傾国とか社交界の蝶とか普通に悪口

樹 史桜(いつき・ふみお)

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23 ラリマールの秘密

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 ラリマール・ドニ・グロリオーサ、ルビ・グロリオーサ魔王国王弟であり、大賢者と呼ばれる魔導士。
 
 そんな彼に宿る前世の記憶というのは、ブラック企業である倒産寸前のPCゲームの製作会社のゲームクリエイターだったそうだ。
 締め切りに追われて連日徹夜の作業に心身ともに疲れ果てた結果、ようやっととれた仮眠中、そのまま過労で息を引き取ったという記憶があった。
 
 そんな彼がその記憶を思い出したのは悠久の昔の話だそうだ。
 
『ゲームってどんなゲームを作っていたのですか?』
『それ聞く? 十八禁のエロゲーだよ。男性向けの』
『あああ……そういう世界のお仕事でしたか。てっきり、ゲームセンターでうちの弟(前世)がやってた対戦格闘ゲームとかかと思っていました』
『まあ倒産寸前の会社のゲームなんてそんなもんだけどね』
『ゲームのタイトルはちなみに何というのですか? 参考までに』
『確か、『茨の戴冠』とか言ったかな』
『何だか難しいタイトルですね』
『ああ。というか、僕もよく覚えてんなあ、何百年も前に思い出したことなのに』

 ちなみにラリマールはキャラクターのデザイン担当だったらしく、その中の悪役女性キャラクターにことのほか力を入れていて、まるで理想の恋人のように描いていたらしく、そのキャラクターを悪役として使うことでシナリオライターともめたそうである。
 
 アビゲイルも自分の前世のことを話して聞かせたが、どうにも前世は同じ時代に存在した人間だったらしく、懐かしいやら何やらで驚いてしまった。
 
『けど、有名ミュージカルの主演女優が制作発表会前に刺殺されたってニュース、聞いたような気がする』
『あれ? でもあたしより後に亡くなられたという貴方様が、数百年前に記憶を思い出したって、年代が違いすぎませんか? あたし、今十七歳ですよ?』
『魂は時間の束縛を受けないってことかな」
『そ、そうなんですか……不思議なことがあるものなんですね』

 前世の出来事を話しだした会話から、二人はこの世界では通じない日本語での会話となっていた。
 急に聞き覚えのない異国語を流暢に喋り出したアビゲイルとラリマールに、部屋の隅に控えていたルイカたち侍女の皆は首を傾げている。

 気になっていたこと。アビゲイルは、女優であった前世の自分があのアイドルのファンの男に刺殺された。
 そのあと、あのミュージカルの公演のことや家族はどうなったのか。
 前世のラリマールとアビゲイルは見も知らない他人同士だったのだから、詳しくは解らなくとも、ニュースなどで見たのであれば教えてほしいと、ラリマールにすがりつく。
 
『う~ん……僕もネットニュースで流し読みしてただけだから、詳しい話はわからないんだけど』
『それでもいいです、教えてください』
『ん~、じゃあ言うけど、ミュージカルは舞台自体に問題はなかったけど、公開前に主演女優が事件の被害者になったってことで、中止になったはずだよ』
『だ、代役とかは……?』
『立てられなかったらしい。もともとダブルキャストの予定はなかったんでしょ』
『あ、確かにそうでした……! だから口酸っぱく監督に風邪引くな怪我するなと言われてたのに。あああ~……莫大な損害が出たんだろうなあ……あたしが死んだばっかりに……!』
『それはしょうがないでしょ。あの世界で死は誰にも止められないからね』
『それはそうですけど……』
『容疑者は現行犯で逮捕されたけど、それが有名アイドルのファンだったってことで、そのアイドルの子も自責の念に駆られて事務所を自分から辞めたって結構なニュースになってたなあ』
『……そのアイドルの子、実はミュージカルの主人公役のオーディションを一緒に受けてたライバルだったんですよね』
『ああ、それで……ファンの逆恨みってやつか』
『ええ……』
『それと、あとは君の家族のことだけど、近親者のみの葬儀を行った話は聞いたけど、それ以上はわからない』
『……そうですか。でも、ありがとうございます』

 主演女優に抜擢されたけれども、もともと傍役ばかりでそんなに売れている女優じゃなかったため、ニュースで大々的に取り上げられるような葬式ではなかったのだろう。近親者のみの葬儀というのが家族の愛情が感じられて涙が出そうになる。
 
 お父さん元気かな。お母さん泣いてないかな。弟もやけになっていたりしないかな。
 
 それを考えると見る見るうちに目に涙が溜まって、ぼろぼろと零れ落ちてしまった。慌てて手で拭うも、あとからあとから流れてきて、止まりそうもない。
 
「あ、あの、ラリマール殿下。おひい様に一体何を……!」

 急に泣き出したように見えたアビゲイルに、脇で見ていたルイカら侍女たちが慌てて駆け寄ってくるが、アビゲイルは慌ててルイカにそれを否定した。
 
「ち、違うの、これ、決してラリマール殿下にいじめられたとかじゃないから!」
「そうだよ~、濡れ衣だからね」
「そ、そうですか。でも、おひい様何故突然……?」
「家族愛に感動してるんだそうだ。アビゲイルちゃんは家族が大好きなんだってさ」
「そ、そうなの。いろいろややこしいけど抜粋するとそうなの。お父様もお母様もヴィクターも大好きなの。もちろん、ルイカ、貴方たちも大好きよ!」
「は、はあ。それは、とても光栄なことですけれども」

 アビゲイルはごまかすように「ありがとう! いつもありがとう!」と彼らに言うので、その通る声に絆されてやっと大人しく脇に下がった。
 
 それを見ていたラリマールは、「なるほどね」と一人で納得して、すっかり冷めてしまった紅茶のカップをぐいと煽って飲み干した。
 
『七色の声の秘密はこういうことか。記憶を思い出す前の君は宝の持ち腐れ状態だったんだね』
『え?』
『アビゲイルちゃんの元々の声に、前世での発声法、それが組み合わされたことで、その魔力めいた七色の声が完成したんだろう。だから、今の君の声を聞くと誰もが君に心地よくなって好感を持つようになる』

 前世を思い出す前の放蕩娘だったアビゲイルは、良い声を持っていたが、それを活用できていなかった。
 彼女がちやほやされていたのは、その恵まれた美貌だけ。それでも声がごくたまに良い発声で出た瞬間のみ、その声に魅了された者がいただろうが、それだけだ。
 しかし、その元々良い声を有効に活用できる、前世で女優だったころに学んだ美しく声を出す発声法を使い、七色の声を完成させた。さらにその声の持ち主が傾国と呼ばれるほどの美貌だったなら、それは誰もが魅了されても仕方がないと、ラリマールは言う。
 
 だから、新種麻薬「エンジェル・アイズ」で深い酩酊状態だった者の脳にもしっかりと響き渡って覚醒をさせることができた。
 だから、嘲笑の対象としてアビゲイルを見ていた貴族社会の皆が、手のひらを返したかのように見直してくれた。
 だから、問題児としか見てくれていなかった父と母、それにフォックス家の面汚しとしてアビゲイルを毛嫌いしていた弟までが、暖かく接してくれるようになった。
 
 それがこの声を出すだけで起こりうる魅了の力だったとしたら。

「え……そ、それじゃあ、あたし、あまり喋らないほうがいいかもしれないってことですか?」
「家族や親しい人以外には誰彼かまわずに話しかけるのは極力やめたほうがいいね。……ああ、もう君はそういうのは卒業したんだっけ」
「はあ、あの、懲りたといいますか」

 前世を思い出していなくても、あのシズ侯爵の麻薬乱交サロンの件があったら、いくら尻軽の放蕩娘であろうと懲りるに違いないと思う。
 あのまま目覚めなかったら、麻薬を摂取させられて酩酊状態のまま、あのフロアの中心で全裸で蠢いていた男女の仲間となっていたかもしれないのだ。婚約者もまだ居ない未婚の侯爵令嬢が、あのような辱めを受けていたら、もうどこにも嫁ぐことなどできはしないだろう。
 
「君って最近、また夜会やお茶会、サロンなんかにも参加しているんでしょう? 今後は君から積極的に行かなくても相手のほうからどんどんアプローチがあるかもしれない。それも老若男女問わずだ。気を付けた方がいい。本当の貞操の危機はこれからかもしれないよ」
「そんな……具体的にどうしたら」
「まあそうだね、手始めに、弟君から離れないようにしたらいいんじゃない? 彼は今君に夢中じゃない」
「夢中って。弟が姉に夢中はありませんでしょ」
「あーらら。知らぬは本人ばかりなりってやつかあ。弟君も可哀そうに」
「え?」

 いや別に、と言いながら、侍女が再度注いでくれた紅茶を口にするラリマールに、何やら不思議なものを感じて、アビゲイルもまた、紅茶に口をつけた。
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