女30歳、脳梗塞、左半身不自由になりまして

ゆるり

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7章

7-1 退院後のショック

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 2014年7月10日、私は回復期病院を退院した。
 この日のお天気は晴れ。午前中に退院することにしていた。
 朝食を食べ、午前に1時間リハビリを受けて、昼食時刻よりも前に退院するようにしていた。 

 手首のバンドをハサミで切ってもらった瞬間、自由になれた気分だった。 
 
 母の運転してきた車に乗り込み、この時は本当に気分がよかった。 
 家に着いて自分の部屋を眺めた。久しぶりの自分の部屋はなんだか妙な感じがした。
 3月末から約3か月と少し、その部屋はなんだか時が止まった部屋のようだった。
 生きていない感じ。
 でもやっと戻ってこられた。
 ものすごく嬉しかった。 

 

 自宅での生活は、当然病院とは違う。
 家の中だけでも入院中よりも自分でやらなければならないことを多く感じた。家の中のことだから大したことではないのだ。
 それでもそう感じたのはきっと入院中はそれぐらい「やらなくてもいい」環境だったということなのだ。 

 自分がいろんなことが出来ない身体だということを目の当たりにしていくのはショックだった。
 それもひとつなんかじゃない。
 これも出来ないのか、あれも出来ないのか、という具合にひたすら出来ないことの確認作業のようだった。
 いちいちショックだった。 
 それでも私は、トイレに行くためにいちいち靴を履いたりしなくていいことや、お風呂の時間も気にせずいつでも入れるということが嬉しかった。
 入院中、夜中にトイレに行きたくなった時にいちいち靴を履かないといけないことを面倒に思っていた。お風呂の入浴時間も気にしなくていい。 

 自由だ。

 健康であるということ(この時点で私は半身不自由な人間ではあるが)は自由でもあるし色々なことを自分でやらなければならないということで、不健康であるということは色々なことを誰かにやってもらえる代わりに自由ではないのだな、と思った。 

 

 退院後のショックの連続の中でも特にショックだったことがある。 

 朝、ベッドから起き上がる時、左半身がまるで軽い木の棒のようだった。
 ベッドから起き上がるという動作は入院中も毎朝あったはずなのに、この時初めて自分の左半身の軽さにショックを受けた。
 まるで、軽い木の棒か、若しくは、右半身は水がフルで入ったペットボトルで左半身は空のペットボトルのようだった。 
 身体を動かせなかった急性期病院入院当初は岩のように重く感じていた私の左半身はこの時は空っぽのペットボトルのように感じられた。 
 「思うように動かせない」という意味では同じなのだが、感じ方が全く違った。
 ショックを受けるという意味では同じだったが。 

 

 皿洗いもショックだった。 

 ある日、2枚の皿を洗おうとした。倒れて初めての皿洗いだった。
 水と洗剤で滑りやすく、皿を持つことが難しかった。
 でも皿洗いだから持つだけではダメだ。右手に持ったスポンジで左手で持つ皿をまんべんなく洗わないといけない。
 この皿洗い、けっこう難儀したのだが、念のため時間を計っていた。 
 2枚の皿洗いに15分かかった。
 ショックだった。
 特に大きな皿でもなければ形もいたって普通の丸い皿2枚洗うのに15分。しかも、そのたった2枚の皿洗いでもけっこうエネルギーが必要で疲れてしまった。 

 皿洗いに限らないが、けっこう疲れやすくなっていた。
 回復期病院で担当の療法士の男性が、「(脳梗塞で不自由になることで)身体は疲れやすくなりますよ」と言っていた。
 それから、「一生運動を続けないといけません」とも言われた。「そういう身体」になったことを改めて実感させられ悲しくなった。 
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