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流水ノ章

34 果たされた約束と地元帰省

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何はともあれ。半ばせっつくように脅迫とも取れない勢いで南雲から美優の退院の目処をもぎ取った圭介は、暇さえあればせっせと何かをスマホで検索していた。

詳しくはわからないながらも、美優は黙ってそれを見守り、何かに懸命になってる彼もまた『可愛い』と微笑む。…今や美優の中で『妻』というよりも『母』の方が強いような気がしてならない。

そんな圭介が突如と院長室に殴り込み…元い『訪問』したのは散々検索しまくった後の事。聞くが早いとばかりにやって来た。

「おい南雲!」

「ンだよ!お前はほんっと神出鬼没だなぁ。」

「ちょっと清水さん、ドア蹴らないでっ。壊れるでしょう?」

圭介がドアを蹴り開けるのは常の事。それについて志穂が物申すも、彼は『あァ?!』とひと睨みして返す。

「こらこら、人の嫁を睨むな。…で?何の用なワケ。」

「おう。お前よ…志穂と籍入れる時、向こうに『戻った』か?」

「…は?何だよいきなり。」

聞かれた事が意味不明だと南雲は目を丸くする。付き合いが長い2人だが、こういう所は未だにナゾだ。

「いやよ、何となく嫌な予感がして調べてみたらだ…籍入れんのに『本籍』が必要だみてぇな事書いてんだよ。どういう事だオイ。」

「…あぁ、そういう事な…」

そう言ってバン!と突きつけるのは区役所のHPの一部。そこには確かに『転居等で本籍地が別の際は『戸籍謄本または抄本の写し』が必要となります。』とある。

これを見つけてしまった圭介は顔に出さないまでも仰天し、南雲の所へ来たのだった。

「まんまの意味だ。結婚する為に籍入れるって事は、親の籍から抜けて『自分の籍』を新たに興すってワケだ。子供が生まれりゃお前の籍に入るんだし、そうやってだな…」

「……。めんどくせぇ…」

「おい。ちょっとそれは問題発言なんじゃないか?美優さんが聞いたらショック受けるぞ?」

「勘違いすんなや。そういう『めんどくせぇ』じゃねぇ…」

「…。もしかしてお前…地元には『何があったって帰りたくねぇ。』とか思ってるのか?まだ。」

「………。」

途端に黙り込んだ圭介を見て、南雲はあからさまにハァー…と溜め息を吐いて見せる。

何時ぞやの話題にも出たように、2人の生まれ育った地元は『函館』で、17歳の時に圭介と南雲そして今は亡き流平の3人は連れ立って実家と地元を捨てバイクで『札幌』へとやって来た。

謂わば家出同然でやって来て、その後笛木の助力もあってそれぞれが住まいを得た事で『住所』が確定しそのまま札幌の住民となる。だが戸籍となると話は別で、地元に残ったままとなっていたのだ。

南雲は医師免許を無事取得した際、しばらくの間を先輩医師の病院であらゆる面で診られる『総合医師』となるべく武者修行した後、自らの病院開院と志穂との結婚をきっかけに地元へと戻っていた。

その時、長年心配させた事を両親に詫び頭を下げたのだが…

「…ったくなぁ…もう『今更』じゃねぇか。地元帰るくらい、何だってんだよ…」

「ヤなモンは『嫌』なんだ。それに…あんまこっち離れんのも良くねぇしよ…」

「いやいや。ちょっとくらい良いだろ。美優さん連れて『おふくろさん』の顔見て、流平の実家のホテルに1泊でもしてくりゃいいじゃねぇかっ。」

『新婚なんだからよ!』と南雲は笑う。けれど圭介としては、それすら苦痛でしかない。美優が一緒なのは全く構わない、寧ろ四六時中引っ付いていたいくらいなのだから。…彼にとっての問題は別にある。

「…。何で美優を会わせなきゃなんねぇんだよ…それに『オレ』が動けばアイツらも付いて来る…」

「ん?…あぁ、幹哉達か。それなら『来んな。』って言や済む話…」

「黙って言う事聞くヤツらかっ。何だかんだ言ってぜってぇもれなく付いて来るって!」

「…何だかなぁ~。いやはや、極道のお偉方は大変だなぁー♪」

「てめぇ…他人事だと思って笑ってんじゃねぇ、南雲…あァ?」

「でもね清水さん。やっぱり美優さんとしては、自分の旦那様になる人の『お母さん』には会ってみたいんじゃないかしら?」

「………。」

うだうだと煮え切らない様子の圭介に志穂は物申す。それが世の常、常識…もっと言えば子が親に果たす『義理』とも言えよう。

至極最もなその言葉は殊の外彼に突き刺さり…「…チッ。」と舌打ちした圭介は、何を言うでもなく院長室を出て行ってしまった。

「…。何なんだ、アイツ…まぁわからなくもないけどもだ。にしても情緒不安定だなぁ…『マリッジブルー』か?」

「何でよ。それは女性がなるモノよ?」

「いやいや、最近は男もなるから。……心療内科は俺、さすがに診れないぞ?」

「だから。清水さんなりに考えてるだけで、違うってば。」

妻のツッコミは虚しくも空振り…南雲はふむふむと考えるのだった。

そうこうしている間にも美優の抜糸が済み、問題のない日を幾日か過ごして、ようやくと退院の日を迎える。

「色々とありがとうございました、皆様。」

「退院おめでとうございます、雪吹さん。運ばれて来た時はどうなるかと…でもこうしてお元気になられて私達も嬉しいです。」

「皆様のおかげです。まだ少しリハビリがありますけど…頑張ります。」

「…世話になったな南雲…礼を言う。」

「俺は『医者』だ。助けなければならない命があれば全力を尽くす…当然の事だろ?」

「……。」

「圭介…約束通り、美優さんを『返す』ぜ。」

『彼女は必ず俺が助ける。助けて、必ずお前の側に返すから。』

南雲は美優が運ばれて来た時、圭介とそう約束した。…その約束は見事に果たされ、彼が望み見たいと願っていた通りに今、2人は並び立っている。

この姿をきっと亡き友流平も見ているだろうと願いつつ、自身もまた焼き付けるように見つめた。

「けどな圭介…調子乗ってガッつくのはやめとけ。美優さんが可哀想だ。」

「あァ?何か言ったか?余計な世話だっ。」

「…。美優さん…やっぱ院内戻ります?あ、いっそのことコイツから逃げたくなったら『避難所』としてウチおいで。んとね、病院まで来たら裏に回ってもらって…」

「…え。」

「おいコラ南雲…これ以上美優に『避難所』を与えるんじゃねぇ。」

「ん?何の事かな?…てか『これ以上』って何だよっ。」

「今の美優にはいざという時の『逃げ先』がいっぱいあんだよ。…これ以上増やされてたまるかっ。」

「なっははは!あー…みずきさんのトコとか、翠んトコとか?…確かに…探すの大変そうだなぁ♪」

「あら。ウチだって必死に匿うわよ?…だから美優さん、安心して逃げて来てねー。」

「…うぅ…」

「おい志穂…ツラッと良からぬ事言うんじゃねぇ。」

「第一、逃げられなきゃいいんだっての。」

スタッフ含め場の皆があはは!と吹き出し笑う。少し前には想像するには難しかった光景がその場に広がった。

「…じゃあ行くわ。またな南雲。」

用意した車に乗り込み、迎えに来た幹哉も世話になったスタッフらに一礼して、3人が乗った車が走り出す。

かくして僅か止まっていた2人の時間が再び動き出した…かに思われた、が。

美優がある意味において『自由』になった事で、後回しになっていた事が一斉に動き出す。

会が総出で大暴れした事の『打ち上げ』の酒宴に始まり、ミスターロゼーニョの突然の再来訪、挙げ句には函館への遠出など…正に昼夜問わずである。圭介の吊り目も限界値まで吊り上がるというものだ。

こと函館への帰省に関しては、行きたくないが行かなければならず…そして案の定、舎弟3人はしっかり付いてきた。

結果的に市役所で目的の書類の写しを無事に受け取り、亡き友流平の実家が商う旅館に泊まり、翌日札幌へと戻って来たのだが…そこで美優が意外な行動に出たのだ。

朝になって、走り出した車が札幌へ向かうはずの道でない事に気付いた圭介がガン!と運転席の背部分を蹴り付けた。

「おいコラ司!てめぇどこ走ってんだっ。帰んぞ!」

「あ、やっ…そのっ…」

「…。そこ、右に折れろ。そっから札樽道に乗れるっ。」

「司さん。お願いした通りにお願いします。」

「…あ、姉貴ぃ…」

「…おい美優。」

「大丈夫ですよ司さん。私がいますからね。」

「おい、人の話を聞け。」

「……。」

「…美優。」

「南雲先生から聞きました。札幌へ来て10年…1度も『お母さん』にお会いしてないって。そして昨日、流平さんのお兄さんから聞きました…お母さん、先月お倒れになって入院なさってたって。」

「ッ…」

「…圭介さん。私は『両親』とはもう会えません。でも圭介さんはまだ会えます…ひと目だけでも会って行きましょう?」

「………。」

こうして南雲に聞いた住所に着いた先で降りた美優は、頑なに降りようとしない圭介の腕を懸命に引っ張って降りさせようと奮起する。

「圭介さん!着きましたよっ、降りて下さい!」

「……。」

「もぉ!意地っ張りの強情なんだからっ。私も側にいますから…ね?」

「どっちが意地っ張りだっ、強情だっ。お前だって大概だろが!」

「むぅ…ここまで来たら諦めて下さい!行きましょうってば!」

「お前もっ、マジで余計なトコで頑張るな?!」

「あ、姉貴っ…無理強いは良くねぇっすよ?」

「兄貴がヤダって言って…」

「それがダメなんですぅ!ほら圭介さ…」

「あの…どちら様、ですか?」

ヤイヤイと騒ぐ中、品のある女性の声に引かれそちらを見ると…一見おっとりした品のある女性が不思議そうに首を傾げていた。

「あ、あのっ…清水さん、のお宅です…か?」

「はい、そうですけど…?」

「…圭介、さんの…お母さん…ですか?」

「……え。」

「…えっと、あの…、…あ。」

余りに頑張る美優に根負けしたのか、それともその声を直接聞いて観念したのか…彼女が握って離さなかった腕が動き、車中からその人がようやく『バツ悪げ』に降りてきた。

「……。」

「…っ、…圭、介…?…」

「…。おう…10年振り、だな……おふくろ。」

「……。や、やだわ…すっかり見違えちゃって…『大人』になったわね圭介…」

「…そらそうだ。もう28になんだぜ…いつまでもガキでいらねぇよ…」

「そうよねぇ…ふふっ。元気そうで良かった…、…で、こちらは?」

「こっちの3人はオレの舎弟。…で、コイツは嫁になる女だ。名前は美優って言う。」

「…初めまして、雪吹美優と申します。不束者ですが、よろしくお願い致します。」

「そう…結婚するの。…圭介の母です。こちらこそ、息子の事…よろしくお願いします。」

「…はい。」

母と美優がペコペコと挨拶し合う横で、圭介はどうにも居づらい。しまいには司らにまで挨拶の輪が派生していく。

「…おい、一応目的は達成して満足したろ。…そろそろ出ねぇと着くのが遅くなんぞ。」

「忙しいのね…圭介。上がってお茶でもって言いたいところだけど…身体に気を付けてね。」

「……。…おふくろも、な…」

「…。あ…あのっ、これ…私の連絡先です。何かあったらご連絡下さいっ。」

「え…み、美優、さん?」

「…おいコラ美優。」

「朝でも夜でも全然構いませんからっ。…札幌と函館、離れてますけど…電話はいつでも繋がります!…ね、『お義母さん』。」

「……。そう、ね…ありがとうございます、美優さん。」

「い、く、ぞ!……じゃあな。」

お互い握り合うその手を引き剥がし、圭介は美優をグイグイと車の中へ押し込んで自分も乗り込む。司らも母へペコリと頭を下げ一礼した後に乗り込んで車は発進した。…母はその車を見えなくなっても尚嬉しそうに見送ったのだった。

だが母は知らない…10年振りに会い、立派な『大人の男』となったはずの息子が帰りの車中で嫁となる女に無言の『叱責』を賜っていようなど…知る由もなかった。

「…。勘弁してくれ美優…オレが悪かったって。」

「……。知りませんっ。」

「ぷっくくくっ!」

「てめぇら、笑ってんじゃねぇ!!」

美優の無言の圧は凄まじく、札幌へ着くその時まで続き…圭介は早くも土下座へと追い込まれる寸前だったのは言うまでもない。

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