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落花ノ章
14 功労者との面会
しおりを挟む突然と起きた拉致は予想以上に美優の心に傷跡を残していた。無事に戻ったその翌日から彼女は圭介から離れたがらず、夜も意味のわからない怖い夢ばかり見てろくに眠れない。
魘(うな)され飛び起きる度に、圭介は『大丈夫だ。』と声を掛け抱き締めるが…そんな事しか出来ない自分に彼は歯噛みする。
だがそれも3日程でようやくと落ち着き、美優にもこれまでと変わらない笑顔が戻り出した頃…圭介は山となった仕事へ戻り、他人様を怒鳴り散らす日々を再開させた。
この日も社の支店長の肩書きを持つ霧山によって、嫌味のように積まれた書類を特徴ある吊り目を更に吊り上げて見上げる。
「おいキリ…こいつが今流行りの『東京スカイツリー』ってヤツか。」
「ここは札幌ですから『札幌スカイツリー』ですね。装飾付けましょうか?…ちなみにそれ、1週間以内にお願いします。」
「っざけんな馬鹿野郎!1週間でやっつけられる訳ねぇだろがッ!しかも何が『札幌スカイツリー』だ!!」
「……。今の今まで美優さんに熱上げて蜜月過ごしてきた若頭が悪いんじゃないんですか?」
「っく…」
ジト目の霧山に至極最もな事を言われ、イラつきガン!とデスクを蹴り上げたその右足をすごすごと下ろす。
「…っきしょうがっ…わかったっ。やれるだけやっつけてやらぁ!」
「さすが我が『北斗聖龍会』の若頭。男も惚れる男気ですねぇ。」
「……てめぇに惚れられたって嬉しくもねぇってんだっ。」
「あ…あと。会長からの伝言で、若頭に話があるそうで仕事前に『モナムール』に来て欲しいと。」
「…何だよ、その『ついで』みてぇな言い方はよ…しかも早く言えや。」
呆れたように言い放ち、圭介は司と将也を連れ事務所を出て行こうとする。だがそこに霧山が待ったを掛けた。
「…若頭、もしかして『歩いて』行こうとしてます?」
「悪りぃかよ…店はすぐ側だ、歩いた方が早え。」
「…はぁ…よく考えて下さいよ。つい先日京極と睨み合ったばっかですよ?途端に大人しくなった玄武の奴らが何考えてるかわからないってのに…『無防備』過ぎです。」
そう言って霧山は引き出しを開けると、鍵を取り出してそれを司へと放り投げる。
「行き先が近かろうが何だろうが、車で行って下さい。…司、“防弾”の方で行けよ。」
「了解す!」
「言っとくけどなキリ…オレはそんなご大層な人間じゃあねぇぜ?」
「いやいや、そう思っているのは貴方だけですから。若頭に死なれちゃあ困るんですよっ。」
「勝手に人を殺すんじゃねぇ!美優を置いて死ねるかってんだ!」
霧山にそう吠え、ようやく事務所を出て仕方なく車に乗り『モナムール』へと向かう。
夜の営業時間内のそれとは違い、昼間の店内はどこか寒々しいものがある。ドアを開けエントランスの階段を降りると、カウンター席には既に会長の笛木が来ていた。
「おや。やっと来ましたか。」
「おや、じゃないすよ。…何の話です?大概は事務所の会長室で済ませちまう貴方が。」
「ははっ、確かに。…ですが、この話ばかりはちょっと…まだ誰の耳にも入れたくなかったので。」
「……。…なるほど…」
言われてみて圭介は気付く。いつもの笛木なら、必ず若衆頭の小田切など数人を連れているはずなのだが…この日は誰1人とおらず、場を提供したママのみずきとバーテンダーの真次のみしかいなかった。
その真次は納得したように隣に着座した圭介にコーヒーをそっと差し出す。目が合うと『どうも。』と言うように彼は小さく会釈した。
「…真次、この間は済まなかったな。色んな意味で助かったぜ。」
「いいえ。大したお役に立てず。」
「ごめんなさいね、大事な男の話の前に聞きたい事があるの。…美優さん、その後どう?」
そんな中、割って入ってきたママのみずきはずっと気になっていた美優の様子を圭介に尋ねる。すると一転して彼の表情に翳りが差した。
「……。帰って来た時はいつもと変わらねぇ感じだったから、案外『気丈夫』なのかと思ったんだけど…夜魘されてろくに寝れねかったり、オレから離れたがらなかったり。…まぁでも今はだいぶ元気になったぜ。」
「…そう…可哀想に。」
「これまで平穏に、堅気な生活をしていた女性です。何もされはしなかったとはいえ…無理もない。」
「……ッ…」
「ありがとう、しーくん。教えてくれて…美優さんによろしく伝えてね。」
「…あぁ。ママもありがとな、美優の事気に掛けてくれて。」
「あらやぁね。私は単に美優さんが大好きなだけよ。」
「すっかり美優さんを気に入ってしまいましたね、貴女。清水が妬きますよ?」
「うふふ♪だって可愛らしいんですもの。まるで小さな子供みたいに『しょれだけじゃないんれしゅよ?ママっ。』って言ってたと思えば、ある日には京極をピンヒールで蹴り飛ばして啖呵切っちゃうんだもの!」
「……。誰から聞いたよ…その話。」
「え?昨夜飲みに来てくれた若衆頭の小田切くんよ?『やっぱ若頭が惚れる女は違うなぁ!』って感心してたわよ。しかも勉強になったって。」
「は?…何が。」
「拉致った人間の腕だけじゃなくて『足』も縛らないと痛い目に遭う!って。」
「あっははは!確かにピンヒールで蹴られりゃ痛いですねぇ!ヒールと涙は女の最高の武器ですっ。」
「笑わんで下さいよ会長!アイツだって必死だったんすから!…ったく、小田切の奴っ…」
「…わかってるじゃないですか清水。お前も言ったように、少なからず彼女にとって『怖い、嫌だ』と思う事があったという事です。それを忘れないように。」
「……うす。」
「クククッ。しかし清水…『良い男』になりましたねぇ。それも全て、美優さんのおかげです。」
「…。大して…変わってねぇと思いますがね。」
「いえいえ、お前は確実に『変わりました』よ。…昔から他人を信用しきれず、どこか冷めたような……でも今はだいぶ笑うようにもなり『人間らしく』なりました。」
「…フッ、そらどうも。まぁ、貴方と知り合ったばかりの頃のオレは只の『クソガキ』でしたからね。…どんだけ殴られたかなんて知れやしねぇ…」
「……そんな事もありましたねぇ。…さて、そんな『頼れる若頭』であるお前に、会わせたい男がいます。…真次。」
「…はい。」
会長の頷き一つで真次が動き、店の奥から1人の男を呼び込む。…その顔を見て、圭介が驚愕した。
「っ!おまっ…郁哉!何でっ…」
「清水さん違うんです。…コイツは、郁哉の双子の弟で『幹哉(みきや)』と言います。」
真次の隣に立つその男は『椎名幹哉』。タトゥーショップ『true Love』のチャラ男彫師『椎名郁哉』の弟だと言う。
顔には未だ青痣や腫れの引かない箇所がある事に『何があった?』という疑問が浮かぶも、それ以前に彼から放たれる自分達と近しい“匂い”を感じ…そういやそんな話もあったなと思い出す。
「彼は『石井』と名乗って玄武組の1人として京極の側にいたようです。ですがその拾われた京極には手荒くこき使われ、挙げ句にはドンパチ相手であるウチのシマに潜入させられた。その際に言われたそうですよ…『有力な情報がわかるまで、何があっても帰って来るな。』と。」
「…それって、捨て駒も同然じゃないすか。」
「……ですねぇ。極道にだって『仁義』ってものがある…上に立つ人間がそんな事では誰もついていかない。…彼もそれで愛想が尽き、チャンスがあれば逃げようと思った。けれど予想外に焦れた京極が美優さんを拉致してしまい、ウチのシマに入っていた彼らは取り残される形となった。…その少し前に、真次とここで再会したようです。」
「………。」
「美優さんの居場所を詳しく教えてくれたのは彼なんですよ。組の若頭である京極が勝手な行動をしてると知るや、キレた組長は潜入させられていた彼らを呼び戻し、京極の居場所を吐かせたんです。顔の怪我はその時のもので、その後解放されてすぐに、真次に連絡し私に会いに来たという訳です。」
「…そう、だったんすか。…今さらかもしれねぇが、礼を言わせてくれ。お前のおかげで早い内にウチのを助けてやる事が出来た。…ありがとよ。」
「……いえ。自分は…組にも京極にも愛想が尽きてたんで。それに…個人的な感情に他人巻き込むのも感心しねぇす。」
「そこでですね清水…彼、椎名幹哉をウチの会に勧誘しようかと思いまして。」
「っ!…しかし会長っ…」
「わかってますよ。だから若頭であるお前に相談してるじゃないですか。…ですが、みすみすこのまま手放すには惜しい男だと思います。彼は真次と同じ、空手有段者並みの強者みたいですよ?」
「……そうなのか?真次。」
「子供の頃、一緒に近所の空手道場に通ってました。腕は俺と互角…いや、下手したら幹哉の方が強いかもしれません。」
「冗談止めてくれ。お前より強いとか…」
「……。」
「…どうです?お前としても『欲しい男』ではないですか?…お前の『舎弟』となれば自然と会の一員になりますし、小田切達も何も言わないでしょう。」
「…、…会長…この事、キリは?」
「まだ知りませんよ。お前の返事次第で話すか話さないかが決まりますからね。」
「………。」
圭介は僅かの間を思い悩む。会長の言う通り、武に長け喧嘩の出来る人間が手近に増えるのは嬉しい。それは今回の美優の件で痛感した事でもある。だが…元玄武組にいたという事が、どうにも引っかかってしまう。
けれどそんな彼に、縋るかのように口を開いたのは真次だった。
「…清水さん。俺が口を出す事じゃないってわかっていますが…幹哉の事、お願いします。玄武なんかにいるより断然良いし、清水さんの側にいさせてもらえれば…郁哉も安心出来ると思います。」
「……。なぁ…実はウチの会の情報を持って来いって言われて潜り込んできた…なんて事は、ねぇのか?」
「それはないです。自分はもう…あっちに戻るつもりなんか一切ありません。真次からこれでもかってくらい、若頭の事は聞かされました。…自分も、そんな人の為ならどんな所にも付いていけると…向こうでの自分は『物』でしたから。」
「……。ハッ!ゲスな京極らしいぜ。てめぇ1人じゃ何も出来ねぇ腰抜けのクセに、虚勢ばかり張りやがって…」
「………。」
圭介は再び考えを巡らせると、切れ長の目を更にスッと細め幹哉を見据える。その只ならぬ雰囲気はさすがは『北斗聖龍会』の若頭だけあると言わしめる程の風格と威圧があり、幹哉も負けじと見据えた。
「……。わかった…お前のその言葉、信じようじゃねぇか。会長…いいんすね。今さら『許可しねぇ。』はナシすよ。」
「わかってるよ。ついでだから見届けようじゃないか。」
「…真次、準備出来てんだろ?頼む。…おい、こっち来て座れ。…司!将也!てめぇらもだ!…って何食ってんだよっ?!」
後ろに控えているはずの2人を見やると、司と将也はいつの間にかテーブル席に座って“何か”をハグハグと嬉しそうに食べている事に気付き、圭介は仰天する。
「んぐ!す、すんません!」
「真次さんが『コーヒーフロート』出してくれたんで…つい…」
「……。だからてめぇらは『ガキ』だってんだよっ…ったく…」
「ふふふっ、いいじゃない。可愛いじゃないの。」
「何が『可愛い』だ!野郎が可愛いとか言われるようじゃあ終わりだぜっ。」
「あらら。じゃあしーくんは、美優さんに『圭介さん、可愛い♪』って言われても嬉しくないのぉ?」
「……。むぅ…」
意趣返しでママに揶揄うように言われてしまった圭介は、僅か視線を泳がせた後に黙り込む。どうやら彼女に言われるのはまた別らしく、反論出来ないようだ。そんな圭介を見て会長が「ぷくくっ。」と吹き出し笑う。
「~~~っ!おらっ、さっさとやるぞ!寄越せ真次っ。」
声にならない唸りを上げて真次から日本酒の四合瓶を奪い取ると、4つのグラスに約半分程注ぎ入れ…いざ『兄弟盃の儀』が行われる。
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