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小話集

奈落の底のお前へ愛の手を〜圭介の想い

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『私はいったい何な訳?…本当最低ね。』

…大概の女は、てめぇから近付いて来た事を棚に上げそう言って去って行く。

何をしたワケもねぇ。望まれるまま付き合い、望まれるまま金を出し、望まれるまま身体を繋げ…って、今になって思えば『あぁ、なるほどな。』って腑にも落ちるが。

だがその頃その時までのオレにはそれが“当たり前”で…

「…ったくよぉ…マジ面倒くせぇ。これだから女『なんか』よぉ…」

酒が入って酔いが適度に回れば必ず出てくるこの言葉。それを聞いて、企業舎弟の1つで行きつけのスナックバー『モナムール』のオーナーママみずきとバーテンの真次が苦笑うのがテッパンだった。

「…ちょっとしーくん。私もその『面倒くせぇ女』なのよ?」

「アンタは別格だろ。昔の暴れっぷり、棚に上げんのかよ。」

「あらやだ。何の事かしらね?ふふふ♪」

「…。これだからッ…」

ママのみずきは昔、この札幌では名の知れた『レディースの総長』だった女だ。又の名を『顔なき女総長』と呼ばれ、集団の名は知れててもメンツの顔だけは知られていなかった。

…やり合った相手どもは必ず全員病院送りが鉄則で、相手が例え男だろうと関係なし。時にはサツの機動隊とすら全面衝突して逃げ切ったヤツら。…そりゃ、ンな風にも言われるさ。

そんなある意味の『化け女』に、オレが敵うかってんだ!

「…はぁ。もう女はいらねぇ…」

「やぁねぇ…1人で生きてくって言うの?まだ25だってのに。」

「清水さん。貴方が『結婚』しなきゃ後が続けませんよ?」

「…結婚だぁ?…ケッ、ンなもん…第一ガラじゃねぇよ。」

「あーにき♪兄貴には“俺ら”がいるっす!」

「一生、世話するっす!」

「…。司と将也に世話受けるようになっちまったら…オレの人生も詰んだな。」

「「そんなぁーっ?!」」

可愛い事を言う舎弟2人の心意気は嬉しいが…マジでそうなったらって考えたら薄ら寒くなった。

そんな有言実行を示すように、女のいない生活を2年くらい過ごしていた頃に出逢ったのが『美優』だ。

元はまともな一般企業で働く堅気さん。こっちの世界の何たるかも知らねぇ“ごく普通”な女だったが、オレは出逢ったその日に『落ちた』。

色々あって、守ってやりてえっていう庇護心から半ば拉致るようにマンションに連れて来て…今に至る。

あれから数週間経ったが、これまでの女どもとは比べモンにならねぇくらい居心地が良い。一緒にいる事すら煩わしかったのが嘘みてぇだ。

それは舎弟の司と将也も同じらしく…今じゃ『姉貴』と呼んで懐いている。まるでシッポ振った犬コロのように。

親と長く離れて暮らし、1人だった美優は何に対しても我を通す事なく慎ましい女だ。

「そんじゃ帰るわ。…会長失礼します。キリ、何かあったら連絡よこせ。」

「…。本当に来て頂けるんでしょうね?…ついこの前まで仕事を放棄してたヒトが。」

「あァ?…仕方ねぇから来てやるってんだよ。」

仕事を終えて帰る車の後部でダラけながらも車窓を眺める。BGMにはひと昔前に流行ったロックバンドの曲が流れてた。

今までは屁とも思わず聞き流していたが…『美優』という女を知っちまったオレにはその歌詞1つ1つがモロまんまで、妙にセンチメンタルな気分になっちまう。同時に人間としても男としてもレベルが上がったような高揚感もある。

脳内で『テレレテッテテー♪』とゲームのレベルアップの効果音が鳴った頃、ちょうど到着して中に入った。美優は必ず外から戻ったオレを出迎えてくれる。

「お帰りなさい、圭介さん。」

「戻った。…ん、なんか美味そうな良い匂いがする。」

「今日はロールキャベツを作りました。圭介さんは『ケチャップ』…好きですか?」

「普通に食う。」

「じゃあ、掛けて食べられるようにケチャップソースも作りますね。コンソメで煮たので男の人には物足りないと思いますから。」

そう言って笑った美優は楽しそうで同時に可愛くもある。自分の為にやってくれていると思うと尚更だ。

だからか毎日のように抱くオレにとっては昨日ですら良かったそれも更に良く…『愛を交わす』その言葉の本当の意味をこの歳でやっと理解出来た。

正直言って今まで女に対してこんな感情を持った事なんてないオレにゃ、小さなコト1つ1つが嬉しくて…同時に不安に駆られる。そんな『手放したくない思い』が、美優に今までの全部を捨てさせた。

界隈にアイツに関する噂が流れ始めたのはまもなくで、『北斗聖龍会若頭の色は超絶美女』とか聞けばそりゃ鼻も高くなる。

“料理上手で気配りが出来、人にも好かれる”…こんだけの女が、今まで誰の男の目に止まる事なく手が付いてなかった事が不思議だ。世の野郎どもは見る目がねぇ…全くどうかしてる。

とはいえ、今更ながらに気付いて群がってきたってもう後の祭りだ。そんなクソ野郎どもはオレが徹底的に『排除』する。美優に指1本、いや髪の毛1本たりと触らせるかっ。

自覚出来る程の独占欲が日毎に増していく…そんなある日、外が白み出した朝方に目が覚めると、腕ん中にいる“はず”の美優の姿がなくて泡食って飛び起きた。

一挙に色んな事を考えたが、まずは探さなきゃならないとベッドを出て、床に落ちてるシャツを拾い羽織る。けど…部屋を出ようと開けた向こうのリビングに美優がいて、一気に脱力した。

「…。何、やってんだよ…美優。」

「……圭介さん?」

「目ぇ覚めたらいねぇから…かなりビビった。」

「…。ごめんなさい…」

見ればベランダのカーテンを開け放って、その前のフローリングにぺったりと座り込んでいる。自動設定にしているエアコンのおかげか、寒くはなかったようだ。

「で…何をしてたんだ?オレを放ったらかしてよ。」

「…雪を…見てました…」

「…、…雪?」

視線を追ってベランダの外の空を見上げれば、はらはらと大粒の雪が降っていた。晴れ間が差し陽に照らされたそれは、キラキラと輝く綿菓子のようにも見える。

それをまるで小さなガキみてぇなカオで眩しそうに見上げる美優が…やっぱ可愛いと思うと同時に綺麗だとも思う。

「…。今年初のまともな雪だな。ま、すぐ溶けちまうんだろうけどよ。…けどな美優…」

「……?」

「人が寝てんのを良い事に、勝手に側から離れんな…出て行っちまったんじゃねぇかってマジでビビるから。」

縋るみてぇに抱き締めてそう言えば『…うぅ。』と唸られた。どうやらコイツは返事に困ると唸るのがちょっとしたクセみてぇだ。けど…

「…ごめんなさい。でも…私にはもう行く所はありませんから。私が帰る場所は…ココと圭介さんの側だけです…」

そう言ってオレの背に回した手でシャツを握る。そういう行動1つ1つが、可愛いの渋滞を引き起こし心をくすぐる反面…独占欲から美優の『今まで』全てを奪ってしまったオレへ対する恨み節にも聞こえてしまう。

…だから、つい“確認”したくなる。

「美優。オレの事…『好き』か?」

「…。はい…『愛してます』。」

『好きか』って聞いているのに、『愛してる』って答える美優の意趣返し。面白ぇ女だと再認識するのと共に、オレの中の『美優可愛い』度数がグングン上がる。

けど…最初の『間』は何なんだ?その一拍の間が妙に気になる。畳み掛けるみてぇに問えば…

「好きも愛してるも似たような意味ですよね。でも…ちょっとだけ考えてみたんです。…私の今の気持ちは『どっち』なんだろう…って。」

…どうやら、一拍という間を使って自分の心と向き合ったらしい。そんな所も美優らしくて“可愛い”。

「…なるほど。そういう事ならオレも同じだな…愛してるぜ美優。」

札付きワルがこんな良い女と出逢えた事は奇跡的なんだろう。美優となら飽きる事なく一生一緒にいられる確信がある…その腹に隠し持つのは、家庭の温かさを知らずデカくなっちまった男の密かな『願望』。

…けどそれはまだ言わねぇ。来たるべきその時にキッチリはっきり告げる。つってもガキが出来たら話は別、問答無用で事を進めるけどな。

「…愛してる、美優。これからもずっと一緒にいてくれ…一生。」

意図せず奈落の底に落ちただろう美優。けれど落としちまったオレが、今度は無限大の愛ある手で引き上げ…そして世界中の誰よりも幸せにしてやる。
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