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落花ノ章

8 『大虎』美優が制する暴露大会

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圭介の仕事の一つでもある『視察』に同伴した美優は、元来の体質である下戸ながらにこれまで回った各店のママによる1杯だけ攻撃にも良く耐えモナムールへとやって来た。

圭介もまた、古くから知る人間であるみずきがママとあってか、この店をいつも最後に選び気兼ねなく仕事をしながらも飲み話す。

ママのみずきは、ようやくと待ち焦がれていた圭介の『噂の女』と対面を果たした事で、胸を撫で下ろし安心すらした。

…だが。そんな思いが手伝ったか、みずきが『女性としては是非にも聞きたい』話題に触れてきたのだ。

「あの、お聞きしてもよろしい?…清水様は、何がキッカケで美優様とお知り合いになったの?」

「…ぶふ。」

「あ。そういや俺らも知らないす!ある日兄貴のマンション行ったら、もう姉貴が『いた』んす!」

「既に仲良かったす。なっ司?」

「おう!」

「あらま。若い人には目の毒ねぇ…ふふっ。で?どうやって知り合ったの?」

「…ん~っ…悪りぃ、言えねぇ…」

「やぁね、内緒なのぉ?教えてくれたっていいじゃない。」

「…あのな…言える事と言えねぇ事!言える内容と言えねぇ内容ってモンがあんだろがっ。」

「じゃあ…美優様との出逢いは、人様に『言えない事で、言えない内容』って事?」

「……。だからっ…」

言おうとしない圭介と、何としても言わせたいみずきママの攻防の中…『失礼しま~す♪』と間延びした声が響きVIP席のドアが開く。

「1か月振りですね!清水さーん♪…ってわ!……し、清水さんが…仕事に女性連れ?!」

「……。」

ピンクの超ミニワンピドレスで現れたその人に、美優は目を丸くし…圭介に至っては再びのげんなり顔を見せた。

…まるで『めんどくせぇ奴が来ちまった…』と言いたげだ。

「貴女…本当タイミング悪いわねぇ…こっちにいらっしゃい。…美優様、この娘はウチの“一応”ナンバー1の『あかり』ちゃんと言います。お見知り置き下さいませね。」

「初めましてー♪清水さんの元カノでお店のナンバー1、20歳のあかりと言います!よろしくお願いします♪」

あかりが放った『元カノ』という言葉と年齢に、目をひん剥いて驚いている美優を見た圭介が鬼の形相で睨む。

「てめぇ、あかり…石狩湾に沈めんぞ。」

「やーん、コワい~♪あかりちゃんお得意の『ブラックジョーク』でーすっ♪」

「あ、姉貴!マジ気にしないで欲しいす!あかりは『こういうヤツ』なんすよっ。」

「むっ…ちょっと司!アンタに言われたくなんかないわよ!」

「るせっ、黙れや!」

「ハイハイ、わかったわかったっ。…もう既にややこしいぜ。…おいあかり、オレの可愛い大事な女の美優だ。…泣かしたらマジで沈めっからな。」

「うわぁ…あの清水さんが『オレの可愛い大事な女』だってぇ!超羨ましい♪しかもかわい~いっ♪清水さん!どこでゲットしちゃったの?!」

「…ゲ、ゲット…」

まるでゲーセンの景品にでもあるぬいぐるみを『取った』かのような言い方に、さすがの圭介も絶句ものだ。

「今ね、ちょうどその話をしていたのよ。…そしたら…『言えない』ですって!」

「何で?そんなヤバい話なの?」

「……。…言える訳ねぇだろ…」

圭介はこの話題になり始めた辺りから妙に大人しい美優が気になり、隣の彼女に視線を向ける。だが僅か俯いていて表情が読めない。…さすがに怖いもの知らずの彼と言えど、色んな意味で怖くなってくる。

「ねぇ清水さん!しーりーたーいっ!教えて♪」

「誰が教えるかっ。…もうこの話は…」

『終わりだ!』…そう圭介が宣言しようとしたその時…

「ママぁ!」

「まぁビックリした。…どうなさいまして?美優様。」

「あ、その前に…その『様呼び』は、やめて下さい。私、そんな風に呼ばれるような人ではないので…」

「……。じゃあ美優『さん』。どうしましたの?」

「聞いて下さいっ!圭介さんったらヒドいんですよっ。」

「…あらま、雲行き変わったわね…美優さん、安心して。ママどんなお話でも聞いちゃう♪」

「あかりも聞いちゃう♪」

そんなこの大どんでん返しに慌てたのが圭介だ。美優の様子から大体の察しがついたのだ。

「み、美優っ…このスカポンタンが!やめろって!」

「どぉして止めるんですかっ。私はママやあかりさんに聞いて欲しいですっ。」

「お、言い返してきた……レア美優だな。…って、ンな事どうでもいいわ!頼むからっ!話さないでくれって!」

「そもそもぉ…何で後になって『話せない』事を圭介さんはしちゃったんですかぁっ?」

「…だからぁ…言ったじゃねぇかよぉ…しかも謝った…、…か?オレ…」

「そういう事れすよっ!私が言いたいのはぁ…」

「………。う…なんか姉貴の様子が…おかしいす…」

「あらら。しかも目が据わっちゃってるわねぇ…美優さん。ふふっ♪」

「「…もしかして…酔いが回ってるすか?!」」

ここへ来てようやく、美優が酒によって『大虎』へと変身してしまった事に圭介以外の皆も気付く。こうなればみずきは話を美優から聞きたくなり、圭介は何としても阻止したい。

そして若衆らは、美優がポロッと喋ってくれる事を期待する。何せこんなに慌てた若頭を見た事なんてないのだから、ものすごく楽しくてワキワキとなる。

「あのれすね、ママ…しょもしょもが圭介しゃんは『お仕事』で私をたじゅねてきたんれす。」

「ふむふむ…お仕事で、美優さんの所に。…それで?」

やはりスナックのママであるみずきは、話を聞き出すのが上手い『聞き上手』である。既に呂律が回らない美優だが話しやすいようにと、手を握り安心させつつも次を促す。

「しょんで…私の父がぁ、勝手にちゃっきんちてたみたいれぇ…私に払え!ってっ。払えないんにゃら『ふうじょく』にいけぇ!って。」

「あらま大変!しーくんがそんな事を?」

「ゆったんれすよぉ!圭介しゃんが!…れもぉ…やだったんれすぅ、あたしぃ…だからどげじゃちてお願いちたんれす!れも、らめれしたぁ…」

「まぁまぁ…土下座だなんて可哀想に…」

「それは会長の『指示』だったんだっ、会長の!それはもう解決してるっ、オレがした!美優名義の借金70万!100万自腹切って払って!契約切るのと仕事の失敗の責任取ってリンチ食らった!もう良いじゃねぇかよ…」

「良くないれす!ちかも何れしゅか!あの怪我だってっ、てめぇにはかんけぇねぇゆってまちたよね?おもっきりかんけぇあるぢゃないれすかぁっ。」

「…あ、兄貴っ…あのリンチ…そういう事だったんすね…っ…」

「……。勢いで言っちまったじゃねぇかよ…」

「しょれだけじゃないんれすよ?ママっ。圭介しゃんはぁ…」

「っ?!み、美優ぅ!美優チャン!…こっから『先』はマジやべぇっ…止めようぜっ、なっ?」

尚も言おうとする彼女に慌て、思わず普段一度とした事のない『チャン呼び』までして自分の方へと手を引き向かせる。奪われた形のママみずきは『まっ!』と抗議するが華麗に無視されてしまった。

「だぁからぁ、何で止めるんれしゅかっ。」

「オレが恥ずかしいだけならいい!お前だって恥ずかしい思いすんだぞっ…だから止めてくれ!オレはお前がそんな思いすんの耐えられねぇ…」

とうとう泣きが入る圭介だが、その顔をジッと見つめた彼女は…

「むぅっ……。女同士にゃら…はじゅかちくないれすもん!」

ぷん!と顔を反らし握られた手すらポイ!と捨て放った美優は、隣のママとあかりの耳元でコショコショと小声で…とうとう『話してしまった』。聞いた女2人はフリーズし、軽蔑するかのような視線を美優の隣へと浴びせた。

「……まぁ。」

「…うわぁ…」

「「…最低。」」

「…痛ぇ…めっさ痛ぇぞ、何か見えないモンが…刺さるっ…」

…その余りに痛々しく突き刺さる女達の視線から避けるかのように、圭介は片手で頭を抱える。

「ちょっと…しーくん。いくら『予測不能男』と呼ばれていようと酷いんじゃない?これは犯罪よ!美優さんに訴えられなかっただけ、有り難いって思いなさいなっ。」

「怖かったよねぇ、美優さん…ヨシヨシ。」

さすがに黙っていられず、ママのみずきはスチャッと扇子を取り出して彼の鼻先に突き付けながら物申す。あかりに至っては美優を慰め『よしよし』と頭を撫で始める始末。さすがの圭介もたじろぐというものだ。

「……。何でそういう事をしたのかって…次の日に言ったはずなんだけどなぁ…」

「しょんなのどうれもいいれすよ!こっちは頭ごっちんぶちゅけてぇ、痛かったけどしょんなの、しゅぐどっかに飛んでっちゃいまひたもん!」

「ど?!っだぁかぁらぁ!話してる内にお前に興味持っちまったけど!借金片すのに風俗行けっつってんのにヤダ言うから、何でよ?って考えて処女なのかってわかったから、男を知れって無理矢理だったけど『抱いた』んだ!だけどその一発でお前にマジで惚れちまったんだっつうの!!……、…あ。」

『………。』

美優を必死に抑えようとするあまり、そしてちゃんと説明しようと頑張っていた圭介までもヒートアップしていたらしく…いつの間にか立ち上がって叫んでいた。

しかも…早口でまくし立て叫んだ内容は、喋らせまいとしていた正にその内容そのものだった。

「喋っちゃったわねぇ…結局自分で。」

「……。兄貴ぃ!さすが兄貴す!男っす!」

「…いや…そう言われんのは、嬉しいんだけどよ…」

「嬉しがらない!司くんも讃えちゃ駄目な事なの!…良い事?『男と女』の事に無理矢理とか、相手の了承なくだとか…そんなのはいけません!しかもコレには『極道だから』は通用しないわよっ。」

「…うす。」

「現に美優さんは傷ついて怖い思いしたのよっ。そこは…清水圭介!猛省なさいっ。」

「わかってる。悪かったって思ってるし…」

「…貴方。もしかして『今は自分の女なんだから良いだろ。』とか思ってない?」

「……っ…」

「ダメねぇ…わかってないわ。まるっきりわかってないっ。…美優さんは、いつだって『自分だけ』を見て欲しいのよっ。始まり云々じゃないの、適当な内容でも私の質問にサラッと答えて欲しかったのよ。『男気』ってヤツよね。」

「……。そう、なのか?美優…」

「………。」

「それなのにしーくんったら…『言えねぇ。』だの、妙に慌てたりしちゃって…美優さんにしたら自分の事を人に知られたら嫌なのかな?って不安にもなるわよっ。」

「……。悪かった…許してくれ美優。色んな事ひっくるめて、オレが悪かった…」

「…あいっ。」

『許すの早っ!』と圭介以外の皆がズッコケる。そんな中、美優はお構いなしに「圭介しゃ~ん♪」と抱きついてくるのを彼も笑って迎え入れる。…どうやら、まだまだ酔っ払い美優は継続中のようだ。

「あらあら。熱々に戻っちゃったわねぇ…ふふっ。」

「やーん…あたし達の美優さんが取られちゃったぁ、ママぁ!」

「いつからお前らのモンになった!美優は『オレの女』だ!」

「ま、『オレの女』ですって!よく言うわよ、ラブラブねぇ~♪」

「……。もういい…何も言わねぇ…」

「結局、ウチの兄貴と姉貴は何があっても仲が良いす!あはは!」

「違いねぇ!よっ、若頭!」

「あー…どもども。」

皆の囃し立てにも疲れ果て、圭介は美優を抱きしめながらも片手を上げてぞんざいな挨拶をする。その時…

「失礼します。…ラブラブですね清水さん、羨ましいです。こんな美人、早々いませんからね…どうぞ。」

「…クッ…サンキューな真次。……?」

「…俺からの『ラブレター』です。」

「…。お前からのは…いらねぇとは言えねぇな。」

「…美優様には内緒という事で。…では。」

バーテンダー真次から小さく折られたメモ紙を受け取り、バーボンのおかわりにひと口飲み干すと…周りに見られないように気にしながら中を確かめた。

「………チッ。随分と好き勝手してんじゃねぇか…」

その内容は…『この界隈、会のシマ内を“玄武組”の若衆ら数人彷徨く。今日もこの時間までに2人、来店あり。』と書かれていた。

「…どうかなさいまして?清水様。」

「いや…何でもねぇ。……さて美優、帰るとすっか……あ?」

「…あらまぁ。」

真次からの話が本当なら、あまり長居は良くない。…圭介としては美優の『存在』を、出来る限り大きくしたくはないのだ。

その為さっさと帰るかと美優を見れば…彼女はくうくうと寝入り掛けてしまっている。

「…おい美優?…美優ぅ…」

「……くぅ…」

「……。やべぇ、マジ寝だ…悪りぃなママ、今日はこれで帰るわ。」

「お疲れになった上、飲めないお酒まで飲んだんだもの…眠くもなるし『大虎』にもなるわ。だからって、明日になって怒ったりしちゃ可哀想よ。」

「…わかってる。怒るどころか…オレは美優に感謝してるぜ。飲めねぇ酒飲んだのだって、元を辿ればオレを立てようとしての事だかんな。…ったく、『年下男』の為になんか“はなっから”頑張らなくてもいいってのによ…」

「えっ?!…ちょっとしーくん?…今、何て言ったの…『年下男』って誰の事?」

「誰って…オレの事。」

「……。はぁ?!」

「あ、もしかしてっ……くはは!そっか!やっぱり勘違いしてたのか!」

「……し、しーくん?」

「美優はオレより『年上』だ。見た目こんなんだけど…3つ上の『三十路』なんだよっ。」

「う、嘘よね?!…だって美優さん…貴方の事、圭介『さん』って…それに敬語だものっ。」

「美優さん、三十路なの?!信じらんない!こんな可愛い三十路、いないし!奇跡だよ!」

「だろ?あかり。オレの美優はな、全てが『別格』なんだっ。ちなみにオレを『さん呼び』すんのも、敬語なのも、コイツのデフォルトみてぇなモンだ。もっと言や、司や将也の事も『さん呼び』すんだぜ。」

「…止めて欲しいんすけど…止めてくんないんすよぉ…」

「クックック…別に開き直るつもりじゃねぇけどよ…オレが一発でコイツに落ちた理由、何となくわかる気がしねぇか?…こうなりゃよ。」

「…なるほどねぇ。納得よ、しーくん。」

笛木からの話も思い出し、みずきは参ったと降参するように苦笑う。彼女は圭介が『本能のままに生きる男』である事を知っているが為だ。

裏の世界に生きる者は、酒も飲めず自己主張が強いなどの『面倒な女』を嫌う傾向がある。だが圭介は、たった数杯で酔っ払い寝落ちようとしている美優の世話を自らの手で甲斐甲斐しく焼き、そこに誰の手も入れさせない。

「ほら美優…帰んぞ。」

「……うぅん…」

「いや、唸ってねぇでよ…、…車まで歩く気ねぇなら運ぶぞ。」

「……お願い、ひましゅ…」

「…マジか。レア美優にゃ敵わねぇなぁ…ったくよ。」

クックと楽しげに笑い、自分のスーツの上着を彼女の肩に羽織らせると「おらよっ。」とそのまま抱えて立ち上がる。俗に言う『お姫様抱っこ』の立て抱きだが、ちょっと違うとするなら…2人共があまりにべったりとくっつき過ぎている事だ。

「ちょっと…その掛け声は、女性に失礼なんじゃないかしら?」

「そうそう!『私、重いの?!』ってなっちゃうっ。」

「それくらい言わせろや。…それにコイツが重い訳がねぇだろ。」

「あらあら、ご馳走さまっ♪」

開けられたVIP席のドアを潜り、見送りの為に立つママとあかりに改めて向き直ると礼を口にする。

「今夜は何か悪かったな。でも良い時間だった……と、思う。」

「ふっふふふ♪こちらこそ。貴方のあんな慌てた姿が見られるとは思ってなかったから楽しかったわ。」

「……頼むから、さっさと忘れてくれ。まぁでも、何だかんだで美優も楽しかったみてぇだし…なぁ?美優。」

「……あいぃ…みじゅきママ、あかりしゃん…また会いまちょうね…」

「あらあら。眠たいだろうにお返事してくれるだなんて…本当“良い子”ねぇ。…美優さん、これに懲りずにまたしーくんといらしてね。今度は『プライベート』でよ?」

「またねぇ~美優さんっ♪」

2人にバイバイをしたいらしい美優は、クニャクニャの手を懸命に振る。そんな彼女の可愛らしさに笑いながら、圭介は大事な温もりを腕に振り返り進むが……その足がピタリと止まった。
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