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25 結婚だけが人生じゃない気がしてきた

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 友人と呼べる人間はアビゲイルにはいない。
 そもそも世間の言うように、社交界の蝶と指さされるほど、男性の間を行き来する広く浅い交友関係しか築いてこなかった自分が悪いのだが。
 改心(?)したアビゲイルは今まで一切誘われなかった貴婦人たちのサロンへも最近は呼ばれるようになったが、そこでも父や弟の将来のことで有益そうな交友関係は広まれど、友と呼べる人間をつくることができないでいる。
 
 前世では劇団の仲間たちが家族のように接してくれたし、お互いに切磋琢磨し、叱咤激励を繰り返して演技を磨いてきたいわば友と呼べる人間たちが多々いたものだ。
 その中でも同期に劇団に入団した女性の友人は、ときに喧嘩もしたけれど、お互いに本音を言い合える良き友人だった。
 あの大好きなミュージカルのヒロインのオーディションを受けるにあたり、倍率がすごすぎるから大丈夫かと心配してくれたり、そのオーディションに受かったときに一番最初におめでとうのメールをくれたのも彼女だったなあとしみじみ思い返す。
 彼女は今頃いい女優になっているだろうか。控え目だけれどときにはっとするような演技をする子だったから、きっと活躍しているに違いないが。
 
 社交界というものは一見華やかでありつつも、腹の探り合いや権力の横行、羨望と嫉妬の嵐で、とくに女性陣が集まればファッションの流行の話や恋の話をカモフラージュに悪口大会のオンパレードだ。陰口だけならいいけれど、あからさまに目の前でニコニコしながら嫌味を言われることもあり、はっきり言って女性陣のグループには近寄りたくないと思う。
 かといって男性陣のグループといえば、どこそこの誰それという令嬢は顔は地味だが体つきがセクシーでそそるので、一晩くらいなら相手してほしいだとか、どこそこの誰それという令嬢は姿は好みじゃないけれど、政略結婚をすれば遊んで暮らせそうだとか、なんとも下半身と遊ぶ金の良し悪しで物を考える輩のやたらと多いこと。
 
 もちろん以前のアビゲイルもそういった噂の恰好の的になっていたのだが、根がパッパラパーの快楽主義であったので、嫌味を聞えよがしに言われても気づかず奔放に振舞っていたのが、今では恥ずかしい。
 思い返せば「まあアビー姫様は今日も艶っぽくいらっしゃること」などと言われて喜んでいたけれども、あれは裏を返せば「色気ばかり振りまいて節操なしで下品だこと」と遠回しに言われていることにも気づかないバカタレであったと思わずにはいられない。
 
 台本の行間を読んで振舞えと監督に怒鳴られながら過ごしたことを思い出せば、以前のアビゲイルという令嬢がいかに頭に花が咲いたどうしようもない子だったかが良くわかる。
 人が変わったと言われるようになってから呼ばれたサロンやお茶会では、未だに以前の振舞いを掘り返して嫌味を言ってくる者もいて、人の印象というのはそう短期間では変わらないらしい。
 
 たまに嫌味でなく変にべた褒めしてくる令嬢たちもいるけれど、それはアビゲイルに対してではなく、アビゲイルの弟であるヴィクターに少しでも良い印象を与えたいという下心が見えていて、今のアビゲイルは寂しい気持ちを味わっていた。
 
 男性陣は近づいてはくるけれど、決して結婚の話を匂わせてこないところを見ると、アビゲイルは彼らにとっては一時的な遊びの相手としか見られていない。お見合いの釣書の中に彼らの名前が一切ないところを見ればよくわかるのだ。あんなに仲良くしていても、アビゲイルのような放蕩娘は結婚相手たりえないのだろう。
 
 この調子で親友を作るのなんて、夢また夢の話だ。
 だからアレキサンダーとラリマールという話し相手、文通相手ができたことが何よりうれしかった。
 アレキサンダーは見た目は厳つくてあまり令嬢には好かれないけれども、前世の記憶を思い出したアビゲイルにはストライクゾーンど真ん中で、しかもあのシズ侯爵の麻薬乱交サロンの事件から、アビゲイルの過去にとらわれずに仲良くしてくれる貴重な人物だ。
 ラリマールは前世が同時代の日本に居た人であったということもあって、種族は違えど頼もしい同郷の人(魔族)である。
 社交界からも家族からも浮いていた自分を見てくれる人物に出会えたことが嬉しくてたまらなかった。
 
 自分の将来について考えたとき、以前は漠然として父の言うままどこか帝都の貴族の男性に嫁いでいくのだろうなと思っていたけれど、最近ではアレキサンダーやラリマールの居るヘーゼルダイン西辺境地帯やルビ・グロリオーサ魔王国のことを勉強して、向こうで何か職に就けないかと考えるようになった。
 かといって自分のような箱入り娘に一体何ができるのかと思うけれども、例えばヘーゼルダインの孤児院にでも就職して子供たちの世話をするのもいいかもしれないと、最近母について孤児院に行くことが多いことからそう思うようになってきた。
 
 そんな折に、あのラリマールからもらった通信用の魔石により、アレキサンダーにそんな話をする機会があった。
 
『ヘーゼルダインでは、魔物の被害や気候的な被害もあるから、子供の成人までの生存率が帝都に比べて低いのが難点だ。だから子供というのは貴賎を問わず大事にされている。孤児院も立派に作られていて、そこに居る子供たちが望めばどんな勉強でもさせてやれるように、私たち貴族も力を添えてやっているんだ』
「そうなのですね。そこに関しては帝都の孤児院は少し遅れている気がしますわ」
『けれどまあ、帝都の文官になりたいという子供よりも、辺境騎士団に憧れて騎士に入隊する子供も多いな。騎士団には孤児院出身の者も多く活躍しているよ』
「実力主義で貴賎を問わないのですね。なんだか貴族社会の権力主義が至極矮小なものに思えてなりませんわ」
『そんな大げさなものではない。貴賎に拘っていては辺境ではやっていけないだけなのだよ。手を取り合わなければ辺境では平和に暮らせないからな』
「うーん、ますますヘーゼルダインに興味が沸いてまいりました」
『そ、そうか……! 何だか照れくさいな。だが、自分の故郷が姫のような方にそう言ってもらえると、なんだか誇らしいものだ。田舎だからと気おくれしていたけれども』
「いいじゃありませんか、田舎なんてそんな風に言っちゃいけませんわ。ギスギスした都会なんかよりずっといいですわよ」
『……姫は、私が思う姫君とは若干異なるようだ。そんな風に言ってくれた姫君など今まで出会ったことがない』
「あら、アレキサンダー閣下の初めてを一つ頂いてしまいましたわね」
『は、初めてって……! 姫、あまりからかわないでくれ』
「うふふふ」

 そんな話をして、アレキサンダーの郷土愛にほっこりしたのを覚えている。お互いに協力しなければ生活できない環境の厳しさにもまれながら、人を活かす政策を続けている辺境地帯という土地は、都会に比べて何もないように見えても帝都にはない豊かさを感じていた。
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