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71 賢者になられても困りますので
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あれからアビゲイルはヴィクターの執務室から繋がるあの隠し部屋にあった文献を自分の部屋に運んでもらって、部屋で読むことにした。
これらをざっと読んだらしいマイケルが言っていたように、フォックス侯爵家は何代か以前の先祖のころから妖精の目撃談や逸話などがあったらしいことが分かった。
何代かに一人程度だが、妖精たちの加護を受けた親類縁者がいたらしいが、総じて彼らは結婚に対しての縁が遠かった。
婚期が遅れて晩婚となったくらいではまだいい方で、結局嫁の貰い手・来手がなくて生涯独り身だったりした者もいたとのこと。
確かに、あの空間において無垢な子供の姿にされてしまったり、ヴィクターに掛けられた幼児化の魔法は、結局ラリマールに如何わしい夢を見せられてようやく解かれたくらいに、彼ら妖精たちの(ラリマール曰く)処女童貞厨という話は本当のようだった。
それを考えると、あの妖精たちに愛されたらしいヴィクターに、急いで婚約者を見繕ってあげないとと、アビゲイルは心に決めた。
本来ならこんなことは子息の姉のするべきことじゃないが、少々のんびり屋の父とは別に、アビゲイルも姉として弟の良さを令嬢たちにどんどんアピールしていくべきだと使命に燃えた。
今なら息子の婚活に意欲を見せていた母の気持ちがよくわかる。
このまま家族以外の女嫌いな性分を何とかしなければ、文献や家系図にあるような一生独身で過ごしたご先祖の人生を追体験することになりそうだ。それは何としても避けたい。何せ、ヴィクターは親戚筋ではなくて本家筋の跡取り息子だから尚更だ。
アビゲイルの思いつくお相手候補としては、やはり釣書が届いていたローランド伯爵家のラクリマ姫だ。
ラリマール曰く、彼女もまた前世の記憶持ちで、しかもアビゲイルと縁のある人物だった人だ。
今生での人となりは、話したことがないので詳しくは知らないけれど、放蕩時代のアビゲイルを悪口大会を開催してやり玉に挙げていた姫君のグループには一切関わっていなかった公正な人だと思う。
けれどもその悪口大会の姫君グループも、全員がアビゲイルの過去の振舞いにより、決まった相手はいなくとも意中の人に粉をかけられたりなど、何らかの被害を受けていただろうので、悪口を言われて当然なのはアビゲイルのほうであるが。
そういう悪口に肯定も否定もせず、常に中立の立場を守っていたところは、アビゲイルというしょうもない姉を持つが、もともと曲がったことが大嫌いなヴィクターの、きっと良きパートナーになりそうな気がする。
前世でアビゲイルを刺殺した犯人の男がファンだったアイドル「ゆりり」。
それが今のラクリマ姫の前世だが、彼女は前世のアビゲイルである女優に対して「自分のファンが犯行を行った」という負い目があるため、合わせる顔がないと言っていたという。
親が釣書を送ったけれど、フォックス家に嫁に来るのは積極的でないらしいので、そこを何とか説得したいところだ。
どうせ、あたしは彼女がお嫁に来る頃にはこの家にはいないわけだし、気にしないでくれるといいんだけれども。
「何かお悩みですか、おひい様?」
気が付くと、アビゲイル付きの侍女であるルイカが心配そうな顔をしてそばにいた。就寝前のアビゲイルにホットミルクの入ったカップを渡してくれる。ほんの少しチェリーブランデーが入っていて、寝る前にほわりと体を温めてくれるのが嬉しい。
「ありがとう。ちょっとヴィクターのお嫁さん候補について考えていたの」
「まあおひい様ったら、お見合いが明日だというのに、ご自分のことよりヴィクター坊ちゃまのことですの」
「あたしはほら、アレク様とはもう気心知れているし、明日のお見合いはなんていうかもう形式的なものだから」
「あらまあ。でも確かにそうですね。本日西辺境伯閣下がお帰りになる際、おひい様の閣下への溺愛っぷりがよくわかりましたから」
「え、そ、そうかしら」
「ええ。それはもう」
本当ならもう既に会ってしまっているのだから、見合いとは言えないし、そもそもアビゲイルとアレキサンダーの婚約については、アレキサンダーが願い出たとはいえ、皇帝陛下の推薦状がある手前、ほぼ命令に近いいわば出来レースだ。これで二人が愛し合っていなければ完全なる政略結婚でそこに愛情を築くのに一体どれくらいかかったことやら。
「けど心配じゃないわけじゃないのよ。アレク様って純情なお方だから、旅のお宿で魅力的な従業員の女性に迫られたら、ちゃんとお断りできるかしらって、もう心配で心配で」
「確かにそんなことをおひい様も仰っておりましたけれど……あの……西辺境伯閣下なれば、その心配は無用かと」
「そうかしら。あんなに素敵な方だから、ご自分はモテないなんて謙遜してらしたけれど、辺境騎士団の騎士の皆さまにも慕われていて、それはもう大人気だったのよ」
「まあ、騎士様たちにとっては、あの体格の良さとお強い感じはかえって憧れかもしれませんけれども、女性から見たら、やはり少々厳つくて近寄りがたいように見えてしまいますから」
「……ルイカも、やっぱりアレク様のこと、怖いかしら?」
「いいえ、今はもう。おひい様のご様子から言って、もうそれほどとは思いませんわ」
確かアレキサンダーと初めて会ったとき、あのシズ元侯爵の麻薬乱交サロンの件だったけれど、その時に逃げ出したアビゲイルに追い付いたときにルイカも同席していて、あの時は彼女は唇を震わせながら怯えていたことを思い出す。
「でも束縛はほどほどになさらないと、閣下も少々お困りになられますわ」
「あー……そう、かも。あたし束縛魔なのかしら」
「おひい様のあの程度でしたら可愛らしいものですけれど。世間には自分以外の異性と少しでも喋るのを禁止したり、家から出さないといったことをする恐ろしい気性の女性もいるそうですから」
「う……確かに。そうならないように気を付けなければ」
まあアレキサンダーなら、アビゲイルの束縛程度、可愛らしく思いつつ優しく言い聞かせてあげるのだろうなと、彼の人となりを主人の傍らで少しだけ垣間見たルイカは思うのだった。
これらをざっと読んだらしいマイケルが言っていたように、フォックス侯爵家は何代か以前の先祖のころから妖精の目撃談や逸話などがあったらしいことが分かった。
何代かに一人程度だが、妖精たちの加護を受けた親類縁者がいたらしいが、総じて彼らは結婚に対しての縁が遠かった。
婚期が遅れて晩婚となったくらいではまだいい方で、結局嫁の貰い手・来手がなくて生涯独り身だったりした者もいたとのこと。
確かに、あの空間において無垢な子供の姿にされてしまったり、ヴィクターに掛けられた幼児化の魔法は、結局ラリマールに如何わしい夢を見せられてようやく解かれたくらいに、彼ら妖精たちの(ラリマール曰く)処女童貞厨という話は本当のようだった。
それを考えると、あの妖精たちに愛されたらしいヴィクターに、急いで婚約者を見繕ってあげないとと、アビゲイルは心に決めた。
本来ならこんなことは子息の姉のするべきことじゃないが、少々のんびり屋の父とは別に、アビゲイルも姉として弟の良さを令嬢たちにどんどんアピールしていくべきだと使命に燃えた。
今なら息子の婚活に意欲を見せていた母の気持ちがよくわかる。
このまま家族以外の女嫌いな性分を何とかしなければ、文献や家系図にあるような一生独身で過ごしたご先祖の人生を追体験することになりそうだ。それは何としても避けたい。何せ、ヴィクターは親戚筋ではなくて本家筋の跡取り息子だから尚更だ。
アビゲイルの思いつくお相手候補としては、やはり釣書が届いていたローランド伯爵家のラクリマ姫だ。
ラリマール曰く、彼女もまた前世の記憶持ちで、しかもアビゲイルと縁のある人物だった人だ。
今生での人となりは、話したことがないので詳しくは知らないけれど、放蕩時代のアビゲイルを悪口大会を開催してやり玉に挙げていた姫君のグループには一切関わっていなかった公正な人だと思う。
けれどもその悪口大会の姫君グループも、全員がアビゲイルの過去の振舞いにより、決まった相手はいなくとも意中の人に粉をかけられたりなど、何らかの被害を受けていただろうので、悪口を言われて当然なのはアビゲイルのほうであるが。
そういう悪口に肯定も否定もせず、常に中立の立場を守っていたところは、アビゲイルというしょうもない姉を持つが、もともと曲がったことが大嫌いなヴィクターの、きっと良きパートナーになりそうな気がする。
前世でアビゲイルを刺殺した犯人の男がファンだったアイドル「ゆりり」。
それが今のラクリマ姫の前世だが、彼女は前世のアビゲイルである女優に対して「自分のファンが犯行を行った」という負い目があるため、合わせる顔がないと言っていたという。
親が釣書を送ったけれど、フォックス家に嫁に来るのは積極的でないらしいので、そこを何とか説得したいところだ。
どうせ、あたしは彼女がお嫁に来る頃にはこの家にはいないわけだし、気にしないでくれるといいんだけれども。
「何かお悩みですか、おひい様?」
気が付くと、アビゲイル付きの侍女であるルイカが心配そうな顔をしてそばにいた。就寝前のアビゲイルにホットミルクの入ったカップを渡してくれる。ほんの少しチェリーブランデーが入っていて、寝る前にほわりと体を温めてくれるのが嬉しい。
「ありがとう。ちょっとヴィクターのお嫁さん候補について考えていたの」
「まあおひい様ったら、お見合いが明日だというのに、ご自分のことよりヴィクター坊ちゃまのことですの」
「あたしはほら、アレク様とはもう気心知れているし、明日のお見合いはなんていうかもう形式的なものだから」
「あらまあ。でも確かにそうですね。本日西辺境伯閣下がお帰りになる際、おひい様の閣下への溺愛っぷりがよくわかりましたから」
「え、そ、そうかしら」
「ええ。それはもう」
本当ならもう既に会ってしまっているのだから、見合いとは言えないし、そもそもアビゲイルとアレキサンダーの婚約については、アレキサンダーが願い出たとはいえ、皇帝陛下の推薦状がある手前、ほぼ命令に近いいわば出来レースだ。これで二人が愛し合っていなければ完全なる政略結婚でそこに愛情を築くのに一体どれくらいかかったことやら。
「けど心配じゃないわけじゃないのよ。アレク様って純情なお方だから、旅のお宿で魅力的な従業員の女性に迫られたら、ちゃんとお断りできるかしらって、もう心配で心配で」
「確かにそんなことをおひい様も仰っておりましたけれど……あの……西辺境伯閣下なれば、その心配は無用かと」
「そうかしら。あんなに素敵な方だから、ご自分はモテないなんて謙遜してらしたけれど、辺境騎士団の騎士の皆さまにも慕われていて、それはもう大人気だったのよ」
「まあ、騎士様たちにとっては、あの体格の良さとお強い感じはかえって憧れかもしれませんけれども、女性から見たら、やはり少々厳つくて近寄りがたいように見えてしまいますから」
「……ルイカも、やっぱりアレク様のこと、怖いかしら?」
「いいえ、今はもう。おひい様のご様子から言って、もうそれほどとは思いませんわ」
確かアレキサンダーと初めて会ったとき、あのシズ元侯爵の麻薬乱交サロンの件だったけれど、その時に逃げ出したアビゲイルに追い付いたときにルイカも同席していて、あの時は彼女は唇を震わせながら怯えていたことを思い出す。
「でも束縛はほどほどになさらないと、閣下も少々お困りになられますわ」
「あー……そう、かも。あたし束縛魔なのかしら」
「おひい様のあの程度でしたら可愛らしいものですけれど。世間には自分以外の異性と少しでも喋るのを禁止したり、家から出さないといったことをする恐ろしい気性の女性もいるそうですから」
「う……確かに。そうならないように気を付けなければ」
まあアレキサンダーなら、アビゲイルの束縛程度、可愛らしく思いつつ優しく言い聞かせてあげるのだろうなと、彼の人となりを主人の傍らで少しだけ垣間見たルイカは思うのだった。
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