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番外編 本部長霧山悠斗の恋
ほのかの嬉しい戸惑いと不安
しおりを挟む南雲と霧山の秘密裏の電話から遡ること数十分前…ほのかは初めて来る『南雲総合病院』に戸惑っていた。
受付の掲示板に『南雲健医師』の名前と診療日を確認して、係員にその事を伝えて手続きを済ませ、科の受付にも再び同じ事を告げる。
「あのすいません…南雲健先生の診察を受けたいんですけど。」
「はい、健先生の診察をご希望ですね。…本日、少し混み合っているので待ち時間が長くなりますが…大丈夫ですか?顔色が良くないようですけど。」
「…大丈夫です。待ってます。」
「ではこちらの問診表に記入をして、検温をお願いします。…お辛かったら仰って下さいね?」
「…ありがとうございます。」
そしてやがて渡された表を見た受付は、それを看護士へと知らせ…
「ふぁ…」
「こら健先生っ、欠伸だなんて!」
「いやぁ、さすがに疲れちゃいまして…」
「若い男の産婦人科医って敬遠されがちなのにね。」
「ねー…」
「そうそう!健先生ご指名の新規の患者さん、いらしてますよ?…えっと…名前は『平井ほのか』さん…」
「…ん?平井…ほのか?」
「はい。お知り合いですか?」
「…問診、見せてっ。」
バッと奪い取るように問診を手にした健はハッと両目を見開くと、慌てた様子で出て行き…向かった先のは兄でもある院長の元。
「兄さん!ち、ちょっと!」
「何だよ!ビックリすんなぁ~おい~。」
「も、もっとビックリするって!コレ見て!」
「あ?…ッ!マ、マジかっ…」
「ひ、平井ほのかって…確か、この間霧山さんが連れて来た怪我人だよね?!」
「…あぁ、霧山くんの女な。…でもっ…えぇ?!」
「ど…どうしよ。」
「…。どうしよ、って…お前は何だ?『医者』だろが!例え18だろうが『患者』だっ、診察しろっ。」
「…わ、わかったっ。」
「その間に霧山くんに連絡してみる。…彼女、1人なんだろ?」
「みたいだね…」
「…。コレはさすがに黙ってはいられないだろ…こういう事は女だけじゃない、男にこそ責任があるんだよっ…」
こういう経緯を経て、南雲から霧山へと知らせられ…そして今、その彼は病院の入口を潜り抜け産婦人科の待合へとやって来たのだ。
「………。」
様々な検査を受け終わり、他の患者から離れて座るほのかは顔色が悪くどこか思い詰めているかのような虚ろな表情で、霧山を不安にさせた。
同時に彼女の身に気付いてやれなかった自分に苛立つと共に、年齢や時期などを考え至っているであろう『結論』を思って胸が痛む。
1度は止めていた足を運び、再び止まった時…革靴特有のカツ!という音が鳴った事で、ようやく気が付いたほのかが顔を上げる。
「…、…なん、で…?」
「……。」
聞かれた事に答える事なく霧山は隣に静かに座ると、わざとらしく大きな溜息を吐いてみせた。そして…
「…お前には特殊なGPSと発信機を付けてんだよ。予め登録した道から逸れるとものすごい勢いで警報が鳴る仕組みになってる。」
「…。それが鳴ったから来たの?」
「ンなワケあるか。まるまる信じるなっての。」
「……。」
「…ったく、『何で?』はこっちのセリフだ。何でこんなトコにいる…しかも『産婦人科』の待合に。」
「…うぅ…」
「院長の南雲先生から連絡もらった。『霧山くんの彼女、産婦人科に来てるよ。』ってな…どんだけビックリしたと思ってんだ。」
「…。やっぱ他の病院にすれば良かったかな…」
「おいコラ。そういう問題か?それはつまり、俺から逃げてるって事か。…冗談抜かせ、逃がすワケねぇだろが。」
「…。へ?…それって…?」
「フン。この期に及んでも俺に直接言いもしてくれねぇ女にゃ言ってやらねぇよ。」
「…っ…」
「……、…」
こんな微妙な空気の中待つ事しばし…ようやくと呼ばれたほのかは診察室へと入っていく。彼女がはたと気付けば、霧山もさも当たり前とばかりくっ付いて入って来た。
「…こんにちは平井ほのかさん。あの日の怪我、綺麗にすっかり治ったようで安心しました。…霧山さんもこんにちは。」
「申し訳ないです…1度ならず2度までも、ウチのが世話になってしまって。」
「いえいえ。さて…先に受けて頂いた検査の結果は出てます。後は内診させて頂いて最終診断となりますので、隣にお願いします。」
「…はい。」
そうして諸々の準備の後、霧山も誘われほのかの隣に座るといよいよと内診が始まる。産婦人科での検診など生まれて初めての彼女は恐怖から両目をギュッと閉じたのだが…やがてモニターに映し出された小さな『点』を霧山もほのかも何だコレ?とばかり凝視した。
「わかりますか?すっごい小ちゃいですけど、赤ちゃんが入ってる『袋』なんですよ。真ん中の点が心臓です。」
「「っ!」」
再び診察室で3人向かい合うと、健はどこかいたたまれないと言いたげにションボリしながら口を開く。
「…えっと…んー…何て言ったら良いのかな。…まず確認したいんですけど…『おめでとうございます。』…で、良いんですかね?」
「当たり前じゃないですか。何言ってんすか健先生。沈めますよ。」
「わわっ、ごめんなさい!…じゃあ改めて、おめでとうございます!」
「…ありがとうございます。」
「……。」
「んだよ…人の顔見て。嬉しくないのか?」
「う、ううん!そうじゃなく、て…」
「今は約6週と言った辺りなので出産予定日はぁ…8月の中辺りですねっ。あのぉ、出産は…?」
「もちろん、この病院で健先生にお願いします。」
「っ、良かった♪全力を尽くします!よろしくお願いします!」
自分の受け持ちと決まり破顔させた健。そんな彼を現金だなぁと苦笑っていると、どこからともなく院長の南雲が現れた。
「やぁ!霧山くん。この空気は何やらおめでたい感じ?」
「院長!霧山さんが『パパ』ですよ!」
「やや!マジで?!…おい~順番違くないかぁ?」
「…そこはツッコまないで欲しい所ですね。」
「あっははは!まぁまぁいいさいいさ!幸せになるのに順番なんか関係ねぇんだから!…はぁー…いよいよ持って清水のヤツ、ヤバくないかぁ?もう27なんだから落ち着けってんだよっ。」
「…。その様子だと知らないようですね。若頭にも今いるんですよ…『女』が。どうやら月一の視察にも着飾らせて連れ歩いてるようですし、それこそ身を固めるのも近いのでは?」
「マジで。…そかぁ…んー、俺にも会わしてくれるかな?アイツ。これまでの女はみんな、会う前に別れちゃってたからなぁ~。」
「…悠斗さん。私も若頭さんの彼女さんみたいに、悠斗さんの『視察』に一緒に行ってみたい!」
「アホ。俺が視察で行く先は『風俗』だ…連れて行けるか。」
「…ぶー。」
「ははは!いやぁ、可愛い嫁さん捕まえたなぁ~霧山くん!」
そんな雑談もそこそこに、相変わらず自分の家には帰りたがらないほのかを自分のマンションへと送り届け、自分は再び事務所へと戻って残りの仕事を片付ける。
半ばやっつけ仕事の如く、あらゆる書類を吹き飛ばさん勢いでシュバババッと終えると、会長と若頭に挨拶して“つらっと”帰宅していった。
「…。何なんでしょうねぇ…霧山は。」
「やっぱ壊れちまったんじゃないすか?…会長、早いとこ修理に出した方が良いすよ。」
「…どこに出せと?清水。」
こんな会話など知りもせず、帰った霧山は早速とばかり部屋中逃げ回るほのかを捕獲してソファーに並んで座る。
…結局のところ、結構大事な事である『話』を2人は横に置きっ放しにしている状態なのだ。
「ったく、何で逃げんだよっ…話になんねぇだろが。」
「…っ…」
「2ヵ月や3ヵ月なんてな、簡単に流れちまうんだぞっ…ちょっとは自分が『妊婦』なんだっていう自覚を持てっ。」
「……、…」
「…。流れてもいい…って、そう思ってんなら…」
「っ!そんな事思ってない!!…っ、思って…ない、もんっ…」
「……。だったらほのか…自分の身体、大事にしてくれ…頼むからっ…」
「ゆ、悠斗さん…赤ちゃん、産んでもいいの?私…」
「今更聞くか?…産ませるつもりじゃなかったら、健先生にあんな事言わねぇし頼まねぇ。…まさか、俺が堕ろせとか言うと思ってたのか?」
「……っ。」
「思ってやがったなお前…まぁいいや。こうなった以上、予定は全部前倒しだっ…近々親に挨拶に行くからな。お前の親父に殴られる腹はとっくに決まってる…後先もへったくれもねぇ。」
「悠斗さん…」
「…ありがとな。さっきも言ったけど身体、大事にしてくれ。産まれた後ならいくらだって俺が守ってやれる…けどな、産まれるまでは俺にはどうにも出来ねぇ、守ってやれるのは『ほのか』だけなんだ。」
「…っ…」
「愛してる。気付いてやれなくて悪かった…もう1人で不安な思い、しなくてもいいからな。」
抱きしめ、その背を優しくポンポンと叩いてやれば…やっと安心したのか、静かに泣き出したほのか。けれどそれは不安や悲しみの涙ではなく、嬉しい『幸せな涙』だ。
だが…それも束の間、ほのかは「うっ!」と言う声を上げるや、一目散に洗面台に向かい走り出してしまった。
「…、…ふぅ。やれやれ…だな。」
しばし微妙な空気が流れはしたものの、気を取り直した霧山は立ち上がり、ウエェ…と声ともつかない声を上げ洗面台に縋り付くほのかのその背を摩ってやるのだった。
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