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風は冷えるが、太陽光は暖かい――そんな昼下がり。
B1とB2が「持って帰ってきたぞ!!」と叫ぶ。
「周囲にご迷惑だから静かになさい。……やれやれ、これでやっとお嬢様に目覚めていただけますね」
二人から紫色の縮緬巾着に入れられた蜻蛉玉『玉の緒』の片割れを確認すると、メフィストは巾着ごと持って母屋の客間に向かった。疲れ果てたB1とB2は陽光が入り込んでくる縁側で寝そべっている。
「あの二人、八百比丘尼と出逢えたのは偶然じゃなくて焦れたメフィスト様が呼び寄せたからって気づいていないよね……?」
「言わぬが花、というものですよ」
「言わないよ。それより、そろそろ王様も帰ってくるんじゃないの? 気のせいかな。嫌な予感がするんだ」
「あなたの野性的感覚は助かりますねえ。私も簡単に蘇生が完了するとは思っていませんよ」
メフィストも目つきが真剣だ。B3はいつでも戦闘態勢に入れるよう、傾きかけている太陽を注視する。光が強ければ、影は濃くなる――この真理は『魔界』の者なら過敏に反応するだろう。
相手は『異界』か、それとも――きっと仕掛けてくるという予感が二人に共通してあるのが不思議だった。
「メフィスト様、もしもアイツが攻めて来たら王様が主力になるんだろうけどさあ、周りはどうするの? メフィスト様の結界だけじゃあ持たないよ。俺達って呪術師が少ないのは痛手だよねえ」
「『聖女』のお力を借りたいところですが……おそらくは死神殿が危険な場所にはお連れしないでしょう。しのいで見せますよ。離れて久しい神界ですが、『魔界』の結界を任されている自負はありますから」
話しているうちにヴィンセントが居る客間に到着した。
「『玉の緒』が届いたか」
「聞こえてらっしゃいましたか」
「あれだけでかい声で叫べばな」
叫んだ二人にはあとで厳重注意を心に決めたメフィストである。
「何を作ってるの? 紐?」
胡坐をかいたまま、ヴィンセントが紅い紐状の物を紙縒りのように編んでいる。
「これが『玉の緒』の片割れだ。魂と肉体を繋ぐのに身内の遺伝子情報が必要なんで、俺の血を含ませた糸を編んでる。もうすぐできるから、これを蜻蛉玉に付けて、青薔薇から生成された血を取ったら始めるぞ」
ヴィンセントの作業スピードを眺めて、おおよその時間を把握したB3へメフィストに「話しておいた方がいいんじゃない?」と尋ねる。
「なんだ、問題発生か?」
「いえ、そうではなく……あくまで我らの懸念です」
「なんだ?」
「お嬢さんの蘇生を阻止する為に、きっと誰か来ると思う。おおよその予想はついているけどね」
「……なるほどな」
ヴィンセントは作業の手を止めずに聞き入る。例えどんな相手が攻めてこようが、リリィに結界を張らせれば問題はないのだが、『魔界』の宰相と実質ナンバースリーと言っても過言ではない魔族が警戒している相手となれば、ヴィンセントにもおおよその人物像は出来上がる。
「魔王はどうした?」
「どうやら『魔界』に向かわれていたようです。もうすぐお戻りになるかと」
「そうか。なら、縁側でへばっている二人にも手伝わせてコレを家のぐるりに撒いてくれるか?」
ヴィンセントがメフィストに投げて寄こしたのは、大きさがバラバラの砂金がぎっしりと入った手のひら大の包みだった。
「これは?」
「リリィの羽根を結晶化させたもんだ。『異界』だろうが、神界だろうが、時間稼ぎくらいにはなる。悪いがリリィをここに呼ぶことはできねえから、それで我慢してくれ。効果は保証する。黄金の結界を破って入ってこられるとしたら――一人だけだ」
死神にも見当がついたらしい。
陽はどんどんと傾いていく。夜を連れてやってくる空に、メフィスト達の緊張感も張りつめていく。
「えらく厳重な結界だな。俺まで弾き出されるところだ」
「王様、遅いよ」
「なに、襲撃には間に合ったんだ。許せ」
エルが行儀悪く切窓から入ってくる。
時刻はちょうど夜の七時。
とっぷりと暮れた夜空に覆われた頃、ヴィンセントは「始めるぞ」と呟いた。
◇
白い襦袢姿のユーリの心臓の上に『玉の緒』を結び、死神のマントに反魂呪を白いチョークで書きこんだ『闇紗』にユーリを横たえる。
「額に薔薇から取れた『青い血』を垂らしたら反魂呪の詠唱を始めてくれ」
メフィストが頷くと、花瓶から青薔薇を取り出して花を逆さにする。すると、大輪の薔薇の中央から一滴の青い雫が垂れ落ち、花はあっという間に枯れた。
それを確認するとメフィストは、ユーリの魂を捕えてある水晶玉を掲げて、呪文を読みあげる。
『エトゥ アイク フェディアトラ』
「何語?」
「俺が知ってると思うか?」
「ネルガ冥唱。反魂術のみに使われる古代天使語だ。禁術ゆえに俗語は使えん」
部屋に入ってきたB1とB2が儀式の邪魔をしているとしか思えない疑問を口々にするのを、エルが律儀に答えた瞬間――夜なのに目が眩むばかりの光の洪水が入ってきた。
「――おいでなすったか」
「B1達よりも邪魔だね。さっさと排除しよう」
B3とエルが切窓から外に飛び出すと、Aも庭で合流する。
「死神が禁術を行使するとは、良い度胸だ」
剣を片手に現れた金髪碧眼の天使は、エルと同じ顔だった。燃え盛る金の焔を纏い、響き渡る声は清水のようなバリトン。
「げ、ミカエル……!!」
美しくも雄々しい天使を、害虫扱いで嫌そうな顔をするのはB1だった。
「久しぶり、兄さん。一億年ぶりでしょうか?」
「相変わらず適当だな。一億年も経ってない。お前にだけは逢いたくなかったんだよ、俺は」
「ひどいなあ。私はとても逢いたかったのに――同じ顔なんて、一つでいいのに。しかも汚らわしい『BLUE ROSE』が誰よりも輝いていた兄さんを従属させるなんて……人界すべて焼き払ってしまおうか……!!」
剣を振り上げたミカエルを受け止めたのは、プレアデスだ。
黄金と漆黒がぶつかり合う。
ただそれだけなのに、生じる余波にB1達は立っているのもやっとという有様。
「相変わらずブラコン拗らせてるのね。気持ち悪いわー」
「お前が言うのか、それ」
冷や汗をかきながらも軽口を叩く余裕はあるらしい。B1の糸にぶら下がったB2がミカエルとルシファーの打ち合いを砂金結界の中から見つめる。
「駄弁ってないで、ミカエルがこちらに来ないようにしてよ。あいつ、お嬢さんを殺すつもりなんだから」
要するにここでミカエルを仕留めるつもりらしい。二人から生じる余波も気にせず、飛び出したB3は周囲の木々を蹴り、ミカエルの背後を取った。
「おっと、君もいたのか。その顔、やめてくれないかな」
「お前が殺したくても殺せない顔を選んだんだ。嫌がらせに決まってるじゃないか」
エルと同じ顔の青年の姿になって、ミカエルの羽根に焔の玉を叩きこむ。
だが、羽根が発する光に焔が相殺され、B3は舌打ちを漏らして空中で体制を立て直した。
「やっぱり気に入らない」
「全員退避しろ!!」
着地した瞬間、ミカエルが両翼から放った金の焔が半径三メートル以上のドームとなって、増幅する。
「く、ぅ――!!」
両腕をクロスさせて顔を守ったが、熱量に耐えきれず、ベルフェゴールだけでなくB1やB2も光に飲まれていく。
焼け野原になった黒い地に、べリアル、ベルゼブブ、ベルフェゴールが倒れて煙を放っていた。
「熾天使たる私に、堕天使が近づくことすらおこがましい。いい加減に目を覚まされてはいかがですか? 兄さん」
ぴくりとも動かないベルフェゴール達。
言葉を発しないルシファー。
妖艶に笑うミカエルの胸に細い針のような剣が突き刺さる。
「……王の、ご兄弟とは言え……所詮は神の造形物。我ら、魔族が王に戴くは……ルシファー様のみでございますよ……」
黒こげになりながらも、ミカエルに一矢報いたのはアスモデウスだった。
「貴様……この、私に……貴様ああああ!!」
「ぐ――!!」
胸を貫かれながらも特大の衝撃波を至近距離で受けたアスモデウスは、身体を樹に強かに打ち付け、ずるずるとしゃがみこんだまま動かなくなった。
エル――ルシファーは呆然と部下達が散り散りに倒れる様を眺めている。
「べリアル……ベルゼブブ……アスモデウス……ベルフェゴール……」
『王に戴くはルシファー様のみでございますよ』
アスモデウスの言葉が耳に付いて離れない。
――俺は、こいつらの為に『魔界』へ堕ちたんじゃなかったのか?
答えの帰ってこない問いに、ルシファーは迫るミカエルの剣にも微動だにしない。
「ははっ!! 慕う部下を失うだけでこれほど脆い!! なのに……なぜ貴方が明星で私が後釜なのだ!!」
「……うるせえ」
ぽつりと呟いたルシファーは予備動作なしにミカエルの剣をプレアデスで弾く。
「アスモが言った通りだ。所詮は気まぐれな神の造形物。戯れに存在意義の烙印を押されて生き方を強制され、敷かれたレールの上からはみ出せば堕とされる。なにが明けの明星だ――そんな称号はくそくらえだ!!」
先ほどよりもずっと激しい打ち合いが始まった。
ミカエルの剣も鋭いが、プレアデスに埋め込まれた魔性石がルシファーの怒りに呼応して、一撃の重みを増す。
「貴方はいつも理解ができない。それのどこが不満なのですか? 貴方は輝かしくあればいい。下位の者に心を裂く必要などありません。神に愛された者は優越感に浸れるからこそ、真の力を発揮して戦場を駆けられるのです!!」
「ふざけるな!! 踏み台がなけりゃ戦えない、生きられもしない連中と同じ空気なんぞ吸いたくもない!!」
ルシファーの放った突きを避けて、カウンターを仕掛けに出たミカエルの剣がルシファーの鼻先でぴたりと止まる。
「理解ができないのはあんたの方よ。優越感に浸るから真の力が発揮できるですって? そんな考えだから兄貴は離反しても『王』と慕われ、あんたは大好きな兄貴に見放されているんじゃない」
ミカエルの喉に深々と刺さった脇差は、刀身が黄金に輝く。
プレアデスの上に乗って、脇差を突きたてる少女は海よりも空よりも深い青をした瞳で、ミカエルを睨みつけた。
「……起きたのか」
「起きた早々、最悪の気分よ。よくも私の仲間をずたぼろにしてくれたわね」
ユーリはプレアデスから降りると同時に脇差を引き抜いた。
「……汚らわしい……『BLUE ROSE』の小娘が……熾天使たるこの私を……!!」
「うるさい。ナルシストのブラコンはさっさと神界に帰れば?」
ルシファーと肩を並べ、ユーリは脇差をミカエルに向ける。
ベリアルに感化されたのか、えらく口が悪い――そう思いながらも、ルシファーはふと笑って、ユーリの隣に立ち、プレアデスを構えた。
to be continued...
風は冷えるが、太陽光は暖かい――そんな昼下がり。
B1とB2が「持って帰ってきたぞ!!」と叫ぶ。
「周囲にご迷惑だから静かになさい。……やれやれ、これでやっとお嬢様に目覚めていただけますね」
二人から紫色の縮緬巾着に入れられた蜻蛉玉『玉の緒』の片割れを確認すると、メフィストは巾着ごと持って母屋の客間に向かった。疲れ果てたB1とB2は陽光が入り込んでくる縁側で寝そべっている。
「あの二人、八百比丘尼と出逢えたのは偶然じゃなくて焦れたメフィスト様が呼び寄せたからって気づいていないよね……?」
「言わぬが花、というものですよ」
「言わないよ。それより、そろそろ王様も帰ってくるんじゃないの? 気のせいかな。嫌な予感がするんだ」
「あなたの野性的感覚は助かりますねえ。私も簡単に蘇生が完了するとは思っていませんよ」
メフィストも目つきが真剣だ。B3はいつでも戦闘態勢に入れるよう、傾きかけている太陽を注視する。光が強ければ、影は濃くなる――この真理は『魔界』の者なら過敏に反応するだろう。
相手は『異界』か、それとも――きっと仕掛けてくるという予感が二人に共通してあるのが不思議だった。
「メフィスト様、もしもアイツが攻めて来たら王様が主力になるんだろうけどさあ、周りはどうするの? メフィスト様の結界だけじゃあ持たないよ。俺達って呪術師が少ないのは痛手だよねえ」
「『聖女』のお力を借りたいところですが……おそらくは死神殿が危険な場所にはお連れしないでしょう。しのいで見せますよ。離れて久しい神界ですが、『魔界』の結界を任されている自負はありますから」
話しているうちにヴィンセントが居る客間に到着した。
「『玉の緒』が届いたか」
「聞こえてらっしゃいましたか」
「あれだけでかい声で叫べばな」
叫んだ二人にはあとで厳重注意を心に決めたメフィストである。
「何を作ってるの? 紐?」
胡坐をかいたまま、ヴィンセントが紅い紐状の物を紙縒りのように編んでいる。
「これが『玉の緒』の片割れだ。魂と肉体を繋ぐのに身内の遺伝子情報が必要なんで、俺の血を含ませた糸を編んでる。もうすぐできるから、これを蜻蛉玉に付けて、青薔薇から生成された血を取ったら始めるぞ」
ヴィンセントの作業スピードを眺めて、おおよその時間を把握したB3へメフィストに「話しておいた方がいいんじゃない?」と尋ねる。
「なんだ、問題発生か?」
「いえ、そうではなく……あくまで我らの懸念です」
「なんだ?」
「お嬢さんの蘇生を阻止する為に、きっと誰か来ると思う。おおよその予想はついているけどね」
「……なるほどな」
ヴィンセントは作業の手を止めずに聞き入る。例えどんな相手が攻めてこようが、リリィに結界を張らせれば問題はないのだが、『魔界』の宰相と実質ナンバースリーと言っても過言ではない魔族が警戒している相手となれば、ヴィンセントにもおおよその人物像は出来上がる。
「魔王はどうした?」
「どうやら『魔界』に向かわれていたようです。もうすぐお戻りになるかと」
「そうか。なら、縁側でへばっている二人にも手伝わせてコレを家のぐるりに撒いてくれるか?」
ヴィンセントがメフィストに投げて寄こしたのは、大きさがバラバラの砂金がぎっしりと入った手のひら大の包みだった。
「これは?」
「リリィの羽根を結晶化させたもんだ。『異界』だろうが、神界だろうが、時間稼ぎくらいにはなる。悪いがリリィをここに呼ぶことはできねえから、それで我慢してくれ。効果は保証する。黄金の結界を破って入ってこられるとしたら――一人だけだ」
死神にも見当がついたらしい。
陽はどんどんと傾いていく。夜を連れてやってくる空に、メフィスト達の緊張感も張りつめていく。
「えらく厳重な結界だな。俺まで弾き出されるところだ」
「王様、遅いよ」
「なに、襲撃には間に合ったんだ。許せ」
エルが行儀悪く切窓から入ってくる。
時刻はちょうど夜の七時。
とっぷりと暮れた夜空に覆われた頃、ヴィンセントは「始めるぞ」と呟いた。
◇
白い襦袢姿のユーリの心臓の上に『玉の緒』を結び、死神のマントに反魂呪を白いチョークで書きこんだ『闇紗』にユーリを横たえる。
「額に薔薇から取れた『青い血』を垂らしたら反魂呪の詠唱を始めてくれ」
メフィストが頷くと、花瓶から青薔薇を取り出して花を逆さにする。すると、大輪の薔薇の中央から一滴の青い雫が垂れ落ち、花はあっという間に枯れた。
それを確認するとメフィストは、ユーリの魂を捕えてある水晶玉を掲げて、呪文を読みあげる。
『エトゥ アイク フェディアトラ』
「何語?」
「俺が知ってると思うか?」
「ネルガ冥唱。反魂術のみに使われる古代天使語だ。禁術ゆえに俗語は使えん」
部屋に入ってきたB1とB2が儀式の邪魔をしているとしか思えない疑問を口々にするのを、エルが律儀に答えた瞬間――夜なのに目が眩むばかりの光の洪水が入ってきた。
「――おいでなすったか」
「B1達よりも邪魔だね。さっさと排除しよう」
B3とエルが切窓から外に飛び出すと、Aも庭で合流する。
「死神が禁術を行使するとは、良い度胸だ」
剣を片手に現れた金髪碧眼の天使は、エルと同じ顔だった。燃え盛る金の焔を纏い、響き渡る声は清水のようなバリトン。
「げ、ミカエル……!!」
美しくも雄々しい天使を、害虫扱いで嫌そうな顔をするのはB1だった。
「久しぶり、兄さん。一億年ぶりでしょうか?」
「相変わらず適当だな。一億年も経ってない。お前にだけは逢いたくなかったんだよ、俺は」
「ひどいなあ。私はとても逢いたかったのに――同じ顔なんて、一つでいいのに。しかも汚らわしい『BLUE ROSE』が誰よりも輝いていた兄さんを従属させるなんて……人界すべて焼き払ってしまおうか……!!」
剣を振り上げたミカエルを受け止めたのは、プレアデスだ。
黄金と漆黒がぶつかり合う。
ただそれだけなのに、生じる余波にB1達は立っているのもやっとという有様。
「相変わらずブラコン拗らせてるのね。気持ち悪いわー」
「お前が言うのか、それ」
冷や汗をかきながらも軽口を叩く余裕はあるらしい。B1の糸にぶら下がったB2がミカエルとルシファーの打ち合いを砂金結界の中から見つめる。
「駄弁ってないで、ミカエルがこちらに来ないようにしてよ。あいつ、お嬢さんを殺すつもりなんだから」
要するにここでミカエルを仕留めるつもりらしい。二人から生じる余波も気にせず、飛び出したB3は周囲の木々を蹴り、ミカエルの背後を取った。
「おっと、君もいたのか。その顔、やめてくれないかな」
「お前が殺したくても殺せない顔を選んだんだ。嫌がらせに決まってるじゃないか」
エルと同じ顔の青年の姿になって、ミカエルの羽根に焔の玉を叩きこむ。
だが、羽根が発する光に焔が相殺され、B3は舌打ちを漏らして空中で体制を立て直した。
「やっぱり気に入らない」
「全員退避しろ!!」
着地した瞬間、ミカエルが両翼から放った金の焔が半径三メートル以上のドームとなって、増幅する。
「く、ぅ――!!」
両腕をクロスさせて顔を守ったが、熱量に耐えきれず、ベルフェゴールだけでなくB1やB2も光に飲まれていく。
焼け野原になった黒い地に、べリアル、ベルゼブブ、ベルフェゴールが倒れて煙を放っていた。
「熾天使たる私に、堕天使が近づくことすらおこがましい。いい加減に目を覚まされてはいかがですか? 兄さん」
ぴくりとも動かないベルフェゴール達。
言葉を発しないルシファー。
妖艶に笑うミカエルの胸に細い針のような剣が突き刺さる。
「……王の、ご兄弟とは言え……所詮は神の造形物。我ら、魔族が王に戴くは……ルシファー様のみでございますよ……」
黒こげになりながらも、ミカエルに一矢報いたのはアスモデウスだった。
「貴様……この、私に……貴様ああああ!!」
「ぐ――!!」
胸を貫かれながらも特大の衝撃波を至近距離で受けたアスモデウスは、身体を樹に強かに打ち付け、ずるずるとしゃがみこんだまま動かなくなった。
エル――ルシファーは呆然と部下達が散り散りに倒れる様を眺めている。
「べリアル……ベルゼブブ……アスモデウス……ベルフェゴール……」
『王に戴くはルシファー様のみでございますよ』
アスモデウスの言葉が耳に付いて離れない。
――俺は、こいつらの為に『魔界』へ堕ちたんじゃなかったのか?
答えの帰ってこない問いに、ルシファーは迫るミカエルの剣にも微動だにしない。
「ははっ!! 慕う部下を失うだけでこれほど脆い!! なのに……なぜ貴方が明星で私が後釜なのだ!!」
「……うるせえ」
ぽつりと呟いたルシファーは予備動作なしにミカエルの剣をプレアデスで弾く。
「アスモが言った通りだ。所詮は気まぐれな神の造形物。戯れに存在意義の烙印を押されて生き方を強制され、敷かれたレールの上からはみ出せば堕とされる。なにが明けの明星だ――そんな称号はくそくらえだ!!」
先ほどよりもずっと激しい打ち合いが始まった。
ミカエルの剣も鋭いが、プレアデスに埋め込まれた魔性石がルシファーの怒りに呼応して、一撃の重みを増す。
「貴方はいつも理解ができない。それのどこが不満なのですか? 貴方は輝かしくあればいい。下位の者に心を裂く必要などありません。神に愛された者は優越感に浸れるからこそ、真の力を発揮して戦場を駆けられるのです!!」
「ふざけるな!! 踏み台がなけりゃ戦えない、生きられもしない連中と同じ空気なんぞ吸いたくもない!!」
ルシファーの放った突きを避けて、カウンターを仕掛けに出たミカエルの剣がルシファーの鼻先でぴたりと止まる。
「理解ができないのはあんたの方よ。優越感に浸るから真の力が発揮できるですって? そんな考えだから兄貴は離反しても『王』と慕われ、あんたは大好きな兄貴に見放されているんじゃない」
ミカエルの喉に深々と刺さった脇差は、刀身が黄金に輝く。
プレアデスの上に乗って、脇差を突きたてる少女は海よりも空よりも深い青をした瞳で、ミカエルを睨みつけた。
「……起きたのか」
「起きた早々、最悪の気分よ。よくも私の仲間をずたぼろにしてくれたわね」
ユーリはプレアデスから降りると同時に脇差を引き抜いた。
「……汚らわしい……『BLUE ROSE』の小娘が……熾天使たるこの私を……!!」
「うるさい。ナルシストのブラコンはさっさと神界に帰れば?」
ルシファーと肩を並べ、ユーリは脇差をミカエルに向ける。
ベリアルに感化されたのか、えらく口が悪い――そう思いながらも、ルシファーはふと笑って、ユーリの隣に立ち、プレアデスを構えた。
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