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番外編 本部長霧山悠斗の恋
会長と南雲が知る『霧山悠斗』
しおりを挟む翌日。言っていた通りにほのかの元を訪ねた霧山は、顔を合わせた途端にひしりとしがみつかれる。
「きゃー♪悠斗さぁーんっ♪きゃー♪」
「…。おいコラ、いつまでそうしてるつもりだ…いい加減離れろ。」
「んふふふ♪…くふふ♪」
「……聞いちゃいねぇ…」
ほのかがいる病室は急遽用意された4人部屋用だが、他の入院患者はおらず彼女1人。人の目はないが色々と差し迫る『男の事情』が彼にはあった。
だがほのかとしては、やっと逢えて嬉しいというだけではない。今となっては彼女の頼りは霧山だけ…甘えたくもなるというものだ。
彼から放たれる柑橘系の香水の香りをクンカクンカと未だに抱きつきながら堪能している様子に、もはや諦めの境地になりかけたその時…
「失礼します、ほのかさ…あ。」
「……、…」
「…。し、失礼…しましたぁ…」
「いやいや。何か用があるんすよね、健先生。」
振り返り、入って来た健を見やりながら霧山が問う。…右手でほのかの額を押し退けながら。
「あ、はは…いや実は…検査結果と退院をお知らせしようと…」
「…。それで…ほのかは?」
「はい、検査結果は問題ありませんでした。退院して頂いて大丈夫です。」
「そうですか…安心しました。」
「っ、退院していいんですか?!」
「えぇ。でも退院出来たからといって無理は禁物ですよ?帰ってからも数日は大人しくしていて下さいね。」
「……はい。」
「良かったな、ほのか…明日迎えに来るから。」
「え。今日帰りますっ、今悠斗さんと一緒にっ。」
「…あのな。俺は今仕事を抜けて来てんだぞ。…明日まで待て。」
「…。ぶぅ…」
「はは!ほのかさんは霧山さんが『大好き』なんですね!いやぁ~羨ましいっ。」
「……。」
健の楽しげな笑いが響き渡った時、まるでタイミングを見計らっていたかのようにノックがされる。やって来たのは…
「やぁ、退院は決まったかい?ほのかちゃん!…お、まだいたんだね霧山くん、良かった良かった…」
「どうも、南雲先生。この度はほのかが世話に…っ!」
「…入れ違いにならずに良かったです。初対面なのだからお前もいなければ…、そうでしょう?霧山。」
「かっ…」
霧山の顔が驚愕に固まる。…院長の南雲に続いて入って来たのは、会長の笛木だからだ。
「…?、悠斗さん…?」
ほのかが『誰?この人。』と言うように、彼のスーツの裾をクイクイと引っ張る。ハッと我に返って説明しようとしたのだが、その行動は僅か遅かった。
「初めまして、平井ほのかさん。私は『北斗聖龍会』の会長を務めています笛木と言います。」
「……。カイチョ?」
「ウチの組織で1番『偉い』人だ…」
「っ?!…わわわっ、は、初めまして!」
「ふふ、緊張する必要ありませんよ。それよりも突然訪ねて来たりして申し訳ない…一度くらいは会ってみたいと思いましてね。」
「は、はいぃ…」
「日頃はウチの霧山が世話になっているそうで。…あ、これを受け取ってもらえると。」
「わ…ありがとうございますっ。」
笛木が携えてきたかすみ草の花束を受け取り、ほのかが嬉しそうに微笑む。その笑みに場が穏やかな雰囲気に包まれた。
「…。ほのかさん…私は貴女に感謝しているんですよ。私が霧山と知り合った時など、滅多に笑わない…加えて妙に偏屈とした所がありましたから。会に入ってからも皆とは一定距離を置いていたくらいです。」
「……。」
「自分を語らず…他人の事にも踏み込まない、やるべき事のみを淡々とこなしパソコンばかりの霧山を、会の皆は『生きる機械(メカ)』やら『機械(メカ)オタク』やらと。」
「…オ、タク…っ、オタク?!ゆ、悠斗さんはそんなんじゃっ…」
「ははっ、わかっていますよ。コイツは『人間』が苦手なだけなんです。…霧山だけじゃない…他の者も色々としたくもない事を経験しています。それは堅気さんだろうと極道だろうと関係ない。」
「……。」
「貴女は…極道である霧山を『1人の人間』として好きになってくれました。他者からすれば苦労する姿などを思うでしょう、けれど…いえだからこそ、我ら極道者は寄り添ってくれる女の為に自らの身体を張る。それが『礼儀』というもの。」
「…礼、儀…」
「はい、礼儀です。だってそうでしょう?裏社会を知る女ならいざ知らず…日々を平穏に過ごしてきた堅気の、まして未成年の学生である貴女にとって怖いと思う事も多々あるはずですから。…良い例が会の若頭を務める清水ですね。あれの今の女も堅気のごく平凡に暮らしてきた女性でしたが、彼女は相応の覚悟を腹に据えていますよ。親親類、古くからの友人達、生活の糧である勤め…それら全てを『捨て』、更には先頃起きた拉致の際には自分を拉致した敵対組織の男に啖呵切った程です。」
「…何です?その楽しい話。何て言ったんです?」
「…。『私は『北斗聖龍会』若頭清水圭介の女よ!気安く触んなァ!!』…と。」
「あっははは!マジすかっ…そりゃ完全に落ちるわ!清水のヤツっ…くくくっ。」
今や過ぎ去った拉致事件の顛末を知った南雲が腹を抱えて笑う。若い頃からの『あんなこんな』を知り尽くしている彼だからこそだった。
「…まぁちょっと話は逸れましたがね、私が言いたい事…というか、お願いとも言えるのですが…霧山悠斗という男を信じ、良き理解者であって欲しいんです。」
「はいっ!大丈夫ですっ。私、悠斗さんの事は一も二もなく信じてますから!」
「…貴女にとって、霧山は『良い男』…なんですね。」
「もちろんです!こんな素敵な人、どこ探したっていませんもん♪」
「…。安心しました…ありがとう、ほのかさん。そんな貴女を、会の『庇護対象』の1人と認めましょう。霧山はこれでも会の本部長という肩書きを持つ人間です。自ら進んで敵を作る男ではありませんが、我々極道は常に危険と隣合わせなので。…有事の際は頼ってらっしゃい。何ならここにいる南雲院長も頼りになりますよ?」
「そうそう!俺だってたまには頼りに…って!ちょっと笛木さん!」
「おや。間違った事は言ってはいませんよ?…そうでしょう?『瞬』。」
「……。さてぇ…何の事ですかねぇ…」
「…?」
話にキリがついた頃合になって、それまで黙り込んでいた霧山が口を開く。…その顔色からは申し訳なさと恐縮した様子が伺える。
「…。会長…わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます。」
「フッ、お前からの話を聞いて会ってみたくなっただけの事です。…ですが、なるほど…お前が『そう思った』のもわかります。想像以上でしたよ、正直言って。」
「…、…」
「?…何の話?悠斗さん…」
「…。何でもねぇよ…お前は気にしなくていい。」
「むぅーん…」
不満げにむくれ顔を浮かべるほのかを横目に、霧山は内心冷や汗ものだった。
口では何だかんだと言っていながらも、7つも歳下の18歳女に出逢った頃から既に心奪われていた…などと、言える訳がない。彼としては墓まで持っていくと決めている事案の1つなのだ。
「何やら退院も決まったそうですし…霧山、明日は休みなさい。『彼女孝行』するのも男となった者の“務め”、ですよ。」
「…。お心遣い、恐縮ではありますがそうもしてはいられないですよ。時期に年末に差し掛かります…正直やる事が満載なんですから。」
「まぁ確かにそうでしょうねぇ。清水も年末年始の休みを確保しようと、今から躍起になってるくらいですから。…愛しい女の為に。」
「わ、すご~い!若頭さんって本当に彼女さんの事を好きなんですね♪…ていうか…ヤクザさんも年末年始はお休みなんだ。」
「「………。」」
「…ほのか…、すんません会長…コイツ、ちょっとナナメに抜けてるトコがあるもんで…」
「え、今のニュアンスは何かヒドいっ。私、これでも『東大』目指してたんだけど!」
「まだンな事言ってんのかっ、もう終わった話を振りかざすなっ。」
「…あ、ははっ…東大とはまたスケールの壮大な…」
「ほぉ…やはり似た者は引き寄せられるのですかねぇ。…霧山も東大とは言いませんが『北大』に通っていたんですよ。」
「「「えーっ?!!」」」
北大…正式名称『北海道大学』は、北の東大と呼ばれる程に難易度が高い事で有名な大学だ。彼はその北大に現役で、しかも好成績で合格した事で学内では知られていた。…会の面々や南雲兄弟すら知らなかった、霧山のもう1つの『顔』だ。
「…すごいっ…北大に現役合格…しかも好成績っ…、すごい!悠斗さんっ!」
「っ…」
「…?、アレ…照れてる?もしかして照れてるの?可愛いっ♪」
「うるせっ、可愛い言うなって言ってんだろがっ。」
「あっははは!さすがの霧山も、惚れた女には弱いようですね。」
「……。」
明るいやり取りがなされる場だが、南雲だけが僅か複雑げに表情を曇らせていた。
全国的に名の知れた北大に現役合格を果たしたはずの霧山が、若くして何故『極道』という闇世界に堕ちる事になったのか…大学を目指し受験したという事は、何か将来的な目標があったはずなのだから。
会長をはじめ若頭の清水や自分、そして会の面々のほとんどは元は『暴走族』…言えばワルという名の札が付いていた。だが霧山にはそういった風貌はなく、寧ろそこらにいる堅気の若者と大差ない。
(…霧山くんは確か…会の発足が決まってすぐに、笛木さんが連れて来たはずだ…)
発足式の前日に突如と呼び出され、指定されたモナムールで若頭に推された清水と共に初めて会った。当時の彼は20歳か21歳くらい、余りに見た目が普通過ぎて『本当に大丈夫なのか?』と逆に心配になったくらいだ。
実際、霧山は何を考えているのかその表情からは全く読めず、事あるごとに清水と衝突をして来たのだが…今では何かを短慮を起こす若頭を抑えられる人間の1人となった。
(…けれど。彼の中の『闇』は誰も知らない…)
自分を一切語らない霧山は、ある意味においては謎が多い男だ。時折見せる冷え切った、無に近いその眼が語っている。…自分のテリトリーに入るな、触れてくれるな…と。
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