上 下
5 / 7

五.生贄娘、湯をいただく 二

しおりを挟む
 風呂から上がれば髪を乾かし整えて、顔には薄く化粧も施される。
 そして湯上がりの熱が取れれば薄桃色の着物と髪飾りが用意されており、その上等さに呆然としている間に楓と桜が着付けていった。
 今まで来ていた着物とあまりにも違う、柔らかで滑らかな手触りに、これは一体どれ程の価値があるものなのか、汚してしまったらどうしようと背筋が凍る。

「こんなに良い物を貸してもらって、よろしいのですか?」

 躊躇いがちに尋ねると、香世に着せる楓も桜も驚いたように香世を見る。

「香世様、なんて慎み深い方なんでしょう!」
「これは屋敷にあったものですが、後日、きちんと香世様のために仕立てたものを準備いたします」

 桜の言葉を、楓が補足する。

「そんな、こちらを貸してくださるだけでも十分ですのに」

 謝絶しようも、桜も楓も首を縦には振らなかった。

「確かにこちらも香世様にお似合いですが、大人しすぎます。主様の花嫁様ですから、もっと豪華な着物を着ていただきたいです」
「でも」
「それに主様も香世様を色々と着飾らせたいと言われるはずです」

 もしかして二人は香世が花嫁となった経緯を知らないのだろうか。
 白麗にとっては香世は押しつけられた生け贄だ。
 先程、楓と桜は、香世の存在が白麗の助けになったというようなことを言っていたが、そもそも白麗は生け贄を必要とはしていなかった。
 一人でゆっくり湯を浴びて、少し冷静になった頭で考えると、香世に花嫁になるよう言ったのも、もしかしたら村を救う理由を作ってくれただけなのかもしれないと思い至ったのだ。

「そんなことないと思いますが」
「いえ、あります」
「そうです。だって、あの状態の主様が、花嫁様を迎えられたのですから、絶対に香世様のことを気に入っておられます」
「もう、桜、話しすぎです」
「あっ、申し訳ありません」
「香世様も、桜の言葉はどうぞお気になさいませんよう」

 桜を叱り、頭を下げる楓に香世は頷いた。
香世が知らない事情があるのだろうが、この様子だと無理に尋ねることもできない。
 黙り込んだ香世を気にしながらも、手際よく楓と桜は着付けを進めていった。

 後片付けをするという楓に見送られ、桜の案内で香世は白麗のいる部屋の前へとやってきた。

「主様、香世様をお連れしました」
「入れ」

 白麗の許可に、桜が襖を開けてくれる。
 部屋の中ではふかふかの座布団の上に黒犬姿の白麗が腰を下ろして香世達を見ていた。
 白麗の艶やかな黒い尻尾が満足げに一揺れする。

「香世はこちらに。桜、香世の朝餉あさげはこちらに運ばせろ」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 桜が行ってしまうと、部屋には香世と白麗の二人だけである。
 こちらにと示されたのは白麗の隣にある座布団で、香世は動くことができずにいる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...