Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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落花ノ章

13 女の啖呵は一途な想いの表れ

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圭介がドアを蹴破って一歩踏み入ったのと同時に響き渡った『啖呵』。圭介も北斗聖龍会の若衆らも、一瞬何が起きたのかわからず目が点になる。

よくよく見てみれば…後ろ手にされた美優の足元の僅か離れた所で京極が驚愕の表情そのままに尻餅をつき、自らの腹を片手で抱えるように押さえへたり込んでいた。そして美優の左足が浮き上がっている事から、どうやら彼女は履いているピンヒールを武器に京極の腹を『足蹴』にしたようだ。

しかも美優には珍しく言い足りないようで、スカートが捲れ上がり生脚が丸見えなのも構わず尚もキッと見据えその口を開く。

「人が黙ってりゃあ、随分と好き勝手言ってくれるじゃない…何が『ヤツなんかよりイイ思いさせてやる』よ!アンタなんか願い下げよ!!触れられるくらいならここで死んだ方がマシだわ!」

「………。」

「しかもウチの人を『バカ頭(がしら)』ですって?…笑わせないで!卑怯な事しか出来ないアンタ達に、圭介以上の男気があるって言うの?!あるってんなら見せてみな!」

さあ見せてみろ!とばかりダン!とピンヒールで足を踏み鳴らす彼女の威勢と凄みに、もはや玄武組の面々はぐうの音も出ず押し黙る。

「……。…クッ…」

そんなやり取りを遠巻きながらに見ていた圭介の表情がみるみる和らぎ、やがて笑うとゆっくり歩き出す。

「……。よう、京極…随分てめぇに“お似合いの”格好じゃねぇか。」

「っ?!…し、清水っ?!」

「圭介さん!」

カツッ!という靴音と共に立ち止まり、ポケットに手を入れた圭介に見下ろされて初めて『北斗聖龍会』の面子で囲まれている事に京極らは気がつく。

「しかも…ウチのの“話し相手”になってもらったみてぇで。…まぁ最も、コイツにゃ退屈しのぎにすらならなかったみてぇだけどな?クックック…」

「…ッ!」

「…。美優…迎えに来たぜ、帰んぞ。」

「……はい、圭介さん。」

「おい司!美優を縛ってる縄、切ってくれや。」

「うす!」

圭介はすぐに美優の自由を奪う縄を切るべく、司を動かす。司は日頃から常に『ドス』を腰に差して持ち歩いていた。それを知っている圭介は、それを使わせ手っ取り早く彼女の自由を取り戻す。

「…大丈夫か?…寒かったろ。」

縄で締め付けられピリピリと痛む両手首をそっと撫でる彼女の肩に、自分のジャケットを脱ぎ掛けてやると嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「大丈夫ですよ…圭介さんこそ寒くないですか?」

「オレは何ともねぇ。…ついさっきまで頭に血ぃ上ってたせいであちぃくらいだ。」

僅か気が抜けたように言う彼に、どれだけ怒っていたの?と見上げる美優の口から「…ほぁ…」と間抜けた声が漏れる。

「…ッ、清水っ…てめぇ…」

「京極よぉ…てめぇがオレを気に入らねぇように、オレだっててめぇが気に入らねぇ。そらお互い様だぜ…けどな、だからって他の人間巻き込むのはとんだお門違いってヤツじゃねぇか?トチ狂うにも程があるぜ。」

「…ッ!」

呆れたとばかりに言われた京極はそれを『侮辱』と取り、立ち上がると圭介に近寄るべく足を踏み出す。だがそんな京極より早く圭介が動き、美優を左腕で抱え込んで耳を軽く胸に抑えつけると腰からチャカを取り出し『パァン!』と撃ち放つ。

…その表情には冷静さを見せながらも、未だ収まりきらない怒りが『弾』と共に京極の右頬を傷付けながら掠めていき、背後の壁へとブチ当たった。

「…粋がんのも大概にしろや…マジで風穴開けんぞ。蜂の巣にされたくねぇんなら金輪際、美優に近づくんじゃねぇ…」

「……ッ…」

これまでにない気迫で京極を黙らせると、若衆らを引き連れ場を後にする。若衆頭は去る前に圭介が放った弾丸の薬莢の回収も忘れない。

「い、いいんですか京極さん?!黙って行かせてっ。」

「…るせぇ…」

「っ、京極さん!!」

「うるせぇっつってんだろがァ!」

…後の廃ビル内には、京極の悔しげな舌打ちと何かを思い考える彼の姿が残るのみとなった…。

こうして無事に美優は救出され、約40分掛けて札幌市内のマンションへと戻って来た。

ひと目その姿を見たみずきと真次は安堵の息を吐き、彼女は笑顔で美優を抱き締める。

「美優さんっ!…あぁ…良かったわ、何ともない?どこも怪我とかしてないの?」

「はい、大丈夫です…ご心配お掛けしてすいませんでした…」

「…嘘つけが。さっきから手首摩ってんのは何なんだ?…痛ぇんだろそれ。」

圭介の言葉を受け『え?』と見ると、美優の両手首にロープの跡がくっきりと痣のようになって浮き上がっていて、みずきは目を見張る。彼女はたったの数時間もこういう事に耐えられない程、弱い“柔肌”の持ち主なのだ。

「まっ…ちょっと!ひどい痣になってるじゃないっ。…どれだけきつく縛っていたのよあの男!」

「………。」

「だ、大丈夫です、すぐに消えますからっ。」

「しーくん…あまりに痛むようなら『南雲先生』の所に行った方が良いんじゃない?」

「……。一瞬は考えたけど…ひとまず様子見てと思ってな。腫れたりするようなら明日連れてく。」

「そう…貴方は貴方なりに考えているだろうから、私はこれ以上とやかく言わないわ。…じゃあ、美優さんの元気な姿も見られた事だし…私たちお店があるから帰るわね。真次…行きましょ。」

「…はい。では清水さん、美優さん…失礼します。」

「……。ママ、真次…助かった、すまなかったな。」

「いやね、水臭いったら。困った時はお互い様…助け合いの精神よ。」

「…そうだな。…あ、真次…郁哉の弟、その後どうなったかわかったらでいいから連絡くれ。」

「…わかりました。気に掛けて頂いてありがとうございます。…では。」

「……。兄貴…俺らも、これで失礼します。…あの、姉貴…すんませんしたっ…」

「…姉貴の事…守る事、出来なくてっ…」

「何言ってるんですか。司さんも将也さんも、私を助けてくれようと必死になってくれましたっ。…殴られて…怪我までして…私の方が謝らないといけません…ごめんなさいっ。」

「……っ、姉貴っ…」

「…わかっただろ、美優はこういう女なんだ。てめぇらを責めねぇで、寧ろ怪我させた自分が悪りぃって逆に謝る…だからっててめぇら、コイツの優しさに甘えんじゃねぇぞ。…わかったな?」

「「…うす!」」

出て行くみずきや真次と一緒に行かせるように、2人の背をポン!と叩き圭介が押してやると、司と将也は漸漸と歩き玄関のドアを閉める。そのドアに施錠をして振り向くと…美優が僅か困ったような何とも言えないぎこちない笑みを浮かべて、所作なさげに立っていた。

「………。」

「……。風呂…入って来い。あんな長い事使われてもいねぇ廃ビルになんかいたんだ…埃まみれだろ。」

「………。」

いつの間にか風呂の給湯システムを作動させていたらしく、美優に入浴を勧めて圭介は奥の部屋へと消えていく。

相変わらず口が悪くぶっきら棒な彼だが、そこにはしっかりと『優しさ』が込められている。それが伝わりわかるからこそ、美優は嬉しいのと同時に申し訳なさで涙が出そうになる。

だが…言われた通りに入ったお風呂の間は不思議と泣かずにいられたものの、その後走馬灯のように色々と考えている内に今更ながら『恐怖心』が湧いてきた。

京極が言っていたように『おかしな薬を打たれたりしていたら』…もしもあのタイミングで『圭介が助けに来てくれなかったら』…そんな、考え出したらきりがない怖い事ばかりが彼女の頭を過る。

そこへやって来たのが、風呂から上がった圭介だ。ベッドの端っこに小さくなって座り俯く美優を見て…彼はその足元に縋るように屈んで座る。

「…美優…どうした?」

「……。何でも、ないですよ…」

「………。」

圭介は一瞬その姿を見た時、美優が具合が悪いんじゃないのかと思った。もし体調が良くないなら、会の専属医であり自分の昔の族仲間だった『南雲』の所へ行こうと瞬時に考えるも、当の本人がそれを否定する。…彼女としては体調が悪い訳ではなく、ただただ圭介にこれ以上心配を掛けたくない一心なのだが。

こうなると彼もまたあらぬ方向へと心配し出し…

「…なぁ美優。ちょっと悪りぃ…」

「……??」

圭介はひと言断った後、美優の両腕を捲り上げてあちこちを目を皿のようにして見つめる。彼の突然のこの行動に意味がわからず戸惑ってしまう。

「…あ、あの…圭介、さん?」

「……。あの野郎…京極におかしな『薬(やく)』とか打たれてねぇだろうな?」

「………。」

「玄武は元々、薬の密入や密売でここまでのし上がって来た連中だ。オレの事を喋らせようと思ったら覚醒剤だろうが媚…ッ」

「……。」

『媚薬』という言葉がつい口をついて出そうになり寸でで止め飲み込んだ圭介は、何かに耐えるかのように目を逸らし右手をグッと握り込む。…彼の内にある京極への『怒り』と、一歩遅ければ失っていたかもしれないという『恐怖』は、あんなたった弾丸一発で払拭し手打ちに出来る訳がないのだ。

「……っ…」

もうこんな話は終わらせようと、自分以外の男に生脚をご披露した彼女を『大盤振る舞いし過ぎだ。』と言って笑って叱ってやろうと、小さく息を吐き顔を上げると…

「……大丈夫、ですよ…。あの人も、薬がどうの言ってましたけど…その後、言われた事に頭来ちゃって…私、思いっきり蹴ってやりましたから。…それ、に…っ…」

「……美優?」

「…っ、嫌だったんですっ…圭介さん以外の、男の人に『触れられる』のがっ…、愛してる人以外の人になんてっ…私は死んだって嫌ですっ…」

「……ッ…」

圭介はやっと泣く事が出来た美優のその涙を見て、彼女と初めて逢った日の事を思い出した。

負債回収の為に風俗へ行けと迫った自分に、嫌だと断固と拒否し土下座までして通常の返済を懇願した彼女。…あれを圭介は『男を知らないから』と単に思い、あのような行動に出たのだが…本意は違った。

…美優は…自らの身体は、自分が心から愛する男の為だけに捧げる…『操を立てる』古き良き一途な女だったのだ。

「…っ、アホがっ…お前が死んでどうすんだよ、このスカポンタンが…っ、…」

「…っ、うぅっ…」

「大丈夫だ…お前は『オレの女』だっ…誰にも手出しさせねぇ…」

「…っ…圭介さんっ…」

同じ極道の男でも京極は『女(モノ)』と言い、圭介は『女(おんな)』と言う。同じ言葉でも表現や想いの表れは全く違う。だからこそ美優は人を物扱いする京極に嫌悪を示し、1人の“人間”と見る圭介に早くから惹かれた。

「…お前はオレの大事な『モナムール』だ…後にも先にも、美優…お前だけだっ…」

…膝を突き、愛する女(ひと)のどこまでも真っ直ぐな想いに応え抱き締めた圭介の目から、ひと筋の涙が伝った。

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