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57 なんてこと、ようじょか、しました

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 七色の声というのは昂った自分自身にも影響するらしい。怒りの気持ちはすっかり冷めて、怒鳴ってしまったことを、空中で固まってしまっている妖精たちに「ごめんなさい」と謝る。
 ふとその自分の謝る声がやたらと甲高いと思った瞬間、視線がどんどん低くなっていくのを感じる。
 恐る恐る掌を見ると、ぷくぷくした小さな両手で。その掌を震わせながら自分の頬に手をあててみると、やや下膨れたぷにぷにの頬っぺたがあって。

 貴方も愛らしい子だったのね
 声がとても綺麗
 とげとげの気持ちが柔らかくなってる

 どこから出したのか、妖精たちが姿見のような大きな鏡を出現させてアビゲイルの全身を見せてくれた。
 そこに写った自分自身の姿を見て、アビゲイルは愕然とした。

 幼い頃の自分がそこにいた。まだ成長途中の柔らかでふわふわなプラチナブロンドの髪を下ろして、子供らしいAラインのレースのワンピースを着た、在りし日の、十歳前後のアビゲイル・ステラ・フォックス侯爵令嬢がそこにいた。

「どうして」

 ここは子供たちのためにつくったやすらぎの場所

 簡潔な物言いで話す妖精の言葉に、アビゲイルは妖精が無垢で美しい少年少女好きというのを思い出す。

 ということは、この場所に運よくたどり着いた大人は、この場では何かの条件で無垢だった頃の子供の姿になってしまうのかと、アビゲイルはおそらくそうだろうというやや無理矢理な納得をした。
 アビゲイルだって子供のころは我儘一杯のお転婆娘だったけれども、それでも何も知らない無垢な子供だった。フォックス家は随分前から妖精の気配が染みついていたらしいから、その頃は妖精たちもアビゲイルを微笑ましく眺めていたのかもしれない。

 目の前の六枚羽の小人がふわふわ飛んでいるメルヘンな世界だ。魔族が瞬間移動して妖精が居て、猫が喋る世界だもの。こうなったらもうなんでもありだろう。
 
 少年の姿をしたヴィクターはまだ目覚めない。あれだけ無茶して揺すったりしたのに、全然起きる気配がない。
 安定した速度で胸元が上下しているから、深く眠っているだけで死んだわけではないのはわかっている。妖精たちが「安らぎが必要なの」と言っていたから、もしかしたら相当疲れてしまっているのかもしれない。
 この世界での仮初の姿なのだろうけれど、こんな小さな姿で身動きもできないほど疲れて寝てしまっているなんて、痛々しいことこの上なかった。
 ベンチに腰掛けてヴィクター少年に膝枕をしてやりながら、妖精たちに向き直る。

「あたしはアビー。貴方たちは本物の妖精さんなのね。……ヴィクターを守ってくれてありがとう」

 静かに感謝の意を伝えると、妖精たちは直立不動のまま固まっていたのが解けて、わらわらとヴィクターの周りに集まってくる。
 そのうちの一人がアビゲイルの肩に止まって語り掛ける。

 あの邸の魔法陣を消しておくんだった
 消しておけば貴方なんて呼ばれなかったのに

 あーあ、残念と言うように、アビゲイルの肩に座って足をばたばたと振りながら、そう憎まれ口をたたく妖精に、アビゲイルは苦笑した。拒絶の意志はもうないけれど、文句はいくらでも出てくるようだ。
 ということはあの魔法陣さえあれば、いつでも戻ることができるのだろう。この広大な詰草の花畑の中、さっき目が覚めた場所に戻るのは大変そうだけれども。
 ああでも、妖精の転移陣の発動の呪文、マイケル様が言っていたけれど、猫キックの衝撃ですっかり忘れてしまったからなあ……。

 妖精が見目麗しく純粋無垢な少年少女を愛するというのはどうやら本当のようで、眠るヴィクター少年の頬をその小さな手で撫でたり、さらさらのプラチナブロンドを撫でたりしている妖精たちに、ヴィクターは相当愛されているらしい。

 ここは何処なのかと聞いてみると、人間界と空間を隣り合わせた妖精界との狭間というなんともよくわからないことを言われた。
 一応、邸内にあるらしいが、今アビゲイルとヴィクターの肉体は人間界ではお留守になっているとのこと。
 邸内にヴィクターが居るのではないかと言ったラリマールと、邸内にヴィクターの匂いがすると言っていたマイケルの言葉はある意味本当だった。けれど、ラリマールが微妙な空気の変化を感じると言っていたのは、もしかしてこういうことだったのだろうか。

 なんとも説明がつかないが、今こうしているのは現実で。
 膝枕で気持ちよさそうに眠る少年姿のヴィクターも実体を感じるので本物なのかもしれない。この状況ではもう何でもありのような気もしたが、一応聞いてみることにした。

「どうして、びくたあをー、ここにつれてきたのー?」

 あれ、何だか口調までどこか舌っ足らずの気がする。体が幼女になったら口調や考え方も退化するのかしら。

 妖精たちはふと悲しい顔をしてアビゲイルに向き直る。そのうち眠るヴィクター少年の髪を撫でていた妖精の一人が、ふわりと舞い上がってアビゲイルに話す。

 このままだと、少々危険な関係になりそうだったから

「え?」

 子供なら、ただのお姉ちゃんっ子で終わるでしょ
 子供同士なら、すごく仲の良い姉弟で済むでしょ

「どういうことー?」

 ああなんだかこの小さい人たちが何を言っているのかわからなくなってきた。どうしたのかしら、ヴィクターがぐっすり寝ているのを見ていると、なんだかこっちまで眠く……。

 おやすみ、アビー
 おやすみ、ヴィクター




「我が君我が君わーがーきーみゃーーーー!」

 戻ってきたマイケルがドアをノックをしているらしいが肉球があるので音がしない。
 ラリマールはベッドにうつ伏せに沈んだままうんざり気味にふとそちらに顔を向ける。

 何やらフォックス侯爵令息が行方不明とのことで、アビゲイルと通信中に透視して、魔的な気配を感じた。
 アビゲイルに協力してやろうと、ロズ・フォギアリア帝国の帝都レクサールにあるフォックス侯爵のタウンハウスに、腹痛からくる魔界風邪でただいま絶賛体調不良の自分に代わり、使い魔のマイケルを派遣したはずだった。

 無視していたらがりがりと壁を掻く音がしたので、本当に仕方なくベッドにいるまま、指をクイと動かしてドアの鍵を開けてやる。
 向こう側のドアノブのほうにマイケルがしがみついたまま、その重さでドアがぎー、と開いた。相変わらずデカイ猫だなあと明後日の方向に感想が出るラリマール。

「何、何、何何何」
「我が君、ご報告いたします」
「弟君見つかったの?」
「いえ、妖精にょ魔法陣を発見しまして。フォックス侯爵令息ヴィクター殿はどうやらそこから妖精界に呼ばれてしまわれたらしいにょです」
「妖精……?」
「それで、その魔法陣にょあった部屋に妖精に関わる文献が色々ありまして。どうやらフォックス家は代々妖精に関わりにょある家系だった模様でございます」

 妖精って、あの面倒くさい種族か、とラリマールは思う。同じ魔法族だが魔族にとっては近しい種族とはいえどどうにも肌の合わない犬猿の仲である種族である。
 魔族側は妖精側をロリコンショタコン処女童貞厨と悪口を言い、妖精側は魔族側のことを血生臭い魔法オタクのド助平野郎どもと悪口を言っているくらいである。

「呼ばれたって……」
「有り体に申し上げますと、妖精に攫われたらしいにょです。ちにゃみに、うっかり私が魔法陣を起動させてしまって、探しにきたアビゲイル姫君も消えてしまいました」
「おい、おいおいおいおい……何やってんのお前」
「申し訳にゃい(てへぺろ)」

 バリトン声でてへぺろされても可愛くない。しかも反省してない。何でこんなのを使い魔にしたんだっけと自問自答するラリマール。

「妖精界っつったら……永遠に子供の姿にされてしまうじゃないか……。永遠の子供なんて、クーちゃんの存在が危ぶまれるな……。あれを戻すには……弟君はともかく、アビゲイルちゃんは……アレックスに連絡しないと駄目か。そういや、アレックスって今帝都に向かってなかったか?」
「アビゲイル姫君にょお話では、正式にゃお見合いにょ為に帝都レクサールに参る途中でして、今現在隣町にょ宿におられるとにょこと」
「……わかった」

 上から下から胃と腹の中の物をあらかた排出して大分ましになったけれども、まだ本調子でないラリマールは、そのふわふわした寝ぐせのついた銀髪をがりがりと掻きむしりながらむくりと起き上がった。

 そして手のひらに例の針水晶を出現させると、それにふわりと触れて画面をピュイと立ち上げる。しばらくの砂嵐ののち、熊のような厳つい顔の親友の顔が映し出される。

「やあアレックス。今いいかい」
『どうした、ラリマール。こんな時間に珍しいな』
「アレックス、アビゲイルちゃんのピンチだ。今から迎えに行くから、一緒にフォックス邸に行くぞ」
『え?』
「とりあえず、大人しくそこで待ってろ。今行く」
『どういうことだ? ラリマール? アビーに何かあったのか? おい、ラリマー……』

 通信を一方的にぶつりと切ると、ラリマールは指を弾いて夜着を魔導士のローブにチェンジして、「頭が痛い」と文句を言いながら、マイケルとともに転移陣を出現させ、次の瞬間にはその場から消えてしまった。
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