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結実ノ章
45 未来永劫、降る雪と共にこの幸せを…
しおりを挟む「わ、若?…もしかして、弟か妹が欲しいんすか?」
「やっぱ1人は寂しいんすかね。自分は郁哉がいつも一緒だったんで、ちょっと計りかねるんすけど…」
「…流ちゃん?兄弟、欲しいの?」
「う?わかんない。でもね、りゅうのとうたんとかあかん、なかよちだからっ。…だから、くゆ?」
…どうやら流は、兄弟が欲しい訳ではないが両親が『仲良し』だから、自分の家にも赤ちゃんが来るのだと解釈したらしい。…南雲が言った『仲良し』の意味がちょっと違うが。
「…そうかそうか…お父ちゃんとお母ちゃんは『仲良し』か。…何か見られたか?清水。」
「あにょね、やぐもパパ!とうたんね、かあかんに『ちゅー』…ふが?!」
「流ぅ!やめろ、ダメだ!しー、だ!」
「…ふがふが?(ちー、なの?)」
「あぁそうだ。母ちゃんが唸って威嚇すっからダメだ。」
「あーらら♪圭介ぇ~、お前子供の前ではそういう事はやめとけって。こうやってバラされるんだからっ。」
「……。」
南雲に楽しげに言われ、圭介はヘソを曲げたかのように視線を逸らす。慌てて口を塞いだが、時すでに遅し、なのだ。
「流ちゃん、大丈夫よっ。流ちゃんのお家にも鳥さんが赤ちゃん連れて来てくれるわ。すぐにでも♪…ねぇ、お父ちゃん?」
「…。さぁてな。…でもな流…その鳥は赤ん坊を母ちゃんの『腹ん中』に置いてくんだ。置いてかれた母ちゃんは、めちゃくちゃ大変になる。…流は今までみてぇに構ってもらえなくなるかもしれないんだぞ?…それでもいいのか?」
「ぷは!うん!りゅう、あかたんといっぱいあしょぶ!ちょこもあげゆ!」
「あっはは!流っ、赤ちゃんはチョコは食べれない。お前くらいに大きくならないとな。」
「よーし!…おい南雲、健に言っとけ。数ヶ月後には美優が診察に行くってな。」
「お、何だかやる気満々だな、おい…数打ちゃ何たらを地で行くつもりか?」
「うるせっ、オレの『的中率』を甘く見んなっ。…あぁ後、2人目は立ち会うからな。それも言っとけ。」
「…。うぅ…私の意思はどこに行けばいいんでしょうか…」
「あ…み、美優…後で話、ちゃんとしような…な?」
「…。全く…明るい家族計画も良いが、ちょっとは美優さんの気持ちも考えたらどうなんだ?」
「…可哀想に美優さん…しーくんに惚れられちゃったのが、そもそもよねぇ…」
「おいコラ。…あんだって?」
よよよ…と泣き真似をしながらモソリと呟いたその言葉に、圭介が過敏に反応し鋭くツッコむ。その様が何ともおかしくて、場が一気に笑いと幸せに溢れた。
・・・・・・
楽しい日々を過ごしながら、数ヶ月が経ち…ある日の日常には父子の姿があった。
「とうたん。…かあかんは?」
「母ちゃんは出掛けてるぞ。」
「…。かあかん…りゅう、おいてった…」
「おいおい。行く時『行ってきます』って言ってったろ。お前もバイバイしてたじゃねぇか。」
「……。」
「…流、母ちゃんが作ったおやつ食うか?チョコのドーナツだぞ。」
時計を見ると15時過ぎ。確かに出て行ってから数時間が経っている。気を逸らす目的を持ちながらちょうどおやつ時なので言ったのだが…流はダッとどこかへと行ってしまう。
「おーい、流ー?ドーナツ食わねぇのかー?…って、何持って来た?」
戻って来た流は、小さな身体いっぱいで大きな本らしき物を抱えていた。…けれど父圭介はその表紙に覚えがある。
ドン!とガラステーブルに乗せ、流はそれを開く。中は…
「りゅうのとうたんとかあかん!」
「…。何でお前…それのある場所、知ってるんだ…?」
小さな手によって捲られた中では、在りし日の自分と愛する嫁が幸せそうに笑っていた。流が持って来たのは、両親の『結婚写真』だ。
「とうたんとかあかん、にこにこちてゆ。」
「そりゃあな。こーんな顔してたら怖えだろ?」
「にゃはははは♪」
“よいせっ”と自らも座り、息子を胡座の上に座らせて一緒に見る。
「…とうたん、かっちょいい…」
「お、そうか?ありがとな、流。」
「かあかん、ちれい!」
「…そうだな、母ちゃん綺麗だな…って、今もだろ。」
「うん!」
「…とうたん…うれちい?」
「ん?そうだなぁ…嬉しかったな。父ちゃんは母ちゃんが大好きだったからな…今も大好きだけどなっ。」
「りゅうも!かあかん、ちゅき♪とうたんもちゅき♪」
「でもなぁ…父ちゃん、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ?みんなに見られて。」
「にゃはは!はじゅかちっ♪」
こんな温かな会話をしつつも、息子の口におやつのドーナツを小さく割り放り込む。もぐもぐと元気に咀嚼しゴクゴクと牛乳を飲み込む姿を見て、父は目を細めた。
「んぐ。…かあかん、まだ?」
「んー…そろそろ帰って来ると思うけどなぁ…」
やはり母が恋しいのか、流の小さな手が写真の母をナデナデする。その時…玄関が開く音と『ただいま~』という声が聞こえてきた。
「っ、かあかん!」
「おし流!母ちゃん迎えに行くぞっ。」
「おー♪」
膝から飛び降り、走り出した流の後を追って付いて行くと
「ただいま帰りました、圭介さん。」
「おう、お帰り…美優。」
「かあかん!」
「流くんただいまっ♪お父ちゃんと一緒に良い子でいられたかな?」
「うん。りゅう、いいこっ。」
「ほんと?…後でお父ちゃんにお話、聞いちゃうよ?」
笑顔で笑い合う母と子、なのだが…圭介は夫として僅かな違いと違和感を見逃さない。
「荷物はオレが運ぶ。…中に入ってろ。」
「…すいません、ありがとうございます。」
流を抱き上げ、中へと入る美優を見送りながら…圭介は傍らに立つ幹哉に問う。
「…おい、何かあったか?」
「特として何も。…ただ姐さん、ちょっと体調悪いみたいです。車中、顔色悪かったんで。」
「…わかった…済まなかったな、ご苦労さん。」
「失礼します、会長。」
朝になって急に『出掛けたいので、流くんお願いしていいですか?』と言われた時、僅か不思議には思ったのが…
「…。ま、美優の事だ、すぐに話してくれるだろうさ。」
…と自己解決し、中へと入っていった。
リビングでは帰って来た母に甘え、ぎゅーぎゅーとしがみつきながら笑う息子がいる。そんな2人の姿を視線の端に捉えながらも、圭介はレジ袋を開けて中身の物を冷蔵庫へと入れようとした。
「…あ、あの…圭介さん?」
「おう、なした。」
「…うぅ。…えっと、ですね…ちょっと、お話、が…」
「あァ?動いてはいるけど聞いてるって。なした?」
「…実は、その…斯く斯く然々、諸々とありまして、ですね…」
「ちょっと待て。省略し過ぎ…だ…、…あ?」
「っ!とうたんっ、とうたん!!『にゅーにゅー』!『にゅーにゅー』おっこちゆ!」
「ッ、うぉ!っぶねぇ…サンキューな流。…がしかしだ…前にもした事があるようなこの会話…、…ッ?!」
言いながらもハッと気付いた圭介は、息子のアシストで大惨事を免れた『牛乳』を避難させてから、ドスドスと大股で歩くとソファーに座る美優の前にしゃがみ込んだ。
「…準備は出来てる、バッチコイだっ。」
「…。…ハイ?」
やり取りから全てを察したらしい圭介が両腕を広げて構える。それを見て、流も真似して小さな身体でめいっぱい腕を広げた。
「美優の様子から大体の予想が付いた。けどオレはちゃんとお前の口から聞きてぇ。」
「りゅう、よくわかんない!」
「お前には後で教えてやるからな。」
「…。えと…健先生から『おめでとうございます♪』って言われた…って言えば、わかってもらえますか?」
「……。」
「…え、えへ♪」
「よ…」
「…『よ』?」
「よっっしゃーーぁっ!!ーははは!美優ぅ!やっぱお前は最高の『嫁』だぁー!!」
「うっひゃ?!」
“想像が付いた”とはいえ、やはり言葉でちゃんと聞ければ喜びは一入となり、それを表現するかのように、目の前の嫁を抱き上げる。
流の時もそうだったが、尋常ではない喜び様に幼い息子すらびっくりして両目を見開きクリクリとして見上げた。
「ほぁ…とうたん、かあかん“だっこ”ちてゆ…」
「はっははは!よっしゃよっしゃあ!!流っ、南雲のおっちゃんが言ってた『鳥』が来たぞ!」
「…?…どこ?とりしゃん。…いない…」
「恥ずかしがり屋だからな!すぐ帰っちまったんだ。…流、ちゃんと『兄ちゃん』出来るか?」
「うん!できゆ!」
「おうっ、やっぱ父ちゃんの子だなぁ!よっしゃ流!お前も来い!」
「にゃはははっ♪」
抱き上げる嫁をそのままに、片腕だけで息子をも抱き上げ家族は喜びを共にする。そこには笑顔という名の大輪の花が咲いた。
…こうしてこの数ヶ月後、紆余曲折ありながらも産まれたのが第二子長女の『小梅』である。
無事の出産の知りすぐさま駆け付けた美優の祖父ミハエル・ロゼーニョは、腕にした2人目のひ孫の可愛らしさに流の時同様ロシアへ連れ帰ろうと画策したが…
「てめぇクソジジイ!毎度毎度連れてこうとすんじゃねぇ!人のガキ何だと思ってやがるっ!」
「ひいじい、メ!かえちてっ、『うーたん』かえちて!りゅうのいもおと!」
「オウ、ゴメンナサイデス。デスガ…コンナニカワイクテハ…ハナシタクナイデス!」
「…っ、良かったですね…ドン。まだまだ長生きなさらなければいけませんねっ…」
「るせぇエネッツァ!余計な事言うなやっ。ジジイはさっさとくたばれぇ!」
「…ジーザス。ナントイウコトイウデスカ、コゾウ…」
「お、お祖父ちゃんっ…いい加減そろそろ返して…」
だが未だ『可愛い、可愛い』と頬を擦り寄せる祖父の耳に、母であるはずの美優の声は一切聞こえていないのだった。
…突き落とされた奈落を這い上がった先で待っていたのは、これ以上はないと思える幸せと本当の愛…
『Hold on me』…貴方がいれば、何も怖くない…
『Hold on me』…お前がいれば、何もいらない…
そして共通し重なる2人の想いは…『Stay with me』“私の(オレの)、側にいて”。
確固たるその想いを胸に、かけがえのない恋人から夫婦へ…そして家族となった2人は、可愛い子らと共に更なる幸せを積み重ねていく。
…北の地に降り注ぐ雪の結晶のように…
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