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番外編 本部長霧山悠斗の恋

頼み事はシンプルに、時には身体を張って

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ほのかの妊娠が発覚して数日が経った頃、会長の許可を得て休みを取った霧山は彼女の実家へとやって来た。

目的はただ1つ。高校を卒業した後、ほのかとの結婚を許してもらう事。それに限る。

だから自分の事など気に入ってもらおうとは思っていない…ただ卒業して数ヶ月後には出産し母となる彼女には、親という助けも必要なのではと思っての事だ。

車を邪魔にならないよう路肩の脇に駐車し、降りた後に霧山は柄にもなく玄関の門前で立ち止まり小さく息を吐く。

「悠斗さん?」

「…。まさか…この俺が人様の娘を嫁にくれって頭下げに来る日が来るとはな…全く想像してなかったもんだから、実際なってみると意外に緊張するんだなってな…」

「無理ないよ。…止めちゃう?いっその事。」

「お前な、それがどういう結果になるかわかって言ってんのか?…ったく、たまにほのかはトンチンカンな事を言い出すよなぁ…」

やれやれと再び息を吐き、ヨシ!と気合を入れた霧山は先を行く彼女に付いて玄関へと踏み入る。

「ほのか、お帰りなさい。」

「ただいま。…こちらが電話で話した霧山さんだよ。」

「…初めまして。霧山悠斗と申します。」

「…。いつも、娘がお世話になりまして…さ、お上がり下さい。主人もおりますので。」

「…恐れ入ります、お邪魔致します。」

日頃の『支店長』としての顔が功を奏しているのか、若干驚きながらもにこやかに母が中へと勧めてくれる。こういう時こそ二面性があると役に立つ。

「お父さん、いらっしゃいましたよ。…あなた、新聞なんか読んでもいないくせに止めて下さい。しかも『逆さま』です。」

「っ!?」

ありがちなベタ展開だが、霧山が緊張するのと同じようにほのかの父親も『男が来る』その理由を察知してか落ち着かないようだ。

妻に指摘され、ギョッとしながら手の新聞をバッと傍らに投げ捨ててしまう辺り、それが如実に現れている。

そうこうしながらも母に勧められるままに霧山が正座で座すと「ほのか、貴女はお父さんの側にお座りなさい。」と言われる。

だが…彼女は母の言葉には従わず、霧山の『隣』に嬉々として座ってしまった。…父親の顔色が俄かに変わる。

そして僅か重い空気が流れ始めた時…話を切り出す為に開口を切ったのが、許しを乞う側である霧山だった。

「…本日は、お休みにも関わらずお時間を頂きありがとうございます。…改めまして、霧山悠斗と申します。」

「……。」

「ほのか、“さん”を通じ、お伺いしましたのは…お許しを頂きたいと。」

そこまで言うと、霧山は座布団を降りて傍らの床へと移り両手を突いて『土下座』の姿勢となる。その姿に驚くのはほのかと母だ。

「…。単刀直入、簡略に言います。…ご両親お2人が大事に育てられたお嬢さんを自分に下さい…お願い致します。」

「……。」
「…き、霧山さん…」

「当然、卒業は自分が責任持ってきちんと見届けます。籍も卒業してから入れます。ただ…ほのかさんの身だけは、自分の側にいて欲しいんです。」

「……。」

「………。」

霧山がこれだけの事を言っているのに…と、ほのかが父に対してイライラを募らせる。だんまりを決め込む父親に言ってやろうとしたその時…

「…霧山さん、と言われましたね。失礼ですが年齢は?」

「…。時期に26になります。」

「…お仕事は?」

「……。」

やはりそう来るのかと霧山は思う。身形や言葉遣いには十分気を遣ったつもりだった…一歩間違えれば『一般人に対する威圧行為』になりかねないからだ。それを抜きにただ聞いてきただけという事も考えられるが。

…どちらにせよ、黙って隠し通せるものではなく…彼は口で言う代わりに自らの『名刺』を父へと差し出した。

「…。っ!…ほ、北斗っ…ヤクザ?!」
「っ?!」

「…『北斗聖龍会』は確かに自分が属する極道組織…世間で言うヤクザです。ですが、自分の生計は兼任する金融会社支店長の報酬で立てています。…決して、人様にご迷惑など掛けてはおりません。」

「…っ、卒業まで娘をこの家に『帰したくない』…その理由は?」

「…。ほのかさんが『妊娠』しました。当然ながら自分の子供です。…彼女には守ると約束しました…それを果たすと共に、自分の身の上を踏まえて側にいて欲しいと。」

次の瞬間…ドン!と立ち上がったほのかの父親は、面前に座している霧山を力の限り殴りつけた。前触れもない突如の出来事に、まともに食らってしまった彼は後ろへと軽く吹っ飛び傾(なだ)れ崩れる。

「やぁ!悠斗さんっ!」

「いっつう…」

「あなたっ!何をっ…」

「うるさい!…娘はまだ世間の何たるかすら知らない未成年の高校生だ!しかも妊娠させた上に自分は『ヤクザ』だなどと!それを抜きにしても26にもなろうという男のする事か!!」

「っ!お父さん!そんな言い方ヒドい!しかも
悠斗さんを殴るなんてっ…、…悠斗さんっ、大丈夫?!…あれ?眼鏡っ…」

父に敵意を剥き出して叫んだほのかは霧山の眼鏡がない事に気付き、傍らから拾い上げるとそっと掛けてやり、勢いで切れた口の端の怪我を気遣う。そんな優しさを見せる『娘』に、父の怒りが更に増す。

「っ?!きゃっ!!」

「っ!」

ガン!という音と共に、ほのかの細い身体が近くの棚へと打ち付ける。…あろう事か、父親は娘にまでその手を上げ力の限りに殴ったのだ。

「何が『ヒドい』だ!お前もお前だほのか!!よりによってどうしてヤクザなんかと知り合いになってるんだ!世を知らないにも程がある!!」

「っ、悠斗さんは危ない所を助けてくれたの!私から好きになったの!!…普段はお父さんもお母さんも私を放ったらかしでしょ!自分達は好き勝手それぞれの『相手』のとこに通ってるクセに、こんな時ばっか親ヅラしないでよ!!」

「なっ?!」

…それは日頃から溜め込んでいたほのかの『本音』。霧山を庇いたい思いから出た言葉は、父の2発目を誘ってしまう。

けれど、それから守り庇ったのは…霧山だった。

「…。娘を殴るのはお門違いなんじゃねぇか?悪りぃのは未成年って知りながらも年甲斐なく惚れて、手出しした『俺』だぜ…殴るんなら俺を殴れや。」

「…悠斗さん…」

「っ…っ!」

未だ安定期前のほのかを背で庇い、地を晒し凄む霧山が父を見上げ睨め付ける。その圧は凄まじく、父は振り上げた拳を乱雑に下ろした。だが…

「…っ…い、つぅ…」

突然と様子の変わったほのかは、目の前にある霧山の背に手を突きそのスーツを鷲掴む。ギリギリと握られる様に驚き振り向いた。

「…、…ほのか?」

「い、たっ…」

「おいほのか!どうしたっ。」

「ほのかっ?!」

「お、なかっ…いた、いっ…ゆう、とさっ…」

「あ?!なっ…」

突然の訴えに一同の顔色が変わる。どうやら父に殴られた際、腹部を棚の角にぶつけてしまったようだ。

「と、とにかく病院だっ…ほのかっ、すぐ連れてってやるからな!」

「…ゆ、悠斗さっ…痛いっ…」

「わかったからっ、ちょっとだけ我慢してろっ。」

言うや、すぐさまほのかを抱き上げた霧山が玄関へと向かっていく。父は思考が追いつかないのか固まったままだったが、母は娘を心配してか後を追って来た。けれどそんな母に霧山が言う。

「…悪りぃがこの話、完全に決裂だ。ほのかはアンタらの可愛い娘だろうが、この家にはもう二度と帰らせねぇ。…ほのかは俺が、この身体張って一生守っていく。若くして母親になるコイツの側にいてやって欲しいって願った俺が馬鹿だったぜ。」

「っ?!そ、そんなっ…霧山さん!?」

「恨むんならてめぇの亭主を恨めや。こんな結果を招いたな。…もし仮に腹のガキに何かあってみろ…俺はアンタらを生涯許しはしねぇからな。ほのかにも連絡してくんな。」

「待って…待って下さい!」

「…っ、お父さんもっ…お母さんも…大っ嫌いっ…!…絶対許さないっ…っ、悠斗さんと赤ちゃん…いてくれるだけで…良いっ!」

…その言葉を最後に実家を離れた霧山は、ほのかを連れ車を飛ばす。向かう先は南雲総合病院…途中で電話連絡をして受け入れの許可をもらう。

受けた病院側は急いで体制を整え待ち受ける。数分と掛からず着いたのだが、ほのかは既に息も絶え絶えで苦しんでいた。

「ほのかさん!ほのかさんっ…健です!わかりますか?!」

「せ、んせっ…っ、助けっ…赤ちゃ…助けてっ…」

「大丈夫!もう大丈夫ですからねっ。…霧山さん!こっちのストレッチャーに乗せてくれますかっ。」

極道は基本的に自らの女を他人の手に委ねるのを毛嫌う…孤独に生きる分、束縛心が並ならぬ程に強い。健は前例を多々見てきたが故に、例にもれず霧山にほのかを頼んだのだ。

再び抱え上げストレッチャーに乗せた霧山だが、その身体を起こそうとしたものの戸惑ったように動きを止める。

…ほのかが彼のスーツの上着を握って離さないのだ。

「ほのか…病院に着いた。急いで診てもらわねぇと…」

「…ご、めんね…ごめ、んなさっ…悠斗さっ…」

「何で謝る。人間、無闇に謝るモンじゃねぇ。」

「だ、って…っ…」

「…大丈夫だ。俺はお前には怒っちゃいねぇよ。…ちゃんと待ってるからな。」

そう言ってキスを落とし、手をやんわりと離してから健ら病院側の人間にほのかを委ねる。

そんな様子を見ていた院長の南雲は、ポン!と元気付けるように肩を叩く。

「まぁここは健を信じてやってくれ…っ、どした?その顔っ。…何あった?」

「…まぁ、イロイロと。」

「むーん…そのイロイロを知りたいなぁ~。もしかして、ほのかちゃんの危機と関係ある?」

「…。アイツの親父に殴られたんですよ。ついでにほのかも。」

「うわぁ…君が極道だって知らずに殴ったの?」

「いえ。知っても尚殴ってきました。」

「…。あっはは~…親の怒りって凄まじいねぇ。まだ18歳の若い身空を妊娠させちゃったんだから、殴られても道理か。」

「自分が殴られるのは腹括ってました。タダじゃ済まない事くらいわかってます。…けど、まさかアイツにまで手を上げるとは思ってなかったんで。」

「ふむ…連帯責任って思ったかね?親父さん。…手当、したげよっか。」

「…いいですよ別に。大した事ないんで。」

「そんな事言わずに。青アザと傷晒して事務所行ったら『何があった?!どこの組にやられた!?』って、血の気多い清水が騒ぎ出すよ?…あれでも仲間意識、超高い上に庇護心強いから。」

「……めんどくさいですね。お願いします。」

「そうこなくっちゃねー♪」

ネチネチと絡まれる様を思い、霧山は素直に南雲の手当を受ける事にした。何だかんだで若頭も南雲も面倒見が良い。

一方、その頃の健は…処置室の中で重い息を吐き出していた。傍らのほのかは鎮静剤で静かになりはしたが、先程まで『赤ちゃんを助けて。』とずっと繰り返していたのだ。

…そんな彼女の気持ちを思うと、やりきれないものが心中を覆う。

「…、…はぁ…っ…」

「健先生…」

「…胎嚢が剥離され、心拍も確認出来ません。」

「…流産、ですか?…可哀想に。あんなに助けてって…っ。」

「……。処置の前に、霧山さんに報告してきます。準備、して下さい。」

…健は、望まぬ結果となってしまった事を引きずって、霧山の前へと向かったのだった。
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