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大地の章
漆、龍王会談(前)
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漆、「龍王会談」(前)
翌朝、竜宮の朝議は紛糾した。これほど意見が飛び交うのは、大戦以来であると言えよう。
五百年にも及ぶ龍王姫・セツカの覚醒、セツカ姫殺害未遂および他国への情報漏洩の罪で宰相ツァイ・ウォンが水球牢に幽閉されている件――どれも官僚や長老衆には衝撃だった。
朝議にはセツカとロン、エイルとテムの姿もあった。
誰もが祝いが先か、裁判が先かを言い争う。それをぴしりと王笏を叩いて黙らせたのは、龍王・エイシャである。
「皆の意見はどれも重要だ。だが、儂は天空神龍族が王の交代があった地上に攻め入る前に使者を出し、仙界の東方王殿と西王母殿にも立ち会って頂いた三龍王会談の席を一日でも早く設けるべきだと思うておる」
「では、宰相の地位は副宰相のラオ様が代行なさるのでしょうか?」
「いや、新しい宰相は龍王姫セツカに一任したい」
ざわりと朝議の席に動揺が広がる。
これも意見が分かれた。
いくら聡明な姫でも五百年もの間、政務から離れていたのだ。この緊迫した世情には向かないという者。
反して、セツカは五百年間も海底を支え続け、その甚大なる魔力は他の追随を許さない。加えて姫を目覚めさせるために奔走したロン・ツーエン将軍という婚約者は、皇太子・エイルと共に空と地上に通じている。
――どちらも、重視している点は「五百年の間隙」である。
「セツカ姫様、あなた様の御心をお聞かせ願いたい」
文官の一人が玉座に最も近い位置に座るセツカに問うた。セツカは白い布地に金糸で全体に花びらが縫い取られた交領襦裙と灰黒の帯に髪飾りと同じ赤い飾り紐を付けて、薄笑いを浮かべる。控え目な赤い紅をゆったりと口を開く。
「皆様方が、五百年も世情から離れていたわたくしが、百官の長たる宰相位への抜擢に異を唱えられるのは自明。ですが、今は早急な三龍王の集いの場を用意することが一刻を争う状況です。今朝、わたくしが水鏡で覗いた天空は、明晩に地上へ宣戦布告は無しで第一陣を送り込む様子。ならば、使者を出すのは本日しかございません。王命ならば、暫定の人事であれ、わたくしは宰相の任を謹んで拝命致しますが、如何でしょう?」
「暫定か否かはまた後日に百官と話し合ってから選ぶとする。現状に最も適しているのはセツカだと判断したがゆえの人事じゃ。セツカ・ラン、現時刻を以て、其方を宰相の位を与える。綱紀の改めは保留のまま、早急に海底龍王の名で空、地上、仙界に使者を出せ」
セツカはすっと椅子から立ち上がると、王の前に跪き袖を掲げて「御意にございます」と礼を取った。そして、また音もなく立ち上がるとセツカは「使者の発表をします。呼ばれた者は前へ」と凛とした声で命じた。
「まず天空神龍界には王子・エイル――テムと申す仔龍と共に天空龍王リナリア・ロフ様へ兵装の解除及び明日の巳の刻より開催する三龍王会談への出席を。地上へはロン・ツーエン将軍――師である清源妙道真君・ヤンジン殿と連絡を取り、新たな地平龍王ルー・ソン様に会談への出席の要請を。東方王様と西王母様へはわたくしが直接説明と会談の場の提供を奏上致します」
ロンとエイルは前に出て跪き「拝命致しました」と礼を述べ、早々に命じられたところへと向かった。
「さすが義姉上だな。決断が早くて適格だ」
「喜んでいる場合ではないぞ、エリン。お前は一番説得が難しい空に向かうのだ。テムが一緒でも出撃前の城には十二分に気をつけろ」
「ああ、ありがとう。ロンもまた師匠に使われないようにな」
二人は廊下の分かれ道で「健闘を祈る」と拳をぶつけ合って、それぞれの目的地へと向かった。
◇
昨日の今日で帰ってきたロンの顔を見るなり、ヤンジンは「げっ!!」と部屋に転がる徳利の数々を背に隠した。
どうやらまだ高麗城の居室に泊まっていたようだ。
「……遅いですよ、師匠。朝っぱらから酒とは本当にどうしようもない方ですね。まあいい。酒どころでは無いので見逃しますが、至急、ルー・ソン王にお目通りを。空が地上襲撃の第一陣を準備しています。姫様がおっしゃるには明晩には襲撃予定とのことです」
「なんだと――!?」
一気に酒気が抜けたヤンジンはむくりと身体を起こした。
「目覚められた姫様が今朝見た映像なので確かな情報です。王は仙界に協力を仰ぎ、明日の巳の刻に三龍王会議を提案されました。師匠は俺と同行し、地平龍王に会談への出席と地上の兵を防衛のみに止めるよう奏上頂きたい」
「いいだろう。行くぞ」
ロンと並んで朝議が行われている部屋へと向かう道々、ヤンジンは「空に行ったのはエイルとテムか?」と尋ねる。
「はい。少々、不安が残るので早急にルー・ソン王がお話しを聞き入れてくださったら、俺も空に――」
「いや。俺が行く。お前ではリナリアを逆撫でする危険性があるだろう」
「……姫様の封印が解かれたから、ですか?」
「そうだ。空石が力を取り戻して五日ほどか。リナリアはそれ以前から空石と同化していた。ならば、正気を保てているとは考えにくい。セツカ姫が見た第一陣の準備も早すぎる。エイルとテムは俺がなんとかするから、お前はエイシャ王と姫の護衛に回れ――」
「しかし、それでは地上が手薄になります」
「問題ない。万が一、俺の不在時に空が奇襲をかけたり、先王の残党が襲って来たりした場合の措置は万端整えてある」
「そのお言葉、どこまで信じていいですか……?」
「全部信じろ!! ――いいか、ロン。これだけは覚悟を決めろ。リナリアを会談の場に引き出せても、空石を使って暴れようとしたら、抑えられるのは肉石と桜真珠の力だけだ。だが、これは確実にリナリアを殺すだろう――そうなれば会談の場が戦争の引き金になる」
リナリアが大人しく会談の席に着いたのならば、己の命と引き換えに三龍大戦を再現させるはずだ。
「……最悪の事態を止めたいのならば『左眼』を使え、と?」
「そうだ。会談の場には俺も立ち会う。お前の自我が耐えきれなくとも、俺と姫様がなんとかしてやる。こいつを恐れるな。その恐怖心が逆に『左眼』につけこまれる一番の要素だぜ……?」
政務室の前に止まったヤンジンは振り向きざま、ロンの眼帯をぴたりと指さした。
ロンは、睨みつけてくる師の視線をまっすぐに受け止めた。
「可愛げのない奴……少しは動揺してみたらどうだ?」
「師匠の態度が、普段と違いすぎて……これでも驚いていますよ。それに姫様が目覚められたのに、俺が死ぬことなど許されません」
「ふん、その意気だ――さてと、こちらもとっとと話を終わらせるぞ」
「はい」
ロンはヤンジンが政務室の番兵に話すと、二人は政務室の扉をくぐった。
◇
水鏡を通して東方王と西王母との話を終えたセツカは「それでは、明日」と礼をして、セツカは岸壁に空いている大穴に手をかざした。大穴は海水で満たされていたが、セツカの命に従って、水が引いていく。
ぽっかりと空いていた大穴に、ふうと一息吐いた。この『鏡の間』は壁に無数に空いた穴を水で満たせば、世界中のどこでも見渡せる。水を操る術に長けたセツカは、大穴の横の二つを確認しながら、浮かない顔をしている。地上はともかく空の様子が不穏だ。
ロンとヤンジンの会話を聞いていたが、ヤンジンがエイルの方へと向かってくれたのはありがたい。しかし、ロンの『左眼』――あれだけは使ってほしくはないのだ。あの『左眼』が使われないように祈ることしかできない自身に、セツカは両手を見つめる。
「セツカ」
「……義父上様」
この部屋を自由に行き来できる人物は限られている。龍王は王の正装のまま、セツカに近づく。
「眠りから覚めたばかりだ。あまり根を詰めるでない」
「はい……ですが、やはり空が心配で……。地平龍王様とのお話しが終われば、清源妙道真君がエリンらのところに向かってくださるとのことです。ただ……」
「真君は、会談が荒れればロンに『眼』を使うように命じるだろうな。あの者は、再び大戦が起こることをなによりも案じておるゆえ」
「はい。義父上様、ロンの『左眼』は封じられないのでしょうか? 彼はあれを忌まわしきものと思っています。だから、ロンは出逢った頃と変わらずにいてくれるのです。無欲は彼に、あの『左眼』は、惨い――」
うつむく愛娘に、龍王はそっと頬を撫でる。化粧も薄く、すべらかな肌は眠る前と何も変わらない。
「ロンが無欲な人物だからこそ、所有者に選ばれたという考え方もある。其方が目覚めたあかつきには、真っ先に婚礼衣装を選んで、ロンの手に委ねてやりたかったが、まだ先になりそうか……許せ」
セツカはゆるりと首を横に振った。
「祝言は、生きてさえいればいつでも叶います。でも、相手がいなければ……ロンが、いなければ、わたくしはどこにも嫁ぎません」
「そうさなあ……ロンを呪いから解き放ってやれる唯一の方法は、さっさとあの『眼』を使うことだ。ゆえに真君もしつこくロンに決意を迫る。発動さえしてしまえば、もう昇華してやるだけじゃ」
「三龍の秘宝すら敵わぬモノを、昇華する法などございますか……!?」
セツカははっとして「申し訳ございません」と泣きそうな子供のような顔をする。王は「よい。それほどに他人を愛せる娘に育って、エマも幸せであろう」と哀しく笑う。
「ちょうど昼も近い。しばし休め。真君が空に行ってくれるのならば、ロンもすぐに帰ってくる」
「……はい、では久方ぶりに中庭に参ります」
「うむ。起きた早々、大役を任せてしまった。ゆるりとしてきなさい」
セツカは去り際に天井付近の水鏡を見た。フロン元帥と睨み合っていたエイルの隣には、ヤンジンが立ち、ロンは地上の泉に入っていった。
――始祖よ、なぜあなたはロンを選んだのですか?
セツカの胸中に吹き荒れる嵐は、明日の三龍会談の様子を告げているようだった。
続...
翌朝、竜宮の朝議は紛糾した。これほど意見が飛び交うのは、大戦以来であると言えよう。
五百年にも及ぶ龍王姫・セツカの覚醒、セツカ姫殺害未遂および他国への情報漏洩の罪で宰相ツァイ・ウォンが水球牢に幽閉されている件――どれも官僚や長老衆には衝撃だった。
朝議にはセツカとロン、エイルとテムの姿もあった。
誰もが祝いが先か、裁判が先かを言い争う。それをぴしりと王笏を叩いて黙らせたのは、龍王・エイシャである。
「皆の意見はどれも重要だ。だが、儂は天空神龍族が王の交代があった地上に攻め入る前に使者を出し、仙界の東方王殿と西王母殿にも立ち会って頂いた三龍王会談の席を一日でも早く設けるべきだと思うておる」
「では、宰相の地位は副宰相のラオ様が代行なさるのでしょうか?」
「いや、新しい宰相は龍王姫セツカに一任したい」
ざわりと朝議の席に動揺が広がる。
これも意見が分かれた。
いくら聡明な姫でも五百年もの間、政務から離れていたのだ。この緊迫した世情には向かないという者。
反して、セツカは五百年間も海底を支え続け、その甚大なる魔力は他の追随を許さない。加えて姫を目覚めさせるために奔走したロン・ツーエン将軍という婚約者は、皇太子・エイルと共に空と地上に通じている。
――どちらも、重視している点は「五百年の間隙」である。
「セツカ姫様、あなた様の御心をお聞かせ願いたい」
文官の一人が玉座に最も近い位置に座るセツカに問うた。セツカは白い布地に金糸で全体に花びらが縫い取られた交領襦裙と灰黒の帯に髪飾りと同じ赤い飾り紐を付けて、薄笑いを浮かべる。控え目な赤い紅をゆったりと口を開く。
「皆様方が、五百年も世情から離れていたわたくしが、百官の長たる宰相位への抜擢に異を唱えられるのは自明。ですが、今は早急な三龍王の集いの場を用意することが一刻を争う状況です。今朝、わたくしが水鏡で覗いた天空は、明晩に地上へ宣戦布告は無しで第一陣を送り込む様子。ならば、使者を出すのは本日しかございません。王命ならば、暫定の人事であれ、わたくしは宰相の任を謹んで拝命致しますが、如何でしょう?」
「暫定か否かはまた後日に百官と話し合ってから選ぶとする。現状に最も適しているのはセツカだと判断したがゆえの人事じゃ。セツカ・ラン、現時刻を以て、其方を宰相の位を与える。綱紀の改めは保留のまま、早急に海底龍王の名で空、地上、仙界に使者を出せ」
セツカはすっと椅子から立ち上がると、王の前に跪き袖を掲げて「御意にございます」と礼を取った。そして、また音もなく立ち上がるとセツカは「使者の発表をします。呼ばれた者は前へ」と凛とした声で命じた。
「まず天空神龍界には王子・エイル――テムと申す仔龍と共に天空龍王リナリア・ロフ様へ兵装の解除及び明日の巳の刻より開催する三龍王会談への出席を。地上へはロン・ツーエン将軍――師である清源妙道真君・ヤンジン殿と連絡を取り、新たな地平龍王ルー・ソン様に会談への出席の要請を。東方王様と西王母様へはわたくしが直接説明と会談の場の提供を奏上致します」
ロンとエイルは前に出て跪き「拝命致しました」と礼を述べ、早々に命じられたところへと向かった。
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「喜んでいる場合ではないぞ、エリン。お前は一番説得が難しい空に向かうのだ。テムが一緒でも出撃前の城には十二分に気をつけろ」
「ああ、ありがとう。ロンもまた師匠に使われないようにな」
二人は廊下の分かれ道で「健闘を祈る」と拳をぶつけ合って、それぞれの目的地へと向かった。
◇
昨日の今日で帰ってきたロンの顔を見るなり、ヤンジンは「げっ!!」と部屋に転がる徳利の数々を背に隠した。
どうやらまだ高麗城の居室に泊まっていたようだ。
「……遅いですよ、師匠。朝っぱらから酒とは本当にどうしようもない方ですね。まあいい。酒どころでは無いので見逃しますが、至急、ルー・ソン王にお目通りを。空が地上襲撃の第一陣を準備しています。姫様がおっしゃるには明晩には襲撃予定とのことです」
「なんだと――!?」
一気に酒気が抜けたヤンジンはむくりと身体を起こした。
「目覚められた姫様が今朝見た映像なので確かな情報です。王は仙界に協力を仰ぎ、明日の巳の刻に三龍王会議を提案されました。師匠は俺と同行し、地平龍王に会談への出席と地上の兵を防衛のみに止めるよう奏上頂きたい」
「いいだろう。行くぞ」
ロンと並んで朝議が行われている部屋へと向かう道々、ヤンジンは「空に行ったのはエイルとテムか?」と尋ねる。
「はい。少々、不安が残るので早急にルー・ソン王がお話しを聞き入れてくださったら、俺も空に――」
「いや。俺が行く。お前ではリナリアを逆撫でする危険性があるだろう」
「……姫様の封印が解かれたから、ですか?」
「そうだ。空石が力を取り戻して五日ほどか。リナリアはそれ以前から空石と同化していた。ならば、正気を保てているとは考えにくい。セツカ姫が見た第一陣の準備も早すぎる。エイルとテムは俺がなんとかするから、お前はエイシャ王と姫の護衛に回れ――」
「しかし、それでは地上が手薄になります」
「問題ない。万が一、俺の不在時に空が奇襲をかけたり、先王の残党が襲って来たりした場合の措置は万端整えてある」
「そのお言葉、どこまで信じていいですか……?」
「全部信じろ!! ――いいか、ロン。これだけは覚悟を決めろ。リナリアを会談の場に引き出せても、空石を使って暴れようとしたら、抑えられるのは肉石と桜真珠の力だけだ。だが、これは確実にリナリアを殺すだろう――そうなれば会談の場が戦争の引き金になる」
リナリアが大人しく会談の席に着いたのならば、己の命と引き換えに三龍大戦を再現させるはずだ。
「……最悪の事態を止めたいのならば『左眼』を使え、と?」
「そうだ。会談の場には俺も立ち会う。お前の自我が耐えきれなくとも、俺と姫様がなんとかしてやる。こいつを恐れるな。その恐怖心が逆に『左眼』につけこまれる一番の要素だぜ……?」
政務室の前に止まったヤンジンは振り向きざま、ロンの眼帯をぴたりと指さした。
ロンは、睨みつけてくる師の視線をまっすぐに受け止めた。
「可愛げのない奴……少しは動揺してみたらどうだ?」
「師匠の態度が、普段と違いすぎて……これでも驚いていますよ。それに姫様が目覚められたのに、俺が死ぬことなど許されません」
「ふん、その意気だ――さてと、こちらもとっとと話を終わらせるぞ」
「はい」
ロンはヤンジンが政務室の番兵に話すと、二人は政務室の扉をくぐった。
◇
水鏡を通して東方王と西王母との話を終えたセツカは「それでは、明日」と礼をして、セツカは岸壁に空いている大穴に手をかざした。大穴は海水で満たされていたが、セツカの命に従って、水が引いていく。
ぽっかりと空いていた大穴に、ふうと一息吐いた。この『鏡の間』は壁に無数に空いた穴を水で満たせば、世界中のどこでも見渡せる。水を操る術に長けたセツカは、大穴の横の二つを確認しながら、浮かない顔をしている。地上はともかく空の様子が不穏だ。
ロンとヤンジンの会話を聞いていたが、ヤンジンがエイルの方へと向かってくれたのはありがたい。しかし、ロンの『左眼』――あれだけは使ってほしくはないのだ。あの『左眼』が使われないように祈ることしかできない自身に、セツカは両手を見つめる。
「セツカ」
「……義父上様」
この部屋を自由に行き来できる人物は限られている。龍王は王の正装のまま、セツカに近づく。
「眠りから覚めたばかりだ。あまり根を詰めるでない」
「はい……ですが、やはり空が心配で……。地平龍王様とのお話しが終われば、清源妙道真君がエリンらのところに向かってくださるとのことです。ただ……」
「真君は、会談が荒れればロンに『眼』を使うように命じるだろうな。あの者は、再び大戦が起こることをなによりも案じておるゆえ」
「はい。義父上様、ロンの『左眼』は封じられないのでしょうか? 彼はあれを忌まわしきものと思っています。だから、ロンは出逢った頃と変わらずにいてくれるのです。無欲は彼に、あの『左眼』は、惨い――」
うつむく愛娘に、龍王はそっと頬を撫でる。化粧も薄く、すべらかな肌は眠る前と何も変わらない。
「ロンが無欲な人物だからこそ、所有者に選ばれたという考え方もある。其方が目覚めたあかつきには、真っ先に婚礼衣装を選んで、ロンの手に委ねてやりたかったが、まだ先になりそうか……許せ」
セツカはゆるりと首を横に振った。
「祝言は、生きてさえいればいつでも叶います。でも、相手がいなければ……ロンが、いなければ、わたくしはどこにも嫁ぎません」
「そうさなあ……ロンを呪いから解き放ってやれる唯一の方法は、さっさとあの『眼』を使うことだ。ゆえに真君もしつこくロンに決意を迫る。発動さえしてしまえば、もう昇華してやるだけじゃ」
「三龍の秘宝すら敵わぬモノを、昇華する法などございますか……!?」
セツカははっとして「申し訳ございません」と泣きそうな子供のような顔をする。王は「よい。それほどに他人を愛せる娘に育って、エマも幸せであろう」と哀しく笑う。
「ちょうど昼も近い。しばし休め。真君が空に行ってくれるのならば、ロンもすぐに帰ってくる」
「……はい、では久方ぶりに中庭に参ります」
「うむ。起きた早々、大役を任せてしまった。ゆるりとしてきなさい」
セツカは去り際に天井付近の水鏡を見た。フロン元帥と睨み合っていたエイルの隣には、ヤンジンが立ち、ロンは地上の泉に入っていった。
――始祖よ、なぜあなたはロンを選んだのですか?
セツカの胸中に吹き荒れる嵐は、明日の三龍会談の様子を告げているようだった。
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