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流水ノ章

27 様々な憶測は『真実』なのか

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ー札幌市内、某所ー

とある高級老舗料亭の一室を借り切ってこの日、『北斗聖龍会』の主だった面々が集結した。

集まり話し合いをするのは会の幹部として列する数名、若衆頭の小田切、本部長の霧山、若頭の圭介、会長の笛木。

…そして、特別に許可され列席と発言権を与えられた南雲と真次が末席に加わった。

春原を筆頭とした若衆数名と、司や将也は室外の廊下や隣接する中庭に立ち『見張り』を務める。

場に揃う会の者は、南雲と真次を除いた全員が黒スーツに身を包み、その襟には『金バッチ』が輝く。さらに圭介に至っては両サイドを固め僅か流し上げている。

…普段は派手なジャージ姿が多く、髪も気にせずドスドスとガニ股で歩く彼とは正反対の姿で、南雲は『やっぱ馬子にも衣装だな…』と心中密かにほくそ笑んだ。

「…さて。今日はわざわざ済まないね。特に南雲『先生』…無理を言って来て頂き、感謝します。」

「…いえ。今回ばかりはさすがに『無関係』とは言えませんので…恐れ多い事ですが参加させて頂きます。」

「……。では…事の事案は掻い摘んで把握しているかとは思いますがね…発端は、若頭が年始の挨拶に私の自宅に来てくれた事から始まります。その日は近々に美優さんと夫婦になると…報告に来てくれた日でもあります。それなのに、その2人が狙撃され…若頭は左腕を、美優さんは右肩…首の側を撃たれ一時重体となりました。」

「若頭…美優さんのその後はどのような?」

「…。おかげさんで、今は回復しつつある。…本人も気丈だ。」

「…良かった。宜しくお伝え下さい。」

「……あぁ。」

「…。その日の内に霧山を呼び話をしましたが…狙撃手(スナイパー)の狙いが、果たして私だったのか…それとも若頭だったのか…またそれに行き当たる勢力も思いつきませんでね。ひとまず調査を命じたのですが…その2日後、今度は『モナムール』のオーナーママであるみずきさんが狙われました。ですが彼女の場合は、一緒にいた真次が咄嗟に気が付き大事に至らず無事です。」

「っ、何故っ、モナムールのママが?!」

「全くの無関係じゃねぇか!」

第二の狙撃を初めて知った幹部らは驚くと同時に憤り、ヤイヤイと口々に騒ぎ立てる。…『全くの無関係』…そう思っている幹部らは知らない。2人が7年にも及ぶ『愛人関係』である事を。

複雑に絡み合った深い事情を知っているのは、圭介と南雲、そして真次と小田切のみなのだから…。

「みずきママが襲われた事で、狙いが何なのか皆目見当がつかなくなりました。…ですが最初の襲撃の際の『置き土産』から、ある事がわかりましてね。…霧山。」

「…はい。会長の自宅前に残されていた一発の銃弾…調べた結果、『ロシア製』と判明しました。またその弾を放った銃も『ロシア製軍用銃』であると。現在ロシアは銃の密売等は固く禁じられています。…それの意味する事は…『ロシア当国の人間』が自ら直々に動いている、という事です。」

「ッ!…んだと?」

「それを踏まえて、ロシアに関して調べてみました。…向こうでは現在、1つのかなり大規模な『マフィア』が牛耳っているようです。そのドンの名は『ミハエル・ロゼーニョ』。」

「…おいキ…霧山。まさかとは思うが…」

「察しが付きましたか?若頭。……『ロシアのドン』が動いてます…越境して、この北海道に。」

「ッ?!」

いきなりの核心に只でさえ吊り目の圭介の眼が更に吊り上がり険しくなる。そしてそれは場に介する者らも同じだった。

…それを抜きとしても他国のマフィアが国境を犯し、それを超えてまで人の命を狙うなど…『余程』がない限りあり得ない事態だ。

「…それともう1つ。そのロシアマフィアに…ある人間が接触しています。…『笛木紫乃』と、東京の『佐野組』若衆の数人が。」

「な…何ィ?!どういうこった本部長!!何でここに会長の『嫁』が出てくんだよッ!」

「…自分は会長に命じられ、調査の対象を広げました。指示のあった東京の『佐野組』そのものは、会長の義父と言える組長を始め『白』でしたが…組の若衆数名が頻繁にロシアと東京を行き来している。また『笛木紫乃』も東京の実家に帰ると言いながら、実際その半数以上はロシアに飛んでいた。…てめぇの実家はロシアかと突っ込みたく程にね。」

「……ッ…」

「…確証も、根拠もありません…『状況的証拠』があるだけです。ですがこれだけ揃えば疑わざるを得ないでしょう。」

「………。」

「まぁ…あの女に関しては、私はハナから信用なんてものありません。…これを機に『離婚』して追い出すまで。」

「…ッ、会長…」

「ですがね…只で追い払うのも胸糞が悪いじゃないですか。ここはやはり、きっちり『報復』を受けてもらわなければ。その権利は若頭…お前にあります。極道がその命賭けて愛し、嫁にと腹を括った中で奪われかけたのです…当たり前ではないですか。」

「……ありがとうございます。それに関しちゃ、有り難くそうさせてもらうつもりです。…本当に良いんすね?会長。」

「…。構いませんよ。私とあの女の関係など、戸籍を汚しただけの『紙切れのみの関係』です。…あんな、憎んでも憎み足りない女なんかより…私にはもっと大事な『女(ひと)』がいますからね…」

妻紫乃との離婚は、その実家である佐野組の『後ろ盾』を失う事を意味する。…妙に穏やかな表情で薄く笑う笛木から様々な覚悟が伺え、圭介の中に小さな不安となって胸中に残った。

「…皆さん。現在『笛木紫乃』とロシアマフィアの『ミハエル・ロゼーニョ』…両者が接触する理由については調査中ではありますが…実はある『仮定』があるんです。ですが相当非現実的な事です。」

「…何だ?霧山。言ってみろ。」

「……。その前に若頭、貴方にお聞きしたい事が。…若頭は美優さんの『ご家族』の事…何か知っていますか?親、兄弟、親戚など…話に聞いた事は?」

「…ねぇ。初めて逢った時に書類上にあった『父親』の事を聞いたが…『色々あって』連絡は取り合ってねぇってな。家族に関してはそれっきり聞いちゃいねぇ…アイツにはダチも堅気の仕事も家族も…何もかもオレが『捨てさせた』からな。」

「………。」

「オレが美優と出逢ってしばらくの間、仕事を放ったらかしでまるで蜜月みてぇにべったりいたのも…アイツを猫可愛がりみてぇに溺愛すんのもそういう理由からだ。笑いたきゃ笑えば良いさ。…美優を誰の目に触れさせる事なく、自分だけの『女」にしたかった…そうでもしなきゃ他の野郎に簡単に掻っ攫われちまいそうで怖くもあった。アイツは自分がどんだけの女かって、全く理解しちゃいねぇ節があるからな…」

「…笑いやしませんよ。寧ろ人間らしい貴方の姿を見た気がします。ちょっと『独占欲』が過ぎますけどね。」

「……喧嘩売ってんのか、あァ?」

「…。そう、ですか…美優さんは、ご家族とは『音信不通』ですか…」

熱り立つ圭介とは対照的に、霧山は何やら僅か考え込む。そんな彼を圭介は訝しげに見つめたのだが…

「実は…美優さんの事もこれを機に調べてみました。これといって特記した何かはなかったのですが…」

「ッ、てめぇキリ!!美優の事を調べただァ?!会の若頭の『嫁』になる女の何を怪しんでやがる!あァ?!」

「清水!」

「若頭!落ち着いて下さいっ。」

「圭介ッ!」

次の瞬間、霧山が言った『美優を調べた』の言葉に、圭介は頭に血を上らせ喧嘩腰で怒鳴り散らす。これにはさすがに笛木も小田切も、そして南雲も腰を浮かし落ち着かせようと声を掛けた。

「でも若頭…お言葉ですが、彼女の『亭主』となる貴方も知らない事がわかりましたよ。…それどころか、美優さんすら『知らない』かもしれません…」

「……あァ?」

「そもそも…貴方がたの出逢いは、美優さんの『父親』が身勝手にウチから借金をしていき、娘である美優さんを『返済責任者』に指定してトンズラしてしまった事から不良債権となりかけ貴方に出番が回ってきた。…そうですよね?」

「……。」

「ですがそこに至るまでの約3年…支店長としての私だって、黙って手をこまねいていた訳ではない。美優さんの父親と取り交わした契約書を元に、住所を訪ねたり幾度も電話をしたり…書簡を送ったりなど『会社』として出来る事を洗いざらいやり通しました。…ですが梨の礫(なしのつぶて)、挙げ句には電話は繋がらなくなり…自宅住所からは姿を『消して』しまった。」

「…急に…居なくなった、ってのか?」

「……。近所や隣の部屋の住人の話では…突然姿が見えなくなって、部屋の荷物もそのまま…アパートの管理人も家賃がもらえず困っている、と。」

そうしている内に近所のおばちゃんと仲良くなった霧山は、美優の父親に世話になった知人だと嘘を言って誤魔化し名刺を渡すと『本人がもし帰って来たりしたら連絡が欲しい。』と託した。…だがその僅か2カ月後…

「…その人から連絡がありましてね。…美優さんの父親が隣市で『遺体』で発見されたようだと。葬式をこっちで、近所の皆で出すから来て欲しいと。」

「…ッ、美優の…父親が?…死因は何だったんだ?」

「……。よくわかっていません…聞いた話では、胸を『銃弾』で撃たれていたらしく…向こうのサツは『自殺』と判断したらしいですが。」

「…自殺だぁ?ハッ!ハナから死ぬ気の人間が!何で金融会社から金借りる!心臓撃ち抜いて自殺なんかあり得るか!もっと確実に死ぬ『撃ち方』があんだろが!」

「自分もそう思います。ですがその時は、それ以上思う事も疑う事もなく。けれど、今こうなってくると…」

「…何が言いてぇ、キリ…」

「……。美優さんの父親は…やはり『自殺』ではなく…『消された』のではないのかと。…『ロシアマフィア』に。」

「…はぁ?!何でッ!話が飛び過ぎ…」

「若頭…美優さんは一見ぽやんとした幼さと可愛らしさが目に付きますが、本質は色白で大変美しい綺麗な人です。あんな美人、北海道中…いや日本中探したって中々いないと思います。自分は昨日、初めて会って内心驚きましたよ。…若頭が『落ちる』のも無理はないと。」

だが同時に霧山は『確信』した。それは…

「美優さんにはある特徴がある。…背は低いが透けてしまいそうな『色白肌』…それは、ロシア人女性の特徴でもあるんですよ。」

「ッ!…キリ、知ってる事…全部話せ。どうせ知ってんだろッ…」

「…。美優さんの戸籍を調べてみました。遡ってみると…父親は元は『赤木』が本当の苗字だったみたいです。ですがある女性との婚姻を機に『雪吹(いぶき)』という少々変わった苗字に金を払ってまで改姓した。その時婚姻したのが『真理亜(まりあ)』という、後の美優さんの母親となる方です。」

「………。」

「その名は漢字表記されていましたが…その女性の出身地が『ロシア』なんです。ロシアにおいて『マリア』という名はありふれたものですが、ロシアマフィアのドンの一人娘が『マリア・ロゼーニョ』でした。」

「ちょっと待ってくれないか。…まさか、美優さんの母親の『真理亜』さんと、ドンの娘の『マリア・ロゼーニョ』が…同一人物だと?」

「…。さすが南雲先生はお察しが早い。…その通りです。」

「ッ、マリアってのは…ありふれてんだろ?…同じ人間とは限らねぇんじゃねぇのかっ。」

「ですよね。自分も思いました。なので詳細を調べました。…どちらの女性も、同時期に『死亡手続き』がそれぞれされてました。…今から24年前、美優さんが6歳の頃です。」

「……。」

「………。」

「…美優さんは…日本人とロシア人のハーフまたはクォーターの可能性があり…そして、ロシアマフィアのドン『ミハエル・ロゼーニョ』の孫娘である可能性も高い。」

余りに突飛、飛躍にも程があるその『仮定話』に、場に集う面々は青くなり閉口してしまう。だがそんな中で、圭介の中で出た『答え』は…

「…何となく…わかった気がして来たぜ。…ロシアマフィアの目的は、娘の忘れ形見の『美優』を取り返す事…かつてのアイツの親父をそうしたように、邪魔な『オレ』を消してな…ッ。」

「…圭介…」

南雲は目前のテーブルの一点を見つめ呟く彼を引き止めるかのように呼ぶ。仮定の話とはいえ、あり得なくもないその答えは『現実』であって欲しくないとすら誰もが思う。例え極道が常に命を狙われる身であろうと。

けれど渦中の圭介本人は、腐った目どころか寧ろ対抗心を燃やすかのようにキッと眼ヂカラを込める。

「…会長。この度はウチの『嫁』の件で騒がせるばかりか、会を巻き込んでしまった事…お詫びします。…申し訳ありません!」

「……清水…」

「圭介ッ…」

「ですが。仮定話とはいえ、こうなっちまった以上…おいそれとアイツを渡すつもりは更々ねぇ!向こうがオレを殺るつもりで来るってんなら、こっちだって死ぬつもりで受けて立つ!…今回ばかりは会の為じゃなく、アイツの為だけにやらせて下さい!」

「……。何を言ってるんでしょうねぇ、ウチの若頭は。…もはやこれは『会全体』の大事です。」

「そうですよ若頭!水臭いったらねぇ。こんな鉄火場、中々ないんすから…俺らにも暴れさせて下さいや。」

「美優さんは今や会の『オアシス』!奪われちゃあなんねえんす!」

「…清水さん。俺にも微力ながら手伝わせて下さい。1人でだなんて無茶はしないで。」

「さて…医者の俺には何が出来るかな?……怪我した皆の手当てくらい、かな。」

「なぁに言ってんすか?南雲先生!『昔の杵柄』…見せて下さいよ!相当強かったって話じゃないすか!」

「止めてくれよっ、何十年も前も話じゃないか。今と昔じゃ『違う』だろ?」

「謙遜謙遜!ホラ!他ならぬダチの若頭の為にひと肌脱いで!」

「…いやぁ…どうせ『脱ぐ』なら嫁の為に脱ぎたいなぁ。何で男に脱がなきゃいけないの。」

『その脱ぐじゃねぇ!』と南雲の軽口に合わせるかのように、場の皆がドッと笑い吹き出す。他の極道組織にはない、結束力と一連托生の精神がここに現れていた。

「…清水。皆はこの事を既に自分事と捉え、それぞれ何が出来るか考えています。だから安心して暴れなさい。…それに私にとっても同じです。『あの女』が関わっている以上…黙っている訳にはいかない。これを私は逆に『好機』とすら思っています。」

「…会長…」

「……。これでようやく…『積年の恨み』が晴らせるのですからね…」

先程までの緊迫した空気は一転、賑やかに笑いながらも結束を誓い固める中…他国の招かざる客がとうとう北の地に降り立った。

『…札幌に来るのは、実に24年振りです。あの時『エンジェル』は6歳だったはず…今や30歳ですか。きっと母であるマリアに似てとても美しいのでしょうね…』

『はい…ドン。部下からそのように聞いてます。日本の『着物』がよく似合っていたと…』

『……。実に素晴らしい。『マイエンジェル・ミユウ』…早く会いたいものです。』
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