のんきな男爵令嬢

神無ノア

文字の大きさ
上 下
5 / 99
プロローグ

しおりを挟む

「……ええっと、お父様」
「なんだい、マイヤ」
「わたくしってそんなに王都で有名ですの?」
「いや、まったく。一応は私の裁量で領地を運営していることになっているし」
 転移術を使えばいつでも行き来できる。だからこそあえて、ダニエルは仕事中に転移術を頻繁に使う。
「わたくし一人娘ですわよね」
「そうだね」
「跡取りはどうなさるおつもりで?」
 再婚をにおわせてマイヤが口を開けば、ダニエルは嫌そうな顔をした。
「マイヤ以外考えていない」
「無理ですわよ」
「無理だね」
「国王の妹君だってお年頃の方がいらっしゃいますし、国王にも年頃の王女がいらっしゃるでしょう」
「うん。私もそれを言ったよ」
 言ったんだ、とマイヤは呟いた。何せ、現国王にも、今は亡き先代国王にも正妃のほか、側室やら愛妾やらが両手で足りないほどにいるのだ。つまりは王子も王女も大量にいるわけで。
「ひょっとして、男爵家と釣り合いの取れる家柄ということかしら?」
 無駄に高いプライドだ。「低位貴族に王家の人間を嫁がせられるか!」くらい言いそうである。
「それもあり得るかな。何せ『すでに決定事項』って言われたし」
 ただ、どんなに脅しても「誰」というのは言わなかったらしい。
「明日王都に到着予定だそうだから、半月後にはここに来るはずだ」
 移転術が使えなければ。それをにおわせて、ダニエルはあっという間に王都へ帰った。
「……予定を繰り上げましょう」
「かしこまりました」
 いつでも客人を迎えられるように、使用人に指示するためにゾルターンが退出していく。
「冗談じゃないわ」
 マイヤはぼそりと呟いた。


 翌日。ダニエルとともにローゼンダール帝国の使者が、転移術を使ってアベスカ男爵領へとやってきた。
 やはり、前もって準備をしていて正解のようである。
「マイヤは?」
「お嬢様は視察へ出かけております」
 そう答えたのは侍女長だ。公的な視察のため、執事であるゾルターンも一緒に出掛けていると。
「夕刻には戻られると伺っております」
「そうか。仕方ない。使者殿、私も執務がありますのでしばらくごゆるりと」
 それだけ言って、ダニエルはさっさと執務室へ向かった。

「人をおちょくっているのか?」
 客室に通され、誰もいなくなった部屋で使者こと、ウルヤナは毒ついた。敬愛すべき主のために、先だって来たはずだ。歓迎すらされていないということに腹が立った。
 ただでさえ、ウルヤナの主はここの娘が白亜色の髪をしているという理由で、王女との婚約が破談になった。どうして、あれほど完全無欠に近い主がこんな片田舎の小娘を貰わなくてはならないなんて……と、毒つく言葉はいくらでも出てくる。
 安全を確かめるためにも、ウルヤナかもう一人の従者がまず現地に行く。今回はウルヤナが担当だった。だから、己の役割を果たすためにと動く。

 アベスカ男爵領の実情を調べるため、ウルヤナは屋根裏へと向かった。


 ダニエルは執務室で仕事をしていた。まとめられた羊皮紙に目を通し、それにサインをしていく。代官がよほどしっかりしているのだろう。上手く纏められているとウルヤナは見た。
「お父様、ただいま戻りました。お父様も連日お疲れさまですわ」
 入ってきた少女の髪色は白亜色。つまり、この少女がマイヤだ。
「おかえり、マイヤ。これが終わったら使者殿とお会いするよう、手はずを整えるよ。で、視察の結果は?」
「相変わらずですわね。領境では領民よりも難民が多いそうですわ」
「さすがに行けなかったか」
「ゾルターンに行ってもらいました」
「そのあたりはゾルターンにあとで聞こう」
 そのゾルターンとやらが、執事で代官も兼任しているのだろう。そうウルヤナはあたりをつけた。
「使者の方も移転術が使えるのですね」
「そのようだね。数人なら問題ないそうだ」
「あら、それは羨ましい」
「あとは、どこへ行ったのかな?」
「セヴァトのところですわ。さすがに色々、、報告したいことがありましたもの」
「そうか、そうか。あとでゆっくりと聞こうか」
 席を立ったダニエルを見て、ウルヤナは慌てて屋根裏から戻ることにした。


「……お父様、いつを連れて来たんですの?」
「仕方ないだろう。とりあえずは使者殿なんだからさ」
 そんな会話を二人がしていると露知らずに。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

処理中です...