上 下
84 / 123

81 面倒くさい人々

しおりを挟む
 プレイルームは本来、夜会において貴族の男性陣が煙草や酒、ビリヤードやカード遊びなどを嗜む大人の社交場であるはずなのだが、本日はカード遊びやビリヤードに興じている者はあまりおらず、そこの中央のテーブルが皆の注目を集めていた。

 女性が出入りすることはあまりない場所である。そんな場所にラリマールがアビゲイルを伴って現れたので、皆一様にこちらに注目してくるのが痛々しい。
 まあ放蕩時代のアビゲイルは平気で入り浸っていたのだが、今回はさすがにそうではないことは皆わかっているらしかった。

 何故なら、そこで注目を浴びている二人のうち一人が、この度新聞で発表されたアビゲイルの婚約者アレキサンダーだったからだ。
 プレイルームで賭け事で散財したり、酔いつぶれてしまった男性を、その夫人らが回収しにくる場面はよくあることだ。アビゲイルも婚約者であるから、その夫人的な役割として、アレキサンダーを回収しにきたことがわかったらしい。

「……らからね? 僕ぁね、あびー姫のような可憐らひとが、ヘンキョーなんかに行ってらいじょーぶらのかって聞きたいんれすよ! 正直、貴方ろようなひとが、アビー姫ろ、お眼鏡にかなったことが、もう信じられらい!」
「おい、いい加減に絡むのやめろって!」
「おまいらはそうは思わんろか!」
「声荒げるなって。……すみません閣下、本当に……」
「…………」

 大きな体をテーブルに突っ伏して、まだ液体の入った切子グラスを手にして、カランコロンと中の氷を揺らしながらぼうっとしているアレキサンダーの所に、ラリマールに伴われたアビゲイルがやってきた。
 彼のそばでおろおろしていたジェフが、二人を見て若干安堵の表情を見せた。

「アビゲイル姫様。ご足労でございました。うちの殿が……」
「聞きました。どうしてこんなことになったんですの? アレク様、アレク様、大丈夫ですか?」
「う~……アビー?」
「うわ、もう完全に酔っ払いの声だわ……」
「結局アレックスは一杯は確実に飲んだからねえ。はは、面白い奴だなあ」
「殿下ったら……。ちょっと貴方たち! 飲めない人に対してどうしてこんなことなさったの?」

 アビゲイルは下戸のアレキサンダーに対してどうしてこのような無茶な真似をしたのか、少し咎めるような声で問い詰めた。

「ア、アビー姫。俺たちはその……」
「と、止めたんですよ、僕たちは。けどこいつがどうしても聞かなくて」
「こいつ、アビー姫が西辺境伯閣下とのご婚約を決めた時から荒れちゃってて……」

 しどろもどろに弁解する令息たちだったが、謝りもしない態度に苛ついたアビゲイルがさらに文句を言おうとしたとき、彼女の手を取ってアレキサンダーがむくりと起きだした。

「違う。それはちあうぞ、アビー。彼らは、君ろことを、心配してるんら……」

 呂律の碌に回っていない口調と、トロンと確実に酩酊している表情で、アレキサンダーはアビゲイルに言う。
 こんな目に合わされても、相手をかばう様子のアレキサンダーが健気で、しかも蕩けた表情で真面目くさって言うから、アビゲイルは場違いにも悶えそうになる。

「アビーろことが心配れぇ、俺にぃ、本当に幸せにれきるろかと、らいじょーぶかと、彼らは君ろことを案じてたのら。優しい紳士ろ方々れはないか。アビーは、幸せ者ら……」
「アレク様ったら、もう何言ってらっしゃるのかわかりませんわ……さあもう帰りますよ」
「帰るろか……アビー、帰ってしまうろか……」
「あたしも一緒に帰りますよアレク様。アレク様のタウンハウスにお送りしますからね」
「ん……もうちょっと、一緒にいたい、アビー」
「はいはい、わかりましたから。タウンハウスにお送りするまで一緒です。帰りましょうね」

 酩酊して甘えだしたテディベア。
 悶えそうなくらい可愛いけども、面倒くさい感じになってきた。呆れながらそろそろ帰ろうと促したところで、テーブルの向こうで同じくクダを巻いていた令息がしくしくさめざめと泣きだしたのだ。

「うっうっうっ……」
「おい、今度は泣くのかよ……」
「すみませんね、閣下もアビー姫も……いい加減にしろと言い聞かせますから……」
「閣下ぁ~! 必ず~! 必ず、しやわせに、してやって~、ううう、くらさいれ~! うああああアビー姫ええええ」
「大声出すなよ! もう~、すみません、こいつこっちでなんとかしますんで、もうお帰りになってください、姫」
「そうですか……ああ、では失礼いたしますわ。ごきげんよう。……ほら、アレク様お立ちになって……」
「う~ん、アビー、もう帰るのか……?」
「そうですわよ。もう帰ってお休みにならないと」
「アビー、アビー……」
「はいはい」
「殿、ほらお立ちくださいませ」

 執事のジェフが大柄のアレキサンダーを立ち上がらせるも、そのままアビゲイルに倒れかかってきたので、押しつぶされそうになったところで、彼の腕をラリマールがひょいと取って自分の首にかけて支えてくれた。

「アレックス、ふふ、やっぱ面白いわお前」
「……らりまーる、久しぶりらな」
「うん、さっきぶりだね。忘れたのかい」
「アビーは……」
「いますよ、アレク様」
「うん……アビー、手ぇ、繋いでほしい……」
「ぐは、何この可愛い人」
「アビゲイルちゃん本音出てるよ。それにしても、妄想酔いにはアビゲイルちゃんの『七色の声』の効果はないんだねえ」
「不思議ですね。何が違うんでしょうね。水割りの水飲んでたのに」
「アビー、アビー……」
「ああ面倒くさいけど可愛いからもういいですわ。萌え」
「君もたいがい変態だね、アビゲイルちゃん」
「わあ辛辣」

 ラリマールと二人で両側からアレキサンダーを支えるアビゲイル。「それでは皆様ごきげんよう」と言い置いて、ジェフの先導のもと、一同はプレイルームを後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

底辺αは箱庭で溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:6,652pt お気に入り:1,289

家庭菜園物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,343pt お気に入り:1,026

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:3,464

愛してほしかった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:376pt お気に入り:3,710

真原くんはどうやらBLウォッチを失敗したようです

BL / 連載中 24h.ポイント:768pt お気に入り:127

召し使い様の分際で

BL / 連載中 24h.ポイント:1,185pt お気に入り:6,047

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:74,400pt お気に入り:30,013

ゲーム世界といえど、現実は厳しい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,220

あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

BL / 連載中 24h.ポイント:4,360pt お気に入り:171

処理中です...