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16 読み聞かせ会
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フォックス侯爵家では侯爵夫人ニーナの慈善事業として、孤児院に訪問して、食料や文房具、衣料品などの物資提供をしている。
前世を思い出す前のアビゲイルは興味も無かったのだが、今回からは同行したいと母に頼んだら、「アビーが大人になりましたわ」と涙を流して喜ばれた。
母ニーナは侯爵夫人という高い身分にありながらも、手芸やお菓子作りなどが大好きで、アビゲイルもヴィクターも、よく母の作った手編みのマフラーを貰って身に着けたり、母の作った焼き菓子などを食べたものだった。
今日もまた、母は孤児院の子供たちのために趣味で作ったものをたくさん用意して出かけようとしていた。
そんなときにアビゲイルが何かお手伝いできませんかと言うと、母は驚きつつも喜んだ後、今日のお土産は本がたくさんあるから、子供たちに読み聞かせをしてやってくれないかと言われて心が躍った。
孤児院につくと、やって来た人の中いつもの侯爵夫人様と、もう一人年若い見慣れない女性がいるので、子供たちは不思議そうな顔をしていた。
母がいつものように院長とお話をしたのちに、大きな荷物を従者に運んでもらってから、中に入っていた物資を子供たちに手渡ししていく。
今日の物資は、小麦と肉や野菜などの食料物資、石鹸やタオルなどもろもろの生活必需品、これから寒くなるので暖かい衣料品と常備薬セット、子供たちに文房具と本、それに、母の手作りのお菓子だった。
子供たち一人一人にお菓子や文房具を手渡して、その頭を撫でてやる母の愛おし気な瞳がまた聖母のようで眩しかった。
母は子供が好きで、本当は父との間にもう一人か二人は欲しかったらしいのだが、ヴィクターのあと体調不良が続いたせいで、医者にもうこれ以上はやめた方がいいと言われてしまったそうだ。
今は二人の子供、アビゲイルとヴィクターが十七と十六で成人済なので、すっかり子供と縁遠くなってしまったから、孤児院の子供たちが可愛くて仕方がないらしい。
孤児院を経営するシスター長に、ニーナは娘のアビゲイルを紹介し、アビゲイルも一応礼をしたのだが、シスター長はアビゲイルの名を聞いてちょっと眉を顰めたので、アビゲイルは「あ、これ評判の悪さが伝わってる」と思って恐縮した。
侯爵令嬢でありながら、母について今まで一度も顔を見せに来なかった放蕩娘が、今更何を取り繕ってやってきたのかとでも言いたげな厳しい目で見られてしまったのだ。
しかし、これは自分の今までの行いが悪すぎるのがいけないので、シスター長を責めることはできない。
汚名を返上できるのは、自分しかいないのだ。
ここで引き下がったら女が廃ると思ったアビゲイルは、このシスター長を見返すように子供たちと仲良くなってやろうと決意した。
ここで、今までろくに役にも立ってなかった自分の美貌が役に立つことになる。
子供たちは御伽噺が大好きだ。その御伽噺から出てきた姫君のようなアビゲイルを見て、特に女の子が目をキラキラさせて近寄ってきてくれたのだ。
「ねえねえ。お姉ちゃんは、お姫様なの?」
「うん? そうねえ、一応ね」
「お姫様、お話読んでー」
「おひめさまー」
「わわわ、ちょっと待ってね」
母に言われていた本の読み聞かせをすることになって、持ってきた本の中から取捨選択をする。
子供たちにはどんな本がいいだろう。お姫様がでてくるお話とか、魔法使いが出てくるファンタジーなのがいいか。
アビゲイルは色々と考えた結果、一つの本を手に取った。
「さてさて! おばあちゃんの大切な宝物が奪われてしまってさあ大変! 主人公たちはどう立ち向かうのか! 大冒険のはじまりはじまり~!」
やや芝居がかった言いまわして声を張り上げると、子供たちはなんだなんだと目を輝かせて走り寄って来て、アビゲイルのそばに座ってくれた。
そんなアビゲイルを母も初めて見るようで目を見開いていたのがなんともおかしいし、シスター長も眉間に皺を寄せていた表情がちょっと「おっ?」という顔になっている。上々だ。
アビゲイルはその本を、女優であった前世の台本読みで培った感情を込めたセリフ回しでどんどんと読み進んでいく。
老女のセリフは老女らしく、大男のセリフは少し声をだみ声にして。主人公の少年たちは二人いるので、声色を少し変化させて、どっちがどっちかを区別できるように読んだ。
「やめて! これはアタシの大事なものよ!」
「さっさとよこしなぁ婆さん!」
「大変だ、僕たちであいつをつかまえよう!」
「そこで二人は無謀にも泥棒を捕まえる作戦をかんがえるのだった!」
地の文の読み方は講談師のようなベベンベン、と効果音が尽きそうな語り口調で読む。
声色を変える熱の入った読み聞かせに子供たちは大爆笑ののちに、わくわくと楽しそうな目でアビゲイルを見てくれていた。
「このわしからぁあ、逃げられると思うなぁ小僧!」
「魔法使いが魔法を使ってそこに呼び出したのは一人の少年! だが魔法使いの目は驚きに見開かれた!」
悪い魔法使いのセリフはちょっと高めの声で変態度合いを強めて言うと、セリフがあるだけで子供たちはお腹を抱えて笑っていた。
アビゲイルは悪者のときは悪い顔、ユーモアのある役にはちょっとおどけたような顔と、その役によって表情も作っていたので、子供たちはアビゲイルの顔芸を見ても爆笑していたのが、いいのか悪いのか複雑ではあるが。
休憩をはさんでからもっと読んでとリクエストが来たので、アビゲイルは合計一時間半ほど読み聞かせ会を続行し、子供たちには大盛況だった。
女優であった前世の経験が役に立ったと思った。
役によって声色を変えたり表情を変えたりするのは得意だったが、今生では初めて披露したものだから、母ニーナも驚いてぽかんと口を開けてみていたのが可笑しくてたまらない。
そろそろ家に帰る時間となって、母と一緒にシスター長に挨拶に行くと、シスター長は初めアビゲイルを見ていたときの眉間の皺がすっかり取れていた。
「……子供たちがあんなに喜んで貴方のお話を聞いていましたから、貴方は噂の人柄とはもう変わられたんですね。子供たちがあんなに楽しそうに笑って……偏見を持ってしまって申し訳ありませんでした」
「い、いいえ。その噂は本当ですし、自分が悪いので何も言えませんが、これからは汚名を返上するように努力します!」
「まあ、アビーったら」
「それはすばらしいことですね。ニーナ奥様。姫様はきっとこれからはどこに出しても恥ずかしくない立派なレディーに変わられますでしょうね」
「シスターにそう言って頂けて、私も誇らしいですわ」
シスター長はアビゲイルに意地悪な目を向けていたわけではない。あの放蕩娘のアビゲイルが、子供たちに悪影響を及ぼさないかを心配しての警戒した表情だったのだろう。
今回、子供たちに読み聞かせをして、すっかり子供たちの人気者となったアビゲイルを見て、その警戒を解いてくれた。
こうして一人一人でも、自分の今までのイメージを捨てて新しい自分をみてくれることが本当に嬉しかった。
馬車に乗りこむ前に、子供たちがアビゲイルに駆け寄ってきてくれて、手作りの花冠を手渡してくれた。
「おひめさま、帰っちゃうの?」
「うん。また来るね」
「またお話読んでね」
「うん、もちろん。読んで欲しいの決めておいてね」
「うん!」
「おひめさま、ばいばい」
「おひめさま、まじょに気を付けてね。まじょはおひめさまをねたむものよ」
「あはは。うん、気を付けて帰るね」
子供たちに思いっきり手を振られながら、馬車に乗りこんで帰宅の途につく。
「アビーったらすっかり子供たちに人気者になっちゃったわね。また来ないと『お姫様どうしたの』って言われちゃうわよ」
「あはは。次も忘れずにつれてきてくださいね、お母様」
「もちろんです。貴方も貴族の姫としての役割だと思いなさいね」
「こんな楽しい役割なら、大歓迎ですわ」
「まあそうね。うふふふ」
お土産にもらった花冠を頭に乗せて、母と今日の思い出を語りながら、アビゲイルは今日の夜、アレキサンダーとラリマールに書く手紙の内容をこれにしようと決めた。
前世を思い出す前には感じたこともなかった満ち足りた気持ちに、ふわふわと高揚する自分にアビゲイルは苦笑した。
※出典 オトフリート・プロイスラ―「大どろぼうホッツェンプロッツ」
だけど、ちょっとセリフ変えてあります。
前世を思い出す前のアビゲイルは興味も無かったのだが、今回からは同行したいと母に頼んだら、「アビーが大人になりましたわ」と涙を流して喜ばれた。
母ニーナは侯爵夫人という高い身分にありながらも、手芸やお菓子作りなどが大好きで、アビゲイルもヴィクターも、よく母の作った手編みのマフラーを貰って身に着けたり、母の作った焼き菓子などを食べたものだった。
今日もまた、母は孤児院の子供たちのために趣味で作ったものをたくさん用意して出かけようとしていた。
そんなときにアビゲイルが何かお手伝いできませんかと言うと、母は驚きつつも喜んだ後、今日のお土産は本がたくさんあるから、子供たちに読み聞かせをしてやってくれないかと言われて心が躍った。
孤児院につくと、やって来た人の中いつもの侯爵夫人様と、もう一人年若い見慣れない女性がいるので、子供たちは不思議そうな顔をしていた。
母がいつものように院長とお話をしたのちに、大きな荷物を従者に運んでもらってから、中に入っていた物資を子供たちに手渡ししていく。
今日の物資は、小麦と肉や野菜などの食料物資、石鹸やタオルなどもろもろの生活必需品、これから寒くなるので暖かい衣料品と常備薬セット、子供たちに文房具と本、それに、母の手作りのお菓子だった。
子供たち一人一人にお菓子や文房具を手渡して、その頭を撫でてやる母の愛おし気な瞳がまた聖母のようで眩しかった。
母は子供が好きで、本当は父との間にもう一人か二人は欲しかったらしいのだが、ヴィクターのあと体調不良が続いたせいで、医者にもうこれ以上はやめた方がいいと言われてしまったそうだ。
今は二人の子供、アビゲイルとヴィクターが十七と十六で成人済なので、すっかり子供と縁遠くなってしまったから、孤児院の子供たちが可愛くて仕方がないらしい。
孤児院を経営するシスター長に、ニーナは娘のアビゲイルを紹介し、アビゲイルも一応礼をしたのだが、シスター長はアビゲイルの名を聞いてちょっと眉を顰めたので、アビゲイルは「あ、これ評判の悪さが伝わってる」と思って恐縮した。
侯爵令嬢でありながら、母について今まで一度も顔を見せに来なかった放蕩娘が、今更何を取り繕ってやってきたのかとでも言いたげな厳しい目で見られてしまったのだ。
しかし、これは自分の今までの行いが悪すぎるのがいけないので、シスター長を責めることはできない。
汚名を返上できるのは、自分しかいないのだ。
ここで引き下がったら女が廃ると思ったアビゲイルは、このシスター長を見返すように子供たちと仲良くなってやろうと決意した。
ここで、今までろくに役にも立ってなかった自分の美貌が役に立つことになる。
子供たちは御伽噺が大好きだ。その御伽噺から出てきた姫君のようなアビゲイルを見て、特に女の子が目をキラキラさせて近寄ってきてくれたのだ。
「ねえねえ。お姉ちゃんは、お姫様なの?」
「うん? そうねえ、一応ね」
「お姫様、お話読んでー」
「おひめさまー」
「わわわ、ちょっと待ってね」
母に言われていた本の読み聞かせをすることになって、持ってきた本の中から取捨選択をする。
子供たちにはどんな本がいいだろう。お姫様がでてくるお話とか、魔法使いが出てくるファンタジーなのがいいか。
アビゲイルは色々と考えた結果、一つの本を手に取った。
「さてさて! おばあちゃんの大切な宝物が奪われてしまってさあ大変! 主人公たちはどう立ち向かうのか! 大冒険のはじまりはじまり~!」
やや芝居がかった言いまわして声を張り上げると、子供たちはなんだなんだと目を輝かせて走り寄って来て、アビゲイルのそばに座ってくれた。
そんなアビゲイルを母も初めて見るようで目を見開いていたのがなんともおかしいし、シスター長も眉間に皺を寄せていた表情がちょっと「おっ?」という顔になっている。上々だ。
アビゲイルはその本を、女優であった前世の台本読みで培った感情を込めたセリフ回しでどんどんと読み進んでいく。
老女のセリフは老女らしく、大男のセリフは少し声をだみ声にして。主人公の少年たちは二人いるので、声色を少し変化させて、どっちがどっちかを区別できるように読んだ。
「やめて! これはアタシの大事なものよ!」
「さっさとよこしなぁ婆さん!」
「大変だ、僕たちであいつをつかまえよう!」
「そこで二人は無謀にも泥棒を捕まえる作戦をかんがえるのだった!」
地の文の読み方は講談師のようなベベンベン、と効果音が尽きそうな語り口調で読む。
声色を変える熱の入った読み聞かせに子供たちは大爆笑ののちに、わくわくと楽しそうな目でアビゲイルを見てくれていた。
「このわしからぁあ、逃げられると思うなぁ小僧!」
「魔法使いが魔法を使ってそこに呼び出したのは一人の少年! だが魔法使いの目は驚きに見開かれた!」
悪い魔法使いのセリフはちょっと高めの声で変態度合いを強めて言うと、セリフがあるだけで子供たちはお腹を抱えて笑っていた。
アビゲイルは悪者のときは悪い顔、ユーモアのある役にはちょっとおどけたような顔と、その役によって表情も作っていたので、子供たちはアビゲイルの顔芸を見ても爆笑していたのが、いいのか悪いのか複雑ではあるが。
休憩をはさんでからもっと読んでとリクエストが来たので、アビゲイルは合計一時間半ほど読み聞かせ会を続行し、子供たちには大盛況だった。
女優であった前世の経験が役に立ったと思った。
役によって声色を変えたり表情を変えたりするのは得意だったが、今生では初めて披露したものだから、母ニーナも驚いてぽかんと口を開けてみていたのが可笑しくてたまらない。
そろそろ家に帰る時間となって、母と一緒にシスター長に挨拶に行くと、シスター長は初めアビゲイルを見ていたときの眉間の皺がすっかり取れていた。
「……子供たちがあんなに喜んで貴方のお話を聞いていましたから、貴方は噂の人柄とはもう変わられたんですね。子供たちがあんなに楽しそうに笑って……偏見を持ってしまって申し訳ありませんでした」
「い、いいえ。その噂は本当ですし、自分が悪いので何も言えませんが、これからは汚名を返上するように努力します!」
「まあ、アビーったら」
「それはすばらしいことですね。ニーナ奥様。姫様はきっとこれからはどこに出しても恥ずかしくない立派なレディーに変わられますでしょうね」
「シスターにそう言って頂けて、私も誇らしいですわ」
シスター長はアビゲイルに意地悪な目を向けていたわけではない。あの放蕩娘のアビゲイルが、子供たちに悪影響を及ぼさないかを心配しての警戒した表情だったのだろう。
今回、子供たちに読み聞かせをして、すっかり子供たちの人気者となったアビゲイルを見て、その警戒を解いてくれた。
こうして一人一人でも、自分の今までのイメージを捨てて新しい自分をみてくれることが本当に嬉しかった。
馬車に乗りこむ前に、子供たちがアビゲイルに駆け寄ってきてくれて、手作りの花冠を手渡してくれた。
「おひめさま、帰っちゃうの?」
「うん。また来るね」
「またお話読んでね」
「うん、もちろん。読んで欲しいの決めておいてね」
「うん!」
「おひめさま、ばいばい」
「おひめさま、まじょに気を付けてね。まじょはおひめさまをねたむものよ」
「あはは。うん、気を付けて帰るね」
子供たちに思いっきり手を振られながら、馬車に乗りこんで帰宅の途につく。
「アビーったらすっかり子供たちに人気者になっちゃったわね。また来ないと『お姫様どうしたの』って言われちゃうわよ」
「あはは。次も忘れずにつれてきてくださいね、お母様」
「もちろんです。貴方も貴族の姫としての役割だと思いなさいね」
「こんな楽しい役割なら、大歓迎ですわ」
「まあそうね。うふふふ」
お土産にもらった花冠を頭に乗せて、母と今日の思い出を語りながら、アビゲイルは今日の夜、アレキサンダーとラリマールに書く手紙の内容をこれにしようと決めた。
前世を思い出す前には感じたこともなかった満ち足りた気持ちに、ふわふわと高揚する自分にアビゲイルは苦笑した。
※出典 オトフリート・プロイスラ―「大どろぼうホッツェンプロッツ」
だけど、ちょっとセリフ変えてあります。
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