上 下
16 / 97
落花ノ章

16 タトゥーに込めし想い

しおりを挟む


物事には全てにおいて『意味』がある。郁哉が考えたタトゥーデザインもその1つ。

深紅の薔薇の花言葉は『貴女を愛しています』、その薔薇が1本である事から『貴女しかいない』という意味も加わる。何よりこの『貴女』は言わずもがなの美優の事だ。

そして薔薇に絡み守るかのようなチェーンは、タトゥーデザインにおいて『永遠の愛』を意味し、薔薇の花言葉をより強調させていた。

鍵穴はチェーンに、鍵は永遠の愛を誓う女(ひと)である美優の名前の頭にある事から『自分の心の鍵を開けられるのは彼女だけである。』と主張している。

…郁哉は、以前圭介がしてくれた話を聞いた時に直感したのだ。『この人にとって、今の彼女が『最後の女』になるだろう。』と。

だからこそ、そんな圭介に幸あれと願いデザインを考えついた。

先程とは一転してド真面目な表情で向き合い、施術を始めた郁哉は…やはり『彫師』だった。

「…清水さん。コレ入れちゃったら『浮気』出来ないすね。」

「アホか。アイツがいるのに、他の女なんか目に入るかっ。」

「いやぁ~、でもね?毎日同じ『メシ』や『おかず』だったら飽きるっしょ?それとおんなじっ。女も飽きる時が来るってっ。」

「……。だからお前は『チャラ男』なんだよ。オレはアイツに関して“だけ”は飽きる気がしねぇ…ったく、どいつもこいつもマジで女に惚れた事ねぇのな。まぁでも…若ぇ内は遊ぶのもアリか。」

「そういや、兄貴が俺らくらいの頃ってどんなだったんすか。」

「…んー…」

話に入ってきた幹哉に問われ、ふと思い出してみる。圭介が20から23歳くらいの頃といえば、ちょうど会の若頭になったばかりだ。そこそこに女に言い寄られもしたし、困りもしなかったが…

「……。あんま思い出したくもねぇな。ちょうど若頭になって間もない頃だったが、女どもには散々な思いをさせられたからな…」

「…は?激シブの清水さんが?…あり得ないっしょ。」

「郁哉うるせぇ。さっきから黙ってりゃウチの兄貴の事を『激シブ』って…」

「だってさぁミッキー、清水さんまだ27だぜ?でもやる事とか考え方とか超シブいじゃんっ。」

「オレの事をそんな風に言うのは、関係者以外では郁哉くらいなモンだな。…極道モンに寄ってくる女なんか、大概は水商売やってるか風俗の女かだからな。しかもそういう女は金銭感覚が狂ってるから、平気で男に出させようとする、欲しいモンがありゃ強請りまくる。『男ならそれが当たり前。』ってモンだ。…冗談じゃねぇってんだよ。」

「……。」

「その点、美優はデキた女だぜ。自分からはまず物を強請るような事はしねぇ…この間初めて買い物連れてけって言い出した時、オレが仕事で行けない代わりに清水の苗字で作ったブラッククレジットを司を介して渡したらアイツ…泡食って電話寄越して『ブラックカードなんて、おっかなくて使えませんからっ!』って…クックククッ…」

「それって…この間ウチに来た時じゃね?」

「おう。その時買ったモン、何だと思う?…ハンバーグの材料だったんだよ。ちゃんと司と将也の分も考えていてな……そんな女なんだよ、美優は。」

「超美味かったす、姉貴のハンバーグ。」

「…。いーなぁ、なんか超羨ましいっ。俺も清水さんと彼女サンみたいな『恋』がしたい♪どっかその辺転がってませんかね?」

「……転がってたら怖くないか?郁哉。でも…清水さんと美優さんを見ていると、確かにそう思うな。」

「…『恋』って…ンな軽い言葉で表現し切れねぇな。今やオレらにあるのは『愛』だ。」

「くぅ~かっけぇ!やっぱ激シブだわ清水さん!」

そんな男ならではの話題で盛り上がる中、数時間掛かりで全ての施術を終えた郁哉は満足げにニヤリと笑い、患部にフィルムドレッシングシートを貼り付ける。

「うしっ!いっちょ出来上がりっとぉ。3、4日はそのまんまでいいすけど、それ以降はまめにコレ塗って下さいねぇ。ひっ掻いたらダメっすよ?あと激しい運動とかもダメすから。」

「あァ?痒(かい)いのは良いとして『運動が駄目』ってなんだよっ。」

「ありゃ、前にも言ったじゃーん。タトゥーは皮膚を傷付けてそっから塗料入れんのよ。激しく動いたら傷開くし、絵も駄目になるワケ。皮膚が再生して色が定着する約1カ月は諸々『ガマン』してくださ~い♪」

「……マジか…」

「おい郁哉っ…じゃあ何かあっても兄貴はこの1カ月、売られた喧嘩すら買えねぇってのか?!」

「んー、そだねー。喧嘩だけじゃなく、セックスも避けて欲しい、みたいな?」

「おいコラ!冗談じゃねぇぞっ!1カ月もヤるなとかどの口が言ってやがんだてめぇ!」

「い、いひゃいいひゃい!ひみひゅひゃんっ!く、くひひゃ!(い、痛い痛い!清水さんっ!く、口が!)」

笑顔で禁欲を言い渡す郁哉に腹が立った圭介は、彼の口に指を突っ込んでそのまま横に思い切り引っ張り上げるもそれはすぐに離された。真次が慌てて止めに入ったのだ。

「いってぇ…そんな怒んないでよぉ~。…あれ?もしかして清水さん…彼女サンと『毎日ヤってる』、とか?」

「……。…う゛っ…」

圭介が言葉に詰まり何も反論出来ない時、それは言われた事が『図星』だからである。…つまりはそういう事なのだ。

「いやぁ~本当ラブラブだねぇ♪でも今回ばっかりはある程度ガマンしてもらうすよ?…んー…とりあえず1週間後、俺に見せて下さい。それで判断するって事で。それまではダメ!」

「…マジかよっ…」

「兄貴っ…ご愁傷様っす。」

「これも姉貴の為っす!」

「うるせぇ!てめぇらガキにゃわからねぇよぉ!」

もはやイジけてしまった圭介には何を言っても慰めにはならず…そんな彼が美優が待つマンションへと帰って来たのは、何だかんだで日が暮れた夜だった。

エントランスで3人と別れ、1人で最上階の部屋まで上がって来たはものの…彼は玄関前でしばらく考え込んでいた。

いざ彼女を想いタトゥーを入れたはいいが、美優の『反応』が正直言って怖いのだ。

本当なら完成まで彼女の目に触れる事なく、内緒にしたかった圭介だったが…その完成に1カ月も掛かるという事を久し振り過ぎてすっかり失念していた。そしてその間、まめなアフターケアが必要な事も。

「……はぁ…」

郁哉曰く『激シブ』の圭介の口から、らしくない溜め息が漏れ出る。今や美優が絡むと彼は途端に人が変わるようになってしまっていた。

ともあれ、いつまでも玄関前で反省ザルのように項垂れているワケにもいかず…彼はようやくと鍵を開け中へと入っていく。

「戻ったぞー…」

「お帰りなさい、圭介さん。」

「…お、おう…、……」

「……?」

いつもなら帰って来るなり、美優を抱き締めるか頭を撫でるかのどちらか必ずするのが彼なのだが…視線を彷徨わせ立ち尽くす。当然ながら美優は圭介の『異変』を察知する。

「……。今日の夕飯はカレーにしました。圭介さんのお口に合うといいんですけど…」

「…あ?あぁ…、…ありがとな。」

「……、…」

「………。」

どこか『心ここに在らず』といった様子の圭介の顔を僅かジッと見上げた美優は、何かを自分に言い聞かせるように小さく頷き笑顔を浮かべる。

…その笑顔は完全なる『作り笑い』だ。そして頭の中では色々な事がぐるぐると駆け巡り、やがては考えたくはない事まで脳裏に浮かんできた。

仕事や会の事を考えているなら全然構わない…けれど、もし…

「……っ…」

もし…自分ではない『女』の事を考えているのなら…そう思うと、怒る云々の前に泣きたい思いだ。

「……、…ッ!?」

上の空状態からようやく我に返った圭介は、美優の今にも泣きそうなその顔を見てギョッとすると同時に、彼女の思考にも察しがついた。

絶対に美優は勘違いしている…そう確信して、全てを話す覚悟を決める。

「…美優。メシの前に話、あるんだ…いいか?」

「……っ。」

彼女の手を引き、ソファーに並んで座ると圭介は美優の両手をぎゅっと握り締め目線を合わせる。

…まるでどっちが『年上』で、どっちが『年下』だかわからない様相だが、この際どうでもいい。

「あのな。完成するまで美優には内緒にしておきたかったんだけど…実はな今日、新しい『タトゥー』入れて来たんだ。」

「…。へ?…た、タトゥー…ですか?」

目をまん丸にして漏れ出たその言葉を聞いて『やっぱな。』と思う。あらぬ疑いを持たれては圭介としては溜まったものではない。

「あぁ。だから、オレが他の女の事を考えているとか、浮気してるんじゃねぇかとか、ンなアホな事は考えなくていい。…コレだって『お前の為のモノ』だからな。」

そう言って『何故新たなタトゥーを入れたのか』…その経緯を説明した。聞いている美優の目にうっすらと涙が滲む。

「…っ、そんなっ…タトゥーを入れるって…痛いんです、よね?…そんな思いしてまでっ…何でっ…」

「……。さっきも言っただろ…『お前の為のモノ』だって。オレの本気の想いがタトゥーとしてココにあれば、いつでもお前自身の目で見られるし…オレも自分に刻む事で今よりもっと美優の事を想える。…お前の為なら痛ぇのなんか何ともねぇよ。」

『見てみるか?』と伺う彼に素直に頷いた美優だが、その場所と絵を見てとうとう涙が決壊してしまう。

「……。何で泣くんだよっ…」

どこまでも澄んだ心を持つ彼女が流す涙は…これまで暗い道ばかりを歩いてきた圭介をそっと癒すかのような、そんな『優しい涙』だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...