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小話集

意外な迷子対策

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「かあかん!ちょこたべたい!」

「えー。あと少しで晩御飯だよ?…チョコはまた明日ね。」

「…。ちょこ…たべたい…」

清水家の長男流(3歳)は、見た目は至って『普通』な幼児。けれどその親がちょっとだけ普通ではない。

母はごく一般の家庭で育った女性だが、父は…

「…あ?何寝惚けた事抜かしてやがる司、将也。交わした約束守らずに、のらりくらりと逃げてんのは『あっち』だ。…上手く言いくるめられてすごすごと引き下がんじゃねぇ!バカ共が!!」

「「す、すんません会長!!」」

「金融会社に『取立て担当』がいる意味をもっぺん考えろ!!出直して来いや!!」

『失礼します!』と脱兎の如く出て行く2人の背を、会長が特徴ある吊り目を更に吊り上げ睨み付ける。

…そう。父は金融会社『北斗信用商会』の社長を務める清水圭介。そしてその実態は…極道組織『北斗聖龍会』2代目会長、つまりは“極道”なのである。

初代会長から跡を受け継ぎ、他人にも仲間にも厳しく叱咤し自らも戒めを更に強くして過ごして来た彼だが、そんな圭介にも頭が上がらない人と何を置いても可愛い存在があった。

「おーい、帰ったぞぉ~。」

「とうたん!たぢゃいま!」

「…。だからな流、それは父ちゃんが言うんだ。…何回言ったら覚えるんだ?お前は。」

「にゃははは♪」

玄関を開けると必ず息子の流はすっ飛んで行き出迎えてくれる。現在何気に『2人目』を狙って夜な夜な頑張ってはいるものの…全くと言って嫁にその傾向がない。なので子への愛情は流1人へと注がれていた。

「お帰りなさい、圭介さん。」

「おう、帰ったぞ美優。変わりなかったか?」

「はい。私も流くんも何も変わりなく過ごしました。」

「ん…なら良い。さぁて、今日の晩飯はなーんだっ。」

「ごはんっ、りゅうのちゅきなはんばーく♪」

「おー。母ちゃんのハンバーグは父ちゃんも好きだ。美味いもんなっ。」

「ん!んまい!」

「あ、またお父ちゃんの真似っこしてるの?」

「にゃははは♪まねっこー。」

「おーし!流っ、たんと食え!いっぱい食ってデカくなれっ…父ちゃんみたいにな!」

「あーい!たべゆー!」

父圭介が息子の小さな身体を脇から持ち上げ、チャイルドチェアに座らせると、流は食べる気満々でお子ちゃまフォークをグーで握りしめる。けれどそこに待ったが掛かる。

「その前に…お父ちゃん?お外から帰って来たら手洗いうがいをして下さいね。風邪は万病の元ですから♪」

「…。あい、すんませんす…」

妻の美優と出逢い、正式に結婚して早4年目を迎えたが、夫より3歳年上にも関わらず美優は未だ『圭介さん』と呼び敬語を使う。

圭介もまた『美優はいくつになろうとオレの可愛い女』という強い自意識から必ず名前を呼ぶ。

それが意外な形で功を奏す時がやって来るなど、誰が想像していただろうか…

その日は父圭介は仕事を休み、朝から流と戯れるように遊んでいた。時折こうして休みを取っては息子の相手をしたり、妻を息抜きの為にみずきの元へ遊びに行かせたりするのだ。

父子で遊ぶ間、母美優はというと…クローゼットに潜り込んで何かを引っ張り出しては『うぅん…』と唸りを上げる。

「…。何やってんだ?美優。あんま奥漁ると、オレが族の頃着てた特攻服やら木刀やら模造刀やら出て来るぞ。」

「え。最初の2つくらいは想像出来ますけど…『模造刀』って何ですか?しかもそれって違法ですよね?」

「…。聞かなかった事にしてくれ。てかいっそ忘れてくれ。…んで何やってんだ?」

「うぅん…軽く衣替えでもって思って見てたんですけど…流くんのお洋服、ちょっとだけちっちゃい気がして。」

「なるほどな。」

取り出した洋服の何枚かを息子の身体に合わせてみると…確かに僅か小さく、ツンツルテンになってしまっている。

「…。流くん…おっきくなったねぇ。お母ちゃん嬉しいな。」

「かあかん、うれちいの?」

「うん。だって赤ちゃんだった流くんが、今ではいっぱいお話したり自分で歩いたりご飯食べたりしてるんだもの。どんどん『お兄ちゃん』になってくれて…すごく嬉しい。」

「…。うしっ。そんじゃたまにはショッピングモールにでも行ってみるか。ああいう所で買い物すんのも、流の為になるしな。」

そんなこんなで。日頃は友人である翠のブティックで洋服を買う一家ではあるが、少々の“浮気”を決め込んで舎弟であり会長付き補佐を担う幹哉を共に連れ、市内にあるショッピングモールへとやって来た。

最初こそ物珍しげに幹哉の手を握って歩いていた流だったが…

「…みっきー、だっこっ。」

「若…お父ちゃんでなくでいいんすか?」

「とうたんはめ!なの。」

「…?、何で…あ、そういう事すか。」

その理由を流は小さな指で差して幹哉に教える。…指差す先では流の親たる夫婦は、腕を組み幸せそうに笑っていた。傍から見たら立派に『恋人同士』に見える。

「おんもいゆとき、とうたんとかあかん、『てって』ちゅなぐ。」

「…若はどうするんすか?」

「りゅうはだっこ!とうたん、ちかやもち!」

「…。すげぇすね。じゃあ若…自分が抱っこするっすね。」

「わーい♪」

けれどそれも束の間…小さな流にはやがて『飽き』という魔が差し始め、幹哉の腕から降りると興味のままにあちこちとキョロキョロする。

「おーい流。あんまり父ちゃんたちから離れるな。迷子になっちまうぞっ。」

「あい!」

「…。返事だけは良いな。ああいうとこ、マジで流平に似てんぜ…」

「ふふふ♪同じ『流』の字を持つ者同士なんです、似てても不思議はないと思いますよ?」

「…。生まれ変わるにゃ早過ぎんだろ…」

「会長!!大変ですっ…若の姿がっ!」

「ッ?!流!…流ッ?!」

「…っ、流くんっ…流くん?!」

「言ってる側から…ったく!」

「自分、この辺り回って見て来ます!」

「…頼む。」

「…、…っ、流くん…っ、…」

「…。大丈夫だ美優…すぐ見つかるって。外だったら何があるかわからねぇけど、建物の中なんだからよ…だからンな顔すんな、…な?」

そして、その頃流は…

「…。…ほえ?」

目の前にある自分より大きな黄色いクマとふてぶてしく睨むネコのぬいぐるみをじぃーっと見上げていたのだが、ふと気付くと『とうたん』も『かあかん』も『みっきー』もいない。しかもどうやってココに来たのかもわからない。

「…とうたん?…かあかん?…みっきー?」

呼んでみたけど、通っていく大人はみんな『知らない人』ばかり。どうしたらいいのかわからずシュンとしていると…

「…ボク、どうしたのかな?大人の人はどうしたの?」

すぐ側のお店で働くお姉さんが気付き声を掛けてくれた事で、流は館内の総合案内へと連れて行かれた。

泣きもせずただ困った様な表情を浮かべている流から情報を集めようと、大人たちは必死になる。大概が怖がって話してくれない事が多いからだ。

ジュースとおやつのクッキーを差し出して、なるべく優しい口調で話し掛ける。

「えっと…ボクのお名前は何て言うのかな?」

「…。ちみじゅ、りゅう。」

「お年は?いくつかな?」

「さんしゃい。」

「…、…お、お父さんのお名前は言えるかな?」

「…。りゅうのとうたん、ちみじゅ、けいしゅけ!」

「じゃあ…お母さんは?」

「かあかんは、ちみじゅ、みゆー!」

「「……。」」

スタッフ達は完全に舌を巻き絶句した。舌足らずなからも、自分の名前はもちろんのこと両親の名前や歳をしっかりと答えた事に。聞かれた問いをちゃんと理解しているという事だ。

普段から息子の前でも構う事なく、夫婦が名前を呼び合ってきた事が意外にも『迷子対策』になった。

「き、今日は3人でココに来たの?」

「ううん!みっきーも!」

「「…みっきー?」」

もしかして夢の国のネズミキャラのぬいぐるみでも一緒に持って来たのかな?とスタッフ達は首を傾げる。

だがそうしている内にも元来の人懐こさが顔を出し、人慣れした流は出されたジュースとクッキーにありつきハグハグと頬張るのだった。

『館内のお客様に、迷子のご案内を申し上げます。現在3歳の男の子、清水流くんをお預かりしております。お心当たりのある方は館内1階、総合案内までお越し下さいませ。繰り返し館内の…』

その頃、館内放送が流され夫婦と幹哉がハッとする。

「け、圭介さん!今っ…」

「あぁ。1階の総合案内だな…行くぞ!」

今にも不安に潰されてしまいそうな美優を抱き支えながら、3人で足早に総合案内へと向かうと…

「とうたん!かあかん!みっきー!」

「流!」

「流くん…流くんっ!」

「…良かった…若…」

「ダメでしょう!お父ちゃんに『離れたらダメ』って言われたのにっ…もうっ、流くんに何かあったらお母ちゃんっ…っ、…」

「…。かあかん?」

「流…母ちゃん、お前がいなくなって心配して泣いてたんだぞ。…ごめんなさいしろ。」

「…かあかん。ごめしゃい…」

「あの、失礼ですが流くんのお父さんでお間違いないですか?」

「…。はい、父です。この度はうちの倅が世話になりました…」

「いえいえ。…あの大変恐れ入りますが…こちらにご署名をお願いしたいのと、身分証の提示をお願いしたく…」

「…。身分証?」

「はい…昨今、小さな子供の不幸な事件が多発しております関係上、迷子で預かりお引き渡しの際は親御さんの確認をする様にと義務がありまして。」

「…なるほど。免許証で問題ないすか?」

「大丈夫です。ありがとうございます。」

ここでスタッフが流本人に『両親の名前は?』と聞いていた事が実を結ぶ。

男性スタッフは借り受けた免許証から『清水圭介』の名前と、流が語った『ちみじゅ、けいしゅけ!』が合致する事を確認してそれを返却した。

「流くん、バイバイ。またお買い物に来てね。」

「うん!またくゆっ。…あ、ごちそうしゃまでしたっ。ありあと!」

「ふふ♪どういたしまして。」

「みっきー!だっこ!」

「わ、若…お父ちゃんの方が…」

「みっきーがいい!」

「…う、うす…よい、せっと。」

「ンだよ…父ちゃんの抱っこは嫌なのかよ、ヘコむなぁ…」

そんな会話をしながら去っていく一家を送りながらスタッフらは思った…

(…。ミッキーって…ぬいぐるみじゃなくて、人の名前だったんだ…)

…と。けれどそれと同時に仲の良い親子の姿に癒されるスタッフ達でもあったのだった。

「…てなワケよ。ったく…心配する親の気も知らねぇで、出されたジュースと菓子まくまくと食ってやがったぜ…」

「はは!そんな事が。しかしすぐ見つかって良かったですね2代目。知ってるヤツが見たら…」

「…あぁ。だからこっちは肝が冷えたんだよ。」

そんな『迷子騒動』を、父圭介は翌日になって語り聞かせる。相手は同じく幼い子を持つ父となった会の若頭霧山だ。

「若は好奇心が強いみたいですからね。…、…ウチのガキらも時期にそうなるのかと思うと…」

「くはは!お前んとこは『2人』だからなぁ!赤ん坊1人でも目が離せねぇってのに。」

「…。今でさえ1人があっちにゴロゴロ、もう1人はこっちにゴロゴロ…って黙っちゃいねぇ。昨日なんかゴロゴロ転がって玄関まで行っちまってましたからね。」

「おいおいキリ…ガキ共に紐でも付けた方が良いじゃねぇか?犬コロみてぇによ。」

「…。ウチのヤツと同じ事、言わんで下さいよ2代目…」

「……。マジか。」

今や人の子の親ともなった2人の『極道』は、互いに複雑げにコーヒーを啜るのだった。
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