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46 日本的な魔王国

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 コロッケから端を発して、止まらなくなったアビゲイルはヴィクターと侍女のルイカ、侍従のレイと護衛騎士らを連れまわしてフードコートの食べ歩きをはじめた。
 
 ルビ・グロリオーサ魔王国からの店が多いのでその地方のB級グルメのオンパレードなのだが、どれをとってもまるで前世のお祭りのような見たことのある食べ物が多くて驚く。ホットドッグやフライドポテトはもちろん、紅ショウガが乗っただけのチープなソース焼きそばとかたこ焼きみたいなものも売っている。流石にこの世界のタコっぽい生物は食用でないので中に入っているのはソーセージの小さく切った物だったが。
 
 ヴィクターはふわふわの綿菓子に感動していたし、ルイカはりんご飴を食べるのがもったいないと眺めてばかりいる。ルイカの横で鈴カステラが甘ったるいけど何故か止まらないとレイが嘆いていた。誰だデブ製造機だとか言ったの。
 護衛たちにも労いでドリンクを奢ってやったら、なんと瓶入りのラムネらしきものが売っていたのでそれを買って振舞うと、その開けた瞬間の間欠泉みたいな噴き出しように驚いて剣を抜きかけたのを慌てて抑える。その後恐る恐る飲み始めた次の瞬間には護衛達もみな満面の笑みで爽快感を味わっていた。
 これはレモネード? と言っていたけれど、そういえばラムネはレモネードが鈍ったって聞いたことがあったっけ。
 
 日本に帰ってきたのかしら。
 
 青のりのついた唇を半開きにして、たこ焼きもどきの刺さった楊枝を手にぼーっと感動に浸っていると、ルイカが慌ててハンカチで口を拭ってくれた。
 何で前世での日本のお祭りがここで再現されているのだろう。もしかしてルビ・グロリオーサは日本なのか。
 そう呟くと、ラリマールがニヤニヤしながら言うのだ。
 
「僕がこの食文化を作った」
「えええええ」
「本当だよ。ここまでくるのに何百年かかったか……」
「魔族ならではの気の長いお話ですこと」
「食べながら喋ると吹くよ、アビゲイルちゃん」
「姉上、はしたないですよ」
「弟君の口癖みたいになってるけども」
「ディフォルトでございますわ殿下」
「君は全然悪びれてないね。弟君、君って大変だったのね」
「……まあ、これが姉ですので」

 話がアビゲイルのしょうもなさに行きそうだったので、「それで」とアビゲイルは話題を軌道修正する。
 ラリマールは「僕が目覚めたとき……」と言い出したので、それは暗に前世を思い出した時ということだとアビゲイルは思った。
 
「自分の国の食文化に嘆いてね。今ではグルメと評判のレッドキャップゴブリンの一族でさえ、肉を焼いて喰うことしかしてなかった。これでは嘆かわしいと思ったわけだよ」

 前世のときのラリマールは仕事がブラック企業のゲーム開発会社だったらしく、不規則な生活のお供はジャンクフードだったらしいから、こういったファーストフードの開発にやたらと力を入れたらしい。
 曲がりなりにも王族のやることだから国内でそれはそれは流行った。そして魔法の国とも謳われるルビ・グロリオーサ魔王国であるから、あらゆる術式を組み込んだオートメーション工場が次々と出来上がり、かの国の食文化を何百年もかけて構築し、今のようになったらしい。
 ラリマールの前世での思い出と趣味から、こうして日本のお祭り風なのがルビ・グロリオーサ魔王国では定番になったようだ。
 
「ラリマール殿下ってすごい方でしたのね」
「今更それ言う?」

 ついうっかり口を滑らせてしまったが、よく考えるとこの人は隣国の王弟なのに、こんなに気さくに話してくるからついこちらもそれに乗ってしまうところがあるのだ。
 ラリマールに対して軽口を言うアビゲイルにヴィクターもハラハラしているようだから、この辺でやめておかねばと思う。
 
 フードコートの屋台を端から端まで歩き回ってすっかりお腹もくちくなってきたので、いい加減食べ物屋ばかりでなくお土産物のコーナーも回らなければならない。
 母へのお土産を見繕わなければならないのだ。
 
 あつあつの屋台の料理でも持って帰ると冷めてしまうから持って帰るわけにもいかず、何か食べ物以外で母の気に入るような、可愛らしくて、綺麗で、珍しい物はないかと探していると、ラリマールが骨董商の露店に案内してくれた。
 
 母はたとえ安いものでも見た目のかわいらしさを喜ぶので、ブランド物でなくとも喜んでくれるはずだ。
 猫の足跡模様のティーカップとソーサー、ケーキやお菓子の形をした持ち手が可愛らしいカトラリーのセット、ローズクオーツで出来たテディベアの小さな置物などが並んでいて、見ているだけでも面白い。
 店主がこれはこういうもので、という説明を事細かにしてくれるし、どれも若いアーティストが作った一点ものだと教えてくれた。一点ものなら値打ちがあるだろうし、ブランド物にはない良さがある。
 全部買ってしまいたいほど可愛いし、きっと母も気に入るだろうと思われる物ばかりだ。
 
「迷うわね~……どうしようかしら」
「綺麗なお嬢さん、どういうものをお探しで?」
「えっとね、可愛くて綺麗で素敵な物なんだけれど……」
「どれも可愛くて綺麗な一点ものですよ」
「そ、そうなんだけれど、決められなくて。本当にどうしようかしらねえ」
「ご主人、可愛い物とかきれいな物とかが好きな母に贈り物をしたいのだが、お勧めはどれだろうか」

 優柔不断でなかなか決められないアビゲイルに助け舟を出すようにヴィクターが店主に尋ねた。流石に父について商業ギルドに商談に行っているヴィクターはこういう時に頼りになる。
 店主は少し考えてから「花はお好きですか、その方は?」と聞いてきた。
 母は確かに可愛らしい花が大好きだが、日持ちしないものは避けたいとアビゲイルが口をはさみかけたとき、店主は何か思い出したように後ろに置いてあったアイテムボックスをがばっと開けてなにやら物色し始めた。
 ようやく何かわら半紙に包まれた物を取り出して、埃のついていたところを布で丁寧に拭ってから、アビゲイルとヴィクターの前にどんと置いて見せた。
 
 筒状のガラス容器の下部分に半透明な小石が敷き詰められていて、そこから色鮮やかな花が咲いてゆらゆらと揺れている。手で持ったり動かしたりすると、花びらがゆらゆらと揺れるので、中には水が入っているらしい。
 店主がそのガラス容器の下の置物とする足の所を少し操作すると、ガラス容器はぽわーっと色鮮やかな光を放ち始める。中に魔石を入れているらしく、時間が経つと光の色が少しずつ変化していく特殊なランプのようだった。
 
「まあ、綺麗……!」
「水中花の卓上ランプだよお嬢さん」
「水中花? っていうと、これは本物の花じゃないのね。それにしても精密ね、花びらにも脈のような物があるし、本当の生花みたいだわ」
「そこはアーテイストの力さね。光の魔石を入れているから色々と光の色が変わるから面白いだろう? 光が暗くなってきたら、魔石を交換すればずっと使えるし、魔石の寿命も長いから楽しんでもらえると思うよ」
「へえ、素晴らしいですね。姉上、こちらにしましょうか?」
「そうね……お母様にはこれかな。あ、そうだ。さっきのお菓子の形をしたカトラリーセットもください。あんな可愛いの逃す手はないわ」

 出かける前に、父ローマンに、好きなものを買いなさいと言質を取ったので、気にせずに買い物ができて楽しい。

「まいどあり。お嬢さんたちも綺麗で可愛らしいから、おまけしちゃおうか」
「え、いいの?」

 店主はそう言ってローズクオーツのテディベアの置物もつけてくれた。これらを定価で買ったとしても、以前のアビゲイルのドレス一着分にもならないのだが、それでもこのクオリティの骨とう品ならもっと高くてもいい気がする。
 
 しっかりと請求先を父にして、アビゲイルは品物を包んでもらいながら満面の笑みをしていた。
 
 このお土産を持っていけば、きっとお母様もお話を聞いてくださるわ。
 どんな頑なな人間でも、言葉を尽くして礼を尽くせば、きっと聞き入れてくださるものだし、お母様にラリマール殿下のお国とアレク様のヘーゼルダイン地方の良いところをアピールしまくらなければ。
 
 包装紙で包んでもらって手提げ袋に入れてもらったものを侍女のルイカに手渡すとその重さにルイカがびっくりしていたが、そこをヴィクターの侍従のレイが彼女からひょいと手に取って、馬車まで持ってくれた。
 ルイカが赤い顔をしていたのが印象的であったが、そんなことをわざわざ聞くほど無粋じゃない。
 
 その後、馬車に乗りこむ前にラリマールに帰宅する旨の挨拶をすると、ラリマールはニコニコ笑いながら日本語でアビゲイルに話しかけてきた。
 
『帰ったらびっくりすることがあるかもしれないよ、アビゲイルちゃん』
『え、なんて?』
『いや、何でもない』
『日本語で言うからには何かあるに決まってるんでしょう?』
『ははは。今言うのは無粋かなと思って。まあ、楽しんで』
『楽しむ? どういう……あ、もう!』

 ごまかしたラリマールがまた魔法陣をバチバチ言わせてその場から消える。
 
 ラテンミュージックやダンスがあるという情報を手に入れられたのが美味しい。そして文字通り美味しいもの食べることができたし、お土産も買えたし、今日は充実のお出かけだった。
 とりあえず戻ったらアレク様からの手紙を確認しなくちゃ。それで時間になったら魔石通信で連絡しないとね。
 
 ワクワクしているのが顔に出ていたのか、「よっぽど楽しかったんですね、姉上」とヴィクターに言われてしまった。
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