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36 女は言葉にしてほしい

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 アビゲイルとアレキサンダーは身分的にも年齢的にも釣り合っているから、周囲の同意を得て本人らの意志があれば結婚することは可能だと思う。

 アレキサンダーのことはアビゲイルの父ローマンは高く評価しているし、国境騎士団を有する防衛の要として西辺境伯はロズ・フォギアリア帝国皇帝オーガスタ陛下にも覚えが目出度い。
 帝都の二十歳以上年上でアビゲイルと同年代の子供の居る貴族の後妻や愛人にならないかという申し込みばかり来ているアビゲイルであるから、高血圧高脂血症のハゲデブ親父に比べたらアレキサンダーは超優良物件だ。

 母ニーナはアレキサンダーを悪く言っていたけれど、母一人くらいなら、父が言い聞かせれば納得はしてくれるだろう。そもそもの原因はアレキサンダーじゃなくて、離れるのが嫌だという、子離れができないことにあるから。
 弟のヴィクターはどうだろう。アレキサンダーに対する悪いことを言っていた様子はないので、こちらはどう出るかはわからないけれど。

『ヘーゼルダインに来る気はないだろうか?』

 遠回しな言い方がいかにも奥手のアレキサンダーらしい。
 つまるところプロポーズなんだろう。
 厳ついけれど男らしいタイプで好みだったため、素敵だなあと思っていたから、素直に嬉しいのだが、さっきあんなふうにネチネチ文句言ったのに、アビゲイルのどこに好きになってもらえる要素があったのだろうと思ってしまう。

 アビゲイルが黙っていると、意味がわからないととられたようだった。

「あ、でも今もうここに来ているじゃないか、という意味ではなくて、その……つまり、何というか……ここに、ずっと居てくれたら、嬉しい、というか……つまり、その……」
「もう、閣下ったら落ち着いて。『つまり』って言葉が全然つまっておりませんことよ」
「す、済まない……!」

 一応おバカな放蕩娘をしていて男も引く手数多だった経験があるから、何となくは分かる。
 アレキサンダーの好意が、欲情がしっかり自分に向けられていることに。

 だからちゃんと「つまり」の先を言ってほしい。
 お友達は唇にキスなんてしないのよと言ったら、ヘーゼルダインに、自分のところに来てほしいときた。
 「つまり」頬へのキスだけでは嫌だと、お友達の関係では嫌だということなのだろう。それを察してやらないといけないのがなんともむず痒い。

 どんなにすごいディープなことしてても、婚約もしてない、「好きです」と告白もしていないなら、せいぜいとぉーっても仲の良いお友達のままなのだ。

 アビゲイルは立ち上がりかけていた腰を再びソファーに下ろして改めてアレキサンダーに向き直った。雰囲気からわかっているけれど、あえて聞く。
 
「閣下、あたしのこと、好きなんですの? ずっと一緒に居たいくらい?」
「……っ!」

 真っ赤になった。その反応は肯定の意と取られても仕方がありませんからね。

「……本当に? 放蕩娘でパッパラパーだった女ですわよ? 傾国とか社交界の蝶とか言いたいこと言われて馬鹿にされてきた女ですわよ」
「……違う、貴方は過去はどうあれ、今は俺を二度も正してくれた人だ。そんな貴方を、俺は……」
「『俺は』……?」
「……………………」

 だからちゃんと言葉にしてよ!

 俺は、の次が出てこない。女はその先の言葉を聞きたいものなのに。アビゲイルは口下手で奥手なアレキサンダーがもどかしくなってやけくそ気味に自分から言うことにした。

 人生は短い。言いたいことも言わず、やりたいこともしないでいたら、あっという間に今生は終わってしまうから、というのは前世のことで痛いほど味わったから。
 
「あたしアレキサンダー閣下のこと大好きですけれども。愛しちゃってますけれどもね」
「……! あ……う……」

 アレキサンダーはもう言葉が出ないところをを見ると、感動して驚きすぎているらしい。

「う~ん……でもどうしよっかなぁ……」
「ひ、姫……?」
「あたしは閣下のこと好きですけれど、閣下はちゃんと言ってくださらないところをみますと、そんなに好きじゃないんでしょうし?」
「……い、いや、そんなことは!」
「じゃあ、好きですか? あたしを愛してくださる?」
「……っ、す、……あ、愛……っ」

 真っ赤になって口ごもり、ついにアビゲイルの目を見ていられなくなったアレキサンダーは目を伏せて口元を覆ってからこくりと無言で頷く。アビゲイルは追い打ちをかけるようにアレキサンダーを覗き込んだ。

「……ほんと?」

 コクコク。

「お友達のキスじゃ嫌なくらい?」

 コクコク。

「唇にキスしたいくらい愛してます? もっとイチャイチャしたいくらい愛してます?」

 コクコクコクコクコクコク。

 ……まあまあ及第点かな。口下手すぎて二十五年そのまま生きてきた人にいきなり口達者になれと言っても困惑するだけだろうし。そのうち感極まったらちゃんと言語化してくれるかな。

 真っ赤になりすぎて顔まで逸らして口元を押さえている熊さんが目の前にいて、何ともきゅんと可愛く思えてしまったアビゲイルは、やおら立ち上がると、そのままアレキサンダーの片膝に座って彼の首に腕を回して愛おしそうに抱きしめた。

「姫……」
「アビーと呼んでくださいまし。アレックス様……アレク様とお呼びしてもよろしい? ラリマール殿下が貴方を呼ぶときとは違うお名前で呼ばせて頂きたいわ」
「それは……嬉しい、アビー、殿」
「もう……アレク様ったら、あたしに敬称とかいりません」
「ア、アビー……?」
「うふ、嬉しい」

 アビゲイルに完全に陥落したらしいアレキサンダーの様子に、「愛しい方」と耳元で囁いてから、アビゲイルはおもむろに彼の耳たぶをはむ、と咥えた。

「……っ、ア、アビー……!」

 耳たぶに舌でちろちろと舐めまわしてからちゅ、ちゅ、と吸いついてやると、アレキサンダーがガチガチに硬直しているのがわかる。それでいて短い息を吐いているから、ちょっと官能を拾ってかなりアビゲイルの行動に焦っているらしい。テンパリ具合がなんだか可笑しい。

 ちゅぽ、と唇を耳たぶから離しておもむろに彼の真正面に向き直ると、アレキサンダーのウルトラマリンブルーの目が少し充血していて、頬はもう茹蛸みたいに赤くなっていた。その真っ赤な頬にちゅっとキスをすると、アレキサンダーは困ったような表情でアビゲイルを見る。

 もう……世話が焼けるなあ。かわいい。

 上気した表情でくすっと笑ってから、アビゲイルはアレキサンダーの両頬に手を添えて、彼の唇にちゅ、ちゅ、と細かいキスを落とした。
 そのうち触れるだけのキスに耐えられなくなったアレキサンダーが生理的にそっと口を開いたので、それに応えるようにして彼の口内に舌を差し入れる。すぐさま彼の舌と合流してちゅぱちゅぱと唾液を絡ませた。
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