭でユーリの動作確認をしていた。
近接攻撃の脇差と、遠距離攻撃向きの糸はどう組み合わせれば戦術になるのか、ユーリには皆目見当がつかない。糸はユーリ用に自動でカスタマイズされ、念じればリングから簡単にでてくる。だが、それだけだ。これを攻撃に応用しようともユーリにはアイデアがない。
「ベルフェゴール、なにかアイデアはある?」
「なに言ってんの……。これまで、左腕に防御が無かったのに変幻自在の糸を託されたんだ。渡りに舟なじゃないか。糸で犬神の薙刀を封じるもよし、密集させて盾にするもよし、使い方は無限だよ」
「なるほど。そっか、防御……」
ベルフェゴールはわざとらしくため息を吐く。
「今更だけど、防御も無しに戦っていたのが不思議だよ。基本中の基本だろ? まあ、王様が上手く補っていたからだけどさあ、お嬢さんは無鉄砲すぎる」
痛いところをつかれて、ユーリは言葉に詰まる。ベルフェゴールは脇差をいたずらにもてあそんでいるユーリに畳みかけた。
「今さ、ベルゼブブの様子がおかしい。俺達は犬神を倒すという目的を掲げているだけで、役割や自身が担うべき箇所を見失っている。四将は、それぞれの欠点を四人で補い合っていたから、ベリアルが欠けたせいで余計に連携が崩れる。だから犬神との拮抗状態から先へ進めない」
「でも」とベルフェゴールはユーリをまっすぐに見つめてくる。いつもの眠そうな目ではなく――真摯に。
「遠距離からの糸はお嬢さんに託された。なら、お嬢さんがベリアルの立ち位置にいると、俺達は認識している」
「……どうして、ベルフェゴールは四将に入らないの? 実力も、経験も、メフィストに次いで豊富じゃない」
「俺は遊撃だからこそ真価を発揮できるんだ。俺達の性格や特化して割り振られた王様の配置に揺らぎはないんだよ。ベルゼブブの無謀な行動も、もう王様でも限界が来ている。だからお嬢さんにお願いしたい――もう、誰も失わないように」
「お嬢さんにばかり負担を強いて申し訳ないけど、これが今の『魔界』の現状」とベルフェゴールの視線に影が落ちる。
さわさわと緩やかな風が吹いた。酸雨に覆われた『魔界』で風を感じるなど初めてだ。
エルと同じ顔で、エルが絶対に口にしないことをベルフェゴールは口にする。それはひどく違和感を覚えると同時に、エルが捨てた良心がこの目の前の魔族なのではないかとユーリは思った。
「ずっと訊きたかった。ベルフェゴールがルシファーと同じ顔をしている理由。普段は子供の姿をしているのも教えてもらってないわ」
ベルフェゴールは嘆息して、その場に胡坐をかいた。
「きっかけなんて、本当に些細だった。王様――ルシフェルから魔王・ルシファーになった王様に、やたらと固執していたミカエルへの嫌がらせ。俺が創造主から与えられた存在意義は『怠惰』、ベリアルが『無価値』だったように。事実、俺はたくさん動くの嫌いだし、できることなら働かずに寝ていたい」
「ニートじゃない」
「ああ、そういう人間が居るんだっけ? とにかく働きたくない俺にとっては王様の影武者が意外と楽なことに気づいてから、大嫌いなミカエルの吠え面かくのも楽しくなっちゃって」
呆れ返ったユーリはもうなにも言うまいと口を閉ざした。だが、決まってそういう時にベルフェゴールは真面目な話を始めるのだ。
「そのうちに気が付いた。もしかしたら、俺がこの顔で、遊撃を演じていたらいざという時に王様を捨て身で護れるんじゃないかって。王様さえ生きていれば『魔界』は再生でき――あいてっ!!」
突如、ベルフェゴールの脳天にユーリの拳骨が落ちた。涙ぐんだまま、ユーリはとても怒っていて、ベルフェゴールはぽかんと放心した。
「自分が捨て身になれば、なんて……二度と言わないで!! 考えないで!! そりゃ、一度は私もそんなことやっちゃったけど……説得力がないかもしれないけど、『魔界』だけがあっても、そこにエルが一人で玉座に座ってる虚しさを想像してよ!! 生き残って、どんな無様な姿でも、生きていれば奇跡を信じることもできないんだから!!」
「……お嬢さん、やっぱり強くなったね。母親ってすごいや。そんなあなただから、俺達は蘇らせたかったんだ。ありがとう……」
ユーリが死んだだけでベリアルがポンコツになっていたのをすっかり失念していた。もうこの人でなくてはならない。エルが『魔界』をユーリに委ねた理由を、こんな形で痛感するとは、永く生きていても、今更思い知らされる。
ベリアルの遺言が、愛しい王ではなくユーリに遺されたのも、ベルフェゴールには解る気がした。
「生きるよ、俺は。だから、最後の戦いに備えて特訓を再開しようか」
「うん。お願いします」
説明が苦手なベルフェゴールが再び立ち上がる。
また、さわりと緩やかな風が吹いた気がした――。
to be continued...
半年のブランクを経て、再び足を踏み入れた『魔界』――ユーリは、一面の焼け野原に言葉を失った。死体のざらしのままにしてある死体は新しいものから、白骨化が進んでいるものまで、数えきれない。
魔王と四将の力を以てしても、犬神ただ一人にここまで破壊しつくされた『魔界』の地を、ユーリは一歩ずつ踏みしめる。累々と参席された死者たちに祈りを捧げるように――。
しかし、まだ傷が見られない王城内でメフィストが「お待ちしておりました」と深々と頭を下げる。平素が慇懃無礼な彼には似つかわぬ態度に、ユーリは硬い声で「なにがあったの?」と尋ねた。
「こちらへ」
メフィストが案内した部屋には、ベッドが一台あった。白い布が掛けられた、それは一目で誰かの死体なのだとわかる。ユーリは震える手で、おそるおそる白い布を取り払った。
「……なに寝てるのよ……。任せろって言ってたじゃない。傷薬だってあったはずでしょ!? この非常時に、私に一言もなく寝てないでよ。悪い冗談だって、また叱ってよ、ねえ――べリアル!!」
化粧をしていても隠し切れないほどの真っ青な唇をした毒舌の口はもう開かない。陶器のように白い肌は不健康すぎる。ユーリが知るべリアルの最期の姿は、いつものように派手な化粧とセンスを疑うミニスカ姿で、母親になるユーリを鼓舞してくれた笑顔だった。
「犬神の薙刀を腹に受けて、数カ月。ベルフェゴールが傷薬として持ち帰った聖女様と御子の香を用いても、ベリアルの傷は深すぎたのです」
メフィストの声もやや疲れを感じる。ベッドに縋りついて泣くユーリに、メフィストは懐から「どうぞ」と右手を差し出した。ベルフェゴールが持っていた暴食の貝殻だ。
「ベリアルの遺言と、お嬢様に渡すようにと頼まれた形見です」
ユーリは、そっと貝殻を受け取り貝殻に触れた。小さな貝殻はパクリと口を開き、貝殻からベリアルの声が聞こえる。
『笑ってもいいわよ。死ぬのが、今は怖いの……。じわじわ蝕まれていく感覚に、四将のベリアル様ともあろう者が情けない、って。でもさ、お嬢はずっとこんな不安と闘いながら戦場に立ってたのよね。自信持ちなさいよ。あんた、強いよ。残酷な契約の期限が来るまで、めいっぱい旦那と子供と遊んでさ。幸せの花束を抱えきれないようになったら、冥府においで。あんたの涙は無価値のあたしが持っていく。最期まであんたの右腕になれなかったことだけが悔しいけどさ、あたしが遺していくモノを乱雑に扱ったら許さないからね――ユーリ、おやすみ』
ベリアルの遺言が終わった途端に、貝殻からベリアルの武器だった「黒い糸」がユーリのアーマーリングに吸い込まれて消えた。
「……メフィスト、次の犬神の襲来は予知できる?」
「先の攻撃は三日前です。これまでの周期から考えて、明後日には現れるかと」
「みんなに伝えて――明後日が犬神との最終決戦だと。ベリアルの仇は、私が必ず討つから!!」
「御意にございます」
涙を受けべながらも、ユーリの目つきは修羅のそれとなる。メフィストはこれを待っていたのだ。深々と一礼し、ベリアルの安置室から出てから、部屋に火を放った。
ドゥルガー、ベリアル……ユーリを想いながら死の旅路を歩んでいった二人。
ユーリは、部屋が燃え尽きるのを見終えると、謁見の間に戻った。
◇
謁見の間では、目の鋭さが増したベルゼブブだけが異彩を放っていた。最もベリアルと仲が良かったのだ。彼の変貌ぶりを咎めるつもりはない。
「明後日、最終決戦となります。王よ、なにか宣下はございますか?」
エルの答えは短かった。
「無い。ユーリが腹を括ったなら従うまでだ」
「犬神の襲来までに二日ある。私が勘を取り戻す為と、もう一つ。ベリアルから引き継いだ糸に慣れておきたい。エルかベルフェゴール、相手になってくれないかな?」
「俺がやるよ」とベルフェゴールが立ち上がった。付いてこいと目で語るので、ユーリはベルフェゴールの後を追う。
「……なあ、王様」
ベルゼブブはユーリ達が居なくなったのを確認してからエルに話しかけた。
「お嬢ちゃんには悪いが、犬神の首は俺に取らせて欲しい」
「駄目だ」
「なんでだよ!!」
「本気で解らない愚か者を、部下に持った記憶はない」
ベリアルの死で感情に飲まれているベルゼブブの気持ちも解らない訳ではない。きっとアスモデウスも同じだろう。しかし、この半年、幾度も激戦を重ねようとも犬神の首は取れていない。求められるのは『神殺し』の力なのだ。ベルゼブブは瓦礫を殴りつけると、黙って退室していった。
「メフィスト、あいつの行動を監視しておけ。特に二日後、犬神が現れてもユーリには近づけるな」
「はい。……頭の痛いことですね」
仲間内で不協和音が生じている・そんな場合ではないのだが、ベリアルの存在はあまりにも大きすぎたのだ。
ユーリと青年の姿になったベルフェゴールは、城の裏庭でユーリの動作確認をしていた。
近接攻撃の脇差と、遠距離攻撃向きの糸はどう組み合わせれば戦術になるのか、ユーリには皆目見当がつかない。糸はユーリ用に自動でカスタマイズされ、念じればリングから簡単にでてくる。だが、それだけだ。これを攻撃に応用しようともユーリにはアイデアがない。
「ベルフェゴール、なにかアイデアはある?」
「なに言ってんの……。これまで、左腕に防御が無かったのに変幻自在の糸を託されたんだ。渡りに舟なじゃないか。糸で犬神の薙刀を封じるもよし、密集させて盾にするもよし、使い方は無限だよ」
「なるほど。そっか、防御……」
ベルフェゴールはわざとらしくため息を吐く。
「今更だけど、防御も無しに戦っていたのが不思議だよ。基本中の基本だろ? まあ、王様が上手く補っていたからだけどさあ、お嬢さんは無鉄砲すぎる」
痛いところをつかれて、ユーリは言葉に詰まる。ベルフェゴールは脇差をいたずらにもてあそんでいるユーリに畳みかけた。
「今さ、ベルゼブブの様子がおかしい。俺達は犬神を倒すという目的を掲げているだけで、役割や自身が担うべき箇所を見失っている。四将は、それぞれの欠点を四人で補い合っていたから、ベリアルが欠けたせいで余計に連携が崩れる。だから犬神との拮抗状態から先へ進めない」
「でも」とベルフェゴールはユーリをまっすぐに見つめてくる。いつもの眠そうな目ではなく――真摯に。
「遠距離からの糸はお嬢さんに託された。なら、お嬢さんがベリアルの立ち位置にいると、俺達は認識している」
「……どうして、ベルフェゴールは四将に入らないの? 実力も、経験も、メフィストに次いで豊富じゃない」
「俺は遊撃だからこそ真価を発揮できるんだ。俺達の性格や特化して割り振られた王様の配置に揺らぎはないんだよ。ベルゼブブの無謀な行動も、もう王様でも限界が来ている。だからお嬢さんにお願いしたい――もう、誰も失わないように」
「お嬢さんにばかり負担を強いて申し訳ないけど、これが今の『魔界』の現状」とベルフェゴールの視線に影が落ちる。
さわさわと緩やかな風が吹いた。酸雨に覆われた『魔界』で風を感じるなど初めてだ。
エルと同じ顔で、エルが絶対に口にしないことをベルフェゴールは口にする。それはひどく違和感を覚えると同時に、エルが捨てた良心がこの目の前の魔族なのではないかとユーリは思った。
「ずっと訊きたかった。ベルフェゴールがルシファーと同じ顔をしている理由。普段は子供の姿をしているのも教えてもらってないわ」
ベルフェゴールは嘆息して、その場に胡坐をかいた。
「きっかけなんて、本当に些細だった。王様――ルシフェルから魔王・ルシファーになった王様に、やたらと固執していたミカエルへの嫌がらせ。俺が創造主から与えられた存在意義は『怠惰』、ベリアルが『無価値』だったように。事実、俺はたくさん動くの嫌いだし、できることなら働かずに寝ていたい」
「ニートじゃない」
「ああ、そういう人間が居るんだっけ? とにかく働きたくない俺にとっては王様の影武者が意外と楽なことに気づいてから、大嫌いなミカエルの吠え面かくのも楽しくなっちゃって」
呆れ返ったユーリはもうなにも言うまいと口を閉ざした。だが、決まってそういう時にベルフェゴールは真面目な話を始めるのだ。
「そのうちに気が付いた。もしかしたら、俺がこの顔で、遊撃を演じていたらいざという時に王様を捨て身で護れるんじゃないかって。王様さえ生きていれば『魔界』は再生でき――あいてっ!!」
突如、ベルフェゴールの脳天にユーリの拳骨が落ちた。涙ぐんだまま、ユーリはとても怒っていて、ベルフェゴールはぽかんと放心した。
「自分が捨て身になれば、なんて……二度と言わないで!! 考えないで!! そりゃ、一度は私もそんなことやっちゃったけど……説得力がないかもしれないけど、『魔界』だけがあっても、そこにエルが一人で玉座に座ってる虚しさを想像してよ!! 生き残って、どんな無様な姿でも、生きていれば奇跡を信じることもできないんだから!!」
「……お嬢さん、やっぱり強くなったね。母親ってすごいや。そんなあなただから、俺達は蘇らせたかったんだ。ありがとう……」
ユーリが死んだだけでベリアルがポンコツになっていたのをすっかり失念していた。もうこの人でなくてはならない。エルが『魔界』をユーリに委ねた理由を、こんな形で痛感するとは、永く生きていても、今更思い知らされる。
ベリアルの遺言が、愛しい王ではなくユーリに遺されたのも、ベルフェゴールには解る気がした。
「生きるよ、俺は。だから、最後の戦いに備えて特訓を再開しようか」
「うん。お願いします」
説明が苦手なベルフェゴールが再び立ち上がる。
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