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流水ノ章
26 どうせなら、嫁に襲われたい、若頭
しおりを挟む「みずき?!!」
「っ、やぐっちゃんっ…」
マンションに駆け込み、第一声愛する女の名を叫んだ笛木はソファーに座るみずきに縋るかのように抱き締める。
2人の訳を熟知し共に来た小田切も、怪我一つないその姿に安堵の息を吐く。
「よ、良かったっ…ホント良かった、みずきさんっ…」
「…ありがとう小田切くん。私が無事でいられるのも、しんちゃんのおかげよ。」
「やめてよ、俺は何も…」
「ありがとうな…真次。」
この日、昼間の内に店の買い出しに出たみずきと真次。いつもと同じように大型スーパーでの買い物を済ませ、2人はあれこれと話しながら車を停めた駐車場までの僅かな距離を荷物を抱えて歩いた。
…それは本当にいつもと何ら変わりのない光景。ただほんの少しだけ違うとするならば…常より買った量が多く、笛木兄弟とみずき3人分の『夜食』の材料が紛れている事くらいだ。
そしてそれを見透かしたように狙撃手(スナイパー)が遠方から狙いを定め…
『ッ?!…危ない!』
瞬時に何かを察した真次が持っていた荷物を投げ捨て、身を呈してみずきを抱き込むとそのまま後方へ転がるように倒れた時…足元のすぐ側で『ヒュカカカ!』と何かが当たり、アスファルトを跳ね返る。
それを見て“銃弾”だとわかった2人は、青くなるみずきを引っ張って車に押し込み、被害がこれ以上広がるのを防ぐ為にその場を早々に去って来たのだった。
「若頭と美優さんに続いて2度目…しかも白昼堂々、一般の人間がいる中ですよ。…いったい何がどうなって…」
小田切が思い口にする事は誰もが思う事。2日前は会の長である笛木と、若頭の清水という…謂わば『狙われても不思議のない』人間が揃っていた。一緒にいた美優は巻き添えになった“だけ”。
…だが表面上は『古い友人』というだけのみずきまで狙われる謂われは…はっきり言ってない。
「………。」
「…兄さん。まさかとは思うんだけど…『あの人』って事は…ない?」
「……。は…はぁ?!あの人って…まさか真次!」
「………。」
「だって小田切さん…どう考えたっておかしくない?仮にどこかの勢力としてもさ…“あり得ない”よ。」
そんな2人の会話を黙って聞いていた笛木ではあったが、思う所があるのか携帯を手に取ると何処ぞへと掛け出す。
「…笛木です。霧山…調べる対象を広げなさい。まさかとは思いますが念の為、私の関係…特に『東京』関係を。まずは手始めに『佐野組』から。」
その会話に皆が表情を固くし息を飲む。笛木と東京、中でも『佐野組』は切りたくても切れぬ関係があるからだ。
「…ん?何ですか霧山…、…ッ!な…何ッ?!」
そうしている内にも向こうからも報告がなされたようなのだが…その内容に笛木の顔色がみるみると青くなり、珍しく我を忘れたように言葉が荒くなる。
「な、何故!どうして『ヤツら』が出張ってくる!…ッ、と、とりあえずわかり、ました…清水には知らせましたか?…」
その後いくつか会話を交わして電話を切った彼は……頭を抱えた。
「…か…会、長…?」
「……。何だか…話がややこしくなって来たぜ…」
「な…何かあった?兄さん…」
「…2日前に清水と美優さんが食らっちまった、残されてた一発の『置き土産』から…弾と使われた銃、そしてその経路がわかったようだ…弾は『ロシア製』、それを放った銃も『ロシア製軍用銃』だそうだ…」
「っ?!」
「……。どっかのド阿呆な野郎どもが、無駄な金払って手に入れて“使った”…だけなら良いんだけどな…」
「……ッ…」
みずきが襲われたその夜…『南雲総合病院』でも急激な動きがあった。
院長としての事務仕事をしながら時間を過ごしていた南雲の耳に、突如と『異音』が聞こえてきたのは深夜と言っても過言ではない時間。
『バリィーン!!』という、ガラスが派手に割れる音に彼はすぐさま部屋を飛び出し駆け出す。
…実はこの数時間前、笛木と霧山から連絡を受けていたのだ。『みずきも狙われそれが失敗に終わった今、再び清水と美優さんが狙われる可能性が高い。…幹哉もいるとはいえ、その時は加勢してやって欲しい。』と。
美優の部屋である『特別室』のすぐ側の廊下の窓ガラスが派手に破られているのを見て、考える間も無く南雲がドアを開け放つと…
「清水!美優さん!!…ッ!」
「………。」
既に侵入してきた黒迷彩服姿の3人と睨み合う圭介と幹哉が室内にいた。…だが美優の姿が南雲には見つけられず慌てる。けれどそれよりも…対峙する3人の手にサバイバルナイフが握られている事がもっと異様だ。
「…てめぇら…随分と良い度胸してんじゃねぇか…あァ?嫁に寝込み襲われんならまだしも、野郎どもに襲われんのは勘弁なんだよ…」
「………。」
「…。人の話、聞いてんのか?何とか言えや。」
「……?…」
南雲が来るまでの僅かな間、何も出来ず膠着とした時が流れていたらしい…ついでに言えば、何故か相手らには圭介の言葉が『通じていない』かのような反応だ。言葉は静々としてはいるが、彼の中には相当なイライラが募りつつある。
一瞬だけ場に静寂が訪れ流れゆくも…その隙を見て、背後にいた南雲が動く。着ていた白衣を脱ぎ3人に向けバッ!と投げ掛けると、その内の1人に向かって振り被った蹴りを食らわせたのだ。
これをチャンスと、圭介と幹哉もそれぞれの手にするサバイバルナイフを振り落とし取り抑えた。
「ッ、清水!何でさっさと取り抑えないんだよ!」
「出来るか!こっちは起き抜けだっての!」
そう言うように、圭介の格好はTシャツとジャージ下という薄着だった。さすがにコレでは相手に突っ込んではいけないだろう。そうしている間にも廊下からドタドタと乱雑な足音が聞こえてきた。
「若頭!大丈夫ですか?!」
「ッ!小田切ッ…おまっ、何で?!」
「…やっぱり来ましたね、こっちに。……さて…狙いはいったい何なのやら…」
「……。てめぇ…キリ…ッ…」
突如と現れた小田切に続いて霧山までもが姿を見せた上にのほほんと語るのを見て、圭介の血管がプチ!と音を奏でる。
「…てめぇ…わざと泳がせてやがったな?餌食になったこっちは傍迷惑だってんだ!」
「……。そういう事なら、会で窓ガラスを弁償してもらうよ?霧山くん。」
「おや。それは立派な『贈収賄』ですね…南雲先生。ご安心下さい。この件、会長が『個人』で補填して下さるとの事ですから。」
「……。」
「…そんな事より。美優さんの姿が見えませんが…?」
「ッ!み、美優っ…美優?!」
ギリギリと抑え込んでいた敵の男を小田切に押し付け、圭介が泡食った様子でベッドの脇へと近付き…何故か屈み込んだ。
それを見て、霧山を始め南雲や小田切が一斉に首を捻る。
「わ、悪りぃ…美優、大丈夫か?」
「…うぅ…い、痛いですぅ…」
「マジで悪かったって。唸るなよぉ…」
驚く事に、ベッド脇から抱えられて出てきたのは『美優』だ。
どうやら敵が病室に侵入してきた瞬間、ビックリしたのか逃げようとしたのか…どちらにせよ美優はベッドから落ちてしまったらしい。けれど未だ点滴も取れず、右上半身に僅か力が入らない彼女は自力ではベッドへは上がれず…ジタバタともがいているのを助けようとしていたその隙に、侵入を許してしまったのだった。
愛しい女(ひと)を優先し、側まで来た圭介の首元に冷たい鋭利なナイフが突き付けられ…仕方なく彼は『美優に近付くな』という意味で振り向き、相手を少しずつ後退させていったのだ。…それだけでも御の字ではないか。
「……。呆れますね…『北斗聖龍会』の若頭は、いつから愛に生きる男になったんです?」
「…。去年の11月くれぇからだなっ。」
「別に詳しくなんて聞いてませんから。…大丈夫ですか?美優さん。ご迷惑をお掛けしました…不逞の輩は、この霧山が責任持って連れて行きますので。…というか『初めまして』ですね。自分が会の本部長、霧山悠斗と申します。貴女のご亭主には散々、事あるごとにネチネチと絡まれ、嫌という程に手を焼いてます。女房となられる貴女にはこれからみっちり『人』として、教育し直して頂きたいと思います。ハイ。」
「……。…あ、美優です。よろしくお願いしますっ。」
「…自分の事は『キリ』と、そう呼んで下さい。若頭を始め会の者は皆そう呼びますから。貴女は会の若頭の妻であると同時に、会の者らの『姐さん』となるんですから。…どっかの人は呼ばせねぇと言ったそうですが、そうはいかないでしょう。」
「……ッ」
チッ!と舌打ちをした清水をフッと笑った霧山は、抑え込まれた3人の男に向かって言い放つ。
『…お前らには聞きたい事が山程ある。俺に捕まった事が運の尽きと思って、洗いざらい白状するんだな。』
…その言葉を理解してサッと青くなった3人を小田切らが連れて行き…見送った南雲が霧山に問う。
「今…何て言ったんだ?しかも日本語じゃないね?」
「……。何と言ったかは別として…言葉は『ロシア語』です。付け焼き刃ではありますが、何とか通じたようですね。」
「…ロシア語?!…ま、さかっ…」
「明日には詳細がわかります。…先生も来ます?『決起会』に。」
「……。堅気の医者が…極道の会合に?」
「会長が参加して欲しいと仰せです…貴方にいてもらえれば心強いと。」
「………。」
「若頭、貴方もですからね。明日の会合はかなり大事な話が飛び出してきますよ。来てもらわないと困ります。」
「…わかった。」
渋々といった様相の圭介ではあるが、会の若頭である彼は欠席を許されない身である。只でさえ『族の後輩でお気に入り』というだけの立場上でしかない南雲まで声が掛かるのだから、余程の事が待ち受けているのかもしれない。
再び襲ってきた人間が『ロシア人』…その事を圭介はこの時、深く考えてはいなかった。
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