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85 見事なクロストーク!
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メイドの女性におねだりした形になったけれども、甘い物をと所望したら何やら珍しいフルーツの盛り合わせを用意してくれた。
「姫様もお酒を召し上がられたとお聞きしましたので、さっぱりしたものがよろしいかと思いまして」
「すみません、ありがとうございます」
紅茶と一緒に出されたそのフルーツは、食べやすいひと口大の角切りにしてあって、白い身に胡麻粒大の食べても大丈夫な黒い種がびっしり入っている。切る前の物も一応籠に入れて持ってきてくれたが、黄色い実に緑のウロコのような襞がついているので、おや、と思った。
それはピタヤ(ドラゴンフルーツ)という、帝都では滅多に出回らない珍しいフルーツだ。メイドが「ゴールドドラゴンでございます」と言ってきたが、それって前世でも一番甘くて値段が高いやつじゃないかと目を見張る。さすが富豪の領地、ヘーゼルダイン。
そういえば前世でも高級フルーツショップにしか並ばない珍しいフルーツだったなあと思い出す。その時見たのは、このゴールドドラゴンではなくて、普通の赤い皮に白い身のホワイトドラゴンという一般的なものだったが。
聞くと勿論ヘーゼルダイン産で、食用サボテンの実だそうだ。前世の暖かい地域でしか育たないピタヤと違って、昼夜の寒暖差の激しいヘーゼルダインの岩石砂漠の気候でも丈夫に甘く育つ品種なのだそうだ。
一応皇帝陛下への献上品のひとつとして毎年食べごろの物を送っているそうで、皇室一家にも大好評だそうである。
さすが、ヘーゼルダインは人も果物も強いなあと、さくさくとした食感にさっぱりとした味わいがあって非常においしいそれをもぐもぐと味わいながらしみじみ思う。
夜なので眠れなくなってはいけないと、カフェインレスらしいお茶で喉を潤してからふう、と一息。
おいしい。そしてさっぱりする。
さっきまでの羞恥心とやらかした感からくるモヤモヤはほんの少しだけ解消された気がした。
貴重なフルーツを味わっていると、別のメイドが「失礼します」と入ってきた。
「姫様、殿様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「え、よ、よろしいもなにも、ここはアレク様のお邸ですから……」
「あの、実は殿様が十分ほど前から扉の前をうろうろしておりまして、躊躇されているようなので……」
「え、どうして……?」
むしろこっちが居候なのに、自分のタウンハウスで何を躊躇する必要があるの?
もしかしてと思って、アビゲイルはぎくりとした。やっぱりあの痴女もかくやと言わんばかりの快楽に弱い自分を見せたことで、顔も見たくないほどに幻滅したのだろうか。
一応客人であって婚約までしてしまったその女を無下にもできずに、挨拶くらいはと思ってやってきたけど、体調が悪いところにもう一度その顔を見る元気もないのでどうしたものかと躊躇しているのだろうか。
前世の女優の人生のせいで豊かすぎる想像力でいらん妄想をしては、心に剣がぐさぐさ刺さって最早白目をむきそうになるアビゲイルであったが、うだうだ悩むのも性に合わず、よーしはっきりさせようじゃないか! と立ち上がった。
つかつかとヒールを鳴らしてドアの前に立ち、その観音開きのドアをバーンとやや下品だが大きく開け放った。そこには勢いよく開いたドアに大きな体をビクリとさせたアレキサンダーと頭を抱えるジェフの姿があった。
「……アレク様」
「……っ、ア、アビー、その」
目を逸らすアレキサンダーの様子に思った以上に傷ついたアビゲイルは、顔をくしゃっとゆがめてしまった。
はっきりさせようと強気に出てみたものの、アレキサンダーのその態度にあっという間に打ちのめされてしまう。
そんなに嫌だった?
目も合わせられないほどあたしのこと幻滅した?
婚約したこと後悔してる?
……別れる?
…………嫌だ。
そんなの絶対に嫌だ!
アビゲイルは込み上げるものを必死で抑えつつ、思い切って腰が引けているアレキサンダーにしがみついた。
「やだ……」
「……えっ?」
「別れたくない!」
「え、ええっ? ア、アビー?」
「幻滅しちゃった? あたしのこと幻滅して嫌いになっちゃった? どうしたら許してくれるの? どうしたら……!」
「ア、アビー」
「わ、別れたくないです~! 嫌わないで、お願い、別れるなんて言わないで~!」
しがみついてとうとう泣き出してしまったアビゲイルに、アレキサンダーは混乱した。アビゲイルがなぜこうも興奮して泣き出しているのかがさっぱりわからない。
俺がアビーを嫌う? あり得ないそんなこと。逆の立場ならともかくだ。
彼女は出会った時からずっとアレキサンダーを救ってくれていた。だというのに、そのような恩人に対して無体をはたらいて醜態を見せた自分のほうが嫌われて当たり前で、別れたいと言われても仕方がないというのに。
「何で、何で俺が、アビーを嫌う?」
「だってぇ、だってぇえええ……」
「アビーが俺を嫌いなのではないのか」
「ちがぁう~! 違うよぉ~! アレク様があたしのこと、嫌って……」
「嫌わない! 嫌ってない! 誰が嫌うものか!」
「……!」
アレキサンダーのシャツを掴んで嫌わないでと泣きわめくアビゲイルを、衝動的に両腕を回して、彼女を仰け反らせるようにしてぎゅうと抱きしめた。
そのサバ折り状態の衝撃と、廊下に響くような怒号じみたアレキサンダーの声に、目を見開いていたアビゲイルはしゃくり上げながらもアレキサンダーの首に腕を回した。
「姫様もお酒を召し上がられたとお聞きしましたので、さっぱりしたものがよろしいかと思いまして」
「すみません、ありがとうございます」
紅茶と一緒に出されたそのフルーツは、食べやすいひと口大の角切りにしてあって、白い身に胡麻粒大の食べても大丈夫な黒い種がびっしり入っている。切る前の物も一応籠に入れて持ってきてくれたが、黄色い実に緑のウロコのような襞がついているので、おや、と思った。
それはピタヤ(ドラゴンフルーツ)という、帝都では滅多に出回らない珍しいフルーツだ。メイドが「ゴールドドラゴンでございます」と言ってきたが、それって前世でも一番甘くて値段が高いやつじゃないかと目を見張る。さすが富豪の領地、ヘーゼルダイン。
そういえば前世でも高級フルーツショップにしか並ばない珍しいフルーツだったなあと思い出す。その時見たのは、このゴールドドラゴンではなくて、普通の赤い皮に白い身のホワイトドラゴンという一般的なものだったが。
聞くと勿論ヘーゼルダイン産で、食用サボテンの実だそうだ。前世の暖かい地域でしか育たないピタヤと違って、昼夜の寒暖差の激しいヘーゼルダインの岩石砂漠の気候でも丈夫に甘く育つ品種なのだそうだ。
一応皇帝陛下への献上品のひとつとして毎年食べごろの物を送っているそうで、皇室一家にも大好評だそうである。
さすが、ヘーゼルダインは人も果物も強いなあと、さくさくとした食感にさっぱりとした味わいがあって非常においしいそれをもぐもぐと味わいながらしみじみ思う。
夜なので眠れなくなってはいけないと、カフェインレスらしいお茶で喉を潤してからふう、と一息。
おいしい。そしてさっぱりする。
さっきまでの羞恥心とやらかした感からくるモヤモヤはほんの少しだけ解消された気がした。
貴重なフルーツを味わっていると、別のメイドが「失礼します」と入ってきた。
「姫様、殿様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「え、よ、よろしいもなにも、ここはアレク様のお邸ですから……」
「あの、実は殿様が十分ほど前から扉の前をうろうろしておりまして、躊躇されているようなので……」
「え、どうして……?」
むしろこっちが居候なのに、自分のタウンハウスで何を躊躇する必要があるの?
もしかしてと思って、アビゲイルはぎくりとした。やっぱりあの痴女もかくやと言わんばかりの快楽に弱い自分を見せたことで、顔も見たくないほどに幻滅したのだろうか。
一応客人であって婚約までしてしまったその女を無下にもできずに、挨拶くらいはと思ってやってきたけど、体調が悪いところにもう一度その顔を見る元気もないのでどうしたものかと躊躇しているのだろうか。
前世の女優の人生のせいで豊かすぎる想像力でいらん妄想をしては、心に剣がぐさぐさ刺さって最早白目をむきそうになるアビゲイルであったが、うだうだ悩むのも性に合わず、よーしはっきりさせようじゃないか! と立ち上がった。
つかつかとヒールを鳴らしてドアの前に立ち、その観音開きのドアをバーンとやや下品だが大きく開け放った。そこには勢いよく開いたドアに大きな体をビクリとさせたアレキサンダーと頭を抱えるジェフの姿があった。
「……アレク様」
「……っ、ア、アビー、その」
目を逸らすアレキサンダーの様子に思った以上に傷ついたアビゲイルは、顔をくしゃっとゆがめてしまった。
はっきりさせようと強気に出てみたものの、アレキサンダーのその態度にあっという間に打ちのめされてしまう。
そんなに嫌だった?
目も合わせられないほどあたしのこと幻滅した?
婚約したこと後悔してる?
……別れる?
…………嫌だ。
そんなの絶対に嫌だ!
アビゲイルは込み上げるものを必死で抑えつつ、思い切って腰が引けているアレキサンダーにしがみついた。
「やだ……」
「……えっ?」
「別れたくない!」
「え、ええっ? ア、アビー?」
「幻滅しちゃった? あたしのこと幻滅して嫌いになっちゃった? どうしたら許してくれるの? どうしたら……!」
「ア、アビー」
「わ、別れたくないです~! 嫌わないで、お願い、別れるなんて言わないで~!」
しがみついてとうとう泣き出してしまったアビゲイルに、アレキサンダーは混乱した。アビゲイルがなぜこうも興奮して泣き出しているのかがさっぱりわからない。
俺がアビーを嫌う? あり得ないそんなこと。逆の立場ならともかくだ。
彼女は出会った時からずっとアレキサンダーを救ってくれていた。だというのに、そのような恩人に対して無体をはたらいて醜態を見せた自分のほうが嫌われて当たり前で、別れたいと言われても仕方がないというのに。
「何で、何で俺が、アビーを嫌う?」
「だってぇ、だってぇえええ……」
「アビーが俺を嫌いなのではないのか」
「ちがぁう~! 違うよぉ~! アレク様があたしのこと、嫌って……」
「嫌わない! 嫌ってない! 誰が嫌うものか!」
「……!」
アレキサンダーのシャツを掴んで嫌わないでと泣きわめくアビゲイルを、衝動的に両腕を回して、彼女を仰け反らせるようにしてぎゅうと抱きしめた。
そのサバ折り状態の衝撃と、廊下に響くような怒号じみたアレキサンダーの声に、目を見開いていたアビゲイルはしゃくり上げながらもアレキサンダーの首に腕を回した。
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