傾国とか社交界の蝶とか普通に悪口

樹 史桜(いつき・ふみお)

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14 文通の約束とジト目の弟

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「あ、あの、閣下には、あたしなどが手紙を送ってしまって悋気する方はおりませんの? 本当に大丈夫でしょうか」

 不躾だがこれは確認しなければならない。送ってしまってアレキサンダーがトラブルに巻き込まれたら大変だ。
 前世を思い出す前のアビゲイルならそんなことすら確認せずに送ってしまっただろうけれど、もう馬鹿丸出しの恥知らずは卒業したのだから。
 
 アレキサンダーは一瞬きょとんとしたものの、次の瞬間に噴き出すように笑った。
 
「はは、姫はおかしなことを心配する。私のようななりでは女性に悋気どころか好意も寄せられぬよ。だから、心配しなくていい。……正直に言うと、姫が手紙をくれるというのは嬉しい」

 あ、今ちょっと顔赤らめた。
 大きなテディベアがはにかんでいるみたいで可愛い。
 強面とかいうけれど、精悍で男らしい顔だと思うけどな。

「こ、小娘の言う社交辞令だと思われてたら悔しいので、ちゃんと書きますから。あの、返事は、特に気にしなくて、いいんですけれど」

 でもくれたら嬉しい。それが無意識に顔に出ていたのかもしれない。アレキサンダーは笑って「ちゃんと返事も書く」と言ってくれた。
 
 身分の高い相手にかなり失礼なお願いだとは思ったが、こうしてダンスを共に踊った上に、あの隣国の王弟ラリマール殿下から正式に紹介があった人だ。
 色々確認したうえで、本人に了承を得たのだから良しとすることにして、言ってみるものだと改めて思ってアビゲイルは笑った。
 
 そうしているうちに音楽が終わり、ラストダンスが終わったあと、フロアで踊っていたカップル全員に惜しみない拍手が送られた。
 ダンスフロアを出て脇に戻ると、ひときわ目立つ白銀の姿のラリマールが拍手で出迎えてくれる。
 
「なかなか様になってるじゃないかアレックス。まるで美女と野獣だね」
「ほっといてくれ」
「ふふふ」
「アビゲイル姫まで……」
「ごめんなさい。すごく楽しかったです、閣下。お手紙の件、絶対送りますから」
「ああ、ありがとう」

 先ほどのダンスですっかり親密になっている二人に興味津々とばかりにラリマールが食いついてきた。

「なになに、手紙って。ペンフレンドにでもなったの?」
「はい。ご領地にお帰りになってしまわれて、せっかくラリマール殿下にご紹介されたのに、アレキサンダー閣下とのご縁が切れてしまっては寂しいですので、割と強引に文通のお約束を取り付けてしまいましたわ」
「いや、強引ではない。嬉しいよ」
「なにそれ、僕も入れてよ。アビゲイルちゃんにルビ・グロリオーサ魔王国のことを教えてあげるから」
「まあ、本当ですか? ありがとうございます!」
「……ラリマール」
「いいじゃないかアレックス。君の手紙に僕の手紙も一緒に入れて送ってよ」
「何で私のついでなんだ。自分で送ればいいだろう」
「つれないこと言うなよ~~、僕とお前の仲じゃないか」
「くっつくな、鬱陶しい」

 イチャイチャしだすアレキサンダーとラリマールの姿に、本当に仲がいいんだなあとくすくすと笑ってしまったアビゲイルだった。
 とりあえず、この後の生活に一つ楽しみが出来たことが嬉しくなった。
 
「アビー」

 ふと、背後から声をかけられて振り向くと、戸惑ったような顔をした両親と、表情を無くしたような弟の姿があった。
 
「アビー、お二方とはどういう知り合いなのだ?」
「お父様」

 なんと言おうかと一瞬で頭を巡らすも、その間に割り込んできたのがラリマールだった。
 
「やあ、君たちがアビゲイルちゃんのご両親?」
「は、はい。ローマン・アイン・フォックスと申します。こちらは妻のニーナ、その隣がせがれのヴィクターでございます、ラリマール殿下」
「お初にお目にかかります、殿下。娘がお世話になりました」
「……お目にかかれて、光栄です」
「いやいや、こちらこそアビゲイルちゃんを連れ出して悪かったね。彼女の美貌に目がくらんで、つい強引に友達になってもらったんだ。僕から、こちらのアレックス……アレキサンダー・ヴィンス・ヘーゼルダイン卿を紹介させてもらったから、僕らは正式な知り合い、友人だよ」

 立て板に水といった調子で、フォックス侯爵親子に口をはさめないくらいにぺらぺらと喋り出すラリマールに、フォックス侯爵夫妻は驚愕に目を見開いていた。
 
 それはそうだ。娘の友人とはいえ、ヘーゼルダイン西辺境伯と、隣国ルビ・グロリオーサ魔王国の王弟との繋がりが同時に出来たのだ。それも一介の侯爵位の一族が。
 両親は恐れ多くなって紳士淑女の礼をした。慌てて弟のヴィクターもそれに倣う。
 そして、アビゲイルが世話になったことへの礼と、先ほどのラリマールとアレキサンダーのダンスが素晴らしかったと賛辞を述べていた。
 
 ふと見ると、弟のヴィクターが少々覇気のない顔をしているのを見たアビゲイルは、そっと弟に近寄って顔を覗き込んだ。
 
「どうしたのヴィクター。顔色が悪いわ」
「姉上……」
「だいじょう……って、ヴィクター?」

 ヴィクターはアビゲイルの顔を見て、ふらりと彼女に倒れ掛かるようにしてその肩に顔を埋めた。
 そのまましがみつくように抱きしめてきたので、アビゲイルは驚いた。弟の手が熱い。
 
 ふと顔を上げた弱弱しい表情の弟の顔が薄っすらと紅潮しているのを見て、アビゲイルは彼の額にそっと手をあてた。
 甘えてきただけかと思ったが、もともとこんな人前でそのようなことをする弟じゃない。
 ヴィクターの額はとても熱かった。
 
「大変、貴方熱があるのね。……お父様、お母様。ヴィクターが熱を出してるわ」
「なんと、それはいかん。……ラリマール殿下、アレキサンダー閣下、急ではございますが、我らはこれで失礼させていただきます」
「ありゃ、しょうがないね。また会おう、侯爵」
「お大事にとご子息に」
「ありがとうございます、お二方。それでは、失礼いたします。……お前たち、行くよ」
「はい、貴方。失礼いたします」

 両親に倣ってラリマールとアレキサンダーに礼をしてから、アビゲイルは最後に声をかける。
 
「あの、アレキサンダー閣下、ラリマール殿下。今宵は楽しかったです、ありがとうございました。お手紙、必ずお出しいたしますので」
「ああ、楽しみにしてる」
「バイバイ、アビゲイルちゃん。……弟君もね」
「……失礼いたします、お二方……」

 二人にペコリと頭を下げると、アビゲイルは力なく姉にしなだれかかるヴィクターを支えながら両親の後をついて帰っていった。
 
 その姿を見て、最後にちらと見た弟ヴィクターが、ジト目で一瞬こちらを見たのがアレキサンダーは印象に残った。
 それにはラリマールも気づいたらしく、くすくすと笑いながらアレキサンダーの横に並んだ。
 
「あからさまな嫉妬を向けられちゃったね、アレックス」
「嫉妬……?」
「弟君だよ。僕ら二人……いや、とくに君に向けられたあのジト目、見た? 熱があるっていうのも逆手にとって姉に甘えるのがなんともあざといのか、いじらしい弟の独占欲なのか……」

 その後、フォックス家の馬車に両親とともに乗り込んだアビゲイルだったが、両親と向い合せに座って、ヴィクターが隣に座っていたのだが、珍しくヴィクターはアビゲイルの手を繋いでその肩に頭を乗せてしなだれかかっていた。
 両親がアビゲイルを両親側に座らせて、ヴィクターを横にならせればと提案したのだが、ヴィクターは姉の手を離そうとしなかったので、そのままの位置で帰路につくことになったのだった。
 そんな姿を母が微笑ましそうに見て笑った。
 
「まあまあ、ヴィクターはお姉様に甘えちゃって」
「あたしがいけないのですわ。今日またほったらかしにしてしまったから……ごめんね、ヴィクター」
「アビーはすっかりちゃんとしたお姉様になったのね。嬉しいわ」
「お母様……今まで本当にごめんなさい」
「いいのよ。こんなにいい子になったんだから、これから頑張っていけばいいのですからね。……ヴィクターはここ最近そんな貴方にすっかりお姉ちゃん子になっちゃったわね」
「はい……。あたしもヴィクターがかわいいです」

 アビゲイルは熱のある弟に自分のショールを膝にかけてやって、愛おしそうにそのプラチナブロンドを撫でてやった。
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