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調合師教育計画
アベスカ基準
しおりを挟むニーロは当然そのことを報告しなかった。完治はしていないものの、実母の具合がよくなってきていることが、決心を揺らがせた。
「アレで完治じゃないって……」
「俺もよく分からん。何せ、患者の病状は機密で教えてくれないし」
「婚約者殿は?」
「マイヤはある程度知っているみたいだよ。ただ、現状どうなっているのかとか聞いても教えてくれない」
ニーロが質問すればマイヤはヘイノにすぐさま話を振る。「そういった話は素人よりも、専門家から聞いた方がいいですわよ」とあっさり言われた。現在、ヘイノが目をかけている子供が医師として修業中らしいが、母親の治療には関わらせていない。手に負えないからと、あっさり言われたのである。
「よく分からない」
「基本こちらのように、金の有無で医師を変えているわけでもないというのは分かるんだ。他は病状によって変更していると聞いている」
ヴァルッテリの言葉にニーロはまたしても悩むしかない。医者とは本来、金の有無や貴族の位で弟子に見せるのが一般的なのだ。
「それから、ヘイノの決めた基準に満たない者は、医師とは名乗れませんわよ」
唐突に後ろからかけられる声。ヴァルッテリはため息しか出てこなかった。
アベスカ男爵領に移住した際に決めた、アベスカ男爵領独自の「医師」基準。近しいものは異世界の「医師免許」らしい。そう、マイヤとてらしいとしか知らないのだ。
「元々アベスカ男爵領にはそれに近いものはあったらしいのですが……異世界とこちらでは違いがあるらしいのです。その相違点を埋めたのが現在の医師基準ですわね」
「『らしい』?」
「えぇ。元々ヘイノがアベスカ領へ来たのは二十五年ほど前。わたくしが産まれる前ですわよ」
「そんなに昔!?」
「……誤解されていらっしゃるようですので、あえて申し上げますが。わたくしもベレッカも、ガイアも、父も『転生者』ではありませんわよ。勿論『転移者』でもございません」
「……違うの?」
「ニーロ様、やはり誤解なさっていらっしゃいましたわね。政策施行時期を鑑みれば分かることだと思うのですが」
帝国に来るのに、何が楽しくてそういう人たちを連れてこなくてはいけない。それは紛れもなく、マイヤの本心だった。
「わたくし共が保護しているのは、あくまでも一部ですわ。アベスカ領へ来たからと、問答無用で保護するわけではありませんし」
何度目だろう、この説明。マイヤも嫌になり始めている。毎度聞いてくる人間が違うので、邪険に出来ないのがつらいところだ。
「……基準は」
「現政権を無暗に打倒しようとしないこと。聖獣に危害を加えないこと。これが最低条件ですわ」
現政権が聖獣へ危害を加えようものなら、反旗を翻す。それだけは確定だ。
「転移者、転生者がもたらす知識というのは、薬にも毒にもなります。その匙加減を間違えてしまえば……お分かりですね?」
その匙加減を間違えないようにする、というのが大変なのだ。
それを必死になって施行しているダニエルの失言くらい、多少見逃してもいい……のかもしれない。
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