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小話集
もしも、出逢いが『普通』だったなら…(中)
しおりを挟むその翌日。社で会ったまゆはいつも通りに元気だった。『昨日は楽しかったね♪』という会話をしながらも、日々の仕事を粛々と熟す。
だが、あの夜から数日後…
「ねぇイブちゃん、今度はウチに遊びに来て。よっしーも久々に会いたいんだって。」
「良いんですか?…じゃあ、義彦さんが好きな豚角煮、作りますね。」
「そう!それ!相当お気に入りみたいでねー、私にも作り方…って、ン?」
「…?、どうしたんですか?」
「い、いや…あそこにいる『お前はカラスか!』って言わんばかり真っ黒な格好した奴って…」
「…か、カラス…?」
恐る恐るといった体でまゆがプルプルと指差す先には…黒シャツ黒スーツにシルバーのネクタイをダラリと締め、黒のサングラスをした“如何にも怪しい”男が黒塗り高級車に寄り掛かり立っていた。…おまけにこちらをガン見しているように見える。
「…。まさかでしょ?…と、とにかくイブちゃん、こっちに…」
「おいコラ。気付いておきながら無視して行く気か。」
「…げ。」
男はサングラスを外すと胸ポケに入れ、立っていた道の向こう端からやって来る。…歩道と車道を隔てる柵やチェーンをヒョイと乗り越え、車道の規則などガン無視で。何せこの男には怖いものなどないのだ。
「あ、あら清水~、珍しいわねこんな所でっ。ここは『ススキノ』じゃないわよー?」
「るせぇな、どうでも良いだろが。…よう、あの日振りだな。」
「…。こ、こんばんは…」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだ清水が、上から女2人を見下ろす。だが彼の特徴ある目には、まゆの背後に隠れるかのように一歩引いている美優しか映っていない。
「仕事終わったんだろ。良かったらメシでもどうだ。」
「メッ…はぁ?な、何言ってんのよっ、イブちゃんは…」
「あァ?…つうか、おめぇに言ってねぇし。…何かあんのか。」
「…、…ウチ…ん、そうよっ、今日はウチに来るのっ。この子、ウチの旦那とも顔見知りだから…たまに来てご飯食べたりするのよっ。」
「…。ンなモン、またにしろよ。今夜はオレに付き合え。」
「……アンタねぇ…」
「あんだよ、何か文句あんのか。」
…そう言って凄みを強める清水と立ちはだかるまゆが僅かに睨み合う。こんな険悪な空気が苦手な美優は、どうしたらいいかわからずオロオロとする。
「あ、あのっ…まゆさんっ…清水さんも。お、落ち着いてっ…」
「…。まゆ…てめぇとは『また』があんだろ。…オレにはその『また』が、いつになるかわからねぇんだよ。」
「……。」
「…いつ、何がどうなるかわからねぇから…オレはその時思ったように生きてる。…なんぼお前が昔っからの顔馴染みとはいえ…“邪魔”はさせねぇぜ。」
「だからって…相手の都合も何もかもガン無視ってのはどうなのよ。」
『少しは考えろ。』と含みを持たせたまゆが、俄かに届かない身長ながらにも清水に対して睨み上げる。昔取った杵柄…とは正にこの事だろう。
「…。ったく…うるせぇ『小姑』だな。わかったよ…今夜は引く。だが…」
そこまで口にした清水はスーツの内側から銀ケースを取り出すと、中から一枚引っこ抜いた“紙”の裏にスラスラと何かを書いてズイと美優へと押し付けた。
「…オレの携帯番号だ、いつでも連絡くれ。…それと、その紙は何かあったら相手に見せてやれ。…大概の野郎は引っ込むからよ。」
「…。…」
「アンタも引っ込め!バカ清水!」
「ンだと?言われなくたって引っ込むよ!…但し、今晩“だけ”だっ。」
『ケッ!』と鼻息荒くそっぽ向いた彼は、車まで走り乗り込んで走り去ってしまった。…美優の手に渡されたのは黒版に銀色の文字で『北斗聖龍会若頭、清水圭介』と書かれた“名刺”だった。
「…北斗、聖龍会…?…若頭?」
美優には…その名刺に書かれている事も、名刺が持つ威力も全くわからなかった。まるで社名かのようなその名が、実はとんでもない組織だと知るのは、その日からさらに数日後の事。
『いつでも連絡くれ。』なんぞと言われはしたものの、大して相手の事を知ってる訳でもなく…不可抗力でもらってしまった名刺をきっちり手帳に差し入れていた彼女。
この日の仕事終わりには、1人で社のあるビルを出て来た美優は『え?』と目を丸くした。
「…よう。仕事は終わったのか?」
「…、…」
「終わった…んだよな?」
「…あ、は、はいっ…終わりました…」
今度はビルの真ん前に停車し、以前同様に待ち構えていた清水が声を掛ける。
「今日はあんた1人か。」
「…まゆさんは…今日、公休なんです。」
「フッ…うるせぇ小姑はいねぇ、か。今日のオレはツイてんな。」
「…、…」
「おしっ。そんじゃ今日こそは付き合ってくれ。メシ行こうぜ。」
「え…え?」
美優の意思や予定を確認するでもなく、清水は自らの車の助手席へと彼女を押し込み車を走らせた。
程なくして着いたのは、市内にあるカジュアルなイタリアンカフェだ。
店内の窓際を陣取った2人はパスタやリゾット、バゲットサンドやアクアパッツァなどのメニューを大皿で注文しシェアしながら食べる。
清水は白ワインを飲んでいたが、美優は水で済ませる。
「…アンタ、マジで飲まないのな。」
「お酒は…苦手なので。それに他所様にご迷惑をお掛けしても申し訳ありませんし。」
「…別に、オレは迷惑掛けられても気にしねぇが。」
「…、…」
そんな事を話していた2人だが…ふと思い出したのか美優が清水に問う。
「あの…清水、さん?…お聞きしても良いですか?」
「あ?なした。」
「…清水さんは…どんなお仕事をさせているんですか?…あ、頂いた名刺の名前がすごく立派なので…社長さんか何かなんですか?」
「…、…社長…ねぇ。…プッ…悪りぃがソイツは会社でもなければ、オレは社長なんかでもねぇ。…まぁちょっとした“組織”だよ。」
「そ、組織…?」
「…アンタさ、この札幌で『北斗聖龍会』って聞いた事ねぇの?」
「…。すみません…ちょっと。」
「……マジか。」
この時点で清水は『どんだけ世間知らずなんだよ。』と自らにツッコミをかます。だが目の前の美優は本当に“知らない”らしく…頻りに右へ左へと首を傾げている。
余程の世間知らず…はたまたどっかの深窓の令嬢か?と清水も一緒になって首を捻りたくなったが、さすがに自重し真実を告げた。
「…『北斗聖龍会』ってのは、市内にある極道組織だ。ススキノのほぼ全域はウチの“シマ”で、オレは会長の次の地位である『若頭』をやってる。」
「…ご、極道…?」
「わかりやすく言や『ヤクザ』だ。」
「…や、ヤク…ザ…」
その瞬間…美優の脳裏には極道モノの映画などでよく使われる効果音が『チャララーン』と鳴った。
「…、…」
「ビビったか?…だが事実だから仕方ねぇ。別にオレは極道モンになって後悔しちゃいねぇし。」
「…、…」
「けどな…生き方は違っても、オレだってごく普通の生身の男だぜ。」
「…で、ですよね。そんな風には見えないので…ちょっとビックリしました。」
「…、…あ?…『見えない』って…オレがか?」
「はい。」
「……。」
言いながら微笑む美優を思わず凝視した清水。…驚くのも無理はなく、只でさえ目つきが悪く性格も災いしてか、他人に理解されずこれまでを恐れられてきたのだから。
「…変わった女だな…アンタ。」
「清水さんがそう思うのなら…そうなのかもしれませんね。でも…“見慣れている”せいもあると思います。」
「…見慣れてる?」
その時…美優の携帯が着信を知らせた。『すいません。』と断り、席を立った彼女は…
「ドーブライ ヴェーチェル!こんばんはお祖父ちゃんっ。」
…と言いながらテラスへと出た。
(…ロシア語?…おじいちゃんっつったよな?)
突如と繰り出されたロシア語に、今度こそ清水は首を傾げる。ややして戻った彼女に事の真相を問う。
「アンタのじいさん…ロシアにいんのか?」
「はい。ロシア人なので。」
「つうと…アンタは『クォーター』?」
「そうですね。母の父なので…でも祖母も日本人らしかったので、普通のクォーターよりは薄いと思います。」
「…なるほど、な…」
彼女の返答に妙に納得がいった清水。目の前の美優は色白でスラリとした体型をしており、そこらの女性とは一線を画した美しさがあった。
そんな彼女とはその日を境に2人だけでよく会うようになり、数日置きにコンスタントに食事に行ったりドライブしたりと何気に楽しみながら過ごしていく。
美優も清水に対して1番最初に抱いた『恐怖感』がすっかりと消え、見かけによらぬ優しさを知り安心しきってさえいた。
その日も時間をわざわざ作った清水と、休日の美優が2人の時間を楽しみながらドライブへと繰り出していた。彼女がまだ行った事のないという隣市へと連れて行こうと自ら運転し国道をひた走っていたのだが…
「……。」
「あの…どうかしましたか?」
「…いや、何でもねぇ…」
言いながらも、彼の目がバックミラーを睨み付ける。ちょうど市と市の中間辺りに来て、清水は数台の車が付いて来ている事に気が付いた。
それは一定の距離を保ちながら他車数台を間に挟み、尚且つこちらに巻かれまいと食らいつくかのようだ。
しかも相手側の乗る車もまた黒塗り高級車…清水にとっては見慣れた光景だった。
やがて相手側の1台が彼の車を追い抜き先頭に躍り出ると、まるで『付いて来い』と言うかのようにウィンカーを出し、傍らの非常駐車場へと入って行く。
否はなし…そう読んだ清水は、素直に従い車をそちらへと導く。その頃には出入り口を相手車によって塞がれ、見事に包囲されてしまった。
「お前は車から出てくんな。…いいな。」
「清水さん…」
「…大丈夫だ。いざとなりゃ応援呼ぶから。」
不安げな美優にそう告げ、清水が車から降りると相手側も降りてきてその周りを取り囲む。
「……。」
言葉もなく睨み合う両者だが、相手側の人数がはるかに多く不利な状況だ。…そして何より、相手側は『日本人』ではなかった。
そうこうしていると黒服集団を割って進み出てきた男が口を開く。
「…貴方が、ミスター“シミズケイスケ”ですか?」
「あぁそうだ。…こんなとこまで付いて来て、いったい何の用だ。」
「…貴様…いったい何を考えている?」
「…、…あァ?」
途端に口調が変わり凄みを増した相手側。話す男は漆黒のサングラスをしている為によくはわからないが、纏うその空気が一気に緊張感を孕んでいく。
「何の事だかさっぱりわからねぇな。…そもそも、てめぇらはどこのモンだ。」
「…。我々はある方の命によってこちらに来た。それは貴様が無防備にも助手席などに乗せておられる方の為。我々にはあの方の御身を守らねばならない“義務”がある。」
「…、…ハァ?」
清水は益々とわからなくなる。目の前の男はおろか外人集団に囲まれるような記憶など全くない。助手席に乗せているのは美優ではあるが…
「誰かと間違えてんじゃねぇのか?…第一、初見の相手を捕まえておいて『貴様』呼ばわりはどうなんだ…あァ?」
『…愚かだな…』
「んだと?言いてぇ事があんなら日本語で言えや!」
理解出来ないロシア語で何かを呟かれた清水は、今度こそ怒りを露わに相手の胸倉を掴もうと手を伸ばす。…だがそこに待ったが掛かった。
「エネッツァさん!」
…成り行きをようやく理解した美優が、綺麗な柳眉を逆立て車から降り立っていた。
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