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小話集

もしも、出逢いが『普通』だったなら…(前)

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「…圭介さん?もし…もしですよ?私達の出逢い方が『普通』だったなら…いったいどんな感じだったんでしょうね…」

(…。唐突に妙ちくりんな事を言い出したな…)

そんな事を思いながらも、こんな美優もまた可愛い。彼女は見た目に反して思った事やわからない事など割とホロリと口にするタイプだ。なので圭介は投げかけられた言葉には、それなりの持論を持って応えるようにしている。

「ふぅん…どうだったんだろな。けどまぁ言える事は、仮にどんな風に出逢ったとしてもオレはお前に惚れるだろうし、口説き落とす自信はあるぜ。」

「…。すごい自信ですね?」

「そらそうだ。自信のねぇ野郎に『魅了』なんかされねぇだろ。…あ。」

鼻高々と語った圭介の手が止まる。その顔には『やべぇ…』という心の声が貼り付けていた。

「ふふ♪大丈夫ですよっ。これをこうして…こうくっつけて…、…ほらっ。ちょっとだけおっきくなっちゃいましたけど♪」

「…。サンキュ…責任持ってオレが食うから。」

この日の2人の夕飯のメニューは、チャーハンに餃子、麻婆豆腐に野菜中華スープというチャイニーズなラインナップで、現在2人で餃子作りに勤しんでいたのだ。ちまちまと餃子を作っている中、冒頭のような投げかけを美優からされ…圭介の手に思いのほか力が入った事で皮を破ってしまったのだった。

「あの、話戻りますけど…」

「おい戻るのかよ。…まぁいっか。で?」

「ふふ♪あのですね…圭介さんは極道、いわゆる『ヤクザ』さんな訳で…私はそこら辺にいる『一般人』でした。」

「あ?何当たり前な事…記憶喪失にでもなったか?今の間に。」

「なってませんっ。でもふと思いまして…まるで正反対どころか、白と黒みたいな私達が…出逢えると思います?」

「…。接点がねえって言いてぇのか?まぁ確かにそうだがな。けど最近の堅気の人間は、何故だか“こっち”に接触してくる奴らも多いから…なんぼでもあんだろ。」

「……例えば?」

「例えばって…むぅ…」

圭介には大いに自信があった。…例え違う形であろうと、自分は『美優』と出逢えると。だが改めてこうして問われ考えてみると…なかなかパッとは出てこない。だが…

「んー、そうだなぁ…例えば美優が会社の仲間達と飯でも食いに街に出てたとする。その街中を歩いている時に、夜回りかなんかで同じく街中をブラついてたオレとすれ違う。美優の会社の仲間はオレと実は顔馴染みで…みてぇな感じか?」

「…なるほど。あり得ますねー♪もしそれが実際になったら、どんななんでしょう?」

「……。」

2人は同時に斜め上へと視線を向け『その先』を考えてみる。…目には見えないモヤが“ももももっ”と浮かんで来そうだ…

・・・・・・

「イーブちゃん♪今日の分は終わった?終わったよねー♪」

「はい、終わりましたっ。まゆさんお疲れ様でした。」

「んふふ♪じゃじゃじゃじゃあ、データをさっさと保存してー、ご飯食べに行こ♪」

「え、でもっ…義彦さんは?お家帰ってご飯を…」

「よっしーの事はいいのっ。アイツ、今夜も宿直で署に泊まりだから。1人で寂しいからご飯行こうよぉ~。」

「はいっ、そういう事なら…」

「あー…またココに可哀想な被害者が1人増えましたねぇ。」

「ちょっと!被害者って何よっ。」

「ふふ♪」

勤務先であるネット関連会社が入っているビルを出た一行は、ワイワイと歩いて大通りにあるイタリアンレストランへと入った。メンバーは一番先輩であるまゆと、後輩の美香…そして美優の仲良し3人組だ。

数時間、その店で過ごしお腹も満たされた3人は、まゆの提案により居酒屋にハシゴしようとなって再び大通りを歩いて移動を始めたのだが…

「…。おい…なんか落としたぜ。」

「…え?」

只でさえ人が多い大通り、様々な人々とすれ違う。そんな中を上手く交わしながら歩いていた彼女らに突然と声が掛かる。

「やだもう…イブちゃんたら♪すいません、ありがとうござ…えっ?!」

「……あァ?」

「えっと…もしかして…もしかしなくても『清水』、よね?」

「…。っ?!…おう、やっと思い出したぜ。まゆじゃねぇか。」

「ちょっと!さすがのアンタも老けたわねー♪っていうか、何よその黒ずくめな格好っ…まるでヤクザ…」

「フッ。だったら…何だってんだ?」

「…、…あ、そうだったわね…八雲さんと一緒なんだもの、ね…」

「「…??」」

美優に代わるように進み出て礼を述べた先輩のまゆだが、声を掛けてきた男の顔を見た瞬間に驚愕し同時に話し始めた。…どうやら声を掛けて来た男とは知り合いの様子だ。

男は黒のスーツ姿で背も高く、正に“容姿端麗”である。ただ…特徴的な吊り目は他に黙っていても威圧を与え、恐怖を抱かせてしまうのが欠点か。現にその眼は知人と話しながらも、傍らに立つ美優を捉えていた。それに当てられ、彼女は身を縮め小さくなる。

「…で、何してんの…アンタ。」

「何って…夜廻りだ。」

「アンタの場合は“喧嘩売って”るようにしか見えないわよ。相変わらず目つき悪いし。」

「…るせぇな、生まれ持ったモンだ。仕方ねぇだろが。…てめぇこそ何してんだ。」

「口も悪いわねぇ。…私は会社の子達とご飯食べて、次は居酒屋にでもハシゴして女子会しよう♪って…ってちょっと!人と話してる時に何処見てんのよっ。」

「いちいちうるせぇんだよ、話くらい聞いてるっての。…そいつらがそうなのか?」

「へ?…そう、だけど?」

「…、…ふうん…」

男の目がまゆの背後にいる女2人を凝視する。『え…え?』と訳が全くわからない2人は僅か固まった。

「……気に入った。」

「は?何が?……え゛!?ち、ちょっと待ちなさいよアンタ!?」

「何も言ってねぇだろ。」

「言ったでしょ?!『気に入った。』って!私じゃないのはわかってるわよっ、て事は2人のどっちかでしょ?!」

「クック…よく聞こえたな。地獄耳も良いとこだ。」

「うるさい!…あぁもう!あの子達はアンタがこれまで付き合って来た女達とはまるきり『違う』の!」

『わかってんの?!』と小声で話しながらもまゆが男に詰め寄る。そんなやり取りもまたわからないと、蚊帳の外(のつもり)の2人は更に不思議顔を浮かべた。

「…うし。ここで会ったが百年目…じゃねくて、何かの『縁』だ。その女子会とやらにオレを混ぜろ。」

「はぁー?!何寝惚けた事を言ってんのよっ。女だけで色々と話して盛り上がるから『女子会』なのよ?!」

「いいじゃねぇかよ。ンなケチケチすんなや。」

「ケチだとか、そういう問題じゃなーーい!」

…そんな事をザワザワと賑わう往来にて、まゆの盛大な叫びから数分後…

「…。だから…何でこうなるのよ…」

全く聞く耳のない男の無言の先導によって着いたのは、夜街にネオン眩しき『ススキノ』。男性客をターゲットとする様々な店が立ち並ぶ中、伴った女性らの心中ガン無視で男は1件の店へと入って行く。

「いらっしゃいませ。ようこそ『モナムール』へ。…ってあら、しーくん?」

「よう。相変わらず外ヅラ作んの上手えな。」

「それが『商売』というものよ。貴方も珍しいわね?両手に花なんて。」

「…まぁな。適当に歩いてたらまゆと会ったからよ。」

「お久し振りです…、そ…み、みずきさん…」

「あらま。…久し振りねぇまゆ。…そちらのお2人は…?」

「私の職場「まゆの仕事仲間だとよ。女子会とやらをやってたみてぇだ。」

「っ、ちょっと!私がしゃべってんでしょう!」

「るせぇなぁ、イチイチよぉ。…奥、開いてっか?」

『えぇ。』という返事を受け、連れて来た女性3人を引き連れ移動する。

「…うわぁ…VIPルームだぁー…」
「「……、…」」

「初めて入った!…良い所で飲んでるわねー。」

「ふっふふふ♪“会長”やしーくんがいれば、大概はこの部屋よ。まぁ、しーくんはカウンター席もお気に入りみたいだけど。」

「真次がいっからな。…ンな事より、何飲むよ。」

「私は…んっふふふ♪ココはやっぱ『ピンシャン』でしょ!」

「じゃあ、まゆさんと同じで。」

「…私は…『烏龍茶』で結構です…」

「…、…は?」

男の口から間抜けた声が漏れる。『今の今まで飲んでたんだろ?』という疑問を抱く彼に、まゆが説明する。

「あっはは!イブちゃんはお酒飲めないの。ていうか『飲んでも極端に弱い』が正しいのかな?いつもこうなの。宅飲みの時くらいね、手をつけるのはっ。」

「…。はぁん…なるほど。」

「……す、すみません…」

「別に謝る事はねぇだろ。周りも理解してんだから。」

「……。」
「……、…」

「な、何だよ…」

「…みずきさん。この男って…“こんなん”でしたっけ?」

「そうよねぇ…実はそっくりさんだったりして。ほほほっ。」

「“ほほほっ。”じゃねぇよ。…いいじゃねぇかよ別によ…」

「…ふぅ~ん…んふふ♪」

「…、…ま、とりあえずは乾杯だ。」

そんなこんなで。偶然の再会が呼んだ妙な面子による宴が始まった。まゆや店のママらが盛り上がって話す中、男は美優に話しかける。

「アンタ。まゆに『イブちゃん』とか呼ばれてっけど…本名は?」

「…えと…『雪吹美優』と言います…」

「雪吹、美優…いぶ、き…あー、そういう事か…」

「……。」

「難儀なあだ名、つけられちまったモンだな。…歳は。」

「…えっと…」

「ちょっとしーくんっ、いきなり女性に年齢聞くなんて…失礼なんじゃない?」

“そうだそうだ!”と騒ぎ立てる女性陣を相手に『だからっ!いちいちうるせぇんだってのっ。』と切り返す。

「…で、歳は。」

それでも尚、質問する事を止めない男。…どうやら彼女に対して興味があるようだ。

「…30歳、です…」

「…。何かの冗談のつもりか?…そこらの大学生と大差ねぇように見えるが…」

「い、いえ…冗談とかではなく…、事実…です…」

「……。…マジ、かよ…」

男は切れ長の両目をこれでもかと見開き驚く。自分の斜め横…僅か離れたソファーに小さくなって座っている女は、どこからどう見ても三十路には見えず、学生にしか見えないのだ。

「んっふふ~♪私のイブちゃん、とてもそうは見えないでしょう?もぅー、ホント可愛いったら♪」

「…。てめぇには聞いてねぇよ、まゆ。」

「は…はぁ?!何なのよさっきからっ…あったま来るわねー。」

「…。オレは『清水圭介』。コイツとは昔馴染みで知り合いだ。」

「は、はぁ…」

ここへ来てようやく名乗った男、清水はその後も淡々と飲み、時々会話の輪に入って話をした。

そんな彼は、自分の視界で未だ身を小さくしている女をチラチラと気にしながらも、束の間の時を楽しんだのだった。

「あっはは~♪ゴメンなさいねぇー。ご馳走様でぇすっ。」

…数時間後。高価なピンドンを水のように飲み干し、上機嫌になったまゆがヘラヘラと礼を言う。共にいた2人も「ありがとうございます。」と頭を下げた。

「いや。飲もうぜって言い出したのはオレだ、気にすんな。」

「ところで貴女、大丈夫なの?きちんと帰れるの?」

「だいっじょーぶでっす♪見た目程酔ってませんしー。」

「…そこはかとなく不安だわ。お願いだから、他所様に迷惑だけは掛けないでちょうだいね…」

「あ、あの…まゆさんは私がきちんとお送りしますので…」

「だいじょーぶだいじょーぶ♪ちゃーんと自重しますっ。何せ旦那が刑…」

「…。…」

『刑事』と言いかけた時、清水と目が合い口を噤んだまゆ。自分がついさっきまで酒席を共にしていた男は、昔馴染みとはいえ今では異なる“世界”の人間である事を思い出したのだ。

自らは夫と知り合った事で悪から足を洗えた身。だが彼はその機があったにも関わらず、益々と闇の世界に堕ちていった…

「…あの、では失礼します。…ありがとうございました。」

道端では店のバーテンダー真次が止めたタクシーがスタンバイしていて、女3人はそれに乗り込む。すると清水が動き、運転席の窓をコンコンと中指の関節で叩いた。

「女3人だ…悪りぃがしっかり送ってやってくれ。…釣りは取っときな。」

「…あれ、いいんですか北斗の若頭。ありがとうございます。」

(…『北斗の若頭』?…名前、じゃない…よね?)

3軒寄っても余りある万券を渡す傍ら、美優はふとそんな事を考えた。そしてタクシーはそのまま彼女の微かな疑問を置き去りに発進していく。

「…あらあら、珍しいわねしーくん。貴方がこんな気前を見せるなんて…それに何?そんな切なそうな顔しちゃって。」

「清水さん。もしかして誰かお眼鏡に叶う女が?」

「クッ…さぁ、な。…つうかみずき、オレは“いつだって”気風(きっぷ)が良いだろが。」

「ハイハイ、失礼しましたっ。…どうするの?中に戻る?」

「いや、オレも帰るわ。…またな。」

軽く片手を上げ、清水がネオン賑やかな夜の街に姿を隠す。

「…清水だ。ちょっと調べて欲しい事がある。報酬は…例の風俗の店、1回無料でどうだ。…、…あ?っははは!悪りぃな、冗談だ。…調べ事ってのは…」

夜闇に輝くその光はどこか妖しく…何かを目論み携帯で話す男を、音なくそっと飲み込んでいくのだった。

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