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65 生々しい男の事情 ※R15(お下品注意)

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「ん~……ちなみに、弟君って婚約者や恋人はいないわけ?」
「え? いや、おりません。少なくとも私は存じ上げませんが……アビー、お前は聞いたことがあるかい?」
「いいえお父様、舞踏会で何人かの姫君と踊っていたのは知っていますけれど、その方たちとのことはそれっきりあの子からは何の話もされておりません」
「うん……私もだよ。お見合いの釣書は結構来ているのだけれど、あの子は頑として頷かないから……しかし、それが何か……?」
「…………」

 ラリマールはうーん、と唸りながら、その柔らかな巻き毛に指を入れてガリガリと掻き、何やら言いづらいのか、良さげな言葉を探しているようだった。

 妖精に掛けられた魔法らしいので、魔法は魔法使いに聞くしかないとして、この中で妖精など人間とは違う種族のことと魔法に詳しいのはラリマールしかいなかったため、彼の言葉を待つしかない。

「……ラリマール、俺からも頼む。なんとかアビーの弟君を治してやることはできないか」

 アレキサンダーが助け舟を出すようにして、大きな体を前傾させて頭を下げてくれた。彼もまた、恋人であるアビゲイルの大事な弟ということで、心配をしているらしい。

 そんな親友の姿を見て「よせ、わかってる」とため息交じりに顔を上げたラリマール。
 大人を嫌い、無垢な少年少女を好む妖精の性質を簡単に説明してから、言い辛そうに上目遣いで話し始める。

「……一番手っ取り早いのが、異性との性的接触。人によっては同性でもいいけれど」
「えっ」
「えっ」
「(うわあ……)」

 ローマンとアレキサンダーが、鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いてラリマールを見た。そんなようなことをラリマールから何となく聞いてはいたアビゲイルは、ここに来てラリマールの生々しい言葉にとてつもなく引いた。

「侯爵、ロズ・フォギアリア帝国での風俗的歴史については、僕はまだまだ不勉強なんだけども、この国じゃ男子の房事の手解き等は何歳ごろに誰によって行われるもの?」

 実に生々しい質問に、アレキサンダーがアビゲイルを心配して「無理に聞かなくてもいい」と言ってくれた。
 けれど、身体的には十七歳であっても前世を合わせると四十代半ばであるアビゲイルの精神はそこまで初心ではなかったので、大丈夫、という意味を込めて彼の手に自分の手をそっと添えてやると、アレキサンダーは少々戸惑ったような表情をしたがなんとか納得してくれたらしい。

 ラリマールの直球な質問に、父ローマンもアビゲイルのほうをチラチラと心配げに見ながら、平然とこくりと頷いて見せる娘に一応は納得して、しどろもどろに答える。少し後退している生え際が冷や汗でテラテラ光っているのが哀れである。

「は、はあ、あの……個人やその家の風習にもよるでしょうが、大体は成人を迎えてから、結婚後に恥をかかぬよう、玄人の……いわば高級娼婦による手解きが貴族の一般的かと」
「ちなみに、フォックス家ではどうしてた?」
「倅は、成人したばかりですので、その、まだ……」
「精通は」
「……それは、一年ほど前に使用人からの報告がありましたので、年齢的には極一般的かと……」
「ふーん……」

 父ローマンの顔が赤い。しかし、息子の性的なことは男親である父が使用人たちとともに指示してやらなければならないのは仕方のないことで。
 いずれは閨教育として娼館に連れていかなければならないが、あの家族以外の女性嫌い気味なヴィクターが納得してついてきてくれるかどうか心配なのだそうだ。

 でもちょっと待って。一番手っ取り早いって言っても、あの幼児の姿のヴィクターをプロのお姉さんに任せるなんて、倫理的な問題とか虐待的な犯罪的なナントカカントカになりはしないの?

 あの可愛らしい幼児の姿のヴィクターが大人の女性(娼婦)に色々されるなんて、想像しただけでも恐ろしい。

「ラ……ラリマール殿下! 発言をお許しください」
「うん? どうしたのアビゲイルちゃん、改まっちゃって」
「あの、い、今のヴィクターは幼児です! 娼婦を付けるなんて、そんな、は、反対です!」
「ん~……でも、精神は大人だから……」
「いやいやいやいや! 痛々しくて、そんなことをあの子にさせられません」
「……アビゲイルちゃんもさあ、案外弟君のこと言えなくて、かなりブラコン拗らせてない?」
「う……た、確かに弟は可愛いから可愛がってますけど、ブラコン気味な自覚はありますけれど、でも」
「落ち着きなさいアビー。殿下に失礼だぞ」
「お父様、でも……」
「うーん、言いたいことはわかるけども。あくまで手っ取り早い方法、ってだけだから、ね、アビゲイルちゃん」
「……あ、も、申し訳ありませんでした、殿下……」
「別に気にしないよ。けどちょっと落ち着こうか」
「はい……」

 いつもゼロ距離なところに居るから、最近ではよく忘れがちになるけれど、ラリマールは隣国ルビ・グロリオーサ魔王国の王弟だ。本来なら話しかけることもできないはずなのに、彼の好意でこうして間近で話をさせてもらっているだけだ。
 興奮したとはいえ、今のアビゲイルの行動はラリマールに対して失礼だったので、アビゲイルはばつが悪くなって、しおれるように座ってちゃんと謝罪の言葉を述べた。友人のよしみだということで、すぐに許してくれたラリマールには感謝しかない。

「夢……」
「え? アレク様……?」

 それまで黙って皆の話を聞いていたアレキサンダーがしばし考えてから、おもむろに告げる。

「何、アレックス?」
「ラリマール。ヴィクター殿に、夢を見せることは可能だろうか? 将来の夢とかでなく、夜眠りながら見る夢のことだが」
「夢……?」
「その……男の事情であって、女性であるアビーを前にして話すのは何だが」
「アレク様、この際あたし気にしませんので、お続けください」
「漢だねえアビゲイルちゃん」
「恐れ入りますわ殿下」

 男の事情とは所謂男の下ネタだろうが、残念ながら今のアビゲイルはそんなものにいちいち反応して赤面するような初心な娘ではなかった。

「男はその……思春期ごろから、官能揺さぶるような願望が夢に出て、その……寝ながら吐精することがあるから……」
「成程、む……」
「アビー、慎みなさい!」
「お父様、女の子は耳年増なのですわ」
「それを慎みなさいと言っている」
「……申し訳ありません。アレク様も」
「いや、まあ……それはいいんだが」

 下ネタを振ったのは自分であるから、アレキサンダーはアビゲイルに何も言えない。
 そして精神アラフォーなアビゲイルの事情を知らない父ローマンは、十七歳の娘が平然とした顔で下ネタ会話に参加しているのが耐えられなかったらしく、赤面しながら娘をたしなめた。あまり過ごせばお前もう出ていけと言われそうなので、アビゲイルはほどほどに押し黙ることにした。

 思い返せば放蕩時代に夜会などの社交の場で、アビゲイルと広く浅い関わりの貴族子息等が、リキュールに悪酔いしながらアビゲイルに下ネタをぶっこんできたことがあった。
 アビー姫が夢に出てきて下着を濡らしてしまうのですとか、あれはよく考えたら完全なるセクハラじゃないかと、当時話半分に聞き流してただ笑っていた自分を殴りたいとアビゲイルは思う。

「……なるほど。淫夢か。それならなんとか、肉体的にはダメージはないかもしれないな」

 ラリマールはアレキサンダーの意見に手をぽんと叩いて、アレキサンダーにサムズアップをして見せる。サムズアップが何か理解できてないアレキサンダーは、何も考えずにとりあえずラリマールに同じポーズをし返していた。

 要するに、子供の姿に戻ってしまったヴィクターに如何わしいことを肉体的に施すのではなく、如何わしい夢を見せれば、子供大好きな妖精たちの魔法はヴィクターから消え、今までの成人したばかりの十六歳の姿に戻れるはずだと、ラリマールはドヤ顔で言った。

 アレク様のご意見なのに、というツッコミが出そうになったけれど、また不敬だなんだと言われそうなので黙っておくことにした。
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