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落花ノ章

11 突然の拉致、その犯人は…

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仕事の合間に知り合いが経営するタトゥーショップを訪れていた時、突然スマホが鳴り響いた。誰だ?と画面を見ると、そこには『美優』の文字がある。

「おう、美優か。大丈夫だ…どうした?」

一転して穏やかな表情となり、声も優しいものに変わった事に対して一緒にいる真次と郁哉は目を丸くして驚く。

「…あぁ、司から受け取ったか。…はぁ?何言って…なっはは!大丈夫だっ、おっかなくねえっての。……あ、それは別に気にすんな。面倒だったから『清水』にしただけで、それに極道にゃあよくある事だ。……おう、何買ったか知らねぇけどよ、美優が楽しかったんならオレは構わねぇよ。……、…おう…わかった、じゃあな。」

電話を切った後…圭介が首を小さく傾げる。美優が切る前に口にした『楽しみにしてて下さいね。』という言葉の意味がわかりかねるのだ。

「なーんすかぁ?清水さぁーん♪もぉ~すっげぇラブラブじゃないっすかぁ!」

「…まぁ、な。ちょっと違うような気もすっけどな…オレは。」

「いやいやっ、超ラブラブっしょ。なぁ?真次っ。」

「ラブラブだね。この間の視察にも美優さんを連れて来たんだけど、色々あって酔っちゃったみたいで…ウチの店からの帰りは清水さん、車まで抱き抱えて帰っていったんだ。」

「わお!お姫様抱っこってヤツ?やっぱ清水さん激シブ!」

「………。」

そんな話をしていると今度は真次のスマホが鳴る。こちらは簡素に話すとすぐさま切り、椅子から立ち上がった。

「悪い…ママから電話で、店の物の買い物をしたから迎えに来て欲しいって。また来るから郁哉。…すいません清水さん、失礼します。」

「いやオレも行くわ。いい加減、留守だった債権者も帰って来てるだろうしな。もう一回行ってみてまだいなかったら、他回らなきゃならねぇ。…おう、また来るからそれまでに絵考えておいてくれ。オレが今の女にどれだけ『本気』か、だいたいわかったろ?」

「…わ、わかったわかった!超わかった!」

「クッ、次来る時は電話するわ。んじゃな。」

圭介と真次、それぞれが連れ立って郁哉の店を後にし、圭介は仕事の再開をそして真次はママのみずきに呼び出された場所へと向かう為に各々車を走らせる。

だがその数十分後…その真次が向かった先で、奇しくも『ある現場』に遭遇してしまう。

彼が着いたのは市内にある『大型スーパー』の駐車場。…そう、美優と司らが買い物に来ている店だった。

彼は適当な場所に車を止め、出入り口へと向かうと大量の荷物と共にママのみずきが立っているのを見つけた。

「ママ!…すいません、お待たせしました。」

「ううん、急にごめんなさいね。思ってた以上の荷物になっちゃって…」

「いえ…では行きましょうか。」

荷物を持ち上げ、車に積み込んでいると…どこか遠くをジッとみずきが訝しむように見ている事に気付いて声を掛ける。

「…ママ?どうか…」

「ねぇ…ちょっと。アレって…」

「……?」

言われて彼もまたその方向へと目を向けると…数人のサングラスを掛けた男達に囲まれた男女がいた。すると瞬く間に殴り合いが始まり、その中の女がズルズルと引き摺られていく。

「っ!」

「神楽!!」

みずきの叫びと同時、真次は地を蹴りその場を走り出す。…隙間から見えた女が『美優』である事に2人は気が付いたのだ。

「てめぇら!姉貴を離しやがれ!!ッガァ!」

「やめて!2人に乱暴しないで!!」

「だったらアンタは大人しく付いてきな。」

「やっ…何なんですかっ!」

多勢に無勢の中、司と将也は美優を守ろうとするが相手に囲まれ袋叩き状態で次から次へと殴られ続ける。美優は2人から離れまいと必死に腕を伸ばすが…ズルズルと車の中へと引っ張り込まれようとしていた。

そこへやって来たのが…猛ダッシュで走って来た真次だ。

「美優さん!!」

だが真次は美優を知っていても、美優は酔って寝てしまった為に真次の顔を知らなかった。一瞬「えっ?!」となった彼女だが…

「し…真次さぁん!姉貴をっ!」

という司の声を聞いて、知り合いなのだと安心した。

「せぁ!」

物凄い勢いの手刀が相手の首元に向かうが上手く交わされてしまう。真次もこれが本狙いではなく、すぐさま上段蹴りを展開する。だが…そうしている内にも美優は車に押し込まれ、タイヤを鳴らしながら急発進してしまった。

「待て!…ックソ!!」

「ちょっと!司!将也!大丈夫?!」

「っくぅ!」

「っ…姉貴ぃっ!」

「………。」

殴られて顔中傷だらけのボロボロの2人は、心にも傷を負い『姉貴』を守れなかった事を悔しがる。そんな2人を僅か見つめ、真次は意を決したように自分のスマホを取り出し電話を掛け始めた。

「……真次です、仕事中すいません。…美優さんが…拉致られました。」

その真次からの緊急の連絡を受けたのは、仕事を粗方終えて事務所に戻っていた圭介だ。

一気に血の気が引いていくのを感じながらも、努めて冷静に話をして2人の舎弟を自宅マンションへ連れて来るように伝えその電話を切る。

「…どうしました?若頭。顔色悪いみたいですけど。」

「い、や…、…何でも、ねぇ…」

「……。」

「悪りぃけどよ、キリ…帰るわ。後、頼んだぜ。」

「…。…お疲れ様でした。」

何がどうなってそうなったのかさっぱりわからず、頭の中は混乱するばかり。ひとまずはマンションへと何とか辿り着き、エレベーターへと乗り込む。

そして…エレベーターが上がると同時に圭介の中で沸々と『怒り』が湧き上がり…部屋のある最上階へと着いた頃にはその怒りは沸点を有に超えていた。

鍵を開け中に入るとソファーにみずきと真次の姿を見るが、そんな事には目もくれずに項垂れて座り込んでいる司と将也へ向かって大股で近寄っていく。そしていきなりガンッ!と2人を殴り飛ばしたのだ。

「…てめぇらっ…揃いも揃って何やってんだァ!!何の為にてめぇら2人を行かせたと思ってる!喧嘩ひとつまともに出来ねぇってのかァ!あァ?!!」

「すんません!」

「すんません兄貴!!」

再び殴ろうと振り上げた圭介の拳を見て、みずきが「神楽!」と叫ぶ。すると真次はソファーから立ち上がり、圭介の背後にスッと回ると両腕を封じるように羽交い締めた。

「っ!離せ真次!!…離せっつってんだろがぁ!」

「…許してやって下さい、2人の事…司も将也も美優さん守ろうと必死に頑張ったんですよ。」

「……っ、くっ!」

真次に言われるまでもなく、圭介には簡単に想像がつく。美優を『姉貴』を呼び、あんなに懐いていたのだから。

今自分の中にある怒りは…やっぱり行かせるべきじゃなかったという、後悔を伴う自分への怒りの方が強い。

バッ!と真次の腕を振り解き、内にあるあらゆる怒りを分散させ潰すかのように拳を握り締める。けれどそんな事で収められる訳がない。

こんな事をしている間にも…『お帰りなさい、圭介さん。』…そう言って自分が戻ったのにひょっこりと笑いながら帰って来るんじゃないか…そう思えてしまい、怒りをとっくに振り切っている圭介は泣ける思いだ。ちょっと前に受けた電話の声すら遠い昔のように感じる。

「…っ…美優…っ美優っ…、…っ美優ぅ…」

涙交じりで彼女を呼ぶその姿はまるで小さな子供のようで…みずきと真次は絶句した。

裏の世界に生きる男と共にいる女が、敵対する人間の手中へと落ちた時…迎える末路は大概決まっていて、大麻などの麻薬や非合法の媚薬を大量投与され、挙げ句には集団での強制輪姦へと発展する。そこに女の意思など全く無関係なのだ。

圭介は10代の暴走族の頃に同じような事が起こり、それをキッカケに仲間の1人が女を道連れにバイクで心中し、もう1人の仲間はその死を目の当たりにして『医者』になった。

そんなしたくもなかった『経験』があるからこそ…今置かれている美優の身が心配でならない。

場にいる誰もが口を閉ざし、『どうすれば良いのか。』、『何が出来るのか。』と考え込む中…真次のスマホが鳴り着信を知らせる。

「…はい、神楽です。」

『霧山です。若頭の様子はどうです?暴れているなら、抑えられるのは貴方だけなんですからお願いしますよ。』

「…今のところ“静か”です…怖いくらいに。でも…何故?」

『舐めないで下さい。俺は北斗聖龍会の本部長、それくらいの情報すぐに入ります。…それに、貴方との電話で真っ青になって帰っていく若頭なんて、初めて見ましたからね…恐らく美優さん絡みで何かあったのはないかと。』

「…参りました。さすがですね…」

『申し訳ないとは思いましたが、この事は会長にも連絡して報告済みです。会長も相当お怒りで、今こちらに向かっているところです。その会長の指示の下、今美優さんを拉致った人間と居所を探っていますので分かり次第連絡します。…それまで、若頭を外へは出すなとの伝言です。』

「え、それは無理かと…」

『…会長曰く。『今の清水を外に出したら、とんでもない量の血の雨が降ります。』…だ、そうで。あの人は若頭という立場でありながら、自ら先陣切って特攻する人ですからねぇ。』

「………。」

『まぁ、不届き者の目星は大体付いてます。そんなに時間は掛らないで連絡出来ると思います。…では。』

プツッと僅かながら素っ気なく電話が切れ、真次は密かに小さく溜息を吐く。さすがは霧山、北斗聖龍会の頭脳(ブレーン)だけあると認める反面、彼の持つ謎の情報網が恐ろしい。

それからの数時間の間、会長である笛木の指示に従って黙っていた圭介も堪り兼ねて、何度も外に出て行こうとするのを真次やみずきが必死になって止める。

当てもなく探すのは却って危険だと悟し、その度に圭介はチッ!と舌打ちしてはそこらをガン!と蹴りつける…そんな不毛なやり取りを幾度と繰り返しているところに、再び真次のスマホが鳴った。

だが…画面に表示されているのは名前ではなく『公衆電話』となっていて、出るか出ないか躊躇するも彼は出る事にした。

「…はい、神楽です。」

『……。…っ、かぐ、らっ…か?』

「…。もしかして…幹哉、なのか?そうなのかっ?」

『…あぁ…っ、お前が、尊敬して、る…っ北斗、聖龍会っの…若頭っ…、女が…いたよ、な…っ、雪吹…美優っ…て名前の…っ、…』

「……そうだけど…何でお前が?…っ、まさかっ…」

『…女…っ拉致ったのは…『玄武組』の…っ、京極、だっ…』

「なっ?!」

『…っつぅ…神楽っ…頼みがあるっ…、…北斗聖龍会、の…会長にっ…会わせてくれないかっ…』

「…会長に?」

『話が、あるっ…、…頼むっ…』

「……。わかった…悪いが5分後にもう1回電話くれるか?お前…怪我してるんだろ、それまでどっかに隠れていろ。」

『…あ、ぁ…わかっ、た…後で、なっ…』

電話を切った真次を、鋭い眼差しで圭介が下から見上げる。何となく話の内容に察しが付いたらしい。

「…真次、どうした。会長がどうのとか聞こえたぞ。」

「………。」

「…オレには言えねぇ話か。」

「いえ。…清水さんも知っているタトゥーショップの郁哉には『双子の弟』がいるのは話に聞いていると思いますが…実はその弟…『玄武組』の組員なんです。今そいつから電話があって『会長に会わせてくれ。話がある。』と。」

「…郁哉の弟が…玄武の組員…」

「自分もついこの間知りました。…店に、来たんです…『北斗聖龍会若頭の噂の女』の情報を集めに。」

「っ!」

「…今、そいつが…幹哉が言ってました。美優さんを拉致ったのは玄武組の『京極』だと。」

「ンだと?!京極だァ?!」

せっかく収まりかけていた怒りが再び沸点越えをしてしまう。真次の口から出てきたのは…圭介にとって昔から気に入らない、因縁ある男の名前だったのだ。
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