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急
Ⅰ, 第二次異界侵攻:Hazard
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急の章
Ⅰ、「第二次異界侵攻:Hazard」
二度目の『異界侵攻』は再び神界から火の手が上がった。犬神が虎視眈々と狙っていたのは、神界の主戦力の喪失だった。軍神マルスを中心として戦乙女ブリュンヒルデもエインヘリャルを率いて防衛線を敷いたが、万神庁内部から『異界』勢を手引きする者が現れて万神庁史上最悪の戦争になった。
最高神以下、万神庁の機能を掌握している神々は、十二宮殿という奥殿に籠もった。
十二宮殿とは、その名の通り「黄道十二宮」の星の加護を以て結界と為す非常時の離宮である。ここの結界を破れる手勢が『異界』側にはおらず、三日の睨み合いの末に根負けした『異界』側が撤退した。
「今回は、パパも私も招聘されなかったね」
「俺は禁術を黙認していた身だからな。謹慎中の死神に助けを求めるほど、万神庁の連中のプライドは安くねえんだ」
ユーリは約七年ぶりにフランスの実家に帰ってきていた。人界に帰って来ていても落ちつかない。第一次侵攻を振り返ると、犬神がまた次に人界を狙うかもしれないからだ。
『魔界』の連中もユーリの影の中にいる。いつ出撃命令が下されるのかわからないと、不安だけが大きくなる。
ユーリは何度も左手のアーマーリングを確認する。もう癖になってしまったそれに、ハードカバーの本を読んでいた父には「気にしすぎだ」と言われた。
「だ、だって……!!」
「俺と、お前は最終決戦まで温存される。戦が本分ではないがゆえに、伏兵としてぶつけるのが最適だ。おそらく尖兵になってはいるが、ノラは最後まで温存するはず――俺が犬神ならそうする」
「どうして……?」
「犬神は自分から仕掛けたこの戦争を最悪の形で終わらせたいからさ。あれだけの失態の数々を重ねても、ノラを手放さないのがその証拠だ。犬神は、この戦争の最後は『BLUE ROSE』の暴走で終わらせる、というのが俺の考え得るシナリオだな」
ユーリは「暴走」の実態を知らない。
『BLUE ROSE』は神でもヒトでもないが、神と人の両方の血を有しているのは確かだ。万神庁の狂科学者らに言わせれば、この組み合わせはどんな融合反応を示すのか、予想は不可能だと言う。
ヴィンセントが見たシークレットアーカイヴにもあったように自然災害の誘発が現状確認されている「暴走」の主たる現象だ。しかし、高位の神の子であるほど「暴走」の力も強い。その点、ユーリとノラは同じ人種と言える。
犬神の子と、死神の子――どちらも濃厚な死を司る神の血を引いている。どんな「暴走」が起こるのかは皆目検討がつかない。
窓の外に見えるセーヌ川に目を向けたまま、ユーリはそこから離れようとしない。いつでも飛び出せるように、という緊張が伝わってくる。
「そんなに根を詰めなくても、神界襲撃が終わってまだ一日しか経ってないんだから、こちらまで『異界』がなだれこんでくることはないわ。お昼にしましょう。せっかく久しぶりにユーリが帰ってきたんだから、ジャンヌと頑張ったのよ?」
キッチンからエプロンで手を拭きながら現れた母の言葉に、ユーリは少しだけ力を抜いて、やっと窓から離れてダイニングに向かった。
「わあ……私の好きな物ばっかり」
「そりゃあね。あんたが出て行ってから、二人ともそれはそれは暗かったもの」
「ジャ、ジャンヌ……」
「本当のことでしょ?」
母とジャンヌの掛け合いも久しぶりだ。テーブルの上に並んだ温泉卵と海鮮のシーザーサラダに、じゃがいものスープ、ジャンヌ秘伝のタレに浸されたシャリアピンステーキに海老のハーブローストにバゲット。デザートは雪の親戚が経営するパティスリー「サン・ミッシェル」のミルフィーユと非常に豪勢だ。
どれも懐かしい味だった。和食に慣れていた舌も喜びを思い出す。
「ねえ、ママ。私も日本食以外の料理を覚えたいからレシピ教えて」
「いいわよ。雪も喜ぶわね」
ユーリの誕生日から一カ月が過ぎた。日本では桜の蕾がちらほらと見かけられるようになったと昨夜の電話で雪が話していたことを思い出す。
雪には変わらず護衛としてB3が付いてくれているので心配はないが、毎日電話をしているだけで逢いたい気持ちが膨らむ一方だった。
「そろそろ日本に帰りたい頃かしら」
ジャンヌがにたりと笑うと、ユーリはぐっと喉を詰まらせる。そんなにわかりやすいのだろうかと、ユーリはそっぽを向いた。耳まで赤くなっているので丸わかりなのだが。
『異界』がまた人界を標的にすれば、世界中を飛び回ることになる。たった一カ月逢えないだけで、この体たらくでは先が思いやられるとユーリは眉間に皺をよせた。
「お前は物わかりが良すぎるな。雪に逢いたいんだろう? 仕事とプライベートのバランスはゆっくり模索していけばいい」
「……パパ、痛いよ」
眉間の皺を指でぐりぐりと押しつぶしてくる父に、ユーリは口をとがらせる。父は自分の力が人よりも強い自覚が無い。おかげで眉間に赤い丸ができてしまったユーリは、食後にむっつりとしてソファでクッションを抱いている。
「……愛情はあるのに空回り。学習しないわね」
「うるせえ」
ジャンヌに嫌味を言われて、ヴィンセントは書斎に籠ってしまった。リリィとジャンヌから見れば、どちらも性格が似ているせいで、些細なすれ違いが生じる。何年経っても変わらない二人の姿には、苦笑しかない。
面白くもないテレビをぼんやりと見つめていると、影からB2の声がした。
「嬢ちゃん、今、良いかい?」
「うん。どうかした?」
「ちょいとややこしいことになってな……せっかくの実家なのにすまねえ」
「いいよ。詳しく聞かせて」
B2の話では、『魔界』にスパイが入り込んでいたのを捕獲した、という報告だった。無論、『異界』側のスパイだ。自害しない程度に拷問にかけて、牢に放り込んだ。
「『魔界』はメフィストの防衛術で外部からは入れないんでしょ? じゃあ、内部から裏切り者が出たの?」
「そういうこと。嬢ちゃんには『魔界』の住人は誰かしらの配下に付けられるって聞いたか?」
「ううん。初めて聞く」
「今回寝返ったのは俺の直属じゃねえが、二つ下の下級悪魔だ。一週間前に王が『犬神くさい』とか言うもんだから、バロールで見張っていたらドンピシャ」
「じゃあ、それで解決じゃない」
「それがそうでもないんだなあ……そいつ、今朝牢の中で死んでたんだ。首の半分を噛み千切られて。歯型が大きすぎたから犬神が直接殺したと見てる」
「なにそれ……『魔界』はどこからも干渉できないんじゃなかったの?」
エルの話では『魔界』はエルとメフィストの術で絶対不可侵が約束されていたはずだ。なのに、裏切り者が現れた上に犬神直々に殺された。
「王が言うには、嬢ちゃんの護衛数を減らす為の策だろうって。事実、犬神はスパイを消しただけで、それ以上の行動は起こしていない。あと、これはまだメフィストの検証待ちなんだが、犬神は時空を食いちぎることができる、っぽい」
「時空を……食いちぎる?」
「あくまで小規模だけどな。今夜か明日には新しい報告ができると思う。それまで待っててくれ――じゃあな」
B2との通信はそこで切れた。ユーリはクッションを放り投げて、書斎の父の下へ走った。
「パパ、質問があるの」
「どうした?」
書斎の三人掛けのソファを独り占めしていたヴィンセントはのっそりと起き上がる。
ユーリはたった今受けた報告をそのまま話した。
「時空を食いちぎるなんて……できるの?」
「厳密には『時空を狂わせて穴を開けた』が正しいな。少し待ってろ」
ヴィンセントは自身の使い魔であるハウンドを呼んだ。
「先日の第二次侵攻で犬神に食われた神格保持者の一覧があったら持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ものの三十秒ほどで戻ってきたハウンドの資料をざっと目を通したヴィンセントは、ユーリにも見えるように資料を机の上に広げ、一点を指さした。
「こいつだな。時の神クロノス。最高神の一人だが、侵攻で死んでいる。巨神の長で簡単に死ぬような奴じゃないんだがな。おそらく第二次侵攻は神々の特殊能力を取り込むことが目的だった、と俺なら考える」
「神々の、特殊能力……でも、人界への第一次侵攻の時もノヴォシビルスクで時空の歪みから犬神は出てきたけど」
忘れられないノヴォシビルスクでの戦い――あの時、確かに空が渦を巻いて時空の歪みから犬神は姿を現したのだ。息子であるノラを回収する為に。
「それとはまた別の術式だ。例えば『人界』から『神界』へ移動するゲートを開くのは、ファングのような使い魔にも可能だ。ここまでは解るな?」
ユーリはこくりと頷く。それは自身も経験があるから想像しやすかった。
「しかし、ごく小規模――例えば『異界』からこの書斎の一番右下の本だけを盗む――そういう最小限かつピンポイントで時空を繫げる高度な時間干渉が可能なのは、クロノスとメフィストくらいだろう。しかも『魔界』はメフィストが絶対不可侵の結界を張っている上に、他の世界との隔絶が大きい。そこを一点集中で狙ってきたなら、犬神のやつ、戦法を変えてきたな……第二次侵攻は前ほど単純に戦えばいいってだけではなさそうだ」
ヴィンセントは顔の前で手を合わせて渋面を作る。ユーリも、ただでさえ掴み難かった犬神が更に変容しているなら、こちらは後手に回るばかりだと歯噛みした。
「なんとか、こちらが先手を取れる方法って無いのかな……」
「夜にもう一度報告が来るんだったな。その内容如何だが、無いことは無い」
「教えて!! 今の状況でも可能性があるなら!!」
前のめりになったユーリに、ヴィンセントは厳かに語る。
「……第一は、「暴走」計画を挫く為に、さっさとノラを殺すことだ。これだけでも戦況は大きく変わる」
なぜだか、ユーリの心臓が跳ねた。当たり前のことだったはずだ。ノラは殺す――ユーリはずっとそうやって戦ってきたなのに、なぜ今頃ノラを殺すと言われれば、鼓動が早くなるのか――。
答えは簡単だ。
ユーリと違って、最期まで誰からも「道具」としてしか扱われないノラへの哀しみだった。
なぜ今更こんな感情に襲われるのか、ユーリには解らないまま時間だけが過ぎていく。
to be continued...
Ⅰ、「第二次異界侵攻:Hazard」
二度目の『異界侵攻』は再び神界から火の手が上がった。犬神が虎視眈々と狙っていたのは、神界の主戦力の喪失だった。軍神マルスを中心として戦乙女ブリュンヒルデもエインヘリャルを率いて防衛線を敷いたが、万神庁内部から『異界』勢を手引きする者が現れて万神庁史上最悪の戦争になった。
最高神以下、万神庁の機能を掌握している神々は、十二宮殿という奥殿に籠もった。
十二宮殿とは、その名の通り「黄道十二宮」の星の加護を以て結界と為す非常時の離宮である。ここの結界を破れる手勢が『異界』側にはおらず、三日の睨み合いの末に根負けした『異界』側が撤退した。
「今回は、パパも私も招聘されなかったね」
「俺は禁術を黙認していた身だからな。謹慎中の死神に助けを求めるほど、万神庁の連中のプライドは安くねえんだ」
ユーリは約七年ぶりにフランスの実家に帰ってきていた。人界に帰って来ていても落ちつかない。第一次侵攻を振り返ると、犬神がまた次に人界を狙うかもしれないからだ。
『魔界』の連中もユーリの影の中にいる。いつ出撃命令が下されるのかわからないと、不安だけが大きくなる。
ユーリは何度も左手のアーマーリングを確認する。もう癖になってしまったそれに、ハードカバーの本を読んでいた父には「気にしすぎだ」と言われた。
「だ、だって……!!」
「俺と、お前は最終決戦まで温存される。戦が本分ではないがゆえに、伏兵としてぶつけるのが最適だ。おそらく尖兵になってはいるが、ノラは最後まで温存するはず――俺が犬神ならそうする」
「どうして……?」
「犬神は自分から仕掛けたこの戦争を最悪の形で終わらせたいからさ。あれだけの失態の数々を重ねても、ノラを手放さないのがその証拠だ。犬神は、この戦争の最後は『BLUE ROSE』の暴走で終わらせる、というのが俺の考え得るシナリオだな」
ユーリは「暴走」の実態を知らない。
『BLUE ROSE』は神でもヒトでもないが、神と人の両方の血を有しているのは確かだ。万神庁の狂科学者らに言わせれば、この組み合わせはどんな融合反応を示すのか、予想は不可能だと言う。
ヴィンセントが見たシークレットアーカイヴにもあったように自然災害の誘発が現状確認されている「暴走」の主たる現象だ。しかし、高位の神の子であるほど「暴走」の力も強い。その点、ユーリとノラは同じ人種と言える。
犬神の子と、死神の子――どちらも濃厚な死を司る神の血を引いている。どんな「暴走」が起こるのかは皆目検討がつかない。
窓の外に見えるセーヌ川に目を向けたまま、ユーリはそこから離れようとしない。いつでも飛び出せるように、という緊張が伝わってくる。
「そんなに根を詰めなくても、神界襲撃が終わってまだ一日しか経ってないんだから、こちらまで『異界』がなだれこんでくることはないわ。お昼にしましょう。せっかく久しぶりにユーリが帰ってきたんだから、ジャンヌと頑張ったのよ?」
キッチンからエプロンで手を拭きながら現れた母の言葉に、ユーリは少しだけ力を抜いて、やっと窓から離れてダイニングに向かった。
「わあ……私の好きな物ばっかり」
「そりゃあね。あんたが出て行ってから、二人ともそれはそれは暗かったもの」
「ジャ、ジャンヌ……」
「本当のことでしょ?」
母とジャンヌの掛け合いも久しぶりだ。テーブルの上に並んだ温泉卵と海鮮のシーザーサラダに、じゃがいものスープ、ジャンヌ秘伝のタレに浸されたシャリアピンステーキに海老のハーブローストにバゲット。デザートは雪の親戚が経営するパティスリー「サン・ミッシェル」のミルフィーユと非常に豪勢だ。
どれも懐かしい味だった。和食に慣れていた舌も喜びを思い出す。
「ねえ、ママ。私も日本食以外の料理を覚えたいからレシピ教えて」
「いいわよ。雪も喜ぶわね」
ユーリの誕生日から一カ月が過ぎた。日本では桜の蕾がちらほらと見かけられるようになったと昨夜の電話で雪が話していたことを思い出す。
雪には変わらず護衛としてB3が付いてくれているので心配はないが、毎日電話をしているだけで逢いたい気持ちが膨らむ一方だった。
「そろそろ日本に帰りたい頃かしら」
ジャンヌがにたりと笑うと、ユーリはぐっと喉を詰まらせる。そんなにわかりやすいのだろうかと、ユーリはそっぽを向いた。耳まで赤くなっているので丸わかりなのだが。
『異界』がまた人界を標的にすれば、世界中を飛び回ることになる。たった一カ月逢えないだけで、この体たらくでは先が思いやられるとユーリは眉間に皺をよせた。
「お前は物わかりが良すぎるな。雪に逢いたいんだろう? 仕事とプライベートのバランスはゆっくり模索していけばいい」
「……パパ、痛いよ」
眉間の皺を指でぐりぐりと押しつぶしてくる父に、ユーリは口をとがらせる。父は自分の力が人よりも強い自覚が無い。おかげで眉間に赤い丸ができてしまったユーリは、食後にむっつりとしてソファでクッションを抱いている。
「……愛情はあるのに空回り。学習しないわね」
「うるせえ」
ジャンヌに嫌味を言われて、ヴィンセントは書斎に籠ってしまった。リリィとジャンヌから見れば、どちらも性格が似ているせいで、些細なすれ違いが生じる。何年経っても変わらない二人の姿には、苦笑しかない。
面白くもないテレビをぼんやりと見つめていると、影からB2の声がした。
「嬢ちゃん、今、良いかい?」
「うん。どうかした?」
「ちょいとややこしいことになってな……せっかくの実家なのにすまねえ」
「いいよ。詳しく聞かせて」
B2の話では、『魔界』にスパイが入り込んでいたのを捕獲した、という報告だった。無論、『異界』側のスパイだ。自害しない程度に拷問にかけて、牢に放り込んだ。
「『魔界』はメフィストの防衛術で外部からは入れないんでしょ? じゃあ、内部から裏切り者が出たの?」
「そういうこと。嬢ちゃんには『魔界』の住人は誰かしらの配下に付けられるって聞いたか?」
「ううん。初めて聞く」
「今回寝返ったのは俺の直属じゃねえが、二つ下の下級悪魔だ。一週間前に王が『犬神くさい』とか言うもんだから、バロールで見張っていたらドンピシャ」
「じゃあ、それで解決じゃない」
「それがそうでもないんだなあ……そいつ、今朝牢の中で死んでたんだ。首の半分を噛み千切られて。歯型が大きすぎたから犬神が直接殺したと見てる」
「なにそれ……『魔界』はどこからも干渉できないんじゃなかったの?」
エルの話では『魔界』はエルとメフィストの術で絶対不可侵が約束されていたはずだ。なのに、裏切り者が現れた上に犬神直々に殺された。
「王が言うには、嬢ちゃんの護衛数を減らす為の策だろうって。事実、犬神はスパイを消しただけで、それ以上の行動は起こしていない。あと、これはまだメフィストの検証待ちなんだが、犬神は時空を食いちぎることができる、っぽい」
「時空を……食いちぎる?」
「あくまで小規模だけどな。今夜か明日には新しい報告ができると思う。それまで待っててくれ――じゃあな」
B2との通信はそこで切れた。ユーリはクッションを放り投げて、書斎の父の下へ走った。
「パパ、質問があるの」
「どうした?」
書斎の三人掛けのソファを独り占めしていたヴィンセントはのっそりと起き上がる。
ユーリはたった今受けた報告をそのまま話した。
「時空を食いちぎるなんて……できるの?」
「厳密には『時空を狂わせて穴を開けた』が正しいな。少し待ってろ」
ヴィンセントは自身の使い魔であるハウンドを呼んだ。
「先日の第二次侵攻で犬神に食われた神格保持者の一覧があったら持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ものの三十秒ほどで戻ってきたハウンドの資料をざっと目を通したヴィンセントは、ユーリにも見えるように資料を机の上に広げ、一点を指さした。
「こいつだな。時の神クロノス。最高神の一人だが、侵攻で死んでいる。巨神の長で簡単に死ぬような奴じゃないんだがな。おそらく第二次侵攻は神々の特殊能力を取り込むことが目的だった、と俺なら考える」
「神々の、特殊能力……でも、人界への第一次侵攻の時もノヴォシビルスクで時空の歪みから犬神は出てきたけど」
忘れられないノヴォシビルスクでの戦い――あの時、確かに空が渦を巻いて時空の歪みから犬神は姿を現したのだ。息子であるノラを回収する為に。
「それとはまた別の術式だ。例えば『人界』から『神界』へ移動するゲートを開くのは、ファングのような使い魔にも可能だ。ここまでは解るな?」
ユーリはこくりと頷く。それは自身も経験があるから想像しやすかった。
「しかし、ごく小規模――例えば『異界』からこの書斎の一番右下の本だけを盗む――そういう最小限かつピンポイントで時空を繫げる高度な時間干渉が可能なのは、クロノスとメフィストくらいだろう。しかも『魔界』はメフィストが絶対不可侵の結界を張っている上に、他の世界との隔絶が大きい。そこを一点集中で狙ってきたなら、犬神のやつ、戦法を変えてきたな……第二次侵攻は前ほど単純に戦えばいいってだけではなさそうだ」
ヴィンセントは顔の前で手を合わせて渋面を作る。ユーリも、ただでさえ掴み難かった犬神が更に変容しているなら、こちらは後手に回るばかりだと歯噛みした。
「なんとか、こちらが先手を取れる方法って無いのかな……」
「夜にもう一度報告が来るんだったな。その内容如何だが、無いことは無い」
「教えて!! 今の状況でも可能性があるなら!!」
前のめりになったユーリに、ヴィンセントは厳かに語る。
「……第一は、「暴走」計画を挫く為に、さっさとノラを殺すことだ。これだけでも戦況は大きく変わる」
なぜだか、ユーリの心臓が跳ねた。当たり前のことだったはずだ。ノラは殺す――ユーリはずっとそうやって戦ってきたなのに、なぜ今頃ノラを殺すと言われれば、鼓動が早くなるのか――。
答えは簡単だ。
ユーリと違って、最期まで誰からも「道具」としてしか扱われないノラへの哀しみだった。
なぜ今更こんな感情に襲われるのか、ユーリには解らないまま時間だけが過ぎていく。
to be continued...
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