傾国とか社交界の蝶とか普通に悪口

樹 史桜(いつき・ふみお)

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117 成長と心配と、確かめたい愛情

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 それから約三年の月日が流れ、アビゲイルは二十一歳になっていた。
 夫のアレキサンダーは二十九歳。まだ男盛りで結婚して三年も経ったのに、未だにアビゲイルはアレキサンダーに惚れぬいていて新婚の気分でいる。
 
 娘のクラリスも三歳になって、アレキサンダーとアビゲイルのことを「とーたま、かーたま」と呼んでとてとてとくっついてくるのがなんともあざと可愛い。
 
 見た目はアビゲイルそっくりの絶世の美少女だが、お人形遊びやお絵かきなどの女の子らしい遊びよりも、何故か外を走り回るような活発な遊びが大好きで、最近では父親のアレキサンダー率いる辺境騎士団の訓練場を見学に行くのが楽しみらしく、顔を出せば騎士たちの人気者になっているようだ。
 父アレキサンダーの雄姿を見ると目を輝かせて「とーたま! しゅてき!」と叫んでいるので、アレキサンダーももう熊男じゃなくて完全にテディベアになってしまっている。父親にとっては娘は小さな恋人のようなもので、アレキサンダーもすっかりクラリスにメロメロだった。
 雛の可愛らしさは時に武力を奪うものなのである。
 
 女の子の成長は著しい。ついこの前までアレキサンダーのことは「パパ」、アビゲイルのことを「ママ」と呼んでいたのが、最近では「父様、母様」の舌っ足らずな呼び方「とーたま、かーたま」に変わって、成長が嬉しい反面物寂しさも感じる。
 
 アビゲイルの侍女リサの息子で七歳になったジオ少年がよくクラリスと遊んでくれているけれど、おままごとをしていたかと思ったら何やら「辻馬車ごっこ」なるものをしていた。
 ジオがクラリスの前を通りがかり、
 
「奥さん、どちらまで?」

 と聞くと、
 
「たくのしゅじんは、かせぎがすくないので、のれませんの」

 などと言って通り過ぎるだけという謎の遊びだった。
 どこでそんな言葉を覚えたんだクラリスよ! と思ったけれど、アビゲイルもアレキサンダーもジオもリサも知らないので、子供というのはどこで言葉を拾ってくるかさっぱりわからなくて、うっかり汚い言葉を話せないと戦々恐々としてしまった。
 
 アビゲイルの実家フォックス家では一昨年、アビゲイルの弟ヴィクターが婚約者のラクリマと十八歳同士で正式に結婚し、次の年に二人の間には男の子が生まれたばかり。アビゲイルにとっては甥っ子だ。
 
 名前はマクシミリアン・ディーン・フォックスといって、茶色がかった金髪は母ラクリマから、アメジストの瞳は父ヴィクターから受け継いだ、一見女の子と見紛うような可愛らしい男の子だ。

 父ローマンと母ニーナのフォックス侯爵夫妻は、アビゲイルの子クラリスと、ヴィクターの子マクシミリアンの二人の孫を得て、ここ三年お祭り騒ぎのような雰囲気である。
 ラリマールから贈られた例の転移装置の扱いもすっかり慣れて、「マックスちゃん(マクシミリアンの愛称)とおそろいなの~クラリスちゃんにぴったりの色違いよ」といって子供服やら靴やらおもちゃやらを届けに、会いに来てくれるのが嬉しいやらちょっとめんどくさいやら。
 
 孫フィーバーになった両親に、アビゲイルも弟のヴィクターも少々呆れているのだが、姉弟それぞれの配偶者であるアレキサンダーとラクリマは微笑ましそうにそれを見てむしろ歓迎している。
 
 ラリマールはあれから頻繁にヘーゼルダインを訪れて、クラリスの遊び相手となってくれている。
 
 魔王国では王族なのに、こんなに頻繁に外出して大丈夫なのだろうかと思うが、それなりに新しい魔法や魔道具を開発して世間を驚かせているところを見ると、ちゃんと仕事はこなしているらしい。
 
 この三年で、例の転移装置も実用化されて、まだ公共用が主流だけれど、近いうちにフォックス家に置かれているプロトタイプの物のように、家庭用の物も開発されるらしい。これもラリマールが遊んでばかりいるわけではないという証拠であるので、もう何も言えない。
 
 この美しい魔族の大賢者に、クラリスはというとすっかり懐いていて、クーちゃん、マルちゃんと呼び合っているくらいである。
 ラリマール殿下と呼びなさいといくら言っても、ラリマール殿下、という言葉がまだ言えなくて、結局ラリマール、という名前から「マルちゃん」と呼ぶようになってしまった。
 恐れ多くてアビゲイルがラリマールに平謝りしたけれど、ラリマールは、
 
「恋人同士の呼び名なんだからいいじゃないか(ポッ)」

 などと頬を薔薇色に染めながら不穏なことを言っているので、どうしたものかとアレキサンダーと頭を抱えている毎日である。ペドじゃないとは言っていたけどロリじゃないとは言わなかったラリマールだから、なんか心配は心配なのである。
 
「クーちゃん、大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?」
「うん、いいよー。マルちゃんのおよめさんになるー♪」

 おおーい、考え直せー娘よー、人生は長いぞー、たった三歳で人生を決めるなー!
 
 と、アビゲイルは心の中で雄叫びを上げているが、とりあえず娘がマルちゃん大好きなので無下にもできずにニコニコしているしかない。
 ラリマールが仕事で忙しくてなかなか来れない日も、「マルちゃんは?」と聞いてきて泣きはしないまでも寂しそうにしているのが何とも可哀そうなので、ときどき魔石通信で連絡させてやっている。
 甘いなあと思いつつも、あんなにお腹を痛めて産み落とした愛しい娘のためならと許してしまう自分がなんか、ラリマールの手の上で踊らされているみたいで悔しい。
 
 そんな折、相変わらずクラリスを抱っこして魔法でいろいろ遊んであげながら、ラリマールはお茶をしていたアレキサンダーとアビゲイルに話しかける。
 
「そういえば、そろそろ二人目の予定はないのかい?」
「二人目か……そのうちかな」
「そ、そうですね。授かればいいなとはおもいますけれども。ねえ、アレク様」
「あ、ああ……」

 アビゲイルにはそう言ったけれどもアレキサンダーは一人目のクラリスのときの出産立ち合いの際、アビゲイルの苦しみを見ているからか、次の子を作るのに少々躊躇っている様だった。
 ここ三年間、たまに夜の営みはあっても、アレキサンダーがこっそり避妊薬を飲んで挑んでいることもあって、アビゲイルの妊娠の兆候は一切ない。アビゲイルはそれがちょっと寂しいと思っていた。
 
 アビゲイルにしてみれば、あのクラリス出産のときに女医に叱られたことで、産みの苦しみに関したことにはもう覚悟はすっかりできているのだが、アレキサンダーには随分とトラウマを植え付けてしまったみたいで心苦しい。
 
 お互いにこのままではいけないと思ってはいた。だがその先に進めないでいたのだ。ほしいのは切っ掛け。それだけなのに。
 
 そんな時に、ラリマールの何気ない「二人目は?」という言葉が出たのを期に、アビゲイルはその晩にクラリスを侍女たちに頼んで寝かしつけてもらったあと、夜警から戻ってきたアレキサンダーを待って、こちらから誘ってみることにした。
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