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115 おめでとう
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アレキサンダーのことも取り上げたという、ヘーゼルダイン家御用達の壮年の老女医に、夫婦そろって叱咤激励をされながら、アビゲイルとアレキサンダーが立ち合い出産で挑んだ分娩は、次の日の未明までかかった。
陣痛の感覚が早くなってずっとずっと苦しいのに、なかなか子宮口が開いて来なくて、普段のへらへらした明るい彼女はどこへやら、パニックを起こして、
「もう嫌! 逃げたい、助けて! 死にたい、死なせてェッ!」
と号泣しながら、そこらにあったタオルやら編みぐるみ、クッションやら何やらを投げつけて暴れるアビゲイルに、夫であるアレキサンダーが羽交い絞めするようにして抱きしめてやり、彼自身も涙を流しながら、妻を宥めるようにずっと謝っていた。
「すまない、すまない、アビー……!」
「アレクさま、ごめん、なさ、もう嫌なの、こわい、耐えられないよぉっ……!」
「甘ったれてんじゃないよ!」
別に悪くないのに謝り続ける夫と激痛に泣き言を言い出す妻に、女医が一喝を入れる。その年齢に見合わないような甲高い声に、夫婦そろってビクリと硬直してしまった。アビゲイルもその一喝で驚愕し、一時痛みを忘れる。
「いいかい、奥様。親になるってのは痛みを伴うのが当たり前なんだ! そんな覚悟も無しでアクセサリー感覚で子供を産もうってんなら、初めから子供なんて作るんじゃないよ!」
「……!」
「子供は必死に生きようとして、生まれてアンタらに会いに来ようとしてるってのに、その子供の努力を痛いからって突き放すようなこと言うなら、もう勝手にしな!」
「ドクター、も、申し訳ない」
「殿様もさ、アンタまでめそめそしててどうすんだい」
「し、しかし」
「そんなことより気が弱くなってる奥様をしっかり支えてやんな。腰をさすってやるとか色々できることがあるんだからさ」
「は、はい」
まだまだ未熟な二人に一喝を入れてやった女医は、アビゲイルが八つ当たりでぶん投げたタオルやら小さな編みぐるみを拾って、
「こんだけ暴れられるなら、大丈夫だよ、奥様」
とフォローを一応入れてくれた。
叱られたこともショックだったけれど、女医の言うとおり、痛くて苦しいからといって「死にたい」などと言ったことをアビゲイルは恥じた。自分が死ねば、お腹の子はどうなる。
アレキサンダーと結ばれる前は、アレキサンダーの子を何人でも産むと宣言したくせに、今一人目を産むときになって弱気になって挫折してどうする。
あれだけ十カ月強も大事に大事に愛でてきたお腹の子を、どうして今突き放してしまうようなことを口にしたのだろうと、そう考えると後悔で別の涙が浮かんできた。
お腹の子はもうちゃんと外での声が聞こえる。母にこんなことを言われているなんて思ったら傷つくに決まっている。
「うぅ……っ、ごめんね、ごめんねぇ、クラリス……! ママが、ママが悪かったわ……!」
未だ続く波がある激痛もそう考えると愛おしく思えて、ぜえぜえはあはあと呼吸を荒げながらも、お腹を撫でさする。
「うあああ……っ、おバカ発言したママをどうか、どうか許してね……!」
「アビー……。クラリス、パパも悪かった。ママのことはしっかり支えるから、安心して元気で生まれて来なさい……!」
ごめんねごめんねと我が子に謝りながらも、波のある陣痛に耐えて、ようやく子宮口が開いて分娩の時間がやってきた。
これまでと比べ物にならないくらいの激痛だが、もう泣き言は出てこなかった。絶対に死んでたまるか。絶対に無事に産み落としてやる。
やけくそ気味だったが弱気よりはましと考えるようになる。もう情けないことは絶対に言わない。親になるんだ。そう考えると悲しい涙なんか引っ込んだ。
ベッドでアレキサンダーに支えられて、彼の手がうっ血するまで強く握りしめては、邸中に響くような、女性らしからぬ獣じみた悲鳴を上げながら、いきんで、いきんで数時間……頭が出てきたとの女医の言葉を聞いたあたりからは、もう時間の感覚は既に無くあっという間に感じた。
大きく息を吸い込んでから今まで以上にいきんだ瞬間、ずるりという感覚、そして響き渡るけたたましい赤ん坊の泣き声……。
「はい、おひい様の誕生だよ!」
やや疲れたような、それでも晴れやかには変わりない声で女医が言った。
その言葉で、背後で支えていたアレキサンダーがはあー、と大きく息を吐きだした。アビゲイルと一緒になって息を止めたりしていたらしい。彼も少々息を荒げている。
アレキサンダーは握っていたアビゲイルの手をそっと放して、彼女の前髪を掻き上げてその額にちゅっとキスを落とした。
「……ありがとうアビー。頑張ってくれたな。お疲れ様」
「うん……」
一仕事終えた倦怠感から、大した返事もできずにぼけーっとしていたところに、へその緒を処理してざっと清拭された我が子を看護師が連れてくる。
真っ赤でしわくちゃでギャン泣きしている娘がそこに居た。
「わあ……アレク様、子供だよぉ……」
「ああ……」
感想が夫婦そろってそれしかないのもどうしたものかと思うが、こっちも疲れきってそれどころじゃなかった。
とりあえずは顔見せのみで、そのまま娘はちゃんと湯あみに連れて行かれたので、こちらは後産の処理が終わると、アビゲイルは気絶したように眠りに落ちる。
アレキサンダーは今一度アビゲイルの顔じゅうにキスを浴びせてから、あとは侍女らに任せて部屋を出ることにした。
ぱちりと目が覚めると、そこは夫婦の寝室ではなくて、その隣にあるアビゲイルの寝室のベッドの上で、手が何かに触れている感覚にそちらに目をやると、夫のアレキサンダーが居た。ベッド脇に椅子を置いて、大きな体を縮みこませるようにして座っていた。ずっとアビゲイルの手を握って看ていてくれたらしい。
ぴくりと動いた手に気付いてこちらを見て、アレキサンダーは顔を上げる。
「アビー、目が覚めたか?」
「うん……おはようございます、アレク様」
喋ると唇が乾燥しているのに気付いた。そんなことはないのに久しぶりに喋った気がする。
アレキサンダーが傍に用意していた水差しからグラスに水を注いで手渡そうとしてくれたが、アビゲイルが起き上がる元気がないと察して、その水を自身の口に含んでからアビゲイルに口移しで飲ませてくれた。
食道を冷たい水が通っていくのがよくわかる。自分でも気づかないくらいに喉が渇いていたらしい。もう少し欲しくてアレキサンダーにねだると、彼はすぐに次の水をまた飲ませてくれた。
「……今何時ですか? っていうか、あたしどれくらい寝てました? 寝落ちしたの何時でしたっけ」
「明け方の四時ぐらいから、今九時だから五時間くらいだな」
「うわあ、結構寝たんですね。まだ怠いけど眠気はちょっとすっきり」
「そうか、良かった。……目覚めてくれてありがとう」
「なあに、目覚めますよちゃんと」
「目覚めないかと思ったんだ。何度も寝息を確かめた」
「うそ、いびきとかかいてませんでした?」
「かいてない。だから心配したんだよ」
「良かった~……って、ちっとも良くないですよ!」
寝ながら元気に文句を言うアビゲイルに安心しきった表情で笑うアレキサンダーの目尻はやや涙焼けしていた。
皆に知らせてくると言って、一度部屋から出て行ったアレキサンダーは、白いレースの産着に包まれた娘を抱いて、侍女らとともに部屋に戻ってきた。
「アビー、クラリスだ」
「わあ……! だ、抱っこしたい!」
「起き上がれるか?」
「はい、あいたたた……」
「無理するな」
「大丈夫、これしき……!」
「奥様ったら」
侍女のリサが慌てて駆け寄って、アビゲイルが起き上がるのを手伝い、背中にクッションを入れてくれた。
起き上がったアビゲイルに、アレキサンダーが娘、クラリスを手渡してくれた。
白いレースのお包みの中、真っ赤でしわくちゃな顔をした我が子。ちょっとだけ産毛のように生えている髪はアビゲイルと同じプラチナブロンドだ。
母の胸に抱かれて、ふわりと目を開けたクラリスは、口をむにゅむにゅと動かしてこちらを見る。
まだ見えもしないその瞳の色は父親のアレキサンダーから受け継いだ、アビゲイルの大好きなウルトラマリンブルーだった。
アレキサンダーと自分のミックスジュースみたいな娘を見て、次の瞬間にアビゲイルは嗚咽する。
おっ、おっ、おっ、と婆さんみたいなしわがれた声が出てしまった。
ぼろぼろと次から次へと出てくる涙の一滴がクラリスの顔に落ちて、それが不愉快だったのか、娘はほわほわと泣き出してしまった。
「あわわ、どうしよう。ママだよ、怖くないよクラリス」
「お腹が空いたのかもしれませんわ、奥様」
「あ、そっか、おっぱい」
「殿様は少々お部屋を出てくださいまし」
「あ、そ、そうだな」
「ああ、いや、アレク様もいていいですよ。パパですもん」
「いいのか……?」
「全然いいですよ~。今更アレク様におっぱい見られたところで痛くも痒くもないですもん」
「そういう問題ではない気が……まあいいか」
何だかよくわからない納得をしてアレキサンダーはベッド脇の椅子に座りなおした。
アビゲイルが前をはだけると、抱いていたクラリスは勢いよく乳首に吸い付いてきた。一心不乱に母の乳房に吸い付いて母乳を飲む娘の様子を見ていると、元気でちゃんと生きているということを実感してまた涙が出てきた。
なんて幸せな光景なんだろう。
「……幸せだな」
優し気に見守るアレキサンダーが、アビゲイルの心を読んだかのように同じことを口にした。
夫婦は似てくるというのはよく言われるけれど、本当にそうなのかもしれないと思ってなんだか面白可笑しかった。
おっぱいを飲みながらまだ見えもしない目をうっすら開けているクラリスと、そばで見守るアレキサンダーの同じウルトラマリンブルーの瞳が並ぶのを見て、愛おしい色に囲まれていると感じて、アビゲイルは心の底から幸せを感じていた。
陣痛の感覚が早くなってずっとずっと苦しいのに、なかなか子宮口が開いて来なくて、普段のへらへらした明るい彼女はどこへやら、パニックを起こして、
「もう嫌! 逃げたい、助けて! 死にたい、死なせてェッ!」
と号泣しながら、そこらにあったタオルやら編みぐるみ、クッションやら何やらを投げつけて暴れるアビゲイルに、夫であるアレキサンダーが羽交い絞めするようにして抱きしめてやり、彼自身も涙を流しながら、妻を宥めるようにずっと謝っていた。
「すまない、すまない、アビー……!」
「アレクさま、ごめん、なさ、もう嫌なの、こわい、耐えられないよぉっ……!」
「甘ったれてんじゃないよ!」
別に悪くないのに謝り続ける夫と激痛に泣き言を言い出す妻に、女医が一喝を入れる。その年齢に見合わないような甲高い声に、夫婦そろってビクリと硬直してしまった。アビゲイルもその一喝で驚愕し、一時痛みを忘れる。
「いいかい、奥様。親になるってのは痛みを伴うのが当たり前なんだ! そんな覚悟も無しでアクセサリー感覚で子供を産もうってんなら、初めから子供なんて作るんじゃないよ!」
「……!」
「子供は必死に生きようとして、生まれてアンタらに会いに来ようとしてるってのに、その子供の努力を痛いからって突き放すようなこと言うなら、もう勝手にしな!」
「ドクター、も、申し訳ない」
「殿様もさ、アンタまでめそめそしててどうすんだい」
「し、しかし」
「そんなことより気が弱くなってる奥様をしっかり支えてやんな。腰をさすってやるとか色々できることがあるんだからさ」
「は、はい」
まだまだ未熟な二人に一喝を入れてやった女医は、アビゲイルが八つ当たりでぶん投げたタオルやら小さな編みぐるみを拾って、
「こんだけ暴れられるなら、大丈夫だよ、奥様」
とフォローを一応入れてくれた。
叱られたこともショックだったけれど、女医の言うとおり、痛くて苦しいからといって「死にたい」などと言ったことをアビゲイルは恥じた。自分が死ねば、お腹の子はどうなる。
アレキサンダーと結ばれる前は、アレキサンダーの子を何人でも産むと宣言したくせに、今一人目を産むときになって弱気になって挫折してどうする。
あれだけ十カ月強も大事に大事に愛でてきたお腹の子を、どうして今突き放してしまうようなことを口にしたのだろうと、そう考えると後悔で別の涙が浮かんできた。
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「うぅ……っ、ごめんね、ごめんねぇ、クラリス……! ママが、ママが悪かったわ……!」
未だ続く波がある激痛もそう考えると愛おしく思えて、ぜえぜえはあはあと呼吸を荒げながらも、お腹を撫でさする。
「うあああ……っ、おバカ発言したママをどうか、どうか許してね……!」
「アビー……。クラリス、パパも悪かった。ママのことはしっかり支えるから、安心して元気で生まれて来なさい……!」
ごめんねごめんねと我が子に謝りながらも、波のある陣痛に耐えて、ようやく子宮口が開いて分娩の時間がやってきた。
これまでと比べ物にならないくらいの激痛だが、もう泣き言は出てこなかった。絶対に死んでたまるか。絶対に無事に産み落としてやる。
やけくそ気味だったが弱気よりはましと考えるようになる。もう情けないことは絶対に言わない。親になるんだ。そう考えると悲しい涙なんか引っ込んだ。
ベッドでアレキサンダーに支えられて、彼の手がうっ血するまで強く握りしめては、邸中に響くような、女性らしからぬ獣じみた悲鳴を上げながら、いきんで、いきんで数時間……頭が出てきたとの女医の言葉を聞いたあたりからは、もう時間の感覚は既に無くあっという間に感じた。
大きく息を吸い込んでから今まで以上にいきんだ瞬間、ずるりという感覚、そして響き渡るけたたましい赤ん坊の泣き声……。
「はい、おひい様の誕生だよ!」
やや疲れたような、それでも晴れやかには変わりない声で女医が言った。
その言葉で、背後で支えていたアレキサンダーがはあー、と大きく息を吐きだした。アビゲイルと一緒になって息を止めたりしていたらしい。彼も少々息を荒げている。
アレキサンダーは握っていたアビゲイルの手をそっと放して、彼女の前髪を掻き上げてその額にちゅっとキスを落とした。
「……ありがとうアビー。頑張ってくれたな。お疲れ様」
「うん……」
一仕事終えた倦怠感から、大した返事もできずにぼけーっとしていたところに、へその緒を処理してざっと清拭された我が子を看護師が連れてくる。
真っ赤でしわくちゃでギャン泣きしている娘がそこに居た。
「わあ……アレク様、子供だよぉ……」
「ああ……」
感想が夫婦そろってそれしかないのもどうしたものかと思うが、こっちも疲れきってそれどころじゃなかった。
とりあえずは顔見せのみで、そのまま娘はちゃんと湯あみに連れて行かれたので、こちらは後産の処理が終わると、アビゲイルは気絶したように眠りに落ちる。
アレキサンダーは今一度アビゲイルの顔じゅうにキスを浴びせてから、あとは侍女らに任せて部屋を出ることにした。
ぱちりと目が覚めると、そこは夫婦の寝室ではなくて、その隣にあるアビゲイルの寝室のベッドの上で、手が何かに触れている感覚にそちらに目をやると、夫のアレキサンダーが居た。ベッド脇に椅子を置いて、大きな体を縮みこませるようにして座っていた。ずっとアビゲイルの手を握って看ていてくれたらしい。
ぴくりと動いた手に気付いてこちらを見て、アレキサンダーは顔を上げる。
「アビー、目が覚めたか?」
「うん……おはようございます、アレク様」
喋ると唇が乾燥しているのに気付いた。そんなことはないのに久しぶりに喋った気がする。
アレキサンダーが傍に用意していた水差しからグラスに水を注いで手渡そうとしてくれたが、アビゲイルが起き上がる元気がないと察して、その水を自身の口に含んでからアビゲイルに口移しで飲ませてくれた。
食道を冷たい水が通っていくのがよくわかる。自分でも気づかないくらいに喉が渇いていたらしい。もう少し欲しくてアレキサンダーにねだると、彼はすぐに次の水をまた飲ませてくれた。
「……今何時ですか? っていうか、あたしどれくらい寝てました? 寝落ちしたの何時でしたっけ」
「明け方の四時ぐらいから、今九時だから五時間くらいだな」
「うわあ、結構寝たんですね。まだ怠いけど眠気はちょっとすっきり」
「そうか、良かった。……目覚めてくれてありがとう」
「なあに、目覚めますよちゃんと」
「目覚めないかと思ったんだ。何度も寝息を確かめた」
「うそ、いびきとかかいてませんでした?」
「かいてない。だから心配したんだよ」
「良かった~……って、ちっとも良くないですよ!」
寝ながら元気に文句を言うアビゲイルに安心しきった表情で笑うアレキサンダーの目尻はやや涙焼けしていた。
皆に知らせてくると言って、一度部屋から出て行ったアレキサンダーは、白いレースの産着に包まれた娘を抱いて、侍女らとともに部屋に戻ってきた。
「アビー、クラリスだ」
「わあ……! だ、抱っこしたい!」
「起き上がれるか?」
「はい、あいたたた……」
「無理するな」
「大丈夫、これしき……!」
「奥様ったら」
侍女のリサが慌てて駆け寄って、アビゲイルが起き上がるのを手伝い、背中にクッションを入れてくれた。
起き上がったアビゲイルに、アレキサンダーが娘、クラリスを手渡してくれた。
白いレースのお包みの中、真っ赤でしわくちゃな顔をした我が子。ちょっとだけ産毛のように生えている髪はアビゲイルと同じプラチナブロンドだ。
母の胸に抱かれて、ふわりと目を開けたクラリスは、口をむにゅむにゅと動かしてこちらを見る。
まだ見えもしないその瞳の色は父親のアレキサンダーから受け継いだ、アビゲイルの大好きなウルトラマリンブルーだった。
アレキサンダーと自分のミックスジュースみたいな娘を見て、次の瞬間にアビゲイルは嗚咽する。
おっ、おっ、おっ、と婆さんみたいなしわがれた声が出てしまった。
ぼろぼろと次から次へと出てくる涙の一滴がクラリスの顔に落ちて、それが不愉快だったのか、娘はほわほわと泣き出してしまった。
「あわわ、どうしよう。ママだよ、怖くないよクラリス」
「お腹が空いたのかもしれませんわ、奥様」
「あ、そっか、おっぱい」
「殿様は少々お部屋を出てくださいまし」
「あ、そ、そうだな」
「ああ、いや、アレク様もいていいですよ。パパですもん」
「いいのか……?」
「全然いいですよ~。今更アレク様におっぱい見られたところで痛くも痒くもないですもん」
「そういう問題ではない気が……まあいいか」
何だかよくわからない納得をしてアレキサンダーはベッド脇の椅子に座りなおした。
アビゲイルが前をはだけると、抱いていたクラリスは勢いよく乳首に吸い付いてきた。一心不乱に母の乳房に吸い付いて母乳を飲む娘の様子を見ていると、元気でちゃんと生きているということを実感してまた涙が出てきた。
なんて幸せな光景なんだろう。
「……幸せだな」
優し気に見守るアレキサンダーが、アビゲイルの心を読んだかのように同じことを口にした。
夫婦は似てくるというのはよく言われるけれど、本当にそうなのかもしれないと思ってなんだか面白可笑しかった。
おっぱいを飲みながらまだ見えもしない目をうっすら開けているクラリスと、そばで見守るアレキサンダーの同じウルトラマリンブルーの瞳が並ぶのを見て、愛おしい色に囲まれていると感じて、アビゲイルは心の底から幸せを感じていた。
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