傾国とか社交界の蝶とか普通に悪口

樹 史桜(いつき・ふみお)

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26 語るに落ちる

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 アレキサンダーの協力もあってヘーゼルダイン西辺境の地理や歴史、経済情勢などを学ぶと色々なことが分かって面白くなり、一日中邸の図書室で勉強をしていることが多くなると、家族もアビゲイルの行動の目的が気になるようで、お茶の際に両親が質問してきた。弟のヴィクターは子息の集まりで外出していた時の出来事だ。
 
「そういえば、最近の書籍購入履歴に辺境地帯の地図帳や歴史とか文献が多いのは、アビーの購入した物かい?」
「ええお父様。もちろん頂いたお小遣いでやり繰りしていますし、ドレスやアクセサリーを買うよりは安く上がっていると思いますが……何か、ございましたか?」
「いや、それはいいんだけど。突然どうしたのかなあと思っただけだよ。アクセサリーやドレスも買っていいんだよ? お金をある程度使うのも貴族の務めだからね」

 分かっているのだ。例えばドレスを買えばそのドレスメーカーと生地屋に金がゆきわたり、アクセサリーを買えば宝石省や原石を発掘する業者に金が行き渡る。食事にお金を使うことで料理人や原材料をを作る農家などに金が行き渡る。そういう経済を回すことで全ての領民が潤うのだ。
 
 けれど、前世を思い出す前のパッパラパーな自分はともかく、思い出したあとのアビゲイルは庶民根性が染みついてしまって、散財などできはしない。
 自分で稼いだ金でもないくせに、親のすねかじりで散財などとんでもなかった。
 
 最近は本ばかりなので、書店を数件回って価格を調べてから、自分に与えられたお小遣いの予算内で何とか賄うように計算して買っている。
 
 本来そういうことは家令や財産管理人がすることなのだが、どうにも買うものの値段が気になって計算をしてやりくりをしてしまい、「おひい様には経理の才能がおありになる」と言われた。
 それを聞いた両親、とりわけ母に「貴族の姫ともあろうものが金に汚いと思われる」とこっ酷く説教をされてしまったけれど。
 
「アビーったら、最近は肌寒くなったからとストールを一枚注文しただけで、あとはすっかり御用がないと、ドレスメーカーの者が嘆いておりましたわ。最近は着古した楽なドレスばかり選んで」

 母はそう言うけれど、あのドレスは締め付けも少なくて着慣れているから心地がいいのだ。自宅で好きな服を着て何がいけないというのだろうと、また屁理屈が出そうになる。どうもこの貴族の習慣というのは慣れない。以前は平気だったのに、その生活には全く戻れないでいる。
 
「でも最近は特別に出なければならない夜会などございませんし」
「何を言っているの、アビー。貴方もう結婚適齢期よ。せっかく醜聞も晴れてきたのだから、この際夜会にどんどん出席していいお話を持ってきて頂戴!」
「(また始まった……)」

 最近の母はアビゲイルの婚活に余念がない。ついこの前まで弟のヴィクターの婚活に心を砕いていたというのに、ヴィクター本人にやる気がなくて、一時大げんかになってヴィクターがますます意固地になってしまったため、それ以来矛先がこちらに向いてきてしまったのだ。
 前世でも普段はそんなこと言わない母が酔うとそんなことを愚痴っていたなあと思い出して懐かしいような気もするけれど、うんざり感は転生しても変わらないのだ。
 
 そんな母を宥めるように父が苦笑しながら話をつづけた。

「ま、まあまあ。そういえば、例のヘーゼルダイン西辺境伯様や隣国の王弟殿下との手紙のやりとりは続いているのかいアビー?」
「ええ。西辺境のことや隣国のことをとても詳しく教えてくださって、勉強になりますわ」
「まあ……アビー貴方、西辺境や隣国の方に懸想しているのじゃないでしょうね?」
「は? 懸想って、人聞きが悪いですわお母様」
「…そのような方々じゃなく、ちゃんと帝都の立派なご子息とのご交流を深めたらいいのに」

 どこそこのご子息とのお付き合いはまだ続いているの、だの、どこそこのご子息はもう婚約者ができたという話でどうして捕まえておかなかったの、だのとくどくどとお説教のような母の喋りが止まらなくなる。

「ニーナ、やめなさい。どちらも立派な方々だよ」
「だってあなた、あの恐ろし気な容貌で、日々魔物狩りなどをしている辺境伯と、いくら美しくても魔王の弟、魔族の方よ? あのような恐ろしい方々、アビーには合いませんわ。放蕩してた頃はもっとちゃんとした殿方とのお付き合いをしていたから、多少我儘でもとやかく言ったりしませんでしたのに……!」

「(あ。なんとなくわかっちゃったな)」
 
 結局、あれからアレキサンダーとラリマールとやり取りしている手紙は、向こうから送られたものとこちらから送ったもの、どちらも二通に一通は届かないという結果になり、何となく探りを入れていたら、どうにも郵便局員が誰かに命令されてアビゲイルの手紙を抜き取っているらしいことを知った。
 手紙を出さなくてもあの通信用魔石があるから彼らとは連絡は取れるし、送ったという手紙の内容もあとから教えてもらえたし、こちらも教えたから、連絡が途絶えて心配ということがないからいいのだが、全く手紙を出さなくなっても、抜き取った人物が不審がる気がして、手紙を送ることは続けていたのだ。
 抜き取った人物は誰だろうと思っていたのだが、語るに落ちるとはこのこと。
 
 ラリマールを魔族ということで畏怖の念が母にあるのは仕方がない。いくら恒久的な停戦条約が結ばれた友好国とはいえど、種族の違う国、まして魔王の治める魔族の国。その王弟と娘がやり取りしていれば、心配になっても仕方ないと思う。これは大丈夫なのだと説明して納得してもらうしかないだろう。

 けれども、アレキサンダーに対する母の言い分に違和感があった。
 
 西辺境には魔物も出るというのはよく知られた話だが、アレキサンダーは辺境騎士団の総団長であり、上から指示する役目だから、実際に魔物狩りをするのはその部下たち騎士の役目だというのが一般的な知識だろう。
 だが、彼自身が先頭に立って魔物を日々狩る仕事をしているなんて、帝都の貴婦人が知るはずもないし知らなくていいことだ。
 それは「辺境伯自身が魔物狩りなんて、知られると耳障りが良くないので、他言はしないでくれるとありがたい」と言って、アレキサンダーがこっそりと手紙に書いたと、魔石の通信で教えてくれたことだったから。
 
「お母様」
「な、何? アビー」
「『手紙』の件でお話があります」
 
 母が扇の向こうではっとして明らかに狼狽えたのが分かって、アビゲイルははあ、とため息をついた。
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