La campanella

紺坂紫乃

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 歌え、高らかに、清らかに。
 それは力となり、大地を揺るがす贄となる。

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 地に下りて幾日が過ぎた事か。
 北海に面した高台に立ち、地平線へと沈んでいく茜色を見つめながら、カリヨンは焦れていた。気持ちばかりが急き立てられて、実質的な物は何も伴ってはいない。
 風も冷気を帯びてきた。白いパイルドレスが大きくはためく。彼女は親指の爪を噛んだ。

「……何処におわす……月の御方よ……!」

 遥かなる地平線を睨みつけ、悪態とも嘆願ともなりえる言葉を呟く。
 その時、彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「乙女!」

「おお、ランスロット!」

 駆けてきたのは、マントと甲冑に身を包んだ青年だった。金髪が汗で額に張り付いている。余程の距離を駆けてきたのだろう。馬から飛び降りて、首を軽く叩いて月毛の馬を労う。

「あちらの様子はいかがですか?」

 未だ息の整わないランスロットの問いに、カリヨンは渋面を作る。

「北海を超えてくる様子はなさそうじゃ。しかし、それも時間の問題であろうよ。オーディン様の御命令で、ブリュンヒルデ様率いるワルキューレの騎行は進むばかり……だというのに、こちらはアリアンロッド様の気配すら掴めてはおらぬ」

「やはり……一度、パンテオンにお戻りになるのが得策では? 女神・ダヌ様なれば、御子であるアリアンロッド様の居場所もお解りでしょう」

 ランスロットの提案に、なぜかカリヨンは瞑目して首を振った。

「ならぬ……。母なる女神は来るべき日に備え、万全の体勢でおわす必要がある。アリアンロッド様の捜索は引き続き、我等だけで行うのじゃ」

 そうは言ったものの、ランスロットの言う通り、手詰まりである現状では女神に縋るのが一番の早道であることは、カリヨンも痛い程に解っていた。だが、女神・ダヌはパンテオンの主神である。彼女程の神が動けば、それはオーディンの耳にも入ろう。 
 カリヨンが最も警戒しているのはそこであった。ゆえに冥界より、同胞と所縁ある円卓の騎士・ランスロットを召喚し、自身も『湖の乙女』と呼ばれる妖精の姿からカリヨンという人間の娘となって内密にアリアンロッドを探している。
 
 月の女神・アリアンロッドが、北海を超えた北の地が俄かに騒ぎ立っていると告げたのは、一月前に遡る。これにはダーナ神族の居地であったパンテオンに動揺が走った。主神である女神ダヌは娘であるアリアンロッドに、それが意味することを問うた。
 アリアンロッドは「北欧神話に於ける神々の黄昏――終末の日・ラグナロクが起ころうとしているのでございます。オーディン様は神槍・グングニルを手に、戦乙女の一人であるブリュンヒルデに命じてワルキューレに集めさせた兵士の魂を集結させております。こちらにも、何らかの余波が生じることでしょう」と言い残し、翌日にその姿を消してしまった。
 アリアンロッドが姿を消したことにより、ケルトの地には新月の日が続いている。この報は、北海を超え、オーディンの住まうアスガルドにも届いていることであろう。
 ラグナロクとは人間の伝承によれば、太陽と月の消失から始まる。ゆえに、ケルトの地から月の女神が姿を消したとあれば、オーディンは間違いなく、ラグナロクの始まりだと判じるはずだ。

「……なにゆえ、オーディン様を刺激なさるような行動を、ケルトの神たるアリアンロッド様が行われたのか」

 パンテオンはその話で持ち切りである。カリヨンはその話を聞いて、矢も楯も堪らず、パンテオンを飛び出し、同じ『湖の乙女』であるヴィヴィアンに希って、彼女の養子であるランスロットを召喚してもらったのだ。
 

 こうしてランスロットと北海を睨みながらのアリアンロッド捜索の旅は始まった。

「ところでランスロット、これを持っておれ」

 カリヨンが差し出したのは、一本の黄金の剣であった。

「乙女……これは、まさか……エクスカリバーでございますか!?」

「そうじゃ。既にアロンダイトを有しているそなたには必要ないかと思うたが、その剣が発する気は、これからそなたの身を護ろう。それとも、かつての主君の剣は持てぬか?」

エクスカリバーを手にしたランスロットの表情は浮かない。だが、もしかしたら神々との戦争になる恐れすらあるのだ。彼にも相応の装備をしていて貰わねば困るのはカリヨンの方であった。

「……いえ、乙女が必要と判じてのことでしょう。私はそれに従います。義母ははより貴女をお護りし、必ずやアリアンロッド様を見つけるようにと命じられておりますゆえ、その騎士道に則って、私はエクスカリバーにて貴女をお護り致します」

 甲冑姿でその場に膝を着き、カリヨンの手を取って、ランスロットは海の蒼を映し込んだ双眸で誓約を口にする。その微笑んだ顔の美しさに、カリヨンも釣られて微笑みを返す。

「そなたには湖の乙女たる我が加護を授けよう。あと、我のことはカリヨンと呼べ。今は人間ゆえな」

「承知仕りました、カリヨン殿」

見つめ合う二人の背後では、日没を告げる鐘の音が鐘楼から響き渡っていた。


to be continued...
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