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ep:1 目が覚めたら王太子でした

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「うわあああああああ!!!!」


豪奢な洗面台、鏡の前。
ズキズキと痛む頭に響くのも構わず、驚きに悲鳴に似た声をあげてしまった。
バタバタと足音が近付いてきて、鏡に映ったのは数名の中世を思わせるメイド達。

「どうかされましたか!?」
「目を覚まされたのですね、ご無事ですか!」

「「殿下!!」」

そう、そこに映るのは『私』ではなく、ある少年の姿だった。


私はどこにでもいる、ごく普通のOL…だった。毎日の残業と激務、上司からの理不尽なパワハラセクハラ当たり前という、とんでもないブラック企業に勤めていた私は、精神的にも肉体的にもボロボロだった。

ボロボロの私を見兼ねた、学生時代の友達に勧められた乙女ゲーム。
私は所謂オタクで、漫画もアニメもゲームも大好きだった。それも仕事をしていくうちに出来なくなっていったけど、
教えて貰ったゲームはスマホ用のアプリだったおかげで、隙間時間にプレイしていけるそれを夢中になってやっていた。
勿論ヒロインである私は様々な攻略対象のイケメンから優しくされて、それだけで泣いてしまう程には精神が参っていた。

そんなある残業終わりの日。もうすぐ日付が変わりそうな時に、駅のホームを歩いていると、狭いホームで人とぶつかり、細めのヒールが点字ブロックにつまづいて、線路側に、ふわりと浮いた様な感覚がして、ああ、私落ちてる。なんてどこか他人事の様に感じていた。そして目を閉じた後、耳を劈く様な警報が鳴って……。

そこで記憶は途絶えている。


それで?目が覚めたら今この状況だ。
そう、どうやら私は、プレイしていた乙女ゲームの中に転生してしまったらしい。
本当に転生する事なんかあるんだ!と私は驚くと同時に、ある事に気付く。
鏡に映るこの容姿に見覚えがあるどころか、最終攻略対象である王太子じゃないか。
ブロンドの髪に緋色の瞳。年齢は…多分十歳程度、というか十歳にしてこの容姿。正に推し。推しが目の前にいる。なにこれ最高!
問題は中身が私な事が非常に残念な事だけど。

「殿下…?やはりご気分が…」
「だ、大丈夫。大丈夫だから…」

いや本当は全然大丈夫じゃないけどね!!
私実は王子じゃないんですと、言える訳もなく支えようとした侍女の手を制した。…彼女の手が一瞬強張ったのは気のせいだろうか…?
そう考えるも、今発した声は変声期を迎える前の少年のそれ。
ゲームの時に出会った王子はもっと凛として、それでいて強くて少し冷たい…そんな、そんな推しの幼少期の王子の声が生で聞けるなんて!
 ああでも、自分で発してる声と他人が聞いてる自分の声は違うからそこは惜しい。録音機能がある機械とかないだろうか。…いや、無いだろうな。残念。
後ろで駆け寄ってきてくれた二人の侍女さんはずっとそこで待っていてくれていた。多分私が動ける様になるまで。
けれど、何かがおかしい。まるで私に怯えているような…。

「えっと、心配かけてごめんなさい。わた…僕、はもう大丈夫だから、持ち前の仕事に戻って?」

そう言うとぽかんと目を丸くする二人。寧ろその反応に私が驚きだわ!
私何か間違えた?異世界転送物によくありがちな頭を打ったら変わってしまった系!?…有り得る。
仕事は忙しかった、でも隙間時間にゲームと漫画だけは観ていたから、少しだけれど知識はあるのよ!残念ながらアニメは追えなかったんだけれど…。

「か、畏まりました。お気遣い痛み入ります。それではこれにて下がらせて頂きます。何かありましたらお呼びください」

頭を下げた侍女二人は扉を閉める音も控えめに、去っていってくれた。

「……はぁーーーー……」

疲れた。本当に疲れた。
何が正解か分からない手探りの中、王子らしい振る舞いをしなければならない。
ヒロインや悪役令嬢側ならまだしも王子って…!こんなのってないよと神様を恨んだ。
誰も居なくなったそこで漸く力が抜けたのか、へなへなと腰から床にぺたりと座り込んだ。
あ、この座り方出来るのか、王子って身体柔らかい。

ああもう何も考えたくない。夢なら覚めてと現実逃避しても覚める訳もない。それに覚めたら覚めたで私死んでるし!暇を持て余してしまった私は、好奇心で王子の頬に触れてみる。
…え、ふわって!ふわってした!何これ至高…!そしてどこを触ってもすべすべ。私は決して、決して!ショタコンじゃないけれど!ずっと触っていたくなるぅ…。…って、そうじゃない。
こんなところ見られたら絶対怪しがられる。自分の肌を撫でながら恍惚としてるなんて変態じゃん!
……でもこの、この柔らかさはこの時にしか触れられないのだ。堪能したくなるのも仕方ない。
確か王子…殿下は剣の達人で学園でもトップクラスの成績、そして殆ど笑顔を見せる事がない。
きっと筋肉もあるであろう男のそれとは違う、王子の幼少期の柔らかい体を堪能出来るなんて……!

……あれ?待てよ?トップクラス?

そうだよ!この王子完璧なんだった!
容姿端麗頭脳明晰文武両道!なんかその他諸々!それが国を統べる王になる為だからと言っていた…気がする。
どうしよう、私勉強も苦手なら体育の成績だって下の中…いや上はいくかな…?ってくらいには何も出来ないのに!容姿端麗は取り敢えず合ってるから良し!!

「これ、ヒロインとか悪役令嬢に転生した方がマシだったんじゃ…?」

このままではまずい、本当に。あの王子の完璧さを私がこなさなければいけない。
はしゃぎ過ぎて忘れていた。私の転生先は、とんでもないところだったんだ…。
漸くこれはやばい事態だと飲み込めた…、というか無意識に考えないようにしてたのかもしれない…。


「あの、ケイト様…、大丈夫ですか…?」

子供の、女の子の声と、控えめなノックが聞こえた。
この時期にもう出会っているとしたら、あの子しかいない。
両家の決めた、たった一人の王子の婚約者。

リリーナ嬢しかいない。
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