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結実ノ章

37 派生する幸せ

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北の地の春は足早だ。止まる事なく呆気ない。そしてそれは『幸福』もまた同じ。

圭介と美優の元に訪れたそれは、何かと忙しなかった生活がやっと落ち着きを見せてきた2ヵ月程経った頃に『やって』来た。

他人様には睨みを、けれど自らの嫁には溺愛全開の圭介がある日帰ると…いつもの出迎えがなく、彼は嫁を呼ぶ。

「おーい美優…美優ぅー…、…美優ぅ~?」

「…、…うぅ…」

部屋中見渡すがいるはずの姿がなく、微かに聞こえた呻き声を辿ってキッチンへ行くと、その隅で崩れるように丸くなって蹲っていた。

「おい!どうした美優っ!」

「ご、ごめんなさい…ちょっと眩暈が…」

あわやせっかく治った右半身の神経に再び異常でも出たのかと肝を冷やした圭介だが、返ってきた言葉に僅か安心しつつその顔を覗き込んでギョッとした。

…美優の顔色がとんでもなく青白い。いやそれを上回って『白』かった。ただでさえ色白な彼女だが、地肌の色を遥かに超えての白さで言葉は悪いがまるで『死人』のようにも見えてしまう。

「…。とにかくこっち来い…ンなとこにいたって良くなるワケがねぇ。」

そう言って抱え上げ、寝室のベッドまで運びそっと下ろす。青いとも白いともつかない頬に手の甲を当てると、顔色とは裏腹に微かに熱が感じられ…解熱に便利な『冷えピタ』を取りに行こうと立ち上がった。

「なんか熱っぽいみてぇだから風邪かなんかだろ。買いモン行った時にスーパーででももらって来ちまったんじゃねぇか?」

冷蔵庫の中をガサゴソと漁りながら圭介が言うが、対する美優はポヤンとした表情でどこか一点を見つめている。心此処に非ずとは正にこの事である。

「…あの…圭介さん?」

「ん、どうした?…もしかして気持ち悪りぃのか。吐きてぇなら便所まで運ぶぞ。」

「い、いえいえ…大丈夫です、そうじゃ…なくて…」

「…んぁ?じゃあ何だよ…」

「えっと…です、ね…」

「…おう。」

「…んと…、…」

「……。…っだァ!!何だってんだよ美優ッ。言う事あんならはっきり言え…」

「今日、までにですね…斯く斯く然々、諸々とありまして…」

「ちょっと待て。省略し過ぎだ。…まぁいいや、んで?」

「えと…スーパーの中に入ってる『ドラッグストア』で、け…検査薬、を…買いまして…」

「ほぉ。そら便利な世の中なこったなぁ…、…ってソコじゃねぇーッ!!…今何つった?『検査薬』って聞こえたぞ。」

圭介の言葉に美優が真っ赤になってコックリ頷く。普通ならば自然と思い浮かぶだろう『あの言葉』だが…いかんせん圭介は頭のてっぺんから足先までどっぷり『極道』の男である。

「検査薬って…何かの薬(ヤク)の反応を調べんのか。オレはお前にこれっぽっちもヤバい薬(ヤク)なんか使っちゃいねぇっての!」

「…何でそうなるんですか?そんな事、ひと言も言ってませんよ?」

「ンだよ…じゃあ、その検査薬ってヤツは何者なんだよ。」

今やどこか似た者同士で、なお圭介はそれを『何者扱い』する始末だ。…正しくは『者』ではなく『物』なのだが。

「検査薬は…『妊娠検査薬』で、お医者さんに行く前に簡易に確認出来るんです。…使ってみたら…『陽性』の反応が…」

「……。」

ペトリ、と圭介の手から冷えピタが落ちて彼の膝に張り付く。その様をバッチリと見てしまった美優は目で追って見た後に顔を上げてみると、何とも言えない無表情にも似た表情の夫がいた。

「…圭介、さん?」

「ン…おう、なんか空耳っぽいのが聞こえた気がしてよ。…『妊娠』がウンタラって…」

「…。あの…言いました、けど…でもそういう結果が出たってだけでっ…」

「マジか。てかちょっと待て!籍入れて結婚した途端にデキるとかッ、ンな簡単な事なのかッ。それまではあんだけ中出し…ッ。」

「…ハイ?」

「いや…何でもねぇ。……」

何かを言いかけるもそれを止め、圭介はフムと何かを考え出す。

「…美優、その検査薬とやらを見せてみろ。」

「えっ?も、もうゴミ箱に捨てちゃいましたよ?」

「いいから見せろっての。どこに投げた?こっちかッ。」

突然言い出した事にビックリして、美優は目をまん丸にしながらもヨロヨロと圭介を追う。キッチンの片隅に置いてある大きめのダストボックス軍団の1つをわっさかと漁る夫の姿は、少々異常にも見えてしまう。

「け、圭介さん!ダメですよ、止めて下さいっ…もうゴミに入れた物ですからっ…それに『汚い』んですよっ?!」

「何言ってやがるッ。てめぇの嫁が使ったモンを汚ねぇ言う亭主がどこにいるってんだ、このスカポンタン!」

「…す、スカポンタン…」

久々に圭介の『スカポンタン』が発動され、こういう時にも当てはまるんですねと美優は感心しつつ驚く。そうこうしてる間にも隠すかのように捨てられていたブツを探し当てた圭介がガサゴソと取り出す。

「や、止めて下さいぃ~圭介さんっ…ホントに汚い…」

「………。」

何故汚いかは敢えて言わず、美優は必死に僅か涙目になりながら縋って止めようとするも聞く耳なし。

そしてご丁寧に説明書まで一緒に見つけ出した彼は、それとブツにある2つの円の中にはっきりと浮き出ている赤線2本を何度も見比べ…やがて我に返ったかのように叫んだ。

「美優!!マジだ…マジで『陽性』ってなってら!やったぜ!!」

「っひゃあ?!」

ドッカン!と一気に喜びを爆発させ、側にいた美優を抱き上げる。先程までの様子と180度真逆のそれに正直なところ彼女は戸惑う。

「け、圭介さん?!」

「あっははは!やったやった!!やっぱオレが惚れて落ちた女は違うぜ!どこ探したって居やしねぇ!なっははは!!」

「…、…っ…」

「…あ?…どした?美優。」

「…っ、ふぇ…」

「おいおい…何だよ急に。…あ、もしかしておっかねぇのか?悪かった、今下ろしてやっから…な?」

嬉しい余りに美優を子供のように『高い高い』してしまったのが悪かったのかと、圭介は謝りながらも笑顔ですごすごと床に下ろす。

確かに180センチ近い身長を誇る彼にそんな抱き上げ方をされれば、2メートル近くの高さにもなる。けれど美優の涙の理由は違うところにあった。

「…ンだよ…泣くなって。もう下に下りたぜ?地に足着いてんだ、おっかねくねぇだろ?」

「っ、ちがっ…不安だったんですっ…圭介さんっ、本当に喜んでくれるのかな…って…っ…」

「…。何言ってんだよ、嬉しいに決まって…、…あ、もしかしてお前…最初のオレの『反応』見てそう思ったのか?」

「…っ、…」

「…あー…悪かったな。野郎はなんつうか…女と違って『実感』みてぇモンが中々掴めねぇっつうか…時間が掛かるっつうか。ビックリしたってのもあるしな…何せ初めて言われたんだからな、『妊娠した。』なんてよ。」

「…、…」

「オレは寧ろこの日を待ってたぜ、それこそ籍入れる前からずっと。…ありがとな美優…お前は『家族の温もり』ってモンに縁がなかったオレに次々と幸せをくれる。産まれるまで色々キツい事もあるんだろうけどよ、オレが側にいるから…美優も腹のガキもオレが身体張って一生守ってやるから…安心して産め。…な?」

「…っ、うぅ…圭介さんっ…」

とうとう本気で泣き出し、ふぇぇ…と縋るように飛びついてきた美優をそっと迎え抱きしめる。いつもそうするように、揃いの結婚指輪が光る左手で頭を撫でてやると、どうした事かこの日の夜は益々と泣き出してしまう。

「お~い…頼むから泣き止んでくれっての。オレはお前の涙にゃ弱えんだよぉ…」

「…ふぇぇ…」

ややしばらくして、泣いてちょっとスッキリしたらしい美優がぺこりと頭を下げて謝る。それを受けて、早速とばかり動いたのが圭介だ。

ひとまず体調の優れない美優をベッドまで再び運び座らせると、スマホを取り出して何処ぞへと電話し出す。

「…おう南雲。お前ンとこの病院、産科の医者に女いるか?……あァ?どうだっていいだろが、聞いてる事に答えれや……るせぇなぁ、あぁそうだ!デキたみてぇだから診てくれって話だっての!」

電話の相手は南雲で、産科に女医がいるか確認したかったようだ。だが南雲もあの性格なので根掘り葉掘りと聞いてくるらしく…圭介の吊り目が限界値まで吊り上がり、イライラを募らせる。美優はその隣からそっと手を伸ばして彼の吊り目を懸命に下げようと撫でる。

「…チッ、居ねぇのかよ……っはぁ?!産科は健しか居ねえだと?!…おい、正直に言え…健は医者としてどうなんだ?……ふぅーん…てかちょっと待て…おいコラ美優ッ、さっきから何やってんだよ。」

「圭介さん、イライラしてるみたいなので…吊り目がちょっとは下がれば機嫌も良くなるかな?って…」

「…。あのな、オレの吊り目は生まれ持ったモンだ、今更どうにもならねぇ。しかも腹の虫のバロメーターにするな…比例してるとは限らねぇからな。」

「…はい…」

電話の向こうから『あっひゃひゃひゃ!』という南雲の特徴ある笑い声が聞こえてくる。それを聞いて圭介は再び電話に戻る。

「るせぇ!笑うんじゃねぇ南雲!…とにかく明日美優連れて行くからな!健に時間空けておけって言っとけ!そんじゃあさいなら!」

そう言ってスマホの画面をガシ!と力任せにタッチして切る。その様を見て美優は目を丸くした。

「え…い、いいんですか?圭介さん。」

「あぁ、いいんだいいんだ。どうせ南雲だからよ。」

「……。」

「ンな事よりもだ…具合はどうだ?何か食いてぇモンとかあるか?」

「ん…特に何か食べたいという感じは…、…あ、アイスが食べたいですっ。」

「…あ…アイス??」

「はい♪チョコアイスが食べたいですっ。」

「…ちょっと、待ってろ。」

妙なモンを食いたがるな…と思いながらも、圭介は可愛い嫁が望むままに冷凍庫からミニカップのチョコレートアイスを取り出して持って行く。

…因みに北海道人は、寒い時期でも温かい部屋でアイスを食べるという『風習』がある。それが故に各家庭の冷凍庫には常に何かしらのアイスクリームが常備されているのだ。…人それぞれ違いがあるかもしれないが。

圭介美優夫婦の家も例に漏れず、冷凍庫にはミニサイズのアイスクリームが常備されている。味はバニラにチョコ、イチゴの3種で飽きない工夫のされたバラエティパックである。

圭介はベッドの端に座るとアイスの蓋をペリッと剥がし取り、一緒に持って来たスプーンですくって美優の口に突きつけた。

「あ、大丈夫…自分で食べます…」

「なぁ美優…男はマジでガキが産まれるまでは何にも出来やしねぇんだぜ?…せめて、こういう事くらいさせてくれ。」

「…ありがとうございます圭介さん。頂きます。」

「…、…美味いか?」

「はい、美味しいです。…ふふっ♪」

「何だ?ンな美味いのか。」

「美味しいには美味しいですけど…『幸せだなぁ~。』って思いまして。」

「…確かに言えてんな。あの日…美優と出逢えてマジで良かった。…会長に感謝だな。」

その後も圭介は美優へアイスを食べさせながらも、様々な話題で盛り上がり花を咲かせる。

そんな夫婦は翌日、南雲の実弟であり産婦人科医の健による診察を受け…美優の妊娠が『確定』したのだった。

…2人の幸せな生活は、まだまだ始まったばかりだ。
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